間断無き、というのは、まさにこういうことを言うのだろう。
目を覚ました時、その少女は猛吹雪の真っ只中にいた。
視界は完全な白、というより眼を開けていられない。ただでさえ白いその娘の肌に、暴力的な風に乗っかった雪が叩きつけられる。
「ここは……いったい」
なぜ自分はこんなところにいるのだろう。彼女の頭の中は完全に混乱していた。何も分からない。ただひとつはっきりしている事といえば、今のこの状況をなんとかしなければならない、ということだけだ。
なんとか薄目を開けて辺りを見回す。先ほどよりは少しだけ風が弱まり、視界もほんの十数メートルだが見通せるようになった。
「!?」
少女の眼に巨大な影が映る。彼女からは端が見えないほどに大きかった。建物のようにも見えるが、それにしては妙に平べったく、輪郭がでこぼこしている。
ひどく寒い。既に少女の肌からは色が失せ、歯ががちがちと鳴っていた。腰の下にまで積もった雪を払い除け、なんとかその影に近寄ろうとする。積雪は思ったより抵抗が強く、あと数メートル程度だというのに、少女にとって永遠に思えるような長い時間を要した。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
どうにかその影――どうやら何かの壁のようだ――に辿り着いた娘は、風と雪を凌げる場所を探した。ハッチのようなものはあったが、開閉するためのレバーやパネルのようなものは見当たらない。何度か壁を強く叩くが、ただ平然さを保つだけだった。
絶望にうなだれそうになったその時、少女が壁についていた両手が突然光り輝いた。手に何か紋様のようなものが浮かび上がり、今までの静寂が嘘のようにハッチが開く。何が起こったのかを考える余裕などなかった。ヘッドスライディングをするかのような勢いで、少女はその中へ飛び込む。
「ぜっ、ぜひっ、ぜぇ、ぜぇ」
必死の思いで倒れこんだ床は暖かく、少女はしばらくそのまま転がっていることにした。「ごうん…ごうん…」と、何かの機械音が遠く聞こえる。床と部屋の暖かさに身を任せながら、ぼんやりと辺りを見回す。ハッチは既に閉まっており、風雪に晒される心配はもう無いようだ。
ほんの少しだけ生きた心地を取り戻した少女は、ゆっくりとした動作で起き上がった。手足の感覚は完全には戻っておらず、じんじんと痛むが、それでも外にいた時よりはずっとマシだ。
少女がいるのは整備用通路のようだった。さまざまなパイプや配線がむき出しになっていて、歩くだけでも少々せまい。通路を奥に進むと扉に突き当たったが、鍵が掛かっていた。カードキーの差込口のようなものが見える。他に出口は無い。
「どうすれば……」
何か使えそうなものはないだろうかと辺りを見回す。そこで少女は、今更ながらに自分がどんな格好をしているか気が付いた。
軍服である。白いブラウス、黒いタイトスカートにストッキング、白いマントのような上着には、なにかの花びらを象ったシンボルマークと『U.N.SPACY』の文字が縫い付けてあった。
軍服、軍服を着ている。つまり自分は軍人ということだろう。いや、本当にそうなのか? そもそも自分はどんな職業についていただろうか。家族は?恋人は? 友達や昔の思い出はどうだっただろう。
最初は混乱しているだけだと思った。極度の寒さでパニックを起こしているのだと。だが身体が温まり、ようやく血行が良くなって意識がはっきりとしていくにつれて、少女はそれらを、そして名前すら何一つ思い出せない事に気がついてしまった。
「あ…ああぁ……」
ずるずると、扉を背にその場に崩れ落ちる。思い出さなければ。自分は、自分は何なのだ。思い、思い出せ。思い出せ。出せ……ない。
「私は……だれ、なの」
ただただ、静寂だけを返す廊下が、やけに恨めしかった。