プロローグ
世界は広い。果てしなく広い。
地球でさえも広大だと言うのに、ましてや宇宙まで人類の行動範囲が広がった現在。たった一人の『人間』という生物に起こった重大な事件でさえも、世界にとってはほんの些細な、砂漠の砂粒以下、もしくは宇宙の隕石以下の比率でしかない。
例え、それが時空を超えると言う、垂涎の的のような事象だとしても。
そんな普段考えないような事を考えている男性、テンカワアキト。かつて火星の後継者相手に破壊活動を繰り返し、誰が呼んだかプリンスオブダークネスだのと言う大層な名前までつけられたテロリストの一種だった。しかし、今の状況を見るに、かつて―――では無く、今の時代では未来で、と言う方が正しくなってしまった。
有り体に言えば、アキトは未来から過去に飛ばされていた。ちょっとした紆余曲折の末、そう納得した。気が狂ったわけでも黄色い救急車が必要な訳でも無く、事実そう言う訳だから仕方が無い、と誰も聞いていない言い訳を勝手にして。
未来で既に火星の後継者が壊滅し、同時にアキトの復讐の炎もほぼ鎮火。リストラ間近の窓際族よろしくやる事を半ば無くし、かと言って今更何の面を出して帰れるだろうかとフラフラ彷徨っている間にあった突然の突発的な出来事で、アキトは過去に飛ばされた。
時間は各所から確認した。ドッキリに騙されているか確かめる為にも。
世界から数百箇所の電波時計の送信場所、各地のテレビやラジオ、軍の通信、電話の時報。それだけ集め、そこまで来てようやくアキトはその時確信したのだ。
―――今が、あのナデシコAの、出航間近の日だという事に。
「やれやれ……」
身体能力、体調は問題無くなっていた。過去に戻ったからなのか、彼を悩ませていた感覚の低下は無く、五体満足、健康そのもの。唯一の問題を抜きにして、体は平穏なものだ。
……その唯一の問題が、一番問題であり、同時に世界中から時間情報を集められた原因でもあったのだ。
「はあ……」
ため息をつく。気分はすぐには晴れないが。
人は何かを得るために何かを犠牲にすると言う。そんなどこかの本で書いてあるような、もしくはどこかで聞くような言葉を呟き、飽きるほど行った自己の再確認をする。オレも、この健康体を手に入れ(望んだ方法とは違うが)、代わりに失ったものがある、と。
―――それは、身体。『器』としての、肉体。
「何で、コンピュータの中にいるんだよっ?!」
―――どうやらオレは、オモイカネと同化してしまったらしかった、と判断したのは、過去に戻されてしばらくしてからだった。
*
第一次火星大戦。2195年に起こった、木星蜥蜴の火星侵略の出来事の事である。
本来民草を守るべき軍人達の多くは我先に脱出し、多数の民間人が無残に命を散らした。大型コロニーの一つ、ユートピアコロニーも、チューリップの落下に伴う直撃によって住人ごと壊滅してしまっている。
しかも、そんな火星に、更に侵略者が現れようとは、地球の―――木星蜥蜴ですら―――誰もが想像できなかった事だろう。
それは突然だった。偵察目的のバッタの5機編隊の先頭が、飛行中に爆散した。上空からの敵襲と判断、迎撃に移るその一瞬で、残りも空に消えようとしていた。
だが最後に残ったバッタが、襲撃者の姿を機械の瞳の奥にはっきりと捉えていた。それは只の宙間戦闘機だったり、双胴戦闘機だったり、冗談みたいな円盤型移動砲台だったりした。
その中でも一際目を引いた―――人間ならそうするだろう―――のは、緑の機械だった。まるで人間のような四肢に、背中についた空間推進用スラスター、左肩の刺のついたショルダーパッドに、構えているのは戦車の砲塔並みのマシンガン。そして、頭部の特徴的なモノアイ。
『そいつら』が自分の更に上空をふわりと漂いながら、銃を下の自分達に向けて砲撃していた。AIは判断する。こいつらは自分達に牙を向き、脅かす敵だと。
即座に、残り一機となってしまっていたバッタは反転、火星襲撃の情報を『仲間』に通信しようとする。
しかし、時既に遅かった。当時確たる防御手段を持ち合わせていないバッタは、『緑』の機体の射撃と戦闘機群の突撃によって、情報が伝えられる前に、火星の空へと花火になって消えてしまった。
『襲撃者』の情報が木星蜥蜴の『仲間』に伝えられるのは、もう暫くの月日が経ってからだった。
あとがき
もう三度目となり、迷惑かけっぱなしです。
今度こそデータを吹っ飛ばされないようにしなければ。
それでは、あまり期待せずにまた次回。
……下手に喋るとリアル同様自爆しそう。