『自分の』データの中に打ち込まれたデータから、ナデシコの予定就航日は三日後だと確定した。あくまでネルガルの予定では、翌日に艦長と副長が乗艦してから幾つかの最終確認と打ち合わせを行い、しかる後に発進の件となっている。
だがオモイカネは多分だがほぼ確信している。艦長のミスマルユリカが乗艦するその日が、そのままナデシコが飛び立つ日だ。この時代では敵の、木星蜥蜴の無人機械群が佐世保基地に襲撃をかけるから。
「そんなまだ来てもいない物を心配する事は無いんだ。そんなのよりよっぽど強敵が、目の前に居るし」
電子回線を通してカメラ越しに、ブリッジの銀髪少女ルリを見る。いつものポーカーフェイスを全く崩さず、黙々と両手のナノマシンを走らせて仕事を淡々とこなす姿は、余りにも子供らしくない。むしろ自身が機械の一部と思っているような雰囲気さえあるそれに、オモイカネは彼女の将来に不安を覚えずには居られない。せめて、もう少し子供らしくあって欲しいと思うのは、過ぎる想いだろうか?
(いかん! 一応未来では親代わりだったこの身、彼女を少しでも変えなければ!)
とか何とか娘育成ゲームのノリで本来の目的探しを放り出し、オモイカネは機を見ては何度も会話にチャレンジしてはみるものの、無言バリアーや会話強制終了カウンターによって無残に撃退され、順調に黒星を重ねていた。気分はまさに正義のヒーローにやられ続ける放送前半時の中級幹部の心境だった。
(なんて強大な敵、もとい障害なんだ……!)
いっその事エステ一機でバッタ三千匹潰して来いと言われた方が比較対象としてよほど楽だった。戦いなら力を振るえば大体は何とかなるが、他人と仲良くなろうとする際には仇になる場合が多い。加えてオモイカネは何となくと言うレベルだが他人の心を読むのに疎いのを自覚しており、女性が相手なら砂漠に迷い込んだ素人探検家のように全く何をすればいいのか解らない。
こんな時、アカツキなら何と言うだろう?あのナンパ師ながら女性相手に何の気兼ねもなく話しかけるあの図太い性格が、今は恨めしい。
(……そろそろ『仕事』しなきゃな。あんまり『仕事』を貯め込み過ぎたら、処理の過程で頭がまた痛くなる)
ルリの事は一時忘れ、もとい戦略的撤退を敢行し、オモイカネは瞳を閉じて電子の空間に身を投げ出す。自分という枷が取り払われ、塩をバケツの水の中に溶かしたように意識が方々に拡散していく。だが塩と違うのは、濃度が薄くはならずに広がっている事。オモイカネは、ナデシコの全てを一つの身として認識しながら、プログラムの動作確認やウイルス並びにバグの監視など、機械らしい処理を開始した。
本来人間だったものがいきなり機械のするような事を行える筈も無く、初めは何度も艦内にトラブルを起こして迷惑をかけたが、あるときふと思いついた。
(―――そもそもやり方を考えているからうまく行かないのでは?)
ヒトは考える生き物だが、歩く時にわざわざ何処どこの筋肉がどう動くからこうやって歩くとか、行動上の動作環境を考えない。それと同じかもしれない。ただ感覚に任せてみる。
適当だが幸いにも功を奏し、艦内制御は予定された性能とまでは行かないものの、最低限以上の働きは出来ている。
(ルリの事は、またじきに考えよう)
それにしても、この身体になって一つ楽になった事があったな、と苦笑しながら思い返す。ナデシコにいながらにして、あのミスマルユリカに無駄に引っ付かれなくて済むのだ。
(あっちの俺が苦労を代わってくれるしな)
まだ見ぬ過去のテンカワアキトに向かい、とりあえずもう一度苦笑しておいた。
*
そして、オモイカネに笑われた過去のテンカワアキトはと言えば。木星蜥蜴が攻めてきた当時、地獄さながらに戦いを繰り広げていた火星から、脱出出来ないでいた。
アキトは未だ地下にいた。自身の境遇も解らず、ぼおっと突っ立っていた。シェルターを破ってきた黄色の機械達に周りの人達が撃たれていき、そして自分とアイちゃんが撃たれようとする所までははっきり覚えていた。そして、何も考えられないまま辺りが光に包まれて――――
「――――アイちゃん!?」
ハッと気づき、急いで周囲に首を回す。しかし、彼の周囲360度には、答えは存在しなかった。
「なんだよ、これ……」
何処を見ても撃たれた犠牲者や撃った機械、それどころか血の一滴や金属の一欠けらすらも周囲には存在せず、何か得体の知れない波がまるでアキトのみを避けて全てを飲み込んだ後の様だった。
まるで夢、悪夢。だが一方で天井からパラパラと零れ落ちる砂と爆音が、これは現実だと激しく訴え続ける。
自分は夢の中にいるの?それとも非情なまでに現実?
いっその事意識を手放し、もう一度気絶してしまいたいと思ったその時。
「――――~~~~っあっ!?」
爆音、というにも生易しい圧壊音。雷よりも高く、津波よりも深く、大火事よりも熱い衝撃音が降り注ぎ、アキトのとっさに塞いだ耳朶を容赦なく貫く。二度、三度、天井より聞こえる――――聞こえると言う必要も無い音は、少し時間を置いた後、
「――――うわあっ!?」
アキトの目の前約3mの位置で、最大級の四度目を炸裂させた。
一分か五分か、アキトを叩く煙と粉塵と衝撃波が和らいだ時、漸くそれは姿を見せる。流線型のフォルムの、少しずんぐりむっくりした甲殻類のような姿。だがそれは機械。アキトは知らないが、それはれっきとした戦いの兵器。まごう事なき戦闘機。表面装甲の色は暗くて解らなかったが、コクピットらしき穴から電子の光が微かに漏れ出していた。
まるで、アキトを誘うように、明滅を繰り返していた。
*
……火星に住んでいた、あの昔の日の事。
……幼馴染と外を走り回っていた、あの昔の日の事。
「アキトーッ!」
「ま、待てよっ、ユリカ!」
世の中のしがらみも、世界に流れる血も、何も知らず、ただ遊びまわっていた。
とても楽しくて、とても嬉しくて、こんな日がずっと続けばいいとまで思っていた。
昔からかすかに感じていた、ミスマル家のしがらみみたいなもの。
アキトと遊んでいるときだけは、その呪いみたいなものから逃れられた。
今の考えからすれば、この夢みたいな日々がずっと続けばよかったのにと思ってて、
また、あんな風に火星に行けるのかなって考えていて、
「……ん」
それが、夢なんだって気づいたのは、ベッドの上で目を覚ましたから。
朝。私、ミスマルユリカが、機動戦艦ナデシコの艦長になる、その日の朝。
事前に艦長以上のクラスに教えられた、ナデシコの目的地。火星に残された、人々の救出。
だから、なのかもしれない。
あの懐かしい夢を見たのは、子供の頃から――――今でも大好きなあの隣の男の子の夢を見たのは、きっと――――
「あらら、もうこんな時間。早く準備しないと、迎えに来るジュン君に迷惑かけちゃうね」
ベッドから降りて、ゆっくりと着替えを開始する。
そんな懐かしい事を思い出した、この冬の日の事。
そんな昔のことを改めて確認した、この冬の日の事。
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あとがき
とりあえず大体のキーワードを出せたと思います。
一番の代表が「モノアイの肩にとげがついた人型の緑のロボット」(ry
ああ石を投げないで
では、また次回。次回から本編です。