ネルガル社が建造した新型戦艦、ナデシコのブリッジ。
戦闘中においては策謀と命令が飛び交う戦艦における頭脳であるその場所は、しかし就航前の今は女性クルー達の小さな社交場となっていた。コンセプトの問題か選任者の趣味か、ナデシコのクルーには女性が多い。それがまた、殺伐な雰囲気となりがちな戦艦を華のある場所に変えることに成功していた。
それはともかく、ファッションやらまだ来ぬ艦長やらの話に花を咲かせる女性達の姿を、ぽつねんとオモイカネは独り見つめていた。ホシノルリはオモイカネに対するのと同様、そっけない言葉で数言話すだけ。それを相手は―――操舵手のハルカミナトと通信手のメグミレイナードは人見知りと判断したらしく、それなりに世話を焼いてくれている。
それをオモイカネは嬉しく思った。ルリは今はこんなんだけど、本当はいい子だから。そう思う一方で、やっぱり自分にも早く話をしてくれるようになって欲しいな、とかすかな嫉妬を覚えていたりもする。
そんな折、ブリッジのドアが開く。現れたのは中年ちょび髭メガネにスーツの、プロスペクター。
「おはようございます。まだ全員いませんが、艦長が到着致しましたので紹介してしまいましょう。どうぞ」
プロスペクターが一歩横に退き、扉の空間を空ける。ブリッジにいた三人が姿を見ようと興味津々で振り向く。オモイカネも別の理由で思わずカメラ越しに扉の先を凝視した。
(は……早い!? 何で……?)
データバンクから艦長がミスマルユリカである事は確認している。ついでに副長がアオイジュンである事も、性格等のデータも表向きには変わりの無い事も。
(ユリカも別のユリカになったか、さもなくば別の世界というので片付けていいのか?)
思考が纏まらないそのうちに、艦長が姿を見せた。
容姿はまさに疑うまでも無い、ミスマルユリカだった。だが性格は外面だけでは解りようもない。だがそれを自ら現すように、おもむろに腕を前に上げると、
「私が、艦長のミスマルユリカです!ブイッ!」
――――周囲を唖然とさせたのだった。
「……バカ?」
『バカじゃないけど……それは言わないお約束だよ、ルリ』
ルリとオモイカネの一言は誰の耳にも入らず、凍りついた空気の中に溶け、静かに消えていった。
一方、ナデシコの格納庫では、この艦と同じく世界でも最新鋭の人型機動兵器、その名もエステバリスが、シャドーボクシングのように拳を撃ち続けていた。その動きに澱みは無く、足腰も安定。イメージフィードバックで動かすエステバリスの事を考えれば、パイロットの腕の高さを窺い知れた。更に何分か動き回っていた―――むしろそれは暴れまわっていたと表現するほうが正しい―――後、つなぎを着た整備員長らしき男が、拡声器片手にエステに向かって叫んだ。
「気に入ったのは解ったが、そろそろ降りろヤマダ!整備が出来やしねえ!」
周囲の整備員がとっさに耳を押さえなければ耐えられないほどの大声に、エステは漸く動きを止めた。十秒ほど後、返事の代わりにパイロットスーツの男が降りてくる。ヤマダジロウ。ナデシコのエステバリスライダーで唯一の地球での乗組員は、ストレス無しのご機嫌な表情でさっき叫んだ整備員、ウリバタケセイヤの前に向かう。
「いやぁ、やっぱり二足歩行のロボットはいいなあ、博士!ロマンだよ、ロマン!
そして俺の魂の名はダイゴウジガイだ!そう呼んでくれ!」
「誰が博士だ!それに聞いた話だと、軍にもロボットはあるらしいじゃねえか」
「いやなあ……やっぱ此処が世界で一番早く乗れるしな」
確かに軍もロボットを使ってはいる。しかし出回っている大多数はデルフィニウムと言う脚の無い非地上用の機体。有用かはともかく、二足歩行の人型にロマンを求めるガイにとっては、余り食指が向かないのだ。更に、ネルガル以外の企業も人型兵器を製作してはいるものの、ネルガルより発表の早い会社はその当時には無い。ガイがナデシコに乗ったのは、ひとえに待遇以外にエステバリスがあったから、と言っても良かった。
「まあ、軍が今造ってるらしいのがもう少し早く出来ていれば解らなかったがな」
「解った解った、さっさとどきな。整備が出来やしねえ―――!」
ウリバタケの台詞を遮る、甲高い騒音。敵襲を教える、警報音だ。
にわかに騒がしくなる格納庫。ここにいる整備員達の殆どは誰も実戦を経験した事の無い者達だから、慌てるのは当然だった。しかしそれでもガイの乗っていた機体を整備するために一糸乱れぬ動きを見せているのは、流石一流だった。
「お前ら!出撃かかってもいい様に、さっさと整備済ませるぞ!」
「ういっス!」
一方ブリッジでも、その詳細を捉えていた。
「何々!?何なのよ!」
騒ぎ立てながらブリッジに走りこんで来るムネタケ。フクベ提督やゴートホーリーは警報が鳴って一分も経たずにブリッジに入り、ユリカやジュン達と戦況を確認していた。ジュンだけが律儀に振り向き、説明する。
「木星蜥蜴の襲撃です。今は、地上軍が戦闘を開始しています」
「敵の攻撃はナデシコの頭上に集中しています」
「つまり、この船が目標じゃな」
ゴートの解説に確信を持ったフクベの言に、ムネタケがとっさに命令を出す。
「それなら、ナデシコの対空砲で下から焼き払うのよ!」
「副提督、ナデシコの対空装備はミサイルしかありません!それに今ミサイル撃ったら、海底ゲートごと埋まっちゃいますよ?」
「じゃあどうするのよ!このままむざむざとやられるのを待つって言うの!?」
ムネタケの逆切れに近いヒステリを、さっきのブイの張本人とは思えないほど艦長らしい思考と、張本人らしい明るさのまま抑え、一つの案を引き出す。
「海底ゲートを抜けて一旦海中へ、その後浮上して背後より敵を殲滅します!」
「どうやってかね?」
「この戦艦にはグラビティブラストが搭載されています。エステバリスのパイロットに囮を務めて貰い、一箇所に集めた所を撃ちます」
「ふむ……成程」
流石士官学校主席は伊達ではない、と改めて思い直すブリッジクルー。初めての戦闘だったが、艦長の堂々とした態度に皆は安心を覚えた。
「それじゃ、機動戦艦ナデシコ、発進しましょう!」
*
結局何だかんだあってもナデシコは発進できるんだな、とオレはデータ内の記憶を再生していた。アキトが乗らない代わりにユリカ達が早めに来たし、ガイも怪我をしなかった。そしてガイは見事に役目を果たし、ユリカはまじめにやっていた。
何だ、アキトがいない方が上手くいってるじゃないか。そう自嘲する。やれやれ。
しかし……いないとなればいないで、逆に心配となってくる。一体奴は何をやっている?
もしかして火星でジャンプ出来ず、のたれ死んだとか?有り得ない事でもないと思うけどな……今このナデシコの状況を見てたら、いなくてもいいような気もする。
そしてそれはオレも同じ。オモイカネと同じ事をしているだけ、いや何とかできているだけで、未だオレだから出来る事をしていない。オレに、オレだけに出来ることがあるのだろうか……。
まあ、無理やり今出来る事を一つ上げるとするならば、
『お疲れ様、ルリ』
「……ありがとうございます、オモイカネ」
ルリとこうして真っ先に話をすることぐらい、かな。
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あとがき
オモイカネを一人称にするか三人称のままにするか迷い、試験中。
そしてアキトが乗らなくても余り変わらない始発。反省。
次回はその頃火星のアキトはでお送りします。