「すまなかったな。着任そうそう手伝わせて」
「いえ、俺の料理をメニューに載せてくれましたから」
「『火星丼』なかなか好評だったぜ」
「そう言ってもらえると嬉しいです。それじゃあ、手続きがあるので……」
「おう」
「……良い腕ですね」
「ああ。今時珍しい男だ。あれだけの腕持ってんのに軍人になるなんてよ」
「時代ですかね」
9月11日 1500時(グリニッジ標準時)
メリダ島 基地内部
「待ちたまえ」
リチャード・マデューカス中佐は通路を歩いていた男を呼び止めた。
「見ない顔だな。所属と階級を述べたまえ」
その男はメガネをかけ、髪をオールバックしていた。見る限り東洋人。童顔の所為か10代に見える。
「本日付で配属されたカスヤ・ヒロシ上等兵であります。所属はコックです」
「コックか……大佐への報告は済ませたか?」
「まだであります」
その言葉にマデューカスは眉を顰める。
「着任しだい上官に報告するのは義務だろう。何をしていた!」
「今朝方に行ったのですが、まだ御就寝……」
「口答えをするな!!」
「申し訳ありません」
「……まあいい。大佐は疲れておられるからな。報告は今日中に済ませるように!」
「了解しました」
「まったく……」
なにやらブツブツとつぶやきながらマデューカスは去っていった。
その姿を見ていたカスヤ・ヒロシは胸を撫で下ろす。
「ちょろいな」
聡明な読者には分かったと思うが、この男は明人である。
今日赴任するはずだったカスヤ・ヒロシ上等兵に成りすましてメリダ島に潜入したのだ。髪型を変え、メガネをかける。明人が行った変装はこの程度だが、外人にとって東洋人の顔はみんな同じに見えるらしく、だれも目の前の男がネルガルの会長であることに気づかなかった。
「基地内部に俺の顔を詳しく知ってる者はほとんどいない」
明人はダッシュを脅してミスリルの内情を調べ上げた。
特に、会ったことがあるテレサ・テスタロッサ、アンドレイ・カリーニン、相良宗介、メリッサ・マオ、クルツ・ウェーバーの5人は重点的にだ。
相良宗介は千鳥かなめの警護中。クルツ・ウェーバーは休暇。一番の注意人物であるカリーニンも新たなSRT要員を選抜するために不在。
しかし、テレサ・テスタロッサとメリッサ・マオは<デ・ダナン>の修理の為に基地に残っている。
「さっきは危なかったな」
二人がいきなり食堂に入ってきたときは心臓を鷲掴みされる思いだった。
自分の料理を食べるのに夢中だったのかばれる事はなかったが……。
「これからどうするか……」
そもそも明人がメリダ島に潜入した理由は単純だ。
ミスリルは先月末に起こった<デ・ダナン>占拠事件にかなめを巻き込んだ。<A21>事件の際に明人が『かなめを巻き込むな』と厳命したのにも拘らずである。
それを知った明人はミスリルの各基地を奇襲、壊滅させようかとも考えた。しかしそれをやると話が続かなくなるのでもっと簡単な制裁措置――早い話が『嫌がらせ』をすることにした。
「問題は何をするかなんだよな~」
『嫌がらせ』と言っても千差万別だ。アレコレ考えた挙句、明人は一つの案を思いつく。
「……報告……そうだ……大佐殿に報告してみるか(ニヤリ)」
不気味な笑みを浮かべると、明人は意気揚々とテッサの執務室へ向かった。
あとがき(いいわけ)
コックの名前と顔なんて一々覚えてないよね
さて、明人に何を報告させるといい?