暗黒。
この言葉どおり部屋は闇に包まれていた。
「何よこの部屋……」
マオと宗介の二人は仕掛けられた数々の罠を掻い潜り、この部屋へとやってきたのだ。
「マオ、注意しろ!」
その言葉を待っていたかのように、何か粉末らしきものが二人に掛けられる。
「今度は何よ!?」
「……?」
その時である。無数の気配が、二人を取り囲むように現れた。暗闇の中で相手の目がキラリと光ったような気がする。
宗介は既に臨戦態勢になるが、マオは未だに振りかけられた粉末を気にしていた。それ手に取り、ぺろりと舐めてみる。
「……まさか!!」
次の瞬間、部屋の明かりが一斉に灯り、自分達が対峙していた者達の正体を見た。
「「「「「「にゃ~」」」」」」
猫だった。
これでもかと言うくらいの猫だった。
しかも10匹や20匹どころではない数の猫の群れが其処にいた。
「マオ!これはマオ(中国語で猫)だ!!」
「こんな時に何言ってんの!?」
あまりにも予想外の正体だったので宗介は少し困惑した。
一方のマオは焦っていた。何故なら自分達の置かれている状況に気付いたからである。
「宗介、早くこの部屋を出るのよ!」
「何故だ?ただの猫だぞ」
これが犬なら訓練されていることも考えられるが、相手は猫である。その可能性は限りなく低い。
しかし、マオは自分達に掛けられた粉を振り払い言った。
「この粉は――」
猫達はこちらにゆっくりと寄ってくる。まるで獲物を見つけたように……
「――マタタビよ!!!」
そして、数十匹の猫の群れが二人に飛び掛った。
二人が何故このような目にあっているか、そもそもの始まりは30分ほど前の事。
9月13日 1430時(日本標準時)
ネルガル社
メリダ島から超特急で東京に戻った宗介達は、早速明人との交渉に出向く。
宗介とマオはネルガル社へ、クルツは天河邸へ行き、明人の出方を探ろうとしたのだ。
「このまま行くのか?」
「ええ。真正面からいくわ」
ミスリルの情報部でもネルガル社内を把握する事は出来ていない。そのような所に策を練って行ったとしてものれんに腕押しである。
ならば回りくどいことをせずに、最初から強行突破する。それがマオの考えだった。
「了解だ」
まず、受付に行く。ダメ元だろうが自分達は交渉に来ているのだ。
受付にいた女性は、大口を開けて欠伸をしている。
「(なってないわね……)ちょっといい?」
「あ!……申し訳ございません。見苦しい所を……ネルガル社に何か御用でしょうか?」
受付嬢はまるで徹夜明けのような顔をしていた。眠そうである。
「会長にお取次ぎを」
「アポはお取りでしょうか?」
そんな物は取っていない事を告げると受付嬢はそれでは会えないと一度は言ったが、彼女は隣にいた宗介に気付くと、彼の顔をじーっと見てなにやら考える。そして半信半疑に口を開いた。
「……もしかして、相良様ですか?」
「!……いかにも俺が相良宗介だ」
宗介は受付嬢が自分の名を出したのに少し驚き、警戒しつつ答えた。
「会長からお話は通っています。こちらへどうぞ」
宗介とマオは互いの顔を見合った。
どうやら明人はミスリル関係者、特に明人と接点のある宗介が来る事を予想していたらしい。
(好都合ね)
受付嬢に案内され移動する。
その間、マオは社内を見渡し観察していた。情報部ですら入り込むことの出来なかった場所に入りこめたのだ。
暫らく観察しているとマオはあることに気付いた。何人か社員とすれ違ったが、全員が大きな欠伸をしていたのである。それだけではない。在る者は目の下にクマができていたり、また在る者は机にうずくまり居眠りをし、そのまま床に寝ている者すらいる。
(……何なのこの会社)
社員全員が深夜まで残業しているような空気の中、二人は会議室らしき部屋に通された。
「ここで会長をお待ちください」
部屋には長机にイスが並んでいるだけ。扉は自分達が入ってきた所と反対側の計二つ。後は巨大なモニターらしきものが部屋の一面のあった。
「このまま待つのか?」
「そうね。向こうは私たちが来ることに気付いてたみたいだし、初めから交渉するつもりだったのね」
マオは明人相手にどの様に話を進めるか考えた。
相手はテッサを人質にしている。そのため下手な事は出来ない。かといってこちらも妥協するわけにもいかない。彼女の存在はミスリルにとって死活問題だからだ。
あれこれ考えていると目の前にあったモニターがいきなり起動した。
「「!!!!」」
突然の出来事に二人は驚いたが、モニターへ映し出された映像を見ると目を丸くする。
なぜならそのモニターにはデ○ラー総統に扮装した明人が写っていたからだ。
同時刻
ネルガル会長室
明人の後ろでノーラ・レミング博士は「何故こんな事しているのだろう」と自分自身に問いただしていた。
アメリカ人、25歳で栗色の髪を肩まで伸ばしている。クール・ビューティーと言う言葉が似合うなかなかの美人だ。
MIT(マサチューセッツ工科)からネルガルにスカウトされた人物で、物理学や大脳生理学などに深い造詣を持っており、近頃入手したベヘモスに搭載されているラムダドライバの研究を行っている。
元々彼女はネルガル社に興味はなかったのだが、この会社の研究・開発を目にすると世界が変わった。今までに見たことのない知識・技術を目のあたりにしたのだ。研究に携わる者としてそれは夢のようなものだった。
それだけではない。会社を未知の技術でここまで大企業にした天河明人にAS(エステバリス)の事を色々と説明されて、彼女は明人がエステバリスの開発者だと思い込み尊敬した。尊敬はいつしか敬愛に変わり、そしてそれが愛情に変わるのに時間は掛からなかった。
そんな彼女を会長室に呼び、明人が真剣な顔で――
『協力してくれ!君にしか出来ないんだ!』
――と言われれば内容を聞くまでもなく二つ返事で「YES」と答えるのは必然だろう。
しかし、明人から“服”を渡され、別室で着替えるようと“服”を見ると彼女は固まった。その“服”はまるで、イ○リンがハッ○ルで着ているようなコスチュームだったのだから。
「よく来たなミスリル諸君!!」
セクハラに近い事をしたのに気付いていない明人は、自分も扮装しカメラに向かって叫んでいる。まるで悪の秘密結社のトップが秘密基地に侵入した正義の味方に言うセリフだ。
「テレサ姫を助けに来た勇気は褒めてやろう!」
○スラー総統と言うより、高○総統と言った方が近い。
「だが簡単にわたす訳にはいかない!そうだろうレミング博士」
言いながら彼女の方を振り向く。
「……あっ……えーっと……そ、そのとおりですわ会長……」
カンペを見ながら棒読みである。
「博士、真面目にやってくれ。大事な所なんだ」
「は、はい……でも……」
「大丈夫。とっても似合ってるから」
反論は無駄らしい。彼女は泣く泣くでカンペを読み上げる。
「こ、この建物に設置した数々のトラップを破る事は出来ませんわ」
もうヤケクソである。
「トラップの数々を破り、ここまで来れるかな?楽しみにしているぞ!!」
マオの目は点になっていた。
明人の寸劇を見たのなら誰だってそうなるだろう。しかし、
「ちぃ、罠だったか」
「信じるなっ!!」
スパーンッッ!!!
「……マオ、そのハリセンは何所から?」
「かなめに借りたの……って、あの寸劇を何だと思ってるのよ」
「何がだ?」
宗介はマジに受け取ったらしい。
「明らかにバカにされてるじゃない!」
「そうなのか?」
宗介に一般常識は通用しない。この場合、一般常識と言うべきかは疑問だが。
「とにかく行くわよ」
その時である。地響きのような音が辺りに鳴り響くと、なんと天井が降りてきた。
そのころ……
陣代高校 2年4組
「I want to send you our good wishes for much success in your new position.」
「「「「「「おおぉぉぉーーー!!!」」」」」」
流暢に英語を話すテッサに、クラスから感嘆の声があがる。
「やっぱり、外人さんは発音がいいね。カナちゃんやラピちゃんより旨いんじゃないの?」
「そりゃ、あの子は英語が母国語なんだから……」
「……ここは日本(怒)」
あとがき(いいわけ)
猫まっしぐら!
……という訳で明人のイヤガラセはまだまだ続く