『こちらB班、目標の部屋に到着した。研究者は拘束、被験者三名の死亡を確認』
「本隊、了解した。数名を監視に残し引き続き調査を続行」
『B班、了解』
『こちら解析班、サーバーからのデータの解析が完了しました。ミスマル・ユリカはすでに火星に送られたようです。テンカワ・アキトは現在もこの研究所内にいます』
「!了解した。データの回し『うわ、何だ!?』どうした!?」
『外部からの介入によりデータが自壊しています!はやくっ・・・・・・データが完全に消去されました』
「くっ!・・・・・・作業終了後、引き上げろ。A班は介入元の調査。発見しだい拘束。必要に応じて射殺も許可する」
『解析班、了解しました』
『A班、了解』
『こちらC班!被験者一名の生存を確認、確保しました!』
「何!?よくやった!生存者は一人だけか?」
『被験者はあと三人いましたが全員の死亡を確認しました』
「そうか・・・救出者を連れて脱出しろ。B班は、C班の代わりに調査」
『C班、了解』
『B班、了解』
ネルガル会長室。
そこには世界屈指の大企業「ネルガル重工」会長アカツキ・ナガレとその秘書エリナ・キンジョウ・ウォンが先のSS(シークレット・サービス)による機密作戦の結果について話し合っていた。
「被験者377人。内死亡を確認されたのが375人。生存者は二人。未救出者ミスマル・ユリカと・・・・・・今回の任務で救出された身元不明の女性」
「・・・そうかい。二人、か。・・・・・・結局、テンカワ君と艦長は救出できなかったわけだ」
「・・・・・・申し訳ありません。我々SSがもっと早く彼らの存在に気づいていれば・・・・・・私の落ち度です」
アカツキの辛辣な言葉にSSの長であるプロスペクター(以下プロス)が沈痛な面持ちで謝罪する。
今回のターゲットであった「火星の後継者」。そこで行われているA級ジャンパー、マシンチャイルドへの非道な人体実験。
それが行われている施設を発見した者としては、仕事の遅さを指摘されたようでなんとも居たたまれない。
「ああ、いや、別に責めているわけではないよ、プロス君。ただ、遣る瀬無いなと、思ってね。まあなんにせよ、艦長の生存を知ることができたのは良かったよ」
「そう言ってもらえると助かります、会長」
慌てて前言を撤回するアカツキに、しかしプロスの表情は沈んだままだ。
今回の最優先救出目標だったミスマル・ユリカとテンカワ・アキトの救出ができなかったのだ。
無理からぬことである。
「ところで会長、先ほどイネス・フレサンジュから最優先で報告したいことがあるという連絡が来ました」
プロスの様子に気まずい顔をしていたエリナは、気を引き締め次なる報告をする。
「イネス君から、最優先の報告?なんだろうねぇ、それは。エリナ君は、何か聞いてないのかい?」
「詳しいことは聞いていませんが、何でも救出された身元不明の女性に関して何か問題があるそうです」
「へぇ、それはなんとも気になるねえ。それじゃあここは一つ説明『するしかないわね』・・・」
アカツキが「説明」の単語を発した瞬間に、目の前にウインドウが開かれる。
ウインドウの中にはイネスがいつもと違ってかなり真剣な表情で映っている。
「だからウインドウの強制表示は止めなさいと言ってるでしょう!」
『硬いこと言わないの。それで報告したいことだけど、彼女の身元がわかったわ・・・・・・いえ、これは適切ではないわね。身元の推測結果がでた、の方がこの場合正しい』
エリナの剣幕をあっさり切り捨て、報告をするイネス。
「・・・どういうことだい、イネス君?わかりやすく説明してほしいんだけど・・・」
『そうね・・・ここではなんだし、彼女のいる研究室まで来てくれるかしら。その方がわかるはずだから』
「研究室だね、わかった。すぐに行くよ」
『それじゃあ、待ってるわ』
ピ、という音と共にウインドウが消える。
「・・・さて、じゃあエリナ君、プロス君。行こうか」
「これは、本当、なのかい・・・?」
「遺伝子を弄った形跡がかなり目立つけど、まず間違いないと思うわ。オモイカネもそう判断したしね」
「いやはやこれは・・・・・・」
「そんな・・・」
イネスのもとへ訪れたアカツキ一行は、彼女の研究室で差し出された結果報告書に我が目を疑った。
「僕たちをからかっているワケじゃあ・・・・・・ないみたいだねえ」
アカツキの冗談交じりの台詞も、或いはこの事実を認めたくなかったから出た言葉かもしれない。しかし、イネスの目が全てを肯定していることに、アカツキは認めざるをえなかった。
目の前の、この女性は・・・。
「信じられないのは私も同じ。でも、そう考えると辻褄が合うのも確か。遺伝子データバンクの中に彼女の情報はない。しかしそれに限りなく近い情報はある。そしてこの二人に共通する最大の要因・・・・・・A級ジャンパーであること」
イネスの説明に、アカツキの手が震える。
「遺伝子解析、照合結果・・・・・・[テンカワ・アキト]・・・なんてことだい」
アカツキの言葉が、部屋に木霊した。
そして、時は経ち。
テンカワ・アキト救出から4年の月日が流れ。
「「ブラック・サレナ」・・・それが貴女の乗る機体」
新たな機体との出会い。
「木連式武術・・・・・・それが私の教える『力』だ」
苛烈を極めた修行。
「ワタシハアキトノメ、アキトノミミ、アキトノテ、アキトノアシ、アキトノ・・・」
少女と『絆』を持った瞬間。
「野郎共、行くぜ!!」
懐かしき戦友との再会。
「一夜にて、天津国まで延び行くは、瓢の如き宇宙の螺旋・・・・・・滅!」
憎き宿敵との戦い。
「君の知っているテンカワ・アキトは死んだ・・・彼の生きた証、受け取ってほしい」
大事な家族との会話。
「怖かろう、悔しかろう。例え鎧を纏おうと、心の弱さは守れないのだ!」
火星での決戦。
「勝負だ・・・!」
「抜き打ちか・・・・・・笑止!」
ゴガアァ!
「ゴフッ・・・見事、だ・・・」
訪れる決着。
「さよ~なら~・・・・・・て、本当に行かせちゃっていいのかなぁ」
「本人が行くっていうもんを、無理には引き止められんでしょ」
「でも、これからどうすんだよ・・・あいつ」
「帰ってきますよ。こなかったらこちらから追っかけるまでです。だって・・・」
「だって、あの人は、大切な人だから」
別れと、決意。
「火星の後継者の乱」終結から1年。
ミスマル・ユリカが救出され、テンカワ・アキトが姿を消してから1年。
運命は、繰り返されようとしていた。
機動戦艦ナデシコ
~The valkyrie of darkness~
プロローグA「終わり、即ち始まりの音色」
火星。
全ての始まりと終わり。「蜥蜴戦争」「火星の後継者の乱」。二つの騒乱の中、渦中にあった戦神マルスの名を冠する赤の星。
その火星宙域で「火星の後継者」の残存艦隊を相手に一機の機動兵器が縦横無尽に飛び回っていた。
漆黒の追加装甲に包まれたその起動兵器は背部に取り付けられた鳥の翼の様な四枚の大型ウイングと右手に持っている、銃口が上下二段二つに別れている大型のライフルが特徴的な、ネルガル製のエステバリスCやクリムゾン製のステルンクーゲルよりも一回り大きい巨体をしている。
しかしその鈍重そうな外見からは想像もできないような高機動、高加速を繰り返し火星の後継者の起動兵器、ないし戦艦を次々と撃墜していく。
四方から雨のように飛んでくるミサイルや銃弾、レールガンに果てはグラビティ・ブラストまでも回避しながら近づいてくる敵機を左手に持つイミディエット・セイバーで切り、遠くの敵は「ツイン・ライフル」の下段にあるレールガンで打ち落とし、戦艦などの強力なディストーション・フィールドを持つものには上段のレールカノンで打ち抜く。
火星での北辰との決着の折、使えなくなった外部装甲を新しいタイプの追加装甲に新調し、ハンドカノンを外してツイン・ライフルや新システムを導入し生まれ変わった「ブラックサレナ・カスタム(以下ブラック・サレナ)」を駆る彼女―――テンカワ・アキトは思い通りに動かない身体と予想以上に多い敵の数に歯噛みした。
―――そう、ブラック・サレナのアサルトピット、そのシートに座る女性はテンカワ・アキトその人なのだ。
A級ジャンパーの被験体として火星の後継者に捕まり人体実験を受けたアキトは、脳を弄られ致死量の悪性ナノマシンを投与されたことで五感を全て失い、それだけでは収まらず自身の遺伝子までも弄られてしまった。
その結果、体内の男性因子が全て女性因子に変換され、急激な新陳代謝を起こし、僅か一晩の間に生物学上完全な「女性」へと性転換してしまった。
遺伝子を弄られたわけだからアキトはすでに「純粋なテンカワ・アキト」ではなく、「テンカワ・アキトの遺伝子に限りなく近い遺伝子を持つ女」となってしまったのだ。
ドガアンン
『右肩装甲被弾、耐久値低下!』
「くっ!当たった!?やはり『カグツチ』とのリンクは無理があるか・・・!」
カグツチの被害報告にアキトは舌打ちする。
五感を失ったアキトはマシンチャイルドのラピス・ラズリと『リンク』することで感覚をフィードバックし、体内の悪性ナノマシンをコントロールしてもらっていた。
それがなければアキトは一人で歩くこともできなくなる。
しかし今回アキトのリンク相手はラピスではなくナデシコC試験艦「ユーチャリス」搭載のオモイカネ級AI「カグツチ」である。
いままでラピスを復讐の道具として使ってきたことに後ろめたさを感じていたアキトは絆と同時に鎖ともなっているラピスとのリンクを切り、代わりにカグツチのサポートを受けている。
ナノマシンの制御という面においてはラピス以上だが、人間の感覚においては多少の誤差はあるようだ。
しかし危険な戦場においてこの僅かな誤差は命取りである。
現に今まで被弾しなかったのに、IFSの反応が鈍ったことで被弾してしまった。
アキトが現在戦っている残党は火星の後継者最後の艦隊。クーデター鎮圧から1年、ひたすら残党狩りを続けてきた結果、終にここまで追い詰めたのだ。
これで終わると、アキトは思った。
だが甘かった。
今回の敵の戦力は今までの残党とはワケが違った。
予想以上の敵戦力に調子が狂ったままのアキトはかなりの苦戦を強いられていた。
ガアアアァァァン!
『右肩装甲、損壊!第一右翼被弾、バーニア機能しま「パージしろ!!」了解、右肩装甲、第一右翼パージします!』
アラームに掻き消されそうな報告を最後まで聞かずに素早く指示を出す。
アキトの命令を忠実に実行するカグツチは瞬時に装甲とバーニアウイングを切り離した。
バシュゥ バギン!
ドガガアアン
パージした装甲はブラック・サレナを追う積巳気に直撃し爆発する。
「ウイング三枚、バランスが取れん・・・このままでは!」
バシュウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥ!
ドン ドドドドドドドドッドンッドドッドドン!
苦戦するブラック・サレナの僅か前方をグラビティ・ブラストが積巳気と戦艦の大群を飲み込んでいく。
目の前を通るグラビティ・ブラストが敵をなぎ払う様を、機体を止めることなく見ていたアキトの前にウインドウが開いた。
『マスター!敵旗艦と思われる艦影を発見しました!位置はここです!』
カグツチからの報告にアキトは頷く。
ターゲットの敵旗艦はここからそう遠くはない。最大戦速で突撃すれば十分届く距離だ。
群がっていた敵もユーチャリスのグラビティ・ブラストで一掃した。戦力はまだまだ残っているが、攻めるならば今しかない。
「カグツチ、自爆シークエンス・スタート。フィールド出力最大で敵旗艦近くの密集部へ突撃、可能な限り敵の目を引け!それとお前をサレナに移す、コピーを作れ!時間がない!」
ここが勝機と見たアキトは矢継ぎ早に指示を出す。
程なくして後方で援護砲撃をしていたユーチャリスが敵陣に向かって最大戦速で移動を開始。
ユーチャリスが突っ込んできたことに敵は反応し、戦力の3分の1はユーチャリスに向けられた。
特に旗艦を初めとした後方の艦隊は完全にユーチャリスを意識し、攻撃している。
いくらユーチャリスのディストーション・フィールドでも後方艦隊と無数の起動兵器の攻撃を防ぎきることはできない。
ディストーション・フィールドを突破した攻撃が船体を傷つけていく。
しかしそこは『機動戦艦』の後継艦、通常の戦艦などとは比べ物にならない速度で進行していく。
『ブラック・サレナへのコピー完了しました!』
「よし、ユーチャリスが落ちる前にこちらも最大戦速で行くぞ!」
ブラック・サレナが残された三枚のバーニアウイングと脚部の大型バーニア、左側だけになったバーニア、加速用のバーニア、バーニアというバーニアを一気に噴かして一瞬のうちにトップスピードを出し敵艦に突っ込んでいく。
「くううぅぅ!」
殺人的なGに晒されながらもグリップは放さない。
敵の注意がユーチャリスに向けられているために攻撃に激しさがない。幾分少なくなった、それでも普通のパイロットなら一瞬で撃墜されそうな弾幕を僅かに被弾しながらも殆どを紙一重で避け、翼のバーニアノズルから吹き出るフレアの輝きで軌跡を描きながら突き進んでいく。
『胸部第一装甲被弾!』
『フィールド出力低下!相転移ドライブ出力低下!』
『左肩装甲破損、レーダーアンテナ損壊!損傷が激しく機体が速度についていけていません!』
『第二左翼出力低下!過負荷のため放熱が間に合いません!』
カグツチの報告を全て無視して直進する。
アキトの意識はすでに弾幕と敵旗艦にしか向けられていない。
近づく旗艦。
ブラック・サレナの接近にようやく気がついた艦隊は連射式のリニアレールガンで応戦する。
しかし時すでに遅く、その距離はすでにブラック・サレナの間合いだった。
「落ちろ!屑共!」
キシュウン! キシュウン! キシュウン!
ドオオオオン
高電磁波による鋭く高い発射音と共にツイン・ライフルのレールカノンが放たれる。
3発のレールカノンは旗艦のディストーション・フィールドを打ち抜き、艦橋を吹き飛ばした。
艦のあらゆる戦闘行動を司るブリッジを破壊された旗艦はその場で機能を停止してしまう。
旗艦沈黙に動揺した敵は攻撃に生彩を欠いてしまい、ユーチャリスへの攻撃が緩んでしまった。
『ユーチャリス、目標地点に到着しました』
「・・・・・・相転移エンジン、自爆開始」
『了解、相転移エンジン、自爆開始。・・・・・・相転移エンジンの暴走を確認』
「・・・・・さよなら、ユーチャリス」
呟き、アキトはブラック・サレナを相転移する範囲の外まで退避させた。
ユーチャリスの相転移エンジンを暴走させ、敵艦隊の3分の2を相転移させたアキトは満身創痍のブラック・サレナで最後の詰めを行っていた。
一気に形勢逆転された火星の後継者は動揺のあまり実力の半分も出せず次々に打ち落とされ。
「・・・・・・終わった」
終に、最後の積巳気を撃墜した。
ここに、一機の機動兵器の手により、火星の後継者は完全に壊滅した。
『お疲れ様です、マスター。戦いがようやく終わりましたね』
「ああ、そうだな・・・」
カグツチの労いに気の抜けた返事をするアキト。長い復讐の戦いが終わったことで、今まで張り詰めていた緊張の糸が緩んでいた。
だから、気づかなかった。
ドオオォォン
「!!何だ、何が起きた!?」
アサルトピットを振動が襲った。
『背部に被弾、機関部に損傷!』
『レールガンによる攻撃!サブレーダーが半壊した積巳気をキャッチしました。入射角からこの攻撃は半壊した積巳気のものです!』
「何で今まで気づかなかった!」
悪態をつき目の前に表示されたレーダーウインドウを頼りに標的に向かってレールガンを放つ。
ドン
ドガアァン!
モニターに映る半壊した積巳気はボディを打ち抜かれ爆発四散した。
「まだ生き残っていたとはな・・・・・」
『メインレーダー損壊のために発見が遅れました。申し訳ありません、マスター』
「いや、もういい・・・・・・帰還する。ジャンプの準備を」
『了解』
アキトの指示にカグツチはボソン・ジャンプの準備を開始する。
『ジャンプフィールド形成、イメージ伝達。座標軸固定』
ブラック・サレナを光が包んでいく。
その中でアキトは月のネルガルドックをイメージングする。
「ジャンプ」
言葉と共に、ブラック・サレナはその姿を消した。