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No.317の一覧
[0] 雛鳥[S-ライムイエロー](2007/07/31 16:40)
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[317] 雛鳥
Name: S-ライムイエロー◆7cca8864
Date: 2007/07/31 16:40
お詫び
まだ最終パートが書けてないんです(汗)
殆ど旧バージョンのままの再投稿ですいません。





§§§ 0 §§§





 どろどろと脳みそが腐っていくのが分かる
 こんなのはいやだ 悲鳴を上げようとすれば舌がぼとりと

「Δ波も混じっています」
「酷い幻覚を見ているようだねぇ。まぁでも生きているなら文句は言わないよ。貴重なデータだ、洩らさず吸い出してくれよ」
「主任、被検体の心臓が停止しました。電気ショック行きます――3、2、1」

 あがぁっ もう少しでたどり着けるはずだった暗い穴から無理やり引き離される

「自殺は困るんだけどねぇ。●●の写真で何とかならない?」
「それが、受容神経系が崩壊したらしくこちらからの信号が拒否されます。もっとも11時間前の時点で記憶野も損傷していましたから――」
「それじゃあ仕方がないね。――あーもしもしテンカワ君、聞こえてないだろうけど、一応お礼を言っておくよ。君の献身のお陰で人類の科学は飛躍的に進歩することができた。本当にありがとう。続きは君の●さんに協力してもらうことにするから、安心して最後の生体実験に臨んでくれたまえ」

 にげてもにげても絡み付いてくる体の中をぐちゃぐちゃに掻き回される
 ひぃっいやだたすけて

「いいよ、やっちゃって」

 あ



§§§§§§



 ぐらっ

 いきなりです。テンカワさんが私に向かって倒れてきました。
 支えようにも体格が違いすぎますから

 どたっ

 痛た……頭は打たなかったけれど、お尻と背中がずきずきします。

「つ……テンカワさん? 大丈夫ですか?」

 ジャンクフードがどうとか言ってたのに、いきなり倒れるなんて。この人、何か持病でもあるんでしょうか?

 ぎゅう

 重いから押しのけようと……だめです。しっかりと抱きしめられてて身動きが取れません。
 何だかハァハァ荒い息をついてますし。ペドフィリアなんでしょうか?
 ネルガルの責任を追求しないといけませんね。

「テンカワさん、重いです。いい加減に放してくれませんか?」

 それ以前に、この体勢は問題があると思います。誰かに目撃されればテンカワさんは勿論被害者である私まであらぬ噂を立てられてしまいそうです。
 僅かな時間とはいえ、この船のスタッフのノリは大体把握できまし――

「うっ……ぅ……ぐ……」

 テンカワさん……泣いているんですか?
 震えていますし。私の胸に押し付けられた顔。濡れているみたいです。

……PTSD(心的外傷後ストレス障害)?

「……オモイカネ、この区画への一般職員の立ち入りをブロックしてください。それと医療班へ文面のみでアクセス。タンカの用意をしてもらって」
『分かりました』

 文面はオモイカネが適当に作ってくれるでしょう。
 それに医療班なら患者の守秘義務がありますから。

 私の声に反応したのでしょうか。テンカワさんが顔を上げました。
 男の人の泣き顔を見るのは初めてです。それもこんなに近くで。

「……ダレ?」

 いきなりご挨拶ですね。

「ルリ です。ホシノ ルリ」

 今のテンカワさんは普通じゃありませんから。ゆっくりと話しかけます。

「……るり……るり」

 私なんかの名前をこんなに丁寧に 舌で転がすように。何度も。
 今日は初めてのことでいっぱいです。

「るり」

「はい、何ですかテンカワさん」




 結局、医療班が来るまで、私とテンカワさんはただ名前を呼び合っていました。





§§§ 1 §§§





 一時的な記憶障害

 一応そういうことのようですが、ナデシコの設備ではそれ以上のことは何とも言えないそうです。
 当然原因も不明。
 オモイカネのログを見ても、ただ食事のことについて話していただけですから。

「アキト、そんなにハンバーガーが嫌いだったのかなぁ」

 そんなわけないでしょう艦長。



§§§§§§



 私は今メディカルルームにいます。
 お尻が痛いからじゃありません。テンカワさんが手を放してくれないからです。

 テンカワさん、私から放されそうになると泣くんです。
 見かねた医療班スタッフが鎮静剤を投与しようとすると、るり、るりって怯えて。
 だから、私から付き添いを申し出ました。どうせ休憩時間でしたし。

「これが、情にほだされるっていうことでしょうか」

 よく分かりません。自分ではもっとクールだと思っていたんですけど。
 カーテンの向こうにはドクターも居ますから、何かあったときにも安心です。

「……へんな人」

 へんなパイロットでへんなコックでへんな艦長の幼馴染……ああ、これだと艦長がへんみたいです。
 プロスさんには先ほどコミュニケで連絡しておきました。本社とのラインを開くようならオモイカネが知らせてくれるよう手配してありますけど、今のところは動きはないようです。
 艦長に知らせなかったのは、テンカワさんのことでは冷静な判断が下せるとは思えないから。それに、せっかく落ち着いてくれたのに、ここで大騒ぎをされると大変です。






「ルリさ……何をしてらっしゃるんですか?」
「はぁ」

 どう言えばいいんでしょう。
 ファイルを片手に入ってきたプロスさんが呆れたようにこっちを見ています。
 見下ろせば、ぼさぼさの手入れの悪い髪が私のお腹に触れるような形で

「膝枕ですか?」
「そうみたいです」

 ピピ

 片手だと端末が使いづらかったので。色々と試行錯誤した結果、これならテンカワさんも魘されることなく私も両手が自由に使えるので問題なしです。

「服務規程には……まぁ、いいでしょう」

 コホンと咳払いをしてから、プロスさんが話を切り出しました。

「ログも確認しましたが、ルリさんにはこの件での責任はないものと判断しました。それとA-22項に照らし合わせて補償もちゃんとされますのでご安心ください。それとテンカワさんですが――」

 眠ってるテンカワさんに、というより、私に説明するつもりのようですけど。

「地上に降ろすことも考えたのですが、簡易検査では特に異常が発見されなかったことと、やはりパイロット不足ということを鑑みまして、一日二日様子を見るという形にしますので、ハイ。ですから後は医療班にお任せして、ルリさんはシフトの方に戻っていただきたいと」

 分かりま……?……テンカワさん?

「それは難しいです」
「はい?」

 だって

「テンカワさん、私を放してくれませんから」
「いや、ルリさん、いくらなんでもそれは」
「通常業務ならここからでも行えます。さっきシステムを組み上げましたから」

 分かりましたと答えるつもりが、まったく違うことを口にしていました。
 きゅ
 テンカワさんの腕に力が篭ったから。
 システムを組むくらい、これから30分もあれば何とかなります。うっかりもう組み上げたと言い間違えただけ。この程度は誤差の範囲のはず。

(……るり)

 大丈夫ですから。

 たかが11歳の少女に大の男がすがり付いて震えてるんです。滑稽としか言いようがありません。

「何もこれからずっとというわけじゃないです。一晩寝ればきっとテンカワさんも落ち着くと思います」

 滑稽だから、もうしばらく眺めていたいと思ったんでしょう。たぶんそうです。






 結局、一晩だけということでプロスさんを押し切りました。

「はぁ……何をやってるんでしょうね、私……」

「……るり?」
「何ですかテンカワさん。ああ、大丈夫ですよ 今夜は一緒に居ます」

 ごそと頭を擡げようとしたのを押しとどめて。

「テンカワさん、少し向こう側に寄ってください。私も横になりたいですから」

 ベッドに潜り込んだら、しっかりと抱きしめられました。

……パジャマには着替えられないし、夕食も抜き、シャワーもだめですか。それなのに、どうしてでしょう。不快だという気持ちは沸いてきません。

「……るり」

 この声のせいでしょうか。
 目を閉じると、心臓の音が聞こえるというのも。

 そういえば

「……誰かと一緒に寝るのも、初めてですね」





§§§ 2 §§§





「るり シナナイデ」

……人をたたき起こしておいて、何を寝ぼけたことを言ってるんですか。



§§§§§§



 がくがくと揺さぶられてびっくりして飛び起きてみれば。
……どこですか、ここは? それにどうして……ああ、思い出しました。

「テンカワさん、私は死んだりしませんよ」

 ほら、心臓だってちゃんと動いているでしょう?
 安心してくれたんでしょうか。テンカワさんも泣き止んでくれました。
 はぁ
 中々いい夢を見ていたような気がするのに、惜しいことをしました。
 今のテンカワさんに文句を言うつもりもありませんけど。
 コミュニケの表示では3時半。深夜勤ですね。

「…………」

……一応、聞いてみましょうか。

「テンカワさん、少しだけ離してくれませんか?」

 ふるふるふる
 やっぱり。
 益々強くしがみ付かれました。う……そのせいで、余計に切羽詰って……

「でしたら、少しだけつきあってください」

 一緒なら文句はないでしょう?






「テンカワさん、目を瞑っていてくださいね」

 素直に目を閉じてくれます。手さえちゃんと握っていればそれで安心できるみたいですね。思っていた通りです。
 片手でショーツを下ろすのに少し手間取りましたが。

「見たらだめですよ」

 エチケットノイズを流すときに、テンカワさんの手がぴくとしましたけど、それだけです。




 がさがさ




 じゃああああああぁぁぁぁぁ




「テンカワさんも、するんでしたらどうぞ」




……わたしもめをとじていました。しょうじょですから。うそじゃありません。




 ちゃんと手も洗いました。
 テンカワさんが私を後ろから抱き包むようにして、二人一緒に。
 どうやら日常の生活習慣は身体が覚えているようです。語彙もある程度は理解しているようですし、ただ記憶がひどく裁断されているようです。
 私は専門家じゃありませんから、ただ想像するだけです。

……それは、私には馴染みがあることで。

「……オモイカネ」

 小声で呼びかけます。テンカワさんを起こしたくはありませんから。

『なに、ルリ?』
「私の想像通りなら、テンカワさんは元には戻らない」
『……データ不足。発想の飛躍しすぎ』
「でも治らないわけじゃない。治す……ううん、直す方が簡単かもしれない」

 ぴこぴこと慌しくウインドウが開く。そんなに慌てなくても。ただちょっと言ってみただけ。

『ルリも疲れてる』『早く寝た方がいい』『安眠推奨』

 そう。確かに疲れてる。ルーチンだった私の日常は、ナデシコに乗ってから目まぐるしく変わっていく。明日がどうなるのか想像もつかない。

……くす

 今、私笑ってた?

 明日は、多分、大騒ぎになるだろう。艦長にいつまでも隠しておけるわけじゃないし。私にしても、ブリッジでなければ処理できない仕事がある。

「おやすみなさい、オモイカネ」

 それと……おやすみなさい、テンカワさん





§§§ 3 §§§





 がんっ

 これで3人目です。
 すれ違った人が壁に頭をぶつけて悶絶。

……私とテンカワさんが手を繋いでたらいけませんか?



§§§§§§



 はぁ
 朝ご飯をハンバーガーで済ませたのはやっぱり正解だったのでしょう。
 片手だと他に選択肢はありませんでしたし。これで食堂に行っていたら、どんな騒ぎになっていたか。

 シュコと圧縮空気の音がしてブリッジの扉が開きました。

「昨日はシフトを抜けてすいませんでした。今から通常業務に戻ります」

 ただその前にプロスさんに――

「ああっアキトだアキト逢いに来てくれたんだうれしいな食堂行ったらいなかったから心配してたんだよそっか行き違いになったんだねホウメイさん教えてくれたっていいのにああああああぁぁっ!!なんでルリちゃんとそんなにしっかり手を繋いだりしてるの!ずるいずるい艦長命令です直ちにアキトはこっちに来て私と手を繋ぎなさーーいっ!!」

 痛さについ顔をしかめてしまいました。
 艦長の反応は予測していましたが、大声にびっくりしたのかテンカワさんがぎゅっと手に力を込めたから。
 それにしても……プロスさんもやってくれますね。
 睨み付けた先で一人だけ涼しい顔をしています。
 何も手を打たないことで手段とする ですか。

「くあ、ユ、ユリカ、ちょっと落ち着いて」
「だってだってアキトがルリちゃんとーっ!」

 艦長が大声を上げるたびにびくびくしているテンカワさんを引き摺って

「困りますなぁルリさん」

 オペレーターシートの手前でプロスさんに捕まりました。
……さて、どう切り抜けましょう。
 私は所詮専門バカでしかありません。まともに交渉してプロスさんに敵うはずがないです。

「服務規程に抵触しますよ」
「『手を繋ぐ』までなら問題ありません」

 他のブリッジクルーには意味が分からなくても、けん制にはなったはず。
 握った手のひらが熱いのはテンカワさんも緊張しているんでしょうか。

「く、それは置いておいて。昨日だけというお話だったでしょう。ドクターの報告では、自室で安静させるということでしたが」
「そうしようと思いましたが私から同行を申し出ました」
「は?」
「昨日のアレはテンカワさんを落ち着かせるための緊急措置です」
「で、では今日のは?」
「私のわがままです」

 一瞬ブリッジがしんと静まり返って、それから――艦長が爆発しました。
 ずるいとか横暴とか、まぁとにかくそういうことを連呼しています。
 でもこれで
 論点をテンカワさんの病状から私の問題にすりかえることができました。

「別にかまわないでしょう。契約では私に対して最大限の便宜を図ることが明記されていますし、テンカワさんご自身に不満がないのならこの程度のわがままかわいいものじゃないですか」
「ルリちゃん、いくらなんでもそれは――」
「そうですよ、テンカワさんがいくら優しいからって――」

 一歩出遅れましたねプロスさん。
 この状況で今更テンカワさんのことを持ち出しても誰も聞く耳持ちません。皆、堅苦しい話よりゴシップの方が好きなんですから。






 と、いうわけで。
 ホシノルリはナデシコで一番わがままで横暴な子供ということに決まりました。





§§§ 4 §§§





「るり」
「何ですか、テンカワさん?」
「キンイロ」
「ああ……この目ですか。気持ち悪いですか?」
 ふるふる
「キレイ」
………………

「ルリちゃんどうしたのかな? 顔赤かったけど」
「さぁ?」



§§§§§§



 艦長があの調子で騒いでくれてるお陰で、一連の騒動は子供のけんかと受け止められてるみたいです。
 眉を顰める人よりも面白がって応援してくれる人の方が多いのがナデシコらしいところなんでしょう。
 だったら精々子供らしく振舞ってあげます。




 自動販売機にカードを入れようとした私の手を

 くんっ

「何ですかテンカワさん、早く食べないとお昼休みが終わっちゃいますよ」

 ふるふると首を横に振って

「あっ」

 テンカワさんの方から引っ張っていくの、初めてです。
……力、強いんですね
 裏切られたような……少し怖くて

「ちょっと、テンカワさんっ 一体どこへ――」

 足を止めたテンカワさんにぶつかりそうになって……ここ?

「食堂……ですか?」

 ちょっと睨みつけます。もしかして、全部覚えてるんですか?
 でもテンカワさんのぼーっとした表情は変わりません。
 はぁ
 仕方ないですね。
 もう注目の的です。今更逃げたって遅いでしょう。
 しっかりと握った手……テンカワさんも逃がしてくれなそうです。




 元々食堂の椅子は大人向けに作られていますから、私にはちょっと大きかったんです。
でもこうすると丁度いいんですね。
 お尻も暖かいですし。

 はむっ んくんく

 ホウメイさんお手製のハンバーガーは流石においしいです。
 噛むほどに美味しさが口の中に広がります。

 はむっ

 振り返るとテンカワさんも私と同じようにハンバーガーを頬張ってました。

「ふふっ」
「何ですか、ミナトさん」
「最初はテンカワ君にルリちゃんが甘えてるのかと思ってたんだけど、何だか逆みたい」
「はぁ」
「やってることは親子みたいなのに、こうして近くで見ると何か違うのよねぇ」

 一緒のテーブルでくすくすと微笑むミナトさん。彼女のお陰でブリッジでテンカワさんと一緒にいられるわけですけど、どこまで考えてのことかはよく分かりません。

 ずずっ

「ほら、また」

 同じタイミングでジュースを啜った私たちを見て、ミナトさんがころころと笑ってます。
 私は合わせてるつもりはありませんし、やっぱりテンカワさんが真似をしてるんでしょうか。

 はむっ んくんく
 ごっくん




 ミナトさん、面白いからもっとやってと言って、パフェを奢ってくれました。
……いっぱい笑われました。何だか複雑です。





§§§ 5 §§§





 こしこし

「もう少し強くしてもいいですよ……ん、そのくらいで」

 ざああぁ

「ありがとうございます、それじゃあ今度はテンカワさんここに座ってください」

――――オモイカネ音声ログより



§§§§§§



 実際問題として、ナデシコは戦艦であって病院ではありません。このままだと近いうちにテンカワさんはナデシコを下ろされてしまうでしょう。
 福利厚生には力を入れているネルガルです。テンカワさんを放り出すようなことはしないでしょうし。元々成り行きでパイロットにさせられたんですから、その方がいいはずです。
……
 その方がいいはずなんです。

「……はぁ」

 暗い天上を見上げて。早く寝ないといけないのに。
 すぐ横から寝息が聞こえてきます。
……テンカワさんのせいで悩んでいるというのに。
 あんまり暢気だから。鼻でもつまんであげましょうか。

「……」

 起きませんね。じゃあ、脇を擽って……これでもだめですか。

 ぺちぺち

 ほっぺを叩いても、寝息は乱れもしません。
……なんだか 何ででしょう 胸の辺りがむかむかします。
 もしかして、ばかにされてるんでしょうか?
 こうなったら、ちょっと――

 がばっ

 きゃっ!
 突然押さえ込まれました。すごい力です。ぎゅうって。
 真っ暗な中で。身動き一つとれずに。
 どくどくと心臓だけが。

「……?」

……何も、起こりません。
 ただ、抱きしめられてるだけです。

「……テンカワ……さん?」

 返事は寝息でした。もしかして寝ぼけてたってことですか?
 それとも
 もしかして……私が起き上がろうとしたからですか?
 あれはただ、テンカワさんに馬乗りになろうとしただけだったのに。
 両腕だけじゃなくて、両足まで絡みつかれてます。

……るり……

 言葉じゃありません。ただ、身体中でそう言っている。だからわたしは

「……なんですか、テンカワさん……わたしはどこにも行きませんよ」

 きゅ

 初めて、わたしの方から抱き返しました。






 テンカワさんと手を繋いでブリッジイン。

「おはよ、ルリルリ」
「おはようございます」

 オペレーターシートを一杯まで後ろに引いて、そこにまずテンカワさん。
 その膝の上にわたしが座ります。
 艦長がいるときにはここでひと悶着あるんですけど。

 ぴぴっ

 オモイカネの消音信号です。これは――






「……というわけでして、テンカワさんにはナデシコを降りていただくことになりました」

 プロスさん、少しやつれましたね。
 でも、流石です。ここまで揃えられてしまうともう子供の我侭は通りそうにありません。
 尤もプロスさんが説得に一番苦労したのは艦長の我侭だったみたいですけど。
 ちらと向こうを見ると艦長がアキトアキトとまだごねてます。

「でもどうするの? ルリルリと離れるとテンカワくん泣いちゃうんじゃ」

「そこは申し訳ありませんが、鎮静剤を投与させていただくということで。医療上の緊急措置というやつです、ハイ」

 プシュ

 即効性のアンプルだったんでしょう。テンカワさんの手からくたりと力が抜けて、わたしの指がすべり落ちます。
 しょうがないですね。
 さようなら。お大事に、テンカワさん。振り回されましたけど、でもいやじゃなかったですよ。
 自分でも意外でしたけど。

「――ちょっと、ルリルリ?」

「ルリさん!?」

 うるさいですね。何ですか。わたしはテンカワさんにお別れを言おうとしてるんですからじゃまをしないでください。
 あんなふうにだれかにだきしめられたり、いっしょに寝たり、ごはんをたべて、いっしょにおふろにはいって

「…………っ!……っ!」

「……リちゃんっ! ちょとしっかりして!」

 うるさいです
 だれですか泣いてるのは こどもみたいに
 じゃまをしないで……ひっく……わたしはただ……この手と……いっしょに……





§§§ 6 §§§





 ネルガルのスカウト方針
 能力が一流なら後は二の次 というのは、やはり問題だと思います
 わたしが言うのもあれですけど

 ハンガーストライキよりも悪辣だったと、自分のしたことを振り返ったり



§§§§§§



 子供が泣きついたくらいで手を止めてくれるほど企業は甘くないですし、わたしの体力は同年の平均値を下回っていますから
 テンカワさんにしがみ付いていたわたしはあっさりと引き剥がされてしまいました

 しょうがないですね

 生まれて初めて大声で泣き喚きながら、ああ、今のわたしは正気じゃありません
 思っていたよりもテンカワさんに依存していたみたいで
 人よりも若干多めのナノマシンを使うと色んなことができるんです たとえばこんな――

 ばしゃっ

「きゃああぁぁっ! ルリちゃんっ!」

 咽るようにして、溢れ出す大量の血
 傷みは……よく分かりません 実際それどころじゃなくて
 破裂させたのは、口内と食道の血管 治るまではご飯を食べるのに苦労しそうですね

 けほ ごほっ

 痛くはないんですけど、血の匂いに気が遠くなりそうです
 流石に周りもぎょっとしたみたいで、わたしを抑えていた手が緩みました 分かる人には内臓からの出血かどうかなんて一目瞭然でしょうから、あまり余裕はありません
 演技しなくても、足元がふらつきます
 そのまま、もう一度テンカワさんのところに

 はぁ

 ぎゅうとしがみ付くと、抱き返してくれないのがちょっと不満です 麻酔が効いてるからしかたないんですけど

「……テ……ワ…ざん……」

 ざらざわのひどい声しか出ません 血で服も汚しちゃいましたし
 さて
 ちらりと目があったプロスペクターさんに、口の端だけで笑って見せます
 苦い顔 冷静なのはこの人だけみたい でもポーカーフェイスを作れていないということは、今回はわたしの勝ちということでいいんですよね

 一緒に降ろすか それとも一緒に乗せるか

 わたしはどっちでもいいんですけど どっちにしますか?






 このところ、医務室憑いてますね
 口の中が何だかもこもこします

 さて、あれからどうなったんでしょうか? 一応、ここはナデシコ艦内みたいですけど
 それでも、落ち着いていられたのは

 きゅ

 右手をやさしく握ってくれていた大きな手に、軽く力が入りました
 起きたことに気がついてくれたんでしょうか、わたしも軽く握り返します

 きゅ  きゅ きゅ

 おもしろいですね 言葉ではないコミュニケーションです
 テンカワさんの目元が、ふわりと優しくなりました

「るり オハヨウ」

 声が出せないから、返事は握った手で
 今、何日で、あれからどうなったのか
 コミュニケは……今は、握った手を放すのがなんだか惜しくて もうちょっと寝た振りしましょう

 きゅ きゅ

 指先での会話はそのままに
 どうせそのうちプロスさんがくるでしょうから それまでは休憩です





§§§ 7 §§§





 わたしが寝ている間、ナデシコは暢気にぷかぷかと海の上を漂っていたそうです
 そんなんでいいんですか?
 そう聞いたら、プロスさんが胃の辺りを押さえていました

「……いったい誰のせいだと……」

 ごめんなさい



§§§§§§



 口の中を少し切っただけで、他はどこも悪くないんですけど、皆さんわたしたちには腫れ物を触るような態度で

「あ……お、おはよう、ルリちゃん」

 おはようございます
 ぺこりと頭を下げて まだちょっとしゃべるのはきついので
 と、騒がしさがいつもより少ないですね
 どうしたんでしょうと見回してみましたが 艦長はいつもどおり……ああ、キノコさんがいません そうですか、今日退艦だったんですか
 こんな欠陥品だとは思わなかったってぶちぶち言ってましたけど、半分以上はわたしに対してだったんでしょうね
 ……ちょっとオモイカネと仲がいいだけの少女に何を期待してたんでしょう




 わたしの暴挙はネルガルにも不安を抱かせたみたいで、今ナデシコは一週間の慣熟訓練の真っ最中です
 わたしも眠気を堪えながらオペレーション中

 あ……ふ

 ぴ と小さな警告音 誰にも気づかれて……ませんね
 テンカワさんの膝の上というのは、妙に気が休まるというか お腹にしっかりと回された手が安心感を齎してくれるんでしょうか

「――ダメコン、左舷Cブロック隔壁閉鎖!」

 艦長の指示に合わせて整備班の誘導と連絡 ついでにランダムでもう2箇所着弾マーク追加 オモイカネが振動も演出

 もそもそ

 テンカワさん、たいくつですか?
 わたしのお腹の上で組まれた指が、ぴくぴくしてます
 ちょうどおへその 笑っちゃいますから、そこは止めてください
 通常航行時でしたらわたしの髪の毛で遊ばせるんですが、今は戦闘シュミレーション中です
 ブリッジはそれなりに緊張してるし大声も飛び交ってるんですけど、わたしはたちじっと座ってるだけですから テンカワさんつまらないんでしょう
 そうですね それなら、見つからないようにこっそりと例の指先会話でも――

 いいことを、思いつきました

 テンカワさんの右手を引っ張って、IFSボードに その上からわたしの手を重ねます

 びくん

 強すぎたみたいです 少し落としましょう それと――

「ちょ、ちょっと! いきなりきつくなったわよっ」
「バッタが三角フォーメーションで突っ込んで!?」

 ちゅどごーん

 こっちに注意が向かないよう、シミュレーションの難易度を上げて 成績次第で減俸もありと言う話ですから、みんな必死になってくれるでしょう

 さて

 テンカワさん、今度は痛くありませんか?

 こくん

 何だか、どきどきしますね いつもはわたしとオモイカネの二人だけですから

 それじゃあ

 すうっと、耳元から音が遠く




――おさんぽ いきましょうか






 痛いくらいに握り締められた『右手』
 怖いですか?
 でしたら

 ぬぢゅり

 右腕の、肘まで重ね合わせて これなら、どうですか?
 伝わってくる安堵 ここはどこ?

 オモイカネの中です

 見渡すテンカワさんが――見渡す? おかしいですね 視覚まで引き込むつもりはなかったんですけど
 目が見えないわけでもないのに、やっぱり変な人です わたしと混ざるのにも抵抗あまり感じませんでしたし

 興味 困惑 少しだけ緊張

 それにしても わたしにとってはこの辺りは浅瀬でぱちゃぱちゃ 一人のときは見向きもしないで一気に突き抜けちゃうところですから
 こうしてじっくり見るのはわたしにとっても新鮮だったかも

――っ

 魚みたいなノイズにびっくりして
 やっぱり見えてるんですね
 手を伸ばそうとして ぱしゃりと跳ねるのに慌ててぎゅうってしがみ付いてきて

 あ 今

 ちょっと、こまる
 もう少し警戒 してくれないと わたしと混ざっちゃいますよ 心臓が跳
 まあ、でも
 わたしがちゃんとしてればいいことです

 抱き合ったまま ふわふわ 漂

 外は……ああ、もう少し大丈夫ですね

 テンカワさん、こんどはあっちに行って見ましょうか

 こくん

 お散歩なら、急ぐ必要ないです ふよふよ






……つかれましたか?

 ふるふる

 また、行きたいですか?

 こくん





§§§ 8 §§§





 いいかげん 甘えるのやめたらどうですか
 いつもいつもべったり貼り付いて
 うっとうしいんですよ

―――― 鏡の自分に向かって



§§§§§§



 Gを切ってのシミュレーターにあまり意味はないのかもしれませんが
 プロスさんも頭を抱えてましたし
 それでもしないよりましだろうということで、今日もわたしはテンカワさんの膝の上

 ごがんずごごごどごんごばっ

『だああっ ちょこまかとっ!』

 小刻みな起動でロックオンを外して弾幕にあわせて突っ込んできたスバル機の背後を――これで撃墜

 ぱちぱちぱち

「上手くなりましたね、テンカワさん」

 そんなことないよと照れたような微笑
 テンカワさんは前より無口になっちゃいました わたしの影響だそうですが
 お世辞じゃなしに、スバルさんを相手に勝率3割1分は立派なものだと思います

 役立たずの戦艦は、こっそりとビッグバリアをすり抜けてこっそりとパイロットを補充して、こっそりと火星に向かって航行中です
 被害が少ないしかえってよかったかもねと雲の上の会話があったことは、わたしは知らないことになってます
 火星までの単艦航行が成功すれば十分に宣伝になるから販促キャンペーンはそのときに、とか 取らぬたぬきのなんとやら

 汗掻いちゃいましたね
 手を繋いで二人してシャワールームへ

 いつの間にか、誰も何も言わなくなっちゃいましたけど






 はぁ

 差し出されたのはコーヒー牛乳 ちょうど飲みたいと思ってたんです

 こく こく

 わたしが気がついていなかった好みまで、テンカワさんは分かってくれます
 だったら、わたしはどうでしょうか……テンカワさんの好み 分かってあげられるでしょうか?

 ちらりと見上げると、テンカワさんもコーヒー牛乳
 合わせてくれるのはうれしい けど

 ぽふ

 濡れた髪の毛の上に、テンカワさんの手

……いつか、言われるだろうな
 テンカワさんは多分もう一人でも大丈夫
 今心配されてるのは、わたしの方だと思う

 ぽふ ぽふ

 優しい手
 なぜか もう一度シャワーを浴びたくなった……






 オペレートの間、ほとんどテンカワさんとオモイカネの中にいる
 意識を3分割――オペレートとブリッジ内とおさんぽに分けてるのに、その方が一つに集中してるよりも効率がいい

 前は幽霊に毛が生えたみたいに不安定だったテンカワさんも、今ではすっかり慣れた
 木陰で膝枕
 バーチャルルームよりも臨場感があります

 俺は、安定なんかしてないよ

 そんなことないです

 そんなことある 俺はずっとルリちゃんによっかかりっぱなしだ

 下から伸ばされた手が、わたしの髪先を漉いて

 さぁ と、風が

「テンカワさんは
 わたしが好きなんでしょうか?」

「俺は多分、ルリちゃんが好きだよ」

 だって

 と、黒い目を細めながら

「俺がこんなにルリちゃんが好きだから きっと俺もルリちゃんが好きだよ」

「好きなのに、逢いに行くのが怖いんですか?」

「ルリちゃんは、きっと俺のことがきらいだよ それに……もう、壊されちゃってるだろうし」

 俺のせいで

 だから帰りたくない ここにはルリちゃんがいるから とてもやさしいから 居心地がいいから ここなら一緒にいられるから

 言葉にならない 押し流されそうな……押し流されてもいいと このまま




「わたし も」

 涙が零れる あのときみたいに

「きっと、テンカワさんのことが好きです」

「だから、行ってあげてください」

「わたしは、わたしだからっ……泣き虫で 我侭で 無愛想で どうしようもない子供で……それでもっ テンカワさんのことが大好きだからっ」

 知らないのに分かってしまう
 テンカワさんに何があったのか わたしに何が起こるのか

「おねがいだからっ 行ってください!」

 わたしは テンカワさんを追い詰める
 幸せな『夢』から 残酷な『現実』へと

 二人で避けてきた でも、もう

「……行かないなら……ここで殺してあげます」




 そして テンカワさんは





§§§ 9 §§§





 本当にもう大丈夫なんですかっ テンカワさん?

 あ、ああ、ごめん心配かけちゃったみたいだね

 よかったよぉアキト、ずうっと心配してたんだよ!

 あ、ユリカも うわっ



§§§§§§



 演習の真っ最中に突然叫びだしたテンカワさん。わたしはその勢いでシートから跳ね飛ばされました。

 ごめんなさい

 叫びながら、びくびく痙攣してるテンカワさんを、ぼんやりと見つめる。
 動けないわたしに代わって、ミナトさんとメグミさんがメディックにコミュニケを繋いで、

 ごめんなさい

 わたしは、テンカワさんを死なせるつもりだったんだろうか。
 もっとゆっくり、テンカワさんに負担が掛からないようにしなきゃいけなかったのに。
 手のひらにじっとりと汗が浮かんでる。
 あんなにいきなり。言われたことに、混乱して、舞い上がって
 ぼんやりと、思い出す
 わたしは何を言った?

『……行かないなら……ここで殺してあげます』

 何様のつもりだろう。吐き気がしてくる。

「……ンカワ……さん……」

 あれ? いつの間にか、ブリッジに誰もいなくなってる。
 演習は?
 ピピ オモイカネのウィンドウ はぁ、そうですか、中止
 立ち上がろうとして

 かくん

 立てません 膝が震えてます
 オモイカネ、教えて テンカワさんは?

――医務室に搬送されました 現在検査中

 テンカワ……さんは、帰っちゃいましたか? ちゃんと帰れましたか?

――ルリの発言の意味不明 彼は医務室にいます。

 あはは はは そうですね

 ゴギッ

「オモイカネ……わたしは今余裕がないんです……」

 床を殴りつけて 全然痛くないなんて不思議ですね これも夢でしょうか

「テンカワさんの中にいたテンカワさんは、ちゃんと帰れたかって聞いてるんです」

――分かりません

 少しは悩めば可愛げがあるのに
 よろりと、シートを伝って立ち上がる。わたしも医務室に行きます。オモイカネ、哨戒はお願い。






 ドアの開け放たれた医務室 から、にぎやかな声が漏れてきます。

 そう ですか

 よかったと 思わないといけないのに

……手の中からすり抜けちゃった

 その場で引き返して、ブリッジ
 オペレーターシートが、とても広くて……冷たい

 ピピピ

 その領域、潰しちゃっていいですよ もうお仕事中に散歩なんてしません
 勤務評定に響きますから

「テンカワさんの部屋も、元の設定に」

 ピピ

 なにが、ルリちゃんのことが好き ですか

「うそつき」

 目元に手を当てて 涙が出てないのがちょっとだけ不思議
 でも ああ、そういうことですか

 止めてくれる人がいないと、泣くこともできない と

「ははは ほんとうに、ばかみたい」

 どうせ、テンカワさん何も覚えてないでしょう。だからわたしも全部忘れます。
 はい、忘れました。
 便利ですね。






 おままごと でした

 あそび

 だけど テンカワさん

 あなたのことを アキトと呼ぶわたし は 本気で あなたのことがとてもとても好きです

 それだけは本当です

 だから もういちど、手を 握ってあげてください

――さん








§§§§§§§§§ ??? §§§§§§§§§





 だ れ ?




 かけら ゆび? ぎゅうって

 とくん とくん

 もしかして  ――さん? どうしよう ゆめ

 でも うれし

 そこにいますか?

 あなたの めのまえに わたしはいます か?

 すぐきえちゃうゆめですか?

 ひらかないまぶた きこえないみみ

 ゆめでもいいから もういちど あたまなでて

 かおは みないでください くらいままにして

 からりからり くずれてくわたし

 まって もうすこしだけ

 いくらでもじっけん いいから がまんする ぶひん なる

 だから

 すがりつく

 くろいくろいぐちょぐちょぐちょぐちょぐちょぐちょのゆめは もうやなの

 あきとさん

 あいた か た






 神経節がずだずだで、未だ寝返り一つ打てない私のよだれをそっと拭ってくれた

「おいしい? ルリちゃん」

 おいしいです でも
 一口ごとに頭を撫でるのはやめてください……恥ずかしいです

 プラスチックのスプーンに盛られたプリン
 それと 耳まで真っ赤になった私の顔

 目の見えない私がこうしてものを見ることができるのは、アキトさんが支えてくれているから
 私の網膜に映ったモノをアキトさんの脳内で信号化 それを私にフィードバック
 ただそのとき、アキトさんの目に映るものまで一緒に見えてしまう

 もう一匙
 口の中でとろける甘さ
 どこかで諦めてた だから、うれしくて

「泣かないで」

 アキトさんだって泣いてます 説得力ないです






 現実だとは信じられなくて、随分と醜態を晒してしまいました
 八つ当たりをして 甘えて 肩車をねだって キス とか それから……
 だって、アキトさんにそんな真似ができるなんて思えなかったから、それに…………生きてるはずがないと……

 身体は奴らに渡して、ずうっとこのまま夢を見ていられたら そんな風に

 気の遠くなるような永い永い夢
 変だなとはどこかで思いながら
 私の夢のはずなのに、アキトさんはあきらめずに ばらばらになった私を丁寧に繋いでいく
 私が癇癪を起こしても そんなことをしたって無駄だから最後にもう一度せっくすしてってお願いしても

 そして

 それは、初めて また『痛み』を感じられたとき

「え? これって、ゆめ じゃ」

 初めて、またアキトさんの声が聞こえたとき

「……うそ」

 初めて、またアキトさんの顔がみれたとき

「ほんと に……」

 三日ほど、頭が真っ白になっちゃってました

 だって、おむつとかおふろとかまで全部アキトさんがしてくれてたんです。ひどいです。私ずうっと夢だって信じてたのに。




「ルリちゃん、ちょっとごめんね」

 ああ、はい どうぞ
 意識してお腹の力を抜く 若干まだ感覚が鈍いけど、アキトさんの手がゆっくりと私のお腹を上から押して






「イネスさんにお願いして、優先的に繋いでくれるよう頼んだから。もう少しでおむつは外せるよ よかったね」

 寝たきりの私、汗疹一つないのは、アキトさんの介護のおかげです。でも

「そんな顔しないで」

 嫌なんじゃありません、ただ恥ずかしいんです。
 見ててください 動けるようになったら、今度は私がアキトさんの面倒全部見てやるんですっ
 私の決意を聞いてエリナさんは呆れてましたけど ばかっぷるは勝手にやってなさい、とか

「不思議だね」

 ゆっくりと 私の頭を撫でながら

「ルリちゃんとは、顔も、年も、瞳も、髪の色も髪型も声も、皆違ったのに、でもやっぱりルリちゃんだったよ」

「そう ですか」

「うん とっても優しくて、強い子だったよ 俺なんかよりずうっとずうっと、だからルリちゃんだって分かったんだ」

「……あちらの世界の私 ですか」

 少し ちくりと胸 これは、あれですね 嫉妬 アキトさんがそんなに優しい目をしてるから

 つ と指が滑って、私の耳元を擽る

「違うよルリちゃん 世界が幾つあったって、ルリちゃんは一人しかいないんだ」

 瞼をなぞって 唇に

「どうしてルリちゃん本人が分からないのか、そっちの方が俺は不思議だよ」

 本気で首傾げてます
 ええと

「つまり、あちらの私も私自身なんだから、アキトさんが彼女のことを好きなのも当然と言うわけですね」

「そうだよ 何だ、分かってるんじゃないか」

 手が動いたら、ほっぺつねってやるのに

 でも、不思議ですね
 アキトさんの話を聞いてたら、何だか
 気のせいでしょうか
 アキトさんをテンカワさんって呼んで 一緒にお風呂に入った記憶が、ふと……

「ねぇ、アキトさん 私もアキトさんが好きですよ」

「え?」

「黒髪で、ぼさぼさの髪型で、黄色い服を着てるコックさん」

「っ ルリちゃん」

「適当に言ってみただけです。でも、そうですね。もしもそんなアキトさんがいたら……姿は全然違っても、アキトさんはやっぱりアキトさんだから」

 だから、きっと私は好きになる。

「嫉妬 しますか?」

「……複雑だな」

 くすくす

 でも、一番好きなのは、アキトさんです






 おかえりなさい

 それと

 見つけてくれて ありがとう








§§§ 10 §§§







§§§§§§



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