ネルガル月支社、窓のない地下9階、工事中エリアの個室。
ドアは締め切られ、照明もついておらず、薄暗い。光源は唯一モニターのみ。
空調も作動していない。吐く息が白い。だんだんと室温が下降してきているのをルリは実感していた。
指先にシビレを感じて腕をさすってみると、鳥肌が立っている。
だが懐に忍ばせたカイロは、まだ使うつもりはない。高熱源があればセンサーに引っかかりやすくなる。
寒さで指が動かなくなるまで、あと何分だろう。
しかしカイロで寒さをしのげたとしても、次に襲いくる難題は解決不能である。
空調を止めたままでは二酸化炭素濃度が上がりすぎて、呼吸ができなくなるのだ。月面基地での酸素ボンベの在庫管理は厳重で、持ち出せなかった。ルリなら監視をかいくぐる事も可能だったが、余計なところから足がつくのを恐れて敢えて手を出さなかった。
とにかくあまり長居はできそうにないが、情報を入手できそうな場所はここ以外にはないから、まだ移動するわけにはいかない。
ここには、中央基幹直結の匿名回線が工事のテストのために一時的に敷設されているからだ。工事中なのでエリアおよび部屋の出入りは記録されず、回線の権限は管理者特権に次ぐテスター権限で、一般ユーザー権限ではアクセスできない領域にも容易くアクセスできる。
急がなくてはならない、が。
白くて細い陶器のようになめらかな指が、ポチ、ポチ、ポチ、と間隔を開けながらキーボードを押していき、ルリが持参してきた小型の電池駆動式端末がにょろにょろりとトロくさく動く。普段からオモイカネ級ばかりと付き合っているルリは、この処理速度の遅さで完全にリズムを狂わせられている。
指先が痙攣するのは、決して寒さばかりのせいではなかった。
早く次のコマンドを入力したいのだが、実行中の処理が終わらないうちに入力を開始すると、バッファーから命令が溢れて異常動作の原因になる。余裕を持って根気よくやるしかない。
今ルリがやっているのは、ルリの基準からすればハッキングとも呼べないようなお粗末な不正アクセスだ。テスター権限の、しかも匿名回線を偶然見つけただけの幸運を頼りにするなど、ゴミ箱を漁ってパスワードが書かれた付箋紙を探すのと大差はない。ルリも本来ならこんなことはしたくなかった。あくまで適法行為で入手した情報断片から穴を捜索し、それにあわせたプログラムを即興で作って実行するのが腕利き正統派ハッカーの仕事だ。
セキュリティを組んだ人間との知恵比べに勝ってこそ、情報を得る資格があると思う。運用の不始末を利用したハッキングなど、実利はあれども美しくはない。そんなものは奥歯に自殺用毒薬を仕込んでいるような諜報機関の連中にやらせておけばいい。
ぽち、ぽち、・・・。
明かりのない寒々とした部屋で、ただキータッチの音だけが響く。
ルリが己のハッカーとしての誇りを棚上げしてまで、得ようとしている情報。
それは大豪寺凱の経歴だ。一般公開されている電話帳から各種公組織の名簿、果ては役所の戸籍をハッキングして調べまわったが、成果は上がらなかった。同僚の過去を詮索するのはいささか悪趣味であるが、調べずにはいられなかった。
凱を異性として意識しているから、ではない。
気になるのは、凱の所有する宝石の宮殿と、カイユーダスだ。
シャトル事故の時にあの規格外艦とそれに搭載されているカイユーダスの機体構造を目にして以来、ルリはずっと調査を続けていた。あんな規格外艦の存在などこれまでに聞いたことも無かったが、それだけなら、酔狂な金持ちが自分だけが所有するという自尊心を満たすために建造することはありえるだろう。
でも、あのカイユーダスをその理屈で見逃すことはできなかった。
カイユーダス。コードネーム「ディバイナー オブ オーパライン」、その名も純白の神像。イロクォイスと同じ動力システム、同じ武装を備えた機動兵器である。
先日完成したばかりの試作機動兵器イロクォイスに搭載されている新システムの数々、放射性同位体を利用した発電機構、固体プラズマ砲、電磁衝撃圏展開機、などなど。今までに雛形すらもなかった完全新機軸の技術をいきなり機動兵器に組み込んで実用化してしまうとは、さすがはイネス、彼女の才能への賛辞を惜しむものはいないだろう、と思っていた。
イロクォイスは如何にも試作機でございます、といわんばかりの無骨な外見だ。写真を拡大すれば装甲の隙間からネジが見えていたりするし、何より左右非対称で、内部モジュールの配置最適化を後回しにして機能の実装を図ったのが一目瞭然である。色も黒一色だ(これはアキトに合わせたものかもしれないが)。
しかしカイユーダスは違う。イロクォイスと同じ動力システム、武装を採用していながら、高度に洗練された外見だ。曲面を多用した光り輝く純白の装甲、塗装は控えめながらも金や銀を要所に配し、単調な白一色では出せない神秘的な雰囲気をかもし出している。宝石の宮殿は、なるほど勘違いした成金の好みそうな悪趣味な装飾だったが、カイユーダスは宝石の宮殿とは一線を画している。
重厚壮大にして荘厳。まるで歴史を積み重ねた宗教遺物のような。人々が祈りを捧げて救いを求める偶像、信仰の象徴、まさに純白の神像と呼ぶにふさわしい。
試作品イロクォイスが完成したばかりのこのタイミングで、既に完成形としか思えないカイユーダスが存在していることの違和感。カイユーダスも宝石の宮殿とともに凱が持ち込んだとでも言うつもりなのか。
試作品が出来上がったばかりなのに、持ち込まれたカイユーダスの内部構造にあわせてモジュール配置の再設計までやったのか?
そんな時間がどこにあったのか。
ネルガル系列でもクリムゾン系列でもない完全に新しい機動兵器を開発できる技術力や資金は、どこも持ち得ない。よしんば存在したとしても、開発が始まればどこかから噂でも漏れてきそうなものだが、ルリは全く聞いたことも無かった。
あのカイユーダスという機体は何の前触れもなく、突然に存在を開始している。不合理だ、ありえない。
だからルリは思うのだ。逆なのではないだろうか、と。
ひょっとしてひょっとして、逆なのではないだろうか。カイユーダスが先で、イロクォイスが後なのでは?
火星で拾った相転移エンジンをコピーしたのと同様に、カイユーダスも人間が作ったものではないのかもしれない。イロクォイスこそが、カイユーダスのコピーなのではないか。
未知の技術の獲得競争だったトカゲ戦争の時のことを思い出す。あの時と同じく、ネルガルは何かを隠して暗躍しているのではないだろうか。
アカツキの急な政界進出の理由もネルガルの謀略なのか?
しかし、そうは言っても機動兵器の各種資料はイネス管轄、サーバールームは中性子の入る隙間もない完全な防護網配下、ネットワークも遮断されており、オモイカネ級といえども突破は不可能。
ならば、カイユーダスの所有者を自称する大豪寺凱を調べることで何かを得られないものか。分のいい賭けではないが、ルリに他の選択肢は無かった。
ぽち、ぽち。
枝分かれする木構造を深部の深部までもぐりこみ、ようやく発見。大豪寺凱とイネスとの面談記録。完全映像。
注目すべきは、その日付。火星の後継者が決起した日時と同一。
「なぜこの日に?」
誰に問いかけるでもない独り言。意外なことに返答は背後から。
「不遜で分をわきまえない火星の後継者どもが、ユリカ様のご意思への干渉誘導装置を完成させたからです」
予期せぬ人物の声に思わず肩をびくりと震わせた。背筋があわ立つとはこのことか。誰もいないはずのこの部屋で、いつのまにかルリの背後に男が立っていた。
背後に毅然と立つ男、大豪寺凱は、鍛え上げられた肉体を持つ武闘派の常として粗野で騒々しいと誤解されやすいが、その気になれば猫のように物音ひとつ立てずに目立たぬように気配を殺して動くこともできるのだ。
ルリは映像のダウンロード命令を発行し、同時にあらかじめ組んでおいた自室への備付自営サーバーへのデータアップロード命令も実行。これでこの端末を取り上げられても、データが消失することはなくなる。
ドクドクと脈打つ心臓を落ち着かせようと、浅い呼吸を何度か繰り返し、それから振り向いた。
「黙って貴方のことを調べたのは謝ります。ごめんなさい。でも、ネルガルには一度騙されているから、何か裏があるのなら、確かめないわけにはいかないんです」
言ってルリが頭を垂れると、
「謝罪には及びませぬ。瑠璃様・・・ルリさんが疑問をお持ちになるのも当然のことにございます。本来ならすぐにでもつまびらかに事情をお話したいところでありますが、残念ながらネルガル会長からはまだ許可が出ておりません。ご容赦を」
逆に凱はさらに深く頭を下げてきた。
何故か立場が逆転してしまった。だがこれは好都合。このまま時間を稼ぎたい。気にかかることも言っている。
「会長?アカツキさんですか?」
ここは少しややこしい。ネルガル会長と言えばずっとアカツキのことだったが、つい先日アカツキは会長を辞し、エリナが新会長として君臨している。この場合はどちらを指すのか。もしアカツキからの指示なら、エリナと交渉して撤回させることも可能だろう。
「アカツキ、エリナの両名から、時期を待つように、と言われております」
「エリナさんからも?」
「はい」
凱は頷いた。
「先日会長職を継いだ時点でエリナも私の事情を知り、その上で秘密にするようにと言われました」
トップ2人からの指示となると、アカツキの悪ふざけの線は捨てて、ネルガルそのものの意思と考えるべきだろう。アカツキとエリナは長年一緒に働いているだけあり実は息の合ったコンビで、この2人が同じ指示を出しているとなると、それを撤回させることは難しい。
「ネルガルには返しきれない恩があります。ルリさんに隠し事をするのは辛うございますが、恩を仇で返すわけにもいかず。申し訳ございません」
「・・・恩ですか。貴方のような人が恩と口にするからには、大変な覚悟があるのでしょうね」
「はい。この命をもってネルガルに尽くす所存にございます」
かつて大豪寺凱には、二人の主人がいた。しかし凱の力及ばず、二人ともを死出の旅に送り出してしまった。
ネルガルの救出部隊が"宝石の宮殿"を発見した時、凱は重症を負って動くこともできず、二人の遺体も朽ちるのを待つばかりであった。ネルガルの助けがあってこそ、教義に則り太陽葬にすることができたのだ。
この恩は、10年や20年の奉公では返しきれない。命を懸けるに値する。
「ところで、そろそろデータのダウンロードも完了の頃合かと。この部屋は冷えますから、すぐに上階にお戻りになられたほうがよいでしょう。お部屋までお送りします」
その言葉に、ルリは目を丸くする。
「貴方は・・・、今ネルガルに恩があると・・・」
「恩はありますし、喋るなとも言われておりますが、貴方の邪魔をするようにとの命令は受けておりません。それに、いつかはルリさんにも情報開示される予定でした。少し予定が繰り上がっただけと考えます」
刃物傷がまたがっている左目でウインクひとつ。彼の人柄を知らない人間が見れば、威嚇されているのかと疑いかねない形相だが。
堅苦しい喋り方をする凱にもこんな茶目っ気があったのだと発見し、ルリは少し口元を緩ませた。
「ええ、ありがとうございます。お願いします」
「ドクター。私は確かに短気だと言われることも多いし、自分自身、我慢強い方だとは思ってない。だから取り繕うのを止めて、単刀直入に言わせてもらうわ」
言うと同時にエリナはダン!と両手を机の上に叩きつけた。普段からデスクワークしかやらない柔らかい手の平がジンジン痺れるのにもかまわず、イネスを半眼で睨みつける。
「そろそろ予定を聞かせてもらいます。いつまでに遺跡の発掘は終わるの?発掘が終わったとして、遺跡が大豪寺凱の言った通りの代物だと確認が取れるのはいつ?既に探査機がこちらに到達している以上、時間は限られているの。私もタイムスケジュールを組んで動かないといけない。そこのところを今日こそはっきりさせましょう!」
「本当にせっかち。自覚してるならその性格治しなさいよ。まだ若いんだから、いくらでも矯正できるでしょ」
自分の説明好きを治す気はさらさら無い女は、エリナの剣幕にも動じることはない。
「貴方もいかが?」
正面のエリナにコーヒーを渡した。コーヒーに含まれる鎮静作用を期待してのことだ。
イネスは余裕ありげに足を組みなおし、コーヒーカップに口をつけた。
「予定を出せって言っても、簡単にはいかないわ。月は、地球以外で最初に人類が到達した天体なの。機材を持ち込んでの直接調査だけでも300年近く、地球上からの観察まで含めれば3000年以上も調査されてきてる。なのにこれまで遺跡が見つかってないってことは、多分古代火星人の技術で厳重に遮蔽処理されてるのよ。だからボーリング装置で直接掘り当てる以外には発見の手段はないわけ。大豪寺凱の証言から座標は絞り込まれて、現在地点を中心にして25キロメートル四方の範囲にあるはずだけど、この中を全部掘り返すとしたら今のペースだとあと半年はかかる。気長にいきましょ」
肩をすくめたイネスに諭され、エリナも少しは頭が冷えたのか、浮かせていた腰をイスに落ち着けてカップを手に取った。
「そうね。確かに焦って無理言ったわね。ごめんなさい。でもそ半年も待ってられないの。繰り返すけど、探査機はもう送り込まれてきてる。第一次接触の日は近いわよ。ツルギの発掘が間に合えば、話し合いだけで解決するかもしれない。だから急いでるの」
イネスは目を二三度しばたいた。ちょっと聞きなれない言葉を聴いたからだ。
"話し合い"ですって?
いろいろ策略を巡らせてみても、結局最後は力押しで抜けようとするエリナが話し合いとは・・・。失笑ものだ。
「武力抜きで解決・・・ねぇ。戦争は稼ぎ時だから喜ぶかと思ってたんだけど。会長に就任して守りの態勢になっちゃったのかしら。もう上を目指すんじゃなくて、今の地位を守ればいいんですものね」
「消極的だって言いたいの?撤回して欲しいわね」
揶揄するようなイネスの発言を、エリナは聞き流せなかった。
「平和主義に転向したのよ。戦争続きですもの。そろそろ平和な時代になっても悪くないじゃない。軍事部門の売り上げだけが伸びても、他が足を引っ張るんじゃ意味ないもの」
野心溢れる女と形容されるのは慣れていたが、消極的だと言われたのは初めてだ。貪欲に功績を求めて仕事に打ち込む自分に誇りを持っている分だけ、仕事への意欲が減退したように言われると腹が立つ。
「ごめんなさい。会長になって視野が広がっただけで、貴方は今でも十分に野心的かつ積極的な女よ。認めます」
手入れの行き届いた眉を逆立てるエリナに、イネスは素直に謝罪した。怒らせるのが目的ではないのだし。
エリナも熱しやすいが冷めやすい女で、しつこく引きずることもない。あっさり機嫌をなおした。
「ならいいわ。それで、考えを聞かせてもらえる?」
ん、とピンと伸ばした人差し指を顎に当てて、イネスは天井を見上げて思索する。
「良い悪いで言うなら平和は良いんだけど、実現は望み薄ね。ツルギは彼らにとって必需品で、手段を選ばず奪いに来るわよ。交渉するにしたって、向こうが出してくる条件はツルギの引渡しに決まってるけど、一旦ツルギを渡したら地球の技術では到底太刀打ちできなくなる。だから彼らがツルギを入手する前にどんな交渉をしたとしても、ツルギを渡したが最後、反故にされるでしょうね。交渉はするだけ無駄」
確かにその通り。
エリナは内心でイネスの意見に賛同しつつも、反論を模索する。負けず嫌いな彼女はそうそう易々と「貴方の言う通りね」と言ってやるつもりはないし、エリナは確かに平和への道を目指しているのだから。
「ツルギを渡す前なら交渉の余地はあるんだから、そこを突き詰めるべきよ。勘違いしちゃいけないのは、結局彼らが欲しいのはツルギじゃなくてツルギが生み出すエネルギーってことね。たとえばツルギはこちらが握ったまま、ツルギの制御技術を提供してもらって、見返りにエネルギーを提供するとか。でもこれだと一方的に地球側が有利だから、きっとこの条件じゃ頷いてくれないわね」
「着眼点はいいと思うわよ。じゃ、仮にその最大限に都合のいい条件が通ったとしましょう。エネルギーを提供すれば彼らの軍事兵器も稼動してしまうから、彼我の戦力差は一気にあちら側が有利になるわね。となれば律儀に交渉条件を守る必要もなくなるから、多分ツルギ奪取のために攻めて来るでしょう。勝ち目はゼロね」
エリナはグイっとカップをあおり、冷めかけたコーヒーを一気に飲み干した。
結局何をどうしようと最終的に相手にツルギが渡ってしまう未来以外が描けない。
どうしようもないじゃない、これ・・・。
「頭が痛いわね。いっそのこと粉々に爆破してしまおうかしら」
ガチャンとカップを乱暴にソーサーに叩きつけ・・・、ん?・・・とエリナは首をかしげた。
咄嗟に口を突いて出た苦し紛れの一言だったが、これはもしかすると切り札になりうるのではないだろうか。
「そうよね。ツルギがあるのがいけないんですもの。どうせ現時点で私たちには扱えないんだし、破壊してしまっても私たちには何もデメリットはないのよね。どうかしらドクター、問題あると思う?」
イネスは口を半開きにして呆然としていたが、「ねぇ、どうなのよ」とエリナに促されると、ようやっと目を閉じてふるふると首を横に振った。
「・・・そういう考え方もありね。貴重な遺跡を事もあろうに破壊するだなんて、科学者の思考じゃないからびっくりしたけど、貴方は商売人だものね。・・・破壊するにしても、破壊したことを完全に証明できなければいけないわ。破壊したのは偽者で、本物をどこかに隠し持っているに違いないなんて疑われれば、やはり戦争になる。ベストは、一旦ツルギを引き渡して稼動を開始した後に破壊することね。警戒厳重であろうツルギの制御中枢へ潜り込めるとしたら、ジャンパーの私かアキト君ね。破壊工作ならお兄ちゃんの方が適任でしょう。でも考え直して欲しいわ」
「そりゃ貴重な遺跡だってことは分かってるわよ。ツルギが導き出す莫大なエネルギーを自在に制御できれば何ができるか、考えるだけで夢が広がる。でも背に腹は代えられないじゃない」
既にエリナの中ではツルギの爆破は既定路線になりつつあった。こういう剛毅果断なところがマッチョだと影口を叩かれる理由なのだが、当人としては決断の下せる自分を気に入っている。弱さがあっても決断を恐れない今のアキトに好意を覚える源泉かもしれない。
「彼らが貴方と同じくらい理性的であると期待するのは楽観的過ぎるわ。彼らは存亡の危機に直面していて、ツルギが唯一の起死回生のカギなのよ。それを失ったとなれば自暴自棄になって報復に出る可能性は否めないし、もし報復に出ないとしても、彼らの文明を維持する資源を確保するために、惑星の一つや二つは要求してくるでしょう。統合政府がその要求を飲むかどうかは、今後のアカツキさんの活躍次第ね。まずは当選しないと。大丈夫なの?」
ツルギを破壊するかどうかはまだまだ結論を先延ばしにできる。そもそもまだツルギの発掘すら終わっていない段階で、実在するかどうかの確認も取れていない。それよりは、当面のアカツキの政界入りこそが当面の心配事だ。
だがエリナはイネスの懸念をあっさりと一刀両断してみせる。
「ええ大丈夫。選挙管理委員までは手が回らなかったけど評論家とマスコミはちゃんと買収しておいたし、人気アイドルのメグミ・レイナードも広報でがんばってくれてる。さすがにもうそろそろ下火になってきたけど、損師の人気だって捨てたものじゃない。負ける要素は何一つないわね」
「あら、すごい自信ですこと。ところで話が出たから聞くんだけど、メグミさんがお兄ちゃんと一緒にいるっていうのが少し気がかりなのよね。よりを戻されでもしたら大変だわ。そこのところはどう思う?」
話題がツルギから逸れたところで、さらに誘導していく。これ以上ツルギの破壊を真剣に検討させたくはなかった。
できれば忘れてほしいけど・・・、無理でしょうね。
「その心配は多分ないと思うわよ。この前ちょっとだけ会ったけど、今は仕事が楽しくて男なんて眼中にない時期ね。商売が波に乗って安定したところで満足せずに、失敗も恐れず新しい可能性に挑戦するところに大成の予感がするわね」
「仕事が楽しくて男なんて眼中にない、か。それは過去の自分も同じだからわかるってことかしら?」
「あんただって同じじゃないの。男女交際の経験なんてアキト君以外にはほとんどないんでしょ。聞いてるわよ、いろいろと」
「何それ。一体誰から何を聞いたの?」
「誰でもいいでしょ」
「言う気はないのね。わかったわ」
エリナを誘導しながらツルギを破壊しなくても済む案を考えていたが、イネスは一旦それを破棄した。全力を傾けて解決しなければならない懸案事項ができたからだ。
「さあ、私の目を真っ直ぐ見て頂戴。今から一人ずつ名前を言います。誰が犯人なのか、貴方の反応で確認するわ。まず・・・」