第3話
「少なくともエステバリスより性能が高いことはわかった」
敵機の種類と数、戦場、武器の使用条件などをランダムで構成し、シミュレートを繰り返した結果である。
機体速度はブラックサレナよりもやや上な程度だが、それよりも応答性がすばらしい。操縦桿を押し込んでから実際に機体の制御が始まるまでのラグがほとんど感じられないのだ。ブラックサレナよりも質量が小さいのだろう。イネスの言ったように、これはカタログスペックだけの機体ではない。本物の、戦争のための機動兵器だ。もちろん、このシミュレートの信頼性が高ければ、ということだが。
武器も強力だ。振動発生装置を稼動させての至近距離からのパンチは、戦艦の装甲も簡単に打ち崩す。グラビティブラストのチャージが必要ないのもありがたい。これで戦術の幅が大きく広がる。
「しかしこれだけでは命を預けることはできないな」
高性能な機体であることは、必ずしもアキトの要求とイコールではない。
たとえばこんな状況の時。
「ラピス、全機にミサイル発射命令を」
「了解」
イロクォイスのセンサーが多数の熱源を感知、その数300。
少な過ぎる。
「全弾発射だ」
「了解」
レーダー上の光点が一気に増えた。あっという間にレーダーが光であふれる。
IFSを通じて搭載AIに指示を出す。
-感度増幅、範囲拡大、分解能上昇-
脳内に投影される戦況モニターが10倍に拡大され、空間情報は1000倍に増加する。ミサイルの光点の一つ一つが識別できるようになった。ミサイル2000発の軌跡と予測弾道、10立方メートルあたりのミサイルの平均密度は0.3、イロクォイスまでの到達まで残り7秒。このスムーズな戦況解析機能はブラックサレナにはなかったものだ。
しかし余計なものまで付いているのには閉口する。警報とか。
-WARNING! WARNING! 高熱源運動体の接近警報!ミサイルと断定! 回避行動を推奨、撃墜する場合は武装を選択してください-
-警報をとめろ-
-拒否します。パイロットの保護最優先。WARNING! WARNING!-
「ラピス」
「わかった」
-WARNING! WARブッ・・・-
こんな、たかがミサイルの2000発程度で警報が出ているようでは実戦では使えない。
既にイロクォイスはミサイル網の中に囚われている。速度を落とさずに回避行動を取るための最適ルートが表示された。こうしている間にも刻一刻と時間が過ぎていき、あわせてルートも書き換えられる。途中でラグも発生せず、AIの優秀性が垣間見える。
だがしかし。
「ぬるいな」
AIが示すルートを強引に端折りながら、AIがはじき出した最適速度を上回るスピードでミサイル網を突破していく。AIがルートの再計算を繰り返し、計算結果を表示する前には既に別の最適ルートの計算が始まり、それが連鎖してルート計算がどんどん遅れていく。AIの混乱をよそにアキトは機体の高速機動を続け、どんどんミサイル網の中を突き進んでいく。ミサイルのセンサーがイロクォイスを認識して誘爆しても、機体はとっくに有ダメージ範囲外へ逃れている。ところどころミサイルに接近しすぎて再び警報が鳴るが、それは即座にラピスが黙らせる。
「ラピス、警報レベルの引き下げ。平均密度が0.6を超えるまでは警告無し。接近限界距離は今の半分へ。警告方法は正面ディスプレイにレッドアラート」
「わかった。でも時間がかかる」
「頼む」
アキトが搭乗することを前提としたこの機体では、視覚モニターは単なる飾り、せいぜいが整備員が故障個所確認に使う程度のものしか用意されていない。そのモニターに警報を出すということは、つまり警報は必要ないと判断したことになる。
これはイネスが機体に託したメッセージなのか。パイロットの安全というものに過敏すぎて、逆に鬱陶しいのだ。
イネスの気持ちを無碍にするようで申し訳ないが、俺専用に設定を煮詰めていかなければ使えないな。
ミサイル網を完全に抜けた。そこに待ち構える敵機の群れ。
だが、こんなものは敵のうちに入らない。もっと手ごわくなければ調整にもならない。
「格闘戦に移る。ラピス、エステバリスとアルストロメリアを50機ずつ、ジンタイプを30機出してくれ」
「わかった」
ミサイルを撃ち尽くした戦艦、バッタ、ジョロ、その他の機動兵器が姿を消し、エステバリスにアルストロメリア、ジンタイプが現われた。
機体との相性は、極限まで追い込まれなければわからない。なまじ機体性能が高いだけに、生半可なことでは限界がわからないのだ。もっとだ。もっと。もっと・・・・
「ラピス、追加で六連を出せ。12機だ」
「うん」
北辰の顔を脳裏に思い描く。細部まで、しっかりと、あの研ぎ澄まされた剃刀のような目を思い出す。
三年の時間をかけて追い求めたあの男。タブーをもたず、どこまでも踏み込んでいける狂気の男。
冷えた思考に熱いマグマが差し込んだ。どろどろと溶け出すマグマは冷静さを犯し、破壊というただ一つの目的に拘泥させる。憎悪のイメージにぴたりと重なる。
ニーチェにいわく。
深淵を覗く者は、また同時に深淵に見つめ返されている。
三年だ。アキトは少し・・・・・・・・長く、覗きすぎた。
感情が高ぶり、心臓が早鐘のようにガンガン鳴る。ナノマシンが真皮層に形成した回路パターンが顔に浮かび上がった。発光し、共振作用で高周波を発生させる。
ィィィィィィィィィィ・・・・・
「いくぞ」
ィィィイイイイイイイイイイッ・・・・・・
「おぉ~、やってるやってる。ありゃもう僕じゃ相手になんないねぇ」
ドック中央に大きく映し出されたホログラム映像の中を、イロクォイスが縦横無尽に飛び回っている。右手に構えたディストーションフィールドをまとった多節ロッドが唸りをあげ、エステバリスを次々に破壊していく。圧倒的だ。
「うーん、シミュレーションとは言え我が社の製品がポンポン撃墜されてると、腹立たしいやら何やら。あ、イロクォイスもウチの作品だからいいのかな?でもあんな高性能品高くて売れないよねぇ。そういえば価格聞いてなかったよ。エリナ君、あれの製造費用いくらか聞いた?」
返事が無い。
「エリナ君?」
「アキト君・・・ステキ・・・・・」
振り返ったアカツキが目にしたのは、恋する乙女(偽)だった。
「こりゃダメだ。予想以上に症状が悪化してるよ。前はこんなんじゃなかったのに・・・・」
はぁぁ~。ため息もしきりだ。毅然とした上昇志向のキャリアウーマンはどこへ行ったのか。いや、エリナの優秀さは今も損なわれていないのだが、たまに極端にダメになるときがあるのが困りものだ。
「しっかし、ドクターもすごいの作ったよねぇ。機体性能だけじゃないんだろうけどさ」
アキトとラピスの設定修正作業のログを見れば、一目瞭然だ。この設定の機体で戦える人間はそうそういない。あのライオンズシックル隊長でも、これでは10分が限界だろう。ブランクの長いアカツキでは3分というところだ。
「まあ、彼は捧げた物が多すぎる。せめてこれくらいはないと、不公平ってものかもしれないけどねぇ」
「・・・・・・・・そういうことは他人が口出しするものじゃないわ。とやかく言うのはやめておきなさい」
「お、正気に戻った」
ドック内は整備のため、月のもともとの重力である0.6Gからさらに小さく0.1Gにまで下げてある。
低重力のせいで風もないのにふわふわ浮かびあっていく髪を撫で付け、エリナはドック出口に向かって歩き出した。
「見ていかないのかい?来たばかりじゃないか。こんなすごいのは滅多に見られないよ。シミュレーションだから撃墜される心配もないし、安心して観戦できる」
「アキト君がんばってるみたいだし、私もできることをやらなくちゃ。秘書室のみんなと一緒に資料を作るわ。いくらミスマル提督だからって、手ぶらでいい返事をくれるとは思えないから、何か手土産が必要よね。イネスにも未公表技術の一つ二つは融通してもらうつもりよ」
たまにダメになる時があるかと思えば、逆に発奮することもある。なかなか人の心は難しい。
ドクターは仕事を終えた。アキトは最悪の事態に備えて訓練に励んでいる。
エリナも何だかやる気になっている。
「それじゃ僕も工作をはじめるとするか」
「ん~、ごほん。あ~、ルリ君?おじいちゃま、と呼んでくれんかね?」
いきなり呼び出しておいて何を言っているのだろうか。
「提督、ご用向きは何でしょうか?」
「おじいちゃま、と呼んでくれんのかね?」
威厳たっぷりのいかつい髭面をしているくせに、情けなくも弱弱しい声で嘆願するミスマルコウイチロウ。
しばし、にらみ合う。
ルリの背後にはサブロウタが護衛として控えている。護衛は護衛対象のプライベートには干渉しないのが鉄則だ。何を見ても聞いても、何も見ておらず聞いていない。護衛対象にとっての路傍の石となるのだ。木連軍人として多方面での英才教育を受けたサブロウタにとっては常識であったが、この展開にはその訓練の成果も少々心もとなかった。鼻の脇を冷や汗が滑り落ちていく。
「私はもう16です」
「知っているよ」
「もうすぐ17です」
「知っているよ。お誕生会の用意はちゃんとしてある。プレゼントを楽しみに待っていてくれたまえ」
「お誕生会は結構です。もうすぐ17にもなる人間が、その呼び方はさすがに無いのではないでしょうか?」
「呼んでは・・・・・・くれんのかね?」
根負けした。
「・・・・・・・・おじいちゃま」
「おおおおおおおおおおぅ・・・・・・」
感動に打ち震えるコウイチロウ。涙を流してダンダン机を叩いている。
この人は何がしたくて私を呼んだのだろうか。この人はこれでけっこう優秀な軍人で、しかも義に厚く倫理観もあるまさに軍人の鑑なのだが、時々よくわからないことをルリに要求する。
「それでご用件は?」
バカばっか。そんな昔の口癖を思い出したが、それはそっと胸にしまいこんだ。あまりに大人気ない。もう少女でもなくなりつつある年頃だ。いつまでもストレートな物言いは優雅ではない。だけどもう一度提督がバカなことを言ったら帰ろう。ユリカもまだ本調子ではない。
「おお、そうだった。喜べルリ君。アキト君が見つかったぞ」
え?
「本当ですか!」
もう帰ってしまおうかとすら思っていたところにこの吉報。人生はなかなかわからない。
「本当だとも。これで三年間お預けになってた結婚式をやり直せば、ルリ君は晴れて私の孫ということになる。私もおじいちゃまになれるわけだ。あの二人が生きていればルリ君の養子手続きも遡及して有効になるからね」
「しかし提督、それは・・・・」
最後に墓地で会った時、あの人は「テンカワアキトは死んだ」と言っていた。本心だったと思う。命を懸けてユリカを救出したのに会わずに去って行ってしまったのだって、きっとユリカへの想いが冷めてしまっているからだ。根拠なんか無いただの勘だけど、間違っているとは思えない。
かつてテンカワキトを構成していた諸々は、何も残っていないのかもしれない。だとしたら、ユリカがアキトに会ったとしても不幸な結果が待つだけだ。
「わかっている。私も報告は受けた。アキト君の体のことも知っている。だがね、君たちの絆はそんなことでは失われたりしないだろう?もう一度三人でがんばればいい。私だって協力するよ」
気遣うミスマル提督に、ルリは感謝を述べた。
「ありがとうございます、提督」
提督も直接会えばわかるだろう。かつてテンカワアキトから感じた、人生への苛立ち、夢と希望、情熱、そういったアキトらしさが失われてしまったことを。
ユリカはそれを認められるだろうか?今のアキトが、昔と違うことを。
そして自分はどうだろうか?ホシノルリは受け入れられるか?
・・・・・・・無理かもしれない。今のアキトを完全には認められない。
「アキト君はネルガルで保護されているようだ。今回こちらに接触してきたのは、統合軍からのアキト君引渡しの最後通牒を受けて、仲裁を頼みたいということだな。しかし残念ながら宇宙軍も火星の後継者残党狩りで忙しい。私はここから動けんし、統合軍との折衝をやっている時間など無い。事情を知っている人間で動けるのは君だけだ。そこでルリ君、君にこの件を一任する。略式だが、これが辞令だ」
「謹んで拝命いたします」
中央に大きく「辞令」と書かれた白地に紅の縁取りがある封筒を渡された。両手で受け取り、そっと広げる。
宇宙軍大佐ホシノルリ殿。貴官の戦功と宇宙軍への多大なる献身を認め、ここに大佐に任命する。
「え、大佐?」
殉職でもないのに、2階級特進である。昇進はありがたいが、ちょっと縁起が悪い。素直に喜べない。それに何かおかしい。通常の規定とは違う昇進だ。普通は、昇進するとしても中佐になるはず。
「その通り。先の大戦では大きな戦果を上げ、また火星の後継者残党狩りの功績も大。この昇進は当然だよ。まあ、ちょっと年齢的に早すぎるが、そこは気にしないでいこうじゃないか。わっははは」
ミスマル提督は意図的かどうなのか、ルリの疑問を一息で否定した。先を読むよう促している。
ホシノルリ大佐はただちに左記任務へ着任すること。
ネルガルへ出向を命ずる。
「出向?」
「うむ。フクベ提督の前例もある。向こうでの扱いは部長待遇だそうだ。給与はこちらの基準になるが、福利厚生はネルガルに準拠する。着任前に総務課に寄って、残っている有給の消化を申請しておきなさい。明日からネルガルで3日間勤務し、有給は4日後からとるということでネルガルと合意できている。引継ぎはサブロウタ君へ」
この時期に出向とは、何か裏がある。ルリの勘が警鐘を鳴らした。
火星の後継者掃討は依然として継続中である。ルリの電子掌握能力は無血制圧に絶大な力を発揮するのにも関わらず、ルリを出向させるということは、掃討戦で出る宇宙軍の損害以上の利益が得られるということになる。または、ルリがいなくても損害が出ない手段を確保できたのか。それは何なのか?
自分と引き換えに得られるもの。・・・・・・それは同質のものでしかありえない。
あの少女を思い出した。
「提督、私に一任すると言っておきながら、既にネルガルとの予備交渉をしたんですね?しかもだいぶ深いところまで合意ができているようですね」
「さすがに気づいたかね。実はマシンチャイルドのラピスラズリ君が入隊することになった」