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No.319の一覧
[0] それから先の話[koma](2007/04/21 14:27)
[1] Re:それから先の話 第2話[koma](2007/04/15 10:35)
[2] Re[2]:それから先の話 第3話[koma](2007/04/15 10:41)
[3] Re[3]:それから先の話 第4話[koma](2007/04/21 07:30)
[4] Re[4]:それから先の話 第5話[koma](2007/04/28 05:47)
[5] Re[5]:それから先の話 第6話[koma](2007/05/19 09:18)
[6] Re[6]:それから先の話 第7話[koma](2007/06/02 06:10)
[7] Re[7]:それから先の話 第8話[koma](2007/06/23 06:44)
[8] Re[8]:それから先の話 第9話[koma](2007/12/01 11:26)
[9] それから先の話 第10話[koma](2007/12/01 13:32)
[10] それから先の話 第11話[koma](2008/01/12 06:54)
[11] それから先の話 第12話[koma](2008/03/15 22:54)
[12] それから先の話 第13話[koma](2008/06/21 00:35)
[13] それから先の話 第14話[koma](2008/09/05 23:45)
[14] それから先の話 第15話[koma](2008/11/15 11:51)
[15] それから先の話 第16話[koma](2009/03/12 21:07)
[16] それから先の話 第17話[koma](2009/09/20 02:35)
[17] それから先の話 第18話[koma](2009/12/12 21:44)
[18] それから先の話 第19話[koma](2010/05/10 19:04)
[19] それから先の話 第20話[koma](2011/01/22 23:09)
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[319] Re[6]:それから先の話 第7話
Name: koma◆787e3e0e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2007/06/02 06:10
 ルリとの再会後、アキトとルリは訓練に明け暮れている。
 お互いの気持ちは完全にスレ違っていた。リンクが確立しているせいで誤魔化すこともできず、そのスレ違いをはっきりと意識してしまう。
 アキトにとって昔の自分は既に死んだ人間だ。過去の未熟な自分を思い出し、恥じ入ったりするようなことはない。ただ、別人だとしか思えない。身体的な連続性、記憶の連続性はあるが、それが過去の自分との同一性を保証するものではないと考えている。
 ルリは、昔のアキトを求めていた。一緒に屋台を引いていたあの頃こそ、ルリがもっとも幸せだった時代だ。あの頃に戻りたいという願望。今のアキトを見れば見るほど、リンクを通して知れば知るほど、自分の希望は崩れていく。
 それでも両者とも一流だ。おそらく史上最高であり、今後も彼を越える者が現れないであろう最強のエステバリスジョッキーであるアキト。史上初のマシンチャイルドの完成型、電脳世界での全能者ルリ。気持ちが通い合うことがなくとも、その連携は精密で緻密で、早い。
 本来であれば、マシンチャイルドがたった一機の機動兵器をサポートするのはオーバースペックだ。端的に言ってマシンチャイルドが勿体無い。宝の持ち腐れだ。しかし、この組み合わせに限ってはそれは当てはまらない。ルリの全能力を投下しても、アキトのサポートをしながらでは戦艦一隻を統制するのが精一杯だ。それほどにアキトの機動が速く、また大胆で予測が難しい。
 従って戦況解析にも相応の困難が伴う。並みのオペレータでは、何人いても対応できないだろう。アキトのサポート特化型のラピスですら手間取ったのだ。
 それなのに、ルリはラピスの領域に近づきつつあった。
 全ては経験の差によるものだ。
 アキトのサポート以外は余芸にしか過ぎないラピスと、戦艦のオペレータから始まり、指揮までこなした経験のあるルリとでは、地力に差が出てしまうのも無理のないことだった。

 ヤゴコロはハードウェアのコアはオモイカネと同じだが、増設した電子装備が若干異なる。特殊な調整を受けているようで、ルリの手になかなか馴染まない。電子掌握にもかなりの労力がかかりそうだ。
 弱体化した統合軍相手なら問題ないだろうが、もし大規模戦闘になった場合にはどうなるものか。
 一抹の不安を抱きながらも、ルリは訓練に没頭していった。


 夜になった。
 月の自転周期は約27日である。この自転周期にあわせて生活するのは不便なため、地球標準時間の24時間単位で1日となっている。
 月は大気圏がないため宇宙線に直接晒され、また隕石も多い。よって月の人工構造物は地下に建設されることになる。
 災害を避けるための地下施設なのだが、地殻の物質構成比のせいで、月の地震はマグニチュード5以上のものが長時間続くことも珍しくなく、耐震性能の高い設備は建造も維持にもコストがかかる。いずれにしろ、月に拠点を構えられるのは一握りの大企業と大国のみだ。こんなところでもネルガルの力を推し量ることができる。

 天井から地球光が差し込んでいる。月面地表からグラスファイバーで取り込んだものだ。
 寝台は空だ。ルリはまだ起きている。ウィンドーがソファーの前で光っていた。
 ルリはヤゴコロの調整を続けていた。
 ヤゴコロは少し扱いにくい子だ。
 ラピスがアキトさんのサポート特化というのなら、ヤゴコロは機動兵器サポート特化型ですね。並列処理能力があまり高くない。けど、少数の仕事に全リソースをつぎ込めるからピーク性能はこちらが上。
 多数の仕事をなるべく処理能力を保ちながら処理するように調整されているオモイカネと比べ、あまりにも脆弱である。想定されていた以上の並列作業が必要になった場合に、極端に性能が落ちる。平均処理能力よりも、最大処理能力を上げるタイプだ。ベクトル型の概念に近い。対してオモイカネはスカラー型だ。
 地球圏で稼動するオモイカネ級AIが何基あるかわからないが、おそらく、ベクトル型のオモイカネ級AIはこのヤゴコロのみではないだろうか。同じハードウェアを使って、前例のないベクトル型に仕上げたラピスを頼もしく思う。機動兵器サポート特化なら、これは正しい解だ。調べれば調べるほど、その確信は強くなる。
 ただ、調整が甘い。電子掌握にも不向きだ。
 ヤゴコロはラピスの友達である。ラピス自身にその意識はないかもしれなくとも、それは事実なのだ。彼女を支え、彼女の心を癒し、彼女に勇気を与えるものだ。だからルリが自分勝手に弄り回すわけにはいかない。ラピスが帰ってきた時にヤゴコロが全く別の存在になっていたら、彼女は嘆き悲しむだろう。変更の理由が、不便だから、性能が低いからなど論外だ。
 なるべくヤゴコロの本質に影響を与えないように注意しながら、処理の優先順位やバッファの取り方の変更、新しい処理ルーチンの導入などを図る。

 呼び鈴がなったのは、夜がふけて深夜に差し掛かる頃だった。作業に集中していたルリは一度目の呼び鈴に気づかず、二度目でようやく顔を上げた。
 ウィンドーに来客者を映した。夜中だというのに白衣を着ている。イネスだ。
「入ってください」
 ドアを開けた。
 同性であっても深夜の訪問は歓迎すべからざることだが、イネスなら心配ないだろう。彼女が同性愛に目覚めたという話は聞いていない。
 それに、お互い話したいこともある。
「こんばんわ。イネスさん」
 ふわり、と香水の甘い匂いがドアから流れてきた。
 女の部屋に香水をつけて深夜の訪問。
 同性愛の趣味は、ない、はずだ。
 早まったかもしれない。
「こんばんわ。頑張ってるみたいね」
 イネスは部屋を見回し、
「まだ荷解きもしてないのに、ずっとヤゴコロの調整をしてたのね。でも無理は禁物よ。体調は万全に。後でビタミン剤でも処方しましょう」
 少し迷ったが、
「ありがとうございます。どうぞ」
 結局部屋に招き入れることにした。何かあれば、警報を鳴らせば済む。意識の片隅でエア漏れ警報のトリガーに指を引っ掛けた。
 お茶を探した。この部屋を与えられてからは、アキトとの訓練、ヤゴコロの調整を続けていたので、まだ部屋のどこに何があるのかもわからない。ポットや急須くらいは備品のものがあるだろうが、どこにあるのやら。
「お招きいただき光栄ね。お茶は私が用意するわ。まだ場所がわからないでしょ?その間に仕事に一段落つけといて」
「わかりました」
 イネスが部屋の奥へ行ったのを確認し、ルリはウィンドーを再び開いた。現在作成中の処理ルーチンを凍結し、作業計画書の実行リストの備考に「やりかけ」と書き込んで中断、ウィンドーを閉じた。
 座布団を用意しようとしたが、この部屋は洋室だった。ソファーしかない。ソファーに座ってお茶を飲むというのも、まぁ一興か。
 2分も待っていると、イネスがお盆を持って奥から現れた。
「はい、ご苦労様」
「どうも」
 イネスの差し出したお盆から、湯のみを一つ持ち上げた。緑茶だ。
 熱い。お茶にふーっと息を吹きかけた。
「あら、ごめんなさい。私は熱いほうが好きなのよ。つい自分の好みでいれちゃったわ」
「いえ、大丈夫です。すぐに冷えます」
 年をとると、熱いお茶を好きになるらしい。お風呂もそうだ。高齢の人は熱いお湯を好む。
「イネスさん、イネスさんはお風呂も熱いほうが好きですか?」
 この子は急に何を言い出すのか。
 意図をつかめないながらも、イネスは答えた。隠すようなことではない。
「いいえ。お風呂は体温よりも2度か3度高い程度がいいわね。あまり温度が高いのは健康に悪いから」
「そうですか」
 よかった。世代は違うけど、分かり合えない程でもないみたい。
 ルリはお茶もお風呂も人肌程度が好みだった。
「それで、こんな夜更けにどんなご用件でしょう?」
 備え付けの応接セットのソファーに腰を沈め、ルリはたずねた。
 イネスは湯のみに口をつけ、傾けている。ずずっと音を立てた。
「イネスさん?」
「私の用件もあるけど、まずは貴方が聞きたいことがあるんじゃないの?」
 そう言って急須を持ち上げ、お茶が少なくなった湯のみに注いだ。
「いかが?」
 急須を持ち上げて尋ねた。
「いえ、まだ飲んでませんから」
 ルリの手の中の湯のみは、熱を伝えてきている。まだ口をつけることはできない。
 お茶にフゥーっと息を吹きかけた。
「ああ、そうだったわね」
 沈黙が落ちた。
 ルリが聞きたいことはいろいろある。この3年間のこと。アキトが何をやっていたのか。
 何故帰ってきてくれなかったのか、という問いの答えは得た。彼はもはやテンカワ・アキトではない。だからルリの元へ、ユリカの元へ帰る義理はない。でもイネスはそのことをあまり気にしてはいないようだ。
「イネスさんは何故?」
「何?」
「イネスさんは何故、アキトさんと一緒にいられるんですか?あの頃とは別人になってしまったのに」
 その問いかけは糾弾するようでもあり、また、すがるようでもあった。
「同じA級ジャンパーとしての仲間意識?利用できるから?それとも、仕事だからですか?」
「どれも間違ってはいないけど、正解とも言いかねるわね。答えはね、好意があるからよ」
「そんな・・・・・・・」
 非難するようなルリの視線。
「既婚の男に横恋慕するのはみっともないかしら?」
「あの人はもう昔とは違います。もうユリカさんと復縁する気はないでしょう。そんなことじゃありません」
 お茶を飲んだ。こくり、と喉が動く。一口では足らない。そのまま、もう一口飲み込んだ。
「どうして好きになれるんですか?あんなに」
 穢れたおぞましい男を。
 嫌悪をあらわにするルリに、イネスは微笑んだ。可愛らしい子だ。
 成長して手がかからなくなった子供に、自分がまだ教えられることが残っていたことに気づいた母親の気分である。
「あらあら。ホシノルリもやっぱり夢見る少女だったというわけかしら?過去を美化しすぎてない?」
「私がアキトさんの思い出を美化している、と?」
「それとも、成長したせいで、以前は気づかなかったアキト君の別の面に気づいちゃったとか?」
 たとえば、性欲、とかね。
「北辰があの時、お兄ちゃんに何と言ったのか。聞いていたんでしょう?」
 あの時とは、火星での決闘のことだろうか。北辰はアキトを侮辱した。「たとえ鎧を身にまとっても、心の弱さまでは守れないのだ」と。
「どうかしら?貴方はあの時、火星全土を掌握していた。聞いていたはず。私はフライトレコーダーに残っていた記録で聞いたわ」
「ええ、聞きました。それが?」
「あの頃の精神的な弱さは継続してる。つまり、変わってない部分もあるってこと」
 命の奪い合いをしたアキトと北辰には、特別な交感があった。幾度もの戦いを経て、アキトは北辰を理解し、北辰はアキトを理解していた。
 アキトは北辰の強さを肯定し、学んだ。その末に北辰を討ち果たした。
 北辰はアキトの弱さを否定し、侮辱しつつも、恐怖を乗り越えたアキトに賛辞を惜しまなかった。
「心の弱さは誰にでもある。アキト君は死を恐れるあまり、戦いすらも避けていた時期があった。でもそれを克服して、ナデシコで機動兵器パイロットとして立派に戦いぬいた」
「知っています。私はイネスさんがナデシコに乗艦する前から、アキトさんを見ていました」
 彼の生きる姿勢に心をうたれたこともある。世界の美しさを、彼を通して知ったのだ。
「そうだったわね。ねぇ、昔のアキト君は確かに優しかったわ。でもそれは弱さの裏返しであったのも事実。だから流されることしかできなかった。今のアキト君はね、誰の助けも必要なく、たった一人で自分の意思を貫ける男なのよ」
 自分に女を意識させるほどに、彼は男を上げた。
 急須を持ち上げた。湯のみは2つとも空になっている。注いだ。清涼な香りが漂う。
 湯気が立ち上り、イネスの頬をくすぐった。
 あまり熱くない。
 イネスは頬に手を当てた。火照っていた。
 一つ深呼吸し、お茶を口に含み、嚥下する。
「言ってること、理解してもらえるかしら?お兄ちゃんは変わったわ。人はね、それを成長と言うのよ」
「納得できません。昔のアキトさんはあんなに怖い人ではなかった」
 強情な子。リンクができるというのに、肝心なことがわかってないのね。
「貴方は昔の気の弱いお兄ちゃんが好きだったのね。でもリンクして期待を裏切られた。何を感じたのかしら?憎悪、悲嘆?」
 行動科学的に分析すると、テンカワ・アキトは自己実現を超え、明らかに自己超越の段階に至っているはずである。しかし、彼を観察してみても、自己超越者に見られるような霊的な領域への接近は見られない。あくまで人間の範疇に留まっている。かといって、単なる自己実現者とも違う。興味深い存在だ。
「そんな感情は表層的なものよ。社会的欲求に基づく自己実現を阻害されたことで発生したもの。後天的に獲得した無秩序な感情。それだって、北辰を殺したことで原因は解消された。いずれは消えていく。もっと深いところを探しなさい。人の根源は、いつだって3大欲求に基づいている」
 北辰を殺したことで、料理人としての道を奪われたことにも決着はつけられた。この3年でアキトが身に着けた精神性が、怒りと悲しみを制御下におくのも、それほど遠いことではないだろう。ラピスとの話し合いの時に、その片鱗が覗いた。イネスはその先に見えてくるものを期待している。
「・・・・それはイネスさんの解釈です」
「そうね。だから強制する気はないわ。お兄ちゃんの精神分析はとっても難しいの。私が正解ってわけでもないだろうし。でもまぁ、一つの考え方と思ってちょうだい」
 ルリはイネスの言うことをそのまま受け入れる気はなかった。イネスはリンクを知らない。圧倒的なリアリティを持って伝えられるアキトからの憤怒を。枯れ木が燃えるように、ただ憎悪だけが乾いた心を熱く燃やしているのだ。
 アキトのあまりにも激しい感情は、ルリの神経をささくれ立たせる。
「責めないんですね」
「何を?貴方がアキト君を否定したことを?やめてちょうだい。反抗期なら、私にもちょっとは覚えがある。あの頃を忘れるほど、年をとったわけじゃないわ」
 ルリの反発は、反抗期特有の親への嫌悪感に過ぎない。所詮は一過性のものとイネスは判断していた。ただ、リンクができるがために客観性を見失っているだけだ。アキトの期待通り、アキトと感情を共有するほどには引きずられていないが、影響が皆無というわけでもなかったらしい。ラピスからすればルリは巨大な壁だが、イネスにしてみれば他愛のない17の小娘である。心理学にも通じるイネスには、手に取るようにルリの心が分かる。
「反抗期ですか。年長者からすればそう見えるのでしょうか」
「気を悪くしないでちょうだいね。でも貴方がラピスに言ったのと同じよ。あと何年かすれば、貴方にも分かるわ」
「そう言われてしまうと分が悪いですね。それで、イネスさんのご用件は何でしょうか?」
 これ以上はアキトさんのことを話したくない。見透かされたような会話は恥ずかしいし、腹立たしい。
「もういいの?それじゃ2つあるんだけどね。1つは、ラピスと連絡を取って欲しいっていうこと。あの子ったら到着の連絡も寄越さないのよ。今後のプライベート回線も敷設しなくちゃったいけないから、早めに動きたいのよね。軍に盗聴されながらあの子の人生相談なんて嫌よ」
 オモイカネ経由ならば、軍の盗聴網など楽々すり抜けてどこにでも、どことでも通信できる。相手方にマキビ・ハリがいることが厄介だが、それもルリとラピスが送信と受信と両側から監視すれば、たとえハリといえどもその守りを突破することはできないだろう。通信があったという事実さえ隠匿可能かもしれない。
「宇宙軍大佐の貴方の前で言うのははばかられるけど、宇宙軍だって正義の味方ってわけでもないしね。過信するのは禁物。本当にどうしようもなくなったら、私とお兄ちゃんの2人でジャンプしてラピスを迎えに行くから、その段取りはつけておかないとね」
「私の前で言わないで欲しいんですけど」
 何しろ大佐なのである。自分の前で堂々と宇宙軍を信頼していない、と言われるのは対応に困る。イネスが心配するような万が一の事態にあたっては、自分が取り締まる立場なのかもしれないのだから。
「貴方個人のことは信じてるわよ。だからラピスに連絡を取って欲しいって頼んでるの。私から連絡すると足がつくから、ヤゴコロ経由でオモイカネにコンタクトして・・・・、まぁやり方は任せるわ。とにかく、こことラピスの間に秘匿通信経路を構築してちょうだい。これは業務命令よ。貴方は部長扱いだけど、私は研究所主任だから、私の方が権限が大きいのよね」
「はぁ、わかりました。それでもう1つは?」
「ええ、それなんだけどね」
 イネスは湯のみをぐいっと傾けて、残ったお茶を一気に喉に流し込んだ。
「アキト君はまだ起きているかしら?」
 言われて、リンクの身体情報を参照した。脳波はアルファ波は検出されず。体温は平熱より若干上。発汗あり。脈拍、血圧、血中糖度は上昇。乳酸の増大を感知。
「はい。トレーニング中みたいです」
「そう、それじゃ」
 イネスはやおら立ち上がり、腰と肩を軽く片手ではらった。内ポケットから手鏡を取り出し、顔と髪を入念にチェックしている。
 パタン、と手鏡を折りたたみ、ポケットにしまった。
「これからお兄ちゃんの部屋に行くから、うまくいきそうだったらリンクを切って欲しいのよ」
 既に23時を回っている。この時間に女が男の部屋を訪れるということは・・・・・・
「それって・・・・」
 口元を手で隠して、イネスはふふ、と含み笑いをもらした。絶句するルリ。
 香水はそのためか。
「人に見せるようなものじゃないから。まぁ見たいのなら見てもいいわよ。でもできるなら遠慮して頂戴」


 カシュっ。

 ルリが呆然としている間に、イネスは颯爽と歩いていった。イネスの背中が大きく見えるルリであった。
 こんな展開は予想だにしていなかった。
 遅れて事態を理解し、頬を紅潮させつつも、ルリは早速ラピスに通信を開いた。じっとしていれば、リンクの情報に見入ってしまいそうだ。
 時差があるから、こちらが夜でもラピスのいる地域はまだ日中である。
 リンクの情報から意識をそらしつつ、ルリは通信ウィンドーを注視した。一刻も早くラピスが出てくれることを願いながら。


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