「裏連中は、火星を火種にしなければいい。木連は、適度に戦争抑止力に使おう。
彼らを、火星自衛に取り込んでもいいさ。」
「わたしたちの存在さえなければ、彼らは侵略された被害者だから問題はない。
でも、わたしたちが介入する場合になれば話は違う。」
可能性としては、物量作戦に出られた場合だ。
古代火星から継承された技術、プラント、相転移エンジン、DFらの技術は木連が占有している。
過去においてネルガルもまた、彼らの技術を有していた。
それでも、実戦に持ち込めたのはIFSとエステバリスだろう。
相転移エンジンは稼動しなかったものがあったが、実際にはイネスフレサンジュという天才がいなければ、実働はできなかった。
彼女が存在しなければ、相転移エンジンは地球側には存在しない。
そして、彼女はアイちゃんがいなければ存在しない。
現在の時点で、アイちゃんとイネスは同時に存在している。
戦争は起こっていない。
自分たちが戦争を起こすつもりもないために、イネスの存在が不安定なものになる。
「実際に、ユーチャリスを見て判るのは、大使の船にいた連中だけだ。
イータユニットの建造続行と共に、ユーチャリスの改修を提案する。」
ラピスは思案もなく答えた。
「わたしも賛成。ワンマンが可能でも、6ヶ月連続航行では心もとない。
補給艦として独立可能のイータに対応させる。」
「いいだろう。」
イータユニットは、ユーチャリスの火力増強と空間の拡張に重点が置かれている。
もともとが小型な船だ。
そして、短期間の電撃作戦に適応できるようになっている。
最低限の生活空間と、許す限り搭載した武器。
極めつけは、艦の全長と変わらぬセンサー翼。
この生活がいつまで続けられるかは判らないが、旅立てる状況にしておいてもいいだろう。
「ネルガルは、相転移エンジンとDFの技術で特許をとろうとしている。
どうする?木連とのいざこざは問題がある。」
「兵器技術でもって、交渉するんだ。あちらが公開しない限りは控えさせろ。
エステバリスの駆動系とIFS以外のインターフェイス技術は開発進行しているか。」
「している。」
ラピスがウインドウを展開した。
エステバリスの概要と機体写真。
「スレイブタイプ。アサルトピットとは別系統の、拘束具型操縦方式。
IFS技術を流用して、外部からの意思読み取りと肉体の最小稼動を増幅する。」
「じゃあ、それを進めさせろ。」
「わかった。それで、はなしは変わるけど。」
ブリッジのシートに座って、ラピスは自分のひざの上に座っていた。
やわらかい体。体温は少々高めだ。
肘掛に手を置いて、ラピスは自分の手に掌を重ねていた。
鼻先にあった頭が振り返り、髪から少女の匂いがした。
「アキトは如何したいの。」
「俺は、料理はもういいと思う。
挫折させられて復讐をした。けれど、いまさら料理に未練を覚えないんだ。」
「アキトはがんばっているみたいだけどね。」
イントネーションの異なる、自分と同じ名前。
「あいつはあいつだ。
夢なんてのは広げるのも、見るのも簡単だ。でも、現実させるには現実が厳しい。」
「厳しいの?」
「ああ。」
「じゃあ、どうする?」
「まずは、あいつの夢に便乗してみよう。それから、商売をしても良いし、何かを作る仕事を始めてもいい。」
「厳しいんじゃないの?」
ラピスはさっき言っていた厳しさをリンクから感じていないから、聞き返してきた。
まったくもって、ラピスの思う疑問は正しい。
「金銭的にそれに頼るなら厳しい。でも、お金はあるし、時間もある。世界を見ても構わないだろう。お嬢様。」
振り返ったほっぺたを両手で包み込んで、笑いを見せる。
「確かに。アキトの言うとおり。」
髪の毛を撫でた。
ネルガルの実権はラピスが握っている。
ネットワークは彼女の掌にある。
そして、自分は彼女に生かされる。