ボソンジャンプの技術が民間に知られるには時間が掛かった。ヒサゴプランが軍占有とは言え、民間にも公開されて稼動を開始するまでに地球は一足飛びの議論でもって、実現を果たしたのだ。
戦争を経ての、進歩のための議論だった。
無論、裏にクサカベハルキの思惑が絡まっていたが。
火星に木連の艦隊が到着してからの議論は、マスコミにも公開されたオープンなものだった。論議にたいしては公開論争が行われ、一部連合政府上層部への突き上げがあった。
100年前の遺恨が伝えられたことによって、一部の市民感情が爆発し、自分たちの置かれた監視社会への不満をぶつけたのだ。
数にして少数。テンカワアキトとラピスラズリからしてみれば、ご苦労なほどの反骨精神と、自己の尊重意識だ。
監視社会というのは、完全にそれぞれの行動が把握されていることだ。それでもって、システムが悪用される可能性がある。故人の行動を監視されるプライバシーの侵害。これらは確かに問題視されることだ。
だが、連合が行ったのはそのようなものではない。
元犯罪者への同意のもと、マーカーを移植するものだ。IFSの技術で、タトゥーと言われる。カウンセリングによって、このマーカーの取り外しは可能となっており、監視社会への道がみえるが、そこまで神経質になるものでもなかった。
アキトもラピスも、自分がどう見られているのかはきにしていない。
二人ともが、お互いを認めているので、他者からどうなどと、意識していないからだ。
オープンな融和姿勢によって、木連は火星での立ち居地を探ることと成っている。
その彼らの近くでもって、ボソンジャンプは何度も行われていた。
「地球の排水処理施設でメンテナンスされているツケがこれ?」
ヘドロか泥の粘度のような液体が、二人の目の前の大地に横たわる。
オリンポス研究所近くに作られた強化プラスチックで覆われた温室の中に二人はいた。
近くに置かれたのは、ユーチャリスにも装備されていたチューリップクリスタルで作られたジャンプユニットであるボソンリング。
その向こうからバッタが搬送用タンクでもって、目の前のヘドロを運ぶ。
匂いは温室の温度もあいまって、鼻を摘むものだ。
二人してくさくなっているだろうと理解しているが、これが過去のテンカアアキトの夢に関わる第一歩だった。
「排水処理施設には、生ごみや糞尿を処理するものがある。なければ、地面にぶちまければいいなんて、中世のヨーロッパじゃないんだ。
人間はメンテナンスが必要だが、楽な方法で、それらを処理するようにした。
それでも、システムが完璧に働くことは無理があるんだ。その残りかすがこれさ。」
「ユーチャリスでもあったの?」
「あったな。宇宙船には水分の再利用がされているだろう。それでも、生ごみとかは水分を取って宇宙などに放出している。」
「じゃあ、それを撒けば土壌が良くなったんじゃないの?」
「そうは行かないさ。水分がないんだ。栄養のある成分も発酵できず、土にもなれず散りになる。
だから、一箇所で土を作る。この温室が土と畑の第一歩だな。」
野菜を作るには土から。アキトの実行したテンカワキトに便乗した一つ目の夢がこれだった。
「ジャンプがおおっぴらに出来るようになっても、土壌改善の計画は上がるだろう。なら、今からやっていてもいいだろう。」
満足そうにうなずく。
でも、くさいものはくさかった。
「アキト、やっぱりくさいね。」
髪の毛を摘んでラピスはちょっと悲しそうに言った。