エステバリスが区画の生ごみともともとの地面を混ぜ合わせるために槍を突き落とす作業を行う。機体数は10で皆IFSを装備してなれない状況に置かれた優人部隊の青年たちだった。
火星に再殖民するという方針の転換は、木連の抱える展望の一つでもあったので賛成意見は多かった。確かな大地のある喜びは、無頼のコロニーで人生を過ごしていた者たちには格別ものだった。
要求されたのは異文明の知識と、何故彼らがこのような状況に置かれたのかだった。
理由は簡単だ。たった一隻の戦艦によって木連は瓦解した。
「まったく、大使殿の心の広さと大局を見る慧眼には恐れ入る。」
「慣れんな。」
「そうだな。」
秋山、月臣、白鳥の三羽烏はエステバリスと成れないIFS操縦を行って作業に当たっていた。
「慣れるための作業だからな。地球と我らの武力では、我らに軍配が上がっただろう。だが、数の脅威と技術発展の速度は明らかに地球に分がある。」
秋山の持論は、クサカベ中将とは異なった。
敵であると教育されていた地球もまた、人の住まう星であり同じ先祖を持つ人類なのだ。
「木星にいたときには考えなかったことだな。肉体的な武力では分があるが、数の脅威は大きいな。ゲキガンガーでは数をものともしないが。」
「現実になれば否定は出来ぬ。」
白鳥はゲキガンガーを思い出し、月臣は突きつけられた現実を思い知る。
木星は、自分たちの武力を制圧されて攻撃された。自分たちの武力でだ。
確かに卑怯な戦法だ。自分自身の戦力のみで戦いを挑んできたのなら、数で木星は船を圧倒できた。
だが、現実は理想や信念に即したものと異なるのだと知らしめる。
「大使殿がネルガルをどう評価したのかはしらないが、俺はこんな共生の方が良い。」
「まったくだな。理解をするという行為の尊さを俺は教わった。お前もそうだろう。ユキナも無事で、こっちにこれたんだから。」
「ああ、まったくだ。」
三羽烏はエステバリスでの作業を続けながら、その意思と思想を僅かに変え始めていた。
「君はそうやって、可能性の一つをピックアップして殲滅したのか。木連を。」
「そう、クサカベの思想は一貫して独善的で、危険。私とアキトが生きてゆくためには木連という社会が邪魔だった。」
「邪魔だから、そうなるだろうという推論で動いたのか。」
エステバリスの働く区画付近に立てられた移民受け入れ基地の一室で、中年に指しかかろうとする男と、少女が言い合いを行う。
「可能性のみで語るのなら、あなたは死んでいく筈だった。地球側はあなたの暗殺を実行しようとしていた。民間の通信マニアにあなたたちの通信が傍受されたのも、私の采配がある。」
ラピスラズリは断言する。自分の行いが正しいのであると。
木連の思想はクサカベハルキによって一本化される。
これが過去における木連国民の文民統制だった。地球は敵である、殲滅しなくてはならない。自分たちこそが正当な理論にたっているのだという。
正当など、根本的には存在しないのだ。それを主張するのは、自身のエゴにしか過ぎない。
「君の行為には感謝すべきもあるが、憎むべきもあるな。」
息苦しさを男は感じる。
大使として立ち上がったときのような持論を実現させる立場。その立ち居地にたった一人で立つのは変わらない。
だが、肩にのしかかる未来への責任は認識するほどに重くなっていた。
「彼の言うのはもっともだな。」
「一般的に言えばね。」
施設内を歩いてゆく。ネルガル施設としては後発で出来たもので、地下にユーチャリスを格納するのと殖民管理を使用目的
に設定されている。
「確かに一般的に言えばだ。やって困らない処置だったよ。ラピスのは。
不穏分子は現れる前に抑止すればいい。現れたのなら消せばいい。」
「アキト、やっと利己的に成った。」
「そうか。」
ラピスはひそやかにそれを喜ぶ。自分の行為は人道的に許されないのを理解いている。
だが、これは自分たちが生きてゆくためには楽な方向だ。
木連が壊滅状態になっただけで、得られるものは多い。
技術利権などをある程度公開して、自動的に利益を得られる。
そして、故郷の火星を正しくも人の住める星に変えてゆくのは、アキトの深層心理にも沿っている。
「ラピスおねえちゃん。」
「楽しそうね。」
アキトが冷酷な笑いをけして、ラピスは自分を見下されているのが判る。この世界に来て2年も経っていない。
身長は10センチ伸びたし、肉付きもよくなった。アキトは若返った容姿になり、肉体年齢を若返らせている。
「今日もルリと一緒。」
「うん、ヒスイが見逃すとどっかに行っちゃうの。」
「ルリは好きなものを見逃したくない。だから、ちょっとふらふらしちゃうんだろうね。」
マシンチャイルドの保護は、ラピスの行動だった。自分が研究対象として開発された人間で、他にも同胞はいた。
研究所の記憶には、自分以外の自分も見た。
アキトに救われた。たった一つの出来事で大きく人は変わるし、成長できる。マイナスに置かれた状況ならばなおさらだ。
だから、ラピスは行動を起こした。
結果として、アキトには笑いが浮かんでラピスも自己満足になってしまうが母性とやらを感じるようになった。
結果は上々。
「そうやっているんですね。ラピスラズリ。」
冷えるような声を聞いて、ラピスはヒスイと自分の名前を言う金属のような硬質な黒髪の少女から自分の表情を隠した。
視線の先にはホシノルリがいる。
戸惑った様子で火星の生活を開始した、過去の怨敵。
いや、恨みはないがアキトとすごした時間は同じ位のラピスとは違うマシンチャイルド。光の道を行った人形。
「どうしたの、ルリ。やけに冷たいよ。」
ラピスは柔らかく言ったつもりだが成功したか判別はつかない。
「あなたがやったんですね。木連の破壊と、記憶の認識を。」
得体の知れない物言いと、
物騒な内容にアキトもラピス同様警戒の色を浮かべずに抱く。
「何を言っているのか判らないな。」
ラピスはヒスイの目を隠してルリと相対する。
「連合宇宙軍所属ナデシコC艦長のホシノルリ少佐。」
どこかで聞いたことのある肩書きだ。
「こういえば私が誰かわかりますね。」
ラピスはルリを見下ろした。隔たりとしては精々15センチくらいの身長差。
「そう、未来からあなたも着たんだ。」