テンカワアキトの健康体を捕まえた。雇うという状態で。
ネルガルを支配下に置くのは、難しくなかった。
「イータ、どうかな。」
『計画どおりです。レディ。』
ユーチャリスのオペレータシートに腰を下ろす。
ブリッジは無味乾燥。アキトの入ったポッドをわたしは目の前にして座る。
「イネスの確保は簡単だった。アキトもね。で、研究体を確保したい。」
どうすればいい?と顎でウインドウへと返答を求める。
『こちらに対人能力を持った兵器はバッタのみ。機体の改良を行ってみるのが良いかと。』
「いいね。」
ウリバタケセイヤの名前が浮かんだ。彼は趣味に走る。
だが、わたしたちの境遇を知らずとも猫を殺さない程度に興味は持ってくれるだろう。
立ち上がる。
意識にてアキトへとリンクを接続。
暗闇の中で、ズットひとり。わたしの昔とは異なる孤独。
接続でアキトの視界が僅かにリンクされる。
白濁した視界。神経圧迫で空白がある。
「アキト、どう?」
『ラピス、現在地と時間をたのむ。北辰を倒したあと、倒れたらしいな。』
情報を脳内で処理。アキトに伝達する。
「現在ユーチャリスは艦の緊急固定アンカーを撃ち込んで、火星極冠遺跡にて滞在。時間は火星第一次大戦以前に移動している。」
戸惑いの感情。時系列の断絶への疑いがわかる。
「アキトは生きてもらう。北辰は倒した。わたしたちは過去かもしれない世界に来た。」
『理由は。ランダムジャンプ、イネスの研究もわかった。仮定された結果とはいえ、これを行ったために、歴史は変わっている。』
「見たかった可能性だよ。歴史は、大きく変わった。アキト、みたかったんでしょ?」
判らない。彼が見たいと言っていたことだ。
平穏である世界。戦争の無かった、わたしがアキトに出会うことがない世界。
それは嫌だ。でも、わたしたちが来ていれば出会う以前に出会っているから問題は無い。
『見たいのは確かだ。だが、思い出した後悔だったんだ。俺は、北辰を倒せば、後継者が滅べばよかった。だから、死んでもよかった。ラピス、お前が生きていればいい。ナデシコの連中も、アカツキやエリナも。生きていれば。俺はな。』
「でも、いや。」
いやだ。
アキトがいないのは。
目の奥が熱くなる。
ポッドをぎゅっと手を広げて抱きしめる。
「嫌だよ。アキトがいないのは。」
アキトが動きの悪い体を動かす。わたしの正面に浮かぶ。
『嫌でも、別れは来る。だから、俺を生かすことを考えなくても良い。お前が生きることを考えろ。』
「いやだよ。アキトと一緒にいるの。どうでもいいんなら、わたしにアキトを頂戴。死んでもいいのなら、生きられてもどうでもいいんでしょ、なら、生きるアキトをわたしに頂戴。」
意思の伝達。曖昧、愚鈍、自責、喜び。
「ほら、そうやって、どうでもいいって言いながら。」
求められる喜びを感じている。
はっとした感覚。アキトはわたしに言われて気づいたんだ。
「生きて。死んだときはわたしも考える。でも、まずは生きて。」
リンクを開いたまま、アキトの思考が僅かに伝達された状態。
わたしはシートに戻る。
心臓の鼓動が早い。身体が熱い。生きている、わたしたち。