三人は少し寂れた茶屋に来ていた。雑談が飛び交う中、センリは一枚の紙を取り出す。
「次の仕事はこれ」
机に置かれた紙を二人は軽く目を通して、小さく頷いた。任務のランクは比較的楽な“C”である。
「たった一人の“護衛”なら、俺が出る必要もなさそうだな」
紙に書かれているのは、“波の国のタズナの抹殺”である。周囲に人が居る場合には、暗殺・抹殺は護衛と言うことにしている。
タズナは、波の国と火の国を繋ぐ橋を築くリーダー的存在である。今まではこの橋については牽制という手を打っていた。しかし最近、中止していた建設作業を隠れて再開していることが判明した。このことがガトーの逆鱗に触れたため、遂にタズナ抹殺という決断に至ったようである。タズナは一般人で資金もないことから、抹殺には手間を取らないCランクに指定されたのだろう。
「私は別の仕事があるから、これは斬と黒に任せる」
「別の仕事とは、なんですか?」
「それは言えない。極秘だから」
センリには二人とは異なる任務がある。ガトーによるものではなく、個人的な仕事だ。関係のない再不斬と白を巻き込むわけにはいかない。極秘という単語に二人は少し怪訝な顔をするが、特に何も言わなかった。
「分かりました。それでは、僕たちは仕事の準備をしますね」
「難無く終わると思うけど、気をつけること」
「ケッ……見くびるのも大概にしとけ」
「その油断が隙を生むぞ、斬――」
二人は立ち上がって茶屋を後にする。白だけならば少し心配するが、再不斬がいるならば大丈夫だろう。出会った当初より彼らの実力は高くなっている。そう簡単にやられることは無いだろう。
センリは支払いを済ませて茶屋から出ると、二人とは逆の方向に歩き始めた。背後から駆けてくる運び屋が、センリの横を通り過ぎると同時に小さな紙を渡してきた。
「――火の国、か」
読み終えた紙を風遁で切り刻む。商店街を抜けた瞬間にセンリの姿は消えていた。
* * * * *
一日ほどして、センリは火の国の端に着いた。場所は田の国寄りの場所で、周囲に村や集落は少ない。波の国で受け取った紙の情報によると、この辺りに“奴ら”のアジトが存在しているらしい。センリは高い木の上に立ち、白眼で周辺を見渡した。
(――アレか)
不自然に歪んだ空間が一つ目に入る。恐らく地形を利用した幻術であり、上手く自然に溶け込んでいる。よほど注視しなければ気づかないだろう。地下に続く階段の奥を透視するが、人の存在は確認できなかった。
センリは相手に気づかれないであろう場所まで近付き、帰ってくるのを待つことにした。
(二人は上手くやっているだろうか)
ふと、再不斬と白のことを思い浮かべる。今日はタズナが木ノ葉から波の国へ戻る日であり、早ければ既に仕事を済ませているかもしれない。しかし、木ノ葉が絡むとなると一筋縄ではいかないかもしれない。護衛に付く者によっては苦戦を強いられる可能性もあるだろう。
(……上手くやってくれると信じるしかない)
いまはセンリにもやるべきことがあるため、こちらに集中するほかないのだ。センリは木から降りて近くにある幹に腰を預ける。
(手は出してこない、か)
先程からセンリの近くに忍が三人こちらの様子を伺っているが、一定の距離を保ち続けている。少し移動すると彼らもそれに合わせてくる。恐らく木ノ葉の忍だと思うが、狙ってこないということは偶然発見したに違いない。この人里離れた場所に誰かが居れば警戒するのも無理はない。こちらが不用意に木ノ葉へ近づかなければ、向こうも手出しはしてこないだろう。
センリは敵意が無いことを示すために切り株に座った。しかし、三人は変わらずセンリの監視を続けている。
一度火の国から出なければ、彼らは監視を止めてくれないのだろうか。しかし、この機会を逃すのも考えものである。
(撒くか――)
センリは立ち上がると同時に、その場から素早く飛び立った。予想通り、彼らも後を追い続けてきた。少しずつ距離が近づいていることから、こちらのことを敵と認定したようだ。先程までは敵対していなかったため戦闘を避けていたが、こうなれば仕様が無い――
「何故つけてくる?」
センリは足を止めて、追手の方向へ目を向けた。すると、お面を被った三人が距離を開けて姿を見せた。
「こんな僻地にいる者を見逃すわけにはいかんからな」
若い声をした男が一歩前に出て忍刀を抜いた。どうやら、話し合いの場は与えてくれないようだ。
「薬草を取りにきた。私はこの先にある村の人間だ」
比較的近くにある村の方向に指を差し、逃げている最中に取った薬草を見せる。すると、お面の三人は武器を仕舞ってこちらに近づいてきた。
「それは申し訳ないことをした。ここは獣が出て危険だから、村まで護衛をしよう」
「それはありがたい。では、御言葉に甘えて――」
男が友好的な振りをしていることは分かっていた。そして、それが後ろの一人による幻術であることも――
彼が差し出している手――いや、忍刀をセンリは避けて素早く腕を突き出した。
「八卦空掌!」
男が反応する前にその一撃が突き刺さる。一ヶ所に集められたその衝撃は、彼の骨を砕き、内臓を破裂させた。残りの二人は吹き出る鮮血を見ると同時に、その場から離れる――
「お前……まさか――」
変化の術で姿は村人になっているが、柔拳を扱ったことによりその正体はすぐに察知された。センリは木ノ葉ではうちはイタチを筆頭としたS級犯罪者の抜け忍であるため、暗部が知らないはずがないだろう。残された男は後ずさりするが、女は前に足を踏み出して印を結んでいた。
「引くな、ここで始末する! ――火遁・炎柱獄の術!」
センリの周囲を囲むようにして火柱が迫る。しかし、センリは難無く回転でそれを弾き飛ばした。
「風遁・風切波の術」
素早く印を結んだセンリは、女に向けて刃を飛ばす。女は紙一重でそれを回避し、更に距離をあけた。
「まだか、クウ!」
「ま、待て! 急かすな!」
先程まで怯えていた男が長い印を結び続けている。どのような術かは分からないが、厄介であるのは間違いない。センリは標的を男に変えて印を結びながら近づく――
「風遁・風塵波の術」
「させるかぁ! 火遁・炎防壁の術!」
炎の壁により術は防がれたが、その分女に隙が生じていた。女は即座に距離を離そうと飛び下がるが、センリはそのまま指を鋭く立てて腕を突き出す。しかし、指が女に触れられなかった。徐々に離れていく女は、これを好機と見て印を結び始めるが――
「八卦刺刃掌」
指先から長く飛び出す鋭利なチャクラの刃が、女の胸を貫く――
お面越しに驚愕しながら絶望する顔が見える。セツナはそんな女を尻目に刺刃を抜いて、印を結ぶ男に向けて飛び込んだ。
「ミ、ミナぁぁッ! ふ、封印術――」
男が印を結び終わる直前に、刺刃が男の首を刺す。男は何かを言おうとしているが、首がやられているため上手く聴き取れなかった。
「……お前たちの目的は?」
センリは胸を押さえて血を吐いている女を起き上がらせた。面を剥がして目を合わせると、恐れた目をして身体を震わせ始める。
「言うわけ、無いでしょ……」
「そうか――」
センリは女の心臓に刺刃を突き刺した。三人ともまだ若いことから、暗部になりたてであったに違いない。最初の男がやられた時点で伝書を木ノ葉に送るべきだったが、焦りで冷静な判断ができなかったのだろうか。考えたところで仕様がないため、センリは取りあえず死体を地中に埋めてその場から離れた。
(あまりゆっくりはしていられない)
暗部を殺してしまった以上、他の暗部が様子に見にくるに違いない。できれば今日か明日中には仕事を終わらせたいところである。
センリとしては、できるだけ不必要な戦闘を避けておきたい。無駄に体力やチャクラを消費して、いざというときに動けないということにはなりたくないのだ。
(早く来い、カズマ――)
元守護忍十二士の生き残りの一人、カズマが姿を現すのをセンリは静かに待ち続けた――