「――これで最後、か」
カズマの仲間と思われる三人が帰ってきたと同時に、センリは強襲をしかけた。こちらの存在に気がついた瞬間に、一人が巻物を取りだして印を結ぼうとしたがその前に点穴を付いていた。残りの二人に関しては、五つのチャクラを使い分ける女が少し厄介だったくらいである。
「あん、た……何者、よ」
桃色の髪をした女は話せる程度にしておいた。まあ、彼女らがここに来た時点でカズマも帰ってくると思うが――
「もう一人の男はいまどこにいる?」
「フリドの、こと? それなら、何も知らないわ……」
真偽を確かめるために白眼で睨みつけたが、どうやら彼女は本当のことを言っているみたいだ。“フリド”というのは恐らくカズマの偽名だろう。
「ここに帰ってくるのか?」
「……どうせ、答えようが答えまいが私のこと、殺すんでしょ?」
女は血を吐きながら笑っている。絶望・恐怖・憎悪の感情が瞳に浮かんでいるようだった。
「信頼されていない部下、か。滑稽だな――」
カズマの配下でありながら、彼のことを何も知らない女に苦笑する。センリはクナイを取り出して彼女に目がけて振り下ろそうとした――
「……遅かったな、カズマ」
横から飛んできた手裏剣をセンリは弾き飛ばす。姿を消す術を使っているが、センリから見れば丸見えも同然である。
「いくら時が経とうと、お前はいつも俺の邪魔をするみたいだな。日向センリ――」
怒りが込められたその声に、センリは反応することなく彼のほうを見た。
「随分と老け込んだな、カズマ」
「フリ、ド……!」
虫の息を放つ女が、希望に満ちた目でカズマを見ていた。センリは女を無視して彼に向かって歩き出す。
「ハッ、ほざいてろ。わざわざ俺を探しにくるとは、どういう風の吹き回しだ?」
「お前が何をしようとしているのか、それを確かめに来た――」
センリは構えを取り、カズマに拳を刺した――
『そう慌てるな、日向センリ。まだ話は終わっていないだろ?』
影分身と思われるモノが飛散すると同時に、カズマの気配が消えた。白眼で周囲を見渡したが、彼らしき人物は見つからなかった。
「おかしな術を身に付けたようだな」
『遠方から戦況を見るのが、玉の務めだからな――』
静かな森の中に、反響したカズマの声が聞こえる。センリは構えを解いて一息ついた。
「それで、話というのはなに?」
『フハハ、ようやく聞く気になったか! ここで会ったのも何かの縁だ、日向センリよ。……俺と共に、やり直してはみないか?』
「……やり直す?」
センリとカズマに共通したことと言えば守護忍十二士であり、そして――
『そう、木ノ葉再建だ! あの時は俺もお前も若かった……。だが、いまは違う! 今後木ノ葉の力が弱まったその時を狙い、我らが野望を成すのだ――』
八年前、火の国による世界統一のため軍事国家化を計画したクーデター。それを、カズマは再度行おうとしているようだ。確かに彼の言うとおりあの時は若く、そして力も備えていなかった。いまならば、この力をもってして成し遂げることができるかもしれないが――
「無様極まりないな、カズマ。いや、いまはフリドか――」
『……なんだと!?』
予想外の返答にカズマは憤慨している。自らの一生をかけた野望を“無様”などと言われたのだから当然であるが。
「過去に――火の国にいつまでも這いつくばるお前の姿を、“無様”以外にどう表す?」
『貴様……ッ!!』
センリは木ノ葉を去ったと同時に、それを捨て去っていた。あの場所は自分の故郷ではなく、ただの敵という存在であるのだ。そんな木ノ葉を再建などと抜かすカズマは、酷く滑稽である。
「木ノ葉はもう腐りきっている。あれを再建することはできない」
腐敗した木ノ葉に、なぜ日向一族は居続けるのだろうか――
日向もあのような国に縛られるのではなく独自の国や里を持つべきだ、といつも思っているが、どうやらそれが叶うことはなさそうだ。ぬるま湯に浸かりきった日向はヒナタ、ハナビの代を経てより一層に衰退していくだろう。
そんな木ノ葉を破壊するため、センリは形だけクーデターに参加しただけだ。木ノ葉が、火の国がどうなろうと問題はない。ただ、日向の発展を望んでいるだけなのだ。
カズマが姿を見せない以上、もはやここに居る意味は無くなった。センリは倒れている三人の間を通り、森の中へと飛びたつ。
『クッ……いまに見ておけ! 再建を果たした暁には貴様を討ち取らん!』
カズマの戯言を聞き流したセンリは一目散に姿を消した。八年前の幻想にいつまでも囚われつづける彼が、自らの愚考に気が付くときはくるのだろうか――
* * * * *
「くっ……一体、君は――」
白は突然豹変した少年――ナルトに苦戦をしていた。
魔境氷晶でサスケとナルトを翻弄して先にナルトを始末しようとしたのだが、サスケが身代わりとなって倒れた。ここまでは良かったのだが、突然ナルトから赤いチャクラが沸きだし、とてつもない力で暴れ出したのだ。かなりの強度を持つ魔境は素手で破壊され、そしてそのまま彼に殴り飛ばされて仮面が割れた。
「お、お前……!!」
ナルトは白の顔を見て正気に戻ったのか、赤いチャクラも消え去り動きが止まった。
初戦で畑カカシに撃退された再不斬を治療するため薬草を集めていたとき、ナルトとは一度顔を会わせている。
(……好機!)
彼が覚えていたことにより、隙が生まれた。白は即座にクナイを取り出し、彼に向かわんとするが――
「――ッ!!」
白は、動きが止まっている再不斬に雷撃が近づいていることを悟る。このままナルトを倒していれば、再不斬は間違いなくそれを食らってしまう。しかし、いま再不斬とその雷撃の間に入れば防ぐことが出来る――
白の脳内で高速に議論が繰り広げられる。自分の身を呈して再不斬を守るか、それとも再不斬を見捨ててナルトを始末するか――
苦渋の選択が迫っているというのに、白はどちらかを選ぶことが出来ないでいた。
(センリさん……!!)
センリがいれば、恐らくこのようなことは起きていないだろう。居るはずもない存在にすがりつくほどに、白は追い詰められていた。
“白……お前はもっと忍になるべきだ”
(――――ッ!!)
ふと、センリに言われた言葉を思い出す。あやふやな気持ちでいままで戦い続けてきた白にとって、最も痛い言葉だった。
忍たる者は何ぞや――
忍にならなければ、この先も進むことが出来ない。まさにこれが、白に課された試練であるならば、取る選択肢は一つ――
「はあああぁぁぁ!!」
白は心の中で再不斬に謝りながら、クナイを握りしめて前に駆けだす。ここでナルトを始末して、恐らく弱り切ったカカシを討てば任務を達成することができるはずだ。いや、達成しなければならない。
「……ッ!! この!!」
(しまった……!!)
間一髪でナルトは白の攻撃を避けて距離を置いた。あやふやな心で突撃したため、攻撃が単純なものになっていたのだ。
一発で仕留めなければならなかったというのに、失敗した自分に絶望する。
「――ガハッ!!」
背後から断末魔の叫びが聞こえる。あの首きり包丁が地面に落ちる音が聞こえ、静寂が走った――
「……ナルト、よく頑張った。あとは俺に任せろ」
「カ、カカシ先生! そいつはなんというか……悪い奴じゃないってばよ!」
返り血を浴びたカカシがこちらに近付いてきている。再不斬との戦いで消耗しているようだが、まだまだ動けるというのはすぐに分かった。
「……サクラと一緒にサスケの様子を見てこい。これは命令だ」
「わ、分かったってばよ……」
カカシの鋭い視線に圧倒されたナルトはサスケのほうへ駆けて行く。今までにない威圧感に膝が震え始める。
(僕が……僕がやらないと。再不斬さんの犠牲を、無駄にすることは……できない!)
白は無数の千本をカカシに投げつけるが、軽く避けられて徐々に距離を詰められていく。あの写真眼がそれを可能にしていると悟った白は、距離を離して印を結んだ――
「氷遁、氷龍柱の術!」
両手から二つの氷龍がカカシに向けて飛びかかる。カカシはそれを見るや否や長い印を結んでいた。
(あれは……!)
よく隣で見たその印は再不斬が使っていた――
「水遁、水龍弾の術」
橋の下から出てきた水龍が、二つの龍を巻き込むようにして襲いかかった。空中で氷龍と水龍は一体化し身動きが取れずに、そのまま地面に落ちて消滅した。
「抵抗はやめろ……お前はもう、詰んでいる」
「くっ……! 氷遁――」
圧倒的な力量差があるが、白は抵抗を続けようとした。しかし、尋常ではない速さでカカシが距離を詰めて蹴りを放ってきた。
「ぐ、ぁ……ッ」
「もう一度忠告をする……抵抗を止めろ。これは最後の忠告だ」
「やめ、ない……! 僕は、忍だから……」
どうせ捕まるくらいならば、再不斬と同じところに行きたい。忍びたる者、逃げだすことはできない。だから白は立ち上がり、千本を手に持った。
「そうか。なら、本気で行くぞ――」
気が付けばカカシが目の前にきていた。ここで死ぬのだと悟りながらも、白は逃げ出すことなくそれを受け入れた――
「再不斬さん、センリさん…………僕は――」
ようやく二人みたいな“忍”になれたのだろうか――
「――風遁、風切刃の術」
白が意識を失う前に聞いた声は、よく聞き覚えのある人の声だった――