「へへっ、やっぱり思った通りだぜ!」
「まさか本当だったとはな……。まあ、この顔立ちで“男”なはずがないか――」
「貴様ら……!」
意識を取り戻したとき、白は衣服をはだけさせられていた。目の前に居るガトー・カンパニーの手下たちは、いやらしい視線をこちらに送ってくる。
今すぐにでも彼らを殺してしまいたいのだが、カカシとの戦いでチャクラを消費しすぎているため、いまはただの村民と変わらなかった。辛うじて目の前の男たちを殺したところで後ろには何十人もの手下がいるため、すぐに取り押さえられてしまうだろう。
「触るな!」
「んだよ……いま置かれている状況、分かってる? 白“ちゃん”――」
「――痛ッ」
白に手を出そうとした男の手を振り払うと、頬を殴られて床に叩きつけられる。後ろから下衆染みた笑い声が上がり、一人、二人と白に近づいてきた。
男たちのその目を見て、白の身体が震えはじめる――
「おぉ? いい表情もできるじゃねェか。これは嬲り甲斐がありそうだなぁ」
「あ……あぁ……っ!!」
* * * * *
幼い頃に植えつけられたあの記憶が、脳裏に映し出される。男たちに弄ばれ、捨てられ、そしてまた弄ばれる――
自分の意思など関係無しに生かされてきたあの日々。繰り返される迫害と嘘と暴力。それでも必死に“生”にしがみついていた。生きているようで生きていない――そんな絶望に悶え苦しみながら息をしていた。
“僕は、この世に必要とされているのだろうか――”
人間は何かしら意味を持って――必要とされて生まれてくるはずだ。しかし、それを全く実感することが出来なかった。
この命に意味はあるのだろうか。意味があるとするならば、一体何があるというのだろうか。それを見つけることが出来るのだろうか――いや、見つけられない。
この世に必要とされない存在があるとするならば、それは間違いなく自分自身だろう。この絶望の毎日に何の意味があるのだろうか――
「面白いモノを持っているな、君は――」
寒い冬の街の隅で座り込んでいると、ふと優しい声が掛かった。しかし見上げることもなく、ただじっとしていた。こうして優しく接してくれるのは最初だけで、人が少ないところまで付いて行った瞬間に、声色を変えて襲いかかってくる者を幾度無くこの目で見てきたからだ。どうせいま話しかけている人も、彼らと同じに違いない。
黙りつづけていると、肌を突き刺す寒さが無くなるのを感じた。咄嗟に視線を上げると肩から被されている羽織物と、いままで見たことがない淡白い目をした人が目に入った。その人は男か女か分からない中性的な顔立ちで、艶のある長い髪をしていた。
何かを言おうとしても言葉が思いつかない自分に対して、その人は手を差し伸べてきた。他の人とは違う――そう感じ取るとその手を取り、ゆっくりと引き上げられる。すると、その人の後ろに強面の男が目に入り、思わず手を離して尻もちをついてしまった。
「ふっ……再不斬、怖がられているぞ?」
「うるせぇ。チッ……先に行ってるぞ」
「全く、人相が悪い」
再不斬と呼ばれた男は、気分を害したのかそのままどこかへ行ってしまった。目を丸くしていると、再び手が差し伸べられて立ち上がった。
「あ、あの……どうして僕なんかに……」
勇気を振り絞って目の前の人に声をかけてみた。いつもであれば自分から話すと怒鳴られたり、殴られていた。しかし、この人はそのようなことをしてくるようには思えなかった。人を見る目だけは確かな自信があるため、間違いないだろう。
「君、名前は?」
「な、名前は……」
名を聞かれて言葉に詰まってしまう。この世に生まれる全ての人間につけられるであろう名前を持っていなかったからだ。いや正確には名前はあったのだが、物心がつく前に両親が居なくなっていたため分からないのだ。
「そうか……そうだな――」
名前が無いことを悟ったのか、その人は空を見上げながら何かを考え始める。少し時間が経つと、その人は手のひらを上に向け、何かをそっと包み込んでこちらへ見せた。
「今日は雪だ。そして雪は白く……私の目も白い。これは何かの縁だろう――」
瞳に映る白い雪と目を交互に見ていると、その人はしゃがんで頭に手を乗せてきた。いつもみたいに髪を引っ張られるようなことはなく、優しく撫でられていた。
「“ハク”という名前はどうだろう?」
ハク――白と呼ばれた瞬間に、自然と涙が溢れた。今まで感じたことが無かった感情に、心の処理が追いつかなかった。優しく温かいこの感情――これが、幸福というものなのだろうか。
「私の名前は日向センリ。私と一緒に来ないか?」
その日から、白はこの世に必要とされる存在となった――
* * * * *
「それじゃ、まずは俺から」
「やめろおおおぉぉぉ!!」
男が暴れる白を押さえつけて襲いかかろうとした瞬間に突風が吹き、次に目を開けると男の頭が無くなっていた。吹き出す鮮血にその場にいる者たちは絶句して固まっている。
突如姿を現した長髪の人物を見て、全員が驚嘆する――
「お、おい……こいつは別の任務に――」
センリは後ずさりする男たちの首を次々とはねられていく。その惨劇を目の当たりにして男たちは後ろへ逃げるものの、生きる時間を少し稼ぐ程度であった。センリは無表情のまま血を被り続け、そして一番奥に居る男――ガトーに歩み寄って行った。
「お、おやおやセンリさん……個人的な任務はもう完遂ですか?」
「…………」
「お、おおお、おい! お前、ガトーさんに、な、何をする――」
ガトーの側近が首が飛ぶのと同時に、周りにいた取り巻きは海へ飛び込んでいった。ガトーが止めようとするものの、彼らは耳を貸すこともなく自分の命だけを考えて行動している。ガトーが少しずつ後ろへ下がるものの、そこに待っていたのは建設途中の橋の路面だった。逃げ場が無くなったガトーは後ろへ倒れ込み、身体を震わせ始める。
「こ、今回の任務は失敗したが、ほほほ報酬は出しましょう!! いや、言い値を出しますから許してください!!」
奥に隠していた小者さをガトーは恥じることもなく晒していた。もともと彼は成金であるため特に驚きはしないが、普段の傲慢な態度と見比べると酷いありさまである。
「全部、じゃないと殺す。どこにある?」
「分かりましたぁ! ば、場所は地下の金庫――」
救われた顔をしたガトーの顔が海に飛び落ちた。ある意味苦しまずに死んだのだから、幸せな人生であったと言えるだろう。
センリは転がる死体に目もくれずに白がいるほうへ向かった。肌をさらけ出す彼女に羽織物を被せて、そっと抱き寄せた。
「白……生きていて良かった」
「センリ、さん……」
全てが終わったと思った瞬間に、身体の力が抜けていく。そんなセンリを白が強く抱きしめることで支えていた。
センリの頬に流れる涙を、白が拭う――
「再不斬が、死んだ……死んだんだ」
まるで家族同然であった再不斬が、死ぬという事実を受け入れることができなかった。木ノ葉を抜けた直後から行動を共にしていた仲間が、居なくなってしまった。
私的な任務など後回しにすれば良かった。少しの気の緩みで、このようなことになるとは想像もしていなかった。再不斬ならば厳しい相手であったとしても、生きながらえることができる――そう思っていた。
「僕の……、僕のせい、です……!! 僕があのとき、再不斬さんを庇わなかった、から……ッ!!」
泣いている白を見て、朦朧としていた意識が取り戻される。目の前にいるセンリにとって唯一残された人物を、強く抱きしめ返した。
二人を慰めるように、空から雪が降り始める。思えば白と出会ったときも雪が降っていた――
「いや、白は立派な忍になったんだ……。だからきっと、再不斬も喜んでいるはずさ」
白を連れて雪が少し積もった再不斬の前に行く。そして横にある断刀首切り包丁を手に取り、白に差し出した。涙を拭いきってそれを受け取ると、力強い目になっていた。
「僕が、再不斬さんの跡を継ぎます! そして、センリさんを守れるような立派な忍になります!」
「ああ、期待しているよ――」
再不斬の埋葬を終えたセンリたちは、ガトーの金庫から金を回収したあと波の国を去ることにした。これからは白と共に新しい土地を目指して旅をする。
(再不斬……貴方は私にとって――)
桃地再不斬は、日向センリにとって家族のような存在だった――