「…お前どしたの。この子うちはじゃない」
家に帰ると寝室のベッドには素性が分かっている少年が寝ていました。
そんなカオスな状況、いくら長年忍を務めていても狼狽えてしまう。
現に自分の口からは呆れと困惑と戸惑いが混じった声が漏れ出ている。
任務に追われひいひい汗水血流し帰ってきたらこれだ。
やはりコイツに合鍵を渡すべきではなかったのかもしれない__後悔が胸を襲ってきたところ、台所から騒ぎの中心(本人自覚済み)が顔を出した。手にコーヒーを持って。
「んん~?ちょっと拾ってきたァ。嫌なら捨ててもいーぞ」
お前はバカかと頭を叩きたくなった。
犬猫じゃあるまいしそんな軽い言葉で済ませられる程目の前の少年は安くない。
故意なのだろうがこうしてわざわざ何でもない様な言い回しをするから嫌われるのではないか…と常々思ってしまう。
コイツ__舌切スズメの評判は己が知る今のところ最悪で、それは彼自身の性格と人間性からきているものだと思っている。
人として越えてはいけない、或いは越えたくない一線を易々と越え、人の悩み苦痛を軽々と扱う__そんな人間だ。
血塗れの母親が必死に助けを求めてきてもケラケラと指差し笑ってトドメを刺してしまう__そんな人間だ。
けれど神は慈悲深くもこんな人間を見放さなかったようで、いくつか救いようがある点もある。
一つは忠誠心の強さ。それは背筋に寒気が走る程だ。忠犬なんて生温い。
スズメの忠誠心の高さは天井知らずで、お前は里の為に死ぬのかと問われれば一も二も無く頷くだろう。
顔は良い為彼女も居るのだが、彼女との休日より里からの任務を選ぶ男なので悉くフラれている。
コイツに「私と仕事、どっちが大切なのよ!」は通用しない。
ちなみに本気で好きになった女は後にも先にも一人だけだそう。
残念ながら九尾襲来事件時に亡くなってしまったらしい。
名はどうしても教えてくれない。
もう一つは性格に吊り合わない力量だ。
その性根の腐り具合から先輩にさえ邪険に扱われていたにも関わらず、任務時での自分の役割はきっちり果たし、敵の追撃及び逃走を許さない。
ストップをかけられなければ敵地にまで追い込んでいきそうなその勢いは周囲の人間を引かせるには充分だった。
付いた二つ名は木の葉の番犬。
犬どころか狼にも匹敵しそうなのだが、その忠誠心たるや歴代の凄腕忍者にも劣らぬという。
志村ダンゾウに気に入られ目を掛けられているそうだが生憎スズメは里を愛しているのでどちらの勢力(火影ことヒルゼン、根のトップことダンゾウの二大勢力)にもつかない。
彼にアプローチと媚と旨味は無効だ。
自分も邪険に扱い、好く思っていなかった者の一人だったのだが…どういうわけか、数年前のある事件から部屋の合鍵を渡す程親しくなっていた。
少なくとも、これ見よがしにコーヒーを飲みまくり我が物顔で本を物色し始めても溜め息で済ませる程度には。
一体何があったのだ、とはよく周りに聞かれるのだがそれは此方のセリフだ。
まぁ今の関係も悪くはない。
人間性と性格さえ目を瞑れば後は割と良い奴なのだ。
目を瞑れない部分が大きすぎるだけで。
そんな彼がうちはの生き残りを拾ってきたとなれば此方も心中穏やかではない。
何せここは自分の部屋である。
もっと言えば来月の頭に家賃を払わなければいけない自分の家である。
そんな家にうちはのガキが居るなんて知れたらどうなるか分かったもんじゃない。
拷問班のイビキが嬉々として鞭を握り締めているのが目に浮かんだ。
ああ、頭が痛い。先程治まった筈の後頭部の痛みがまた主張を始める。
とりあえず靴を脱いで部屋に足を踏み入れるが、途端に頭痛が酷くなる。
これじゃまるで帰りたくないと言っているみたいだ。実際そうなのだが。
「おー?どしたのカカシィ、頭痛そうじゃん。だいじょぶ?」
「あーうん、まぁね。ところでこの子どっから拾って来たの」
「うちはの領地」
「死ねよお前もう」
思わず本音が出てしまった。
罵詈雑言なんて親の声より聞いてきたコイツにとって己の本音など痛くも痒くもないのだろう。ちょっぴり恨めしい。
にしてもうちはの領地とは恐れ入った。
病室でぐっすり寝ている筈なのに、目の前ですやすや寝ている良いトコロのお坊っちゃまはうちはの敷地内に居たというのだ。
よくもまぁ三回も脱け出せる。病院の警備も何やってんだか。
呆れを含んだ溜め息を吐いても何の慰めにもなりゃしない。
というか連れて来んな病院に返してこい。それか元の場所。
どうせ火影様の事だ。この一件も水晶でご覧になられているのだろう。
言い逃れ…はできないにしても言い訳なら何とかなるかもしれない。
頑張ろう。明日の俺の為に。
とりあえず外傷は無いか体のチェックだけでも済ませておく。
これで全治四ヶ月の複雑骨折なんてされてた日には首を吊らねばならない。
上半身を起こして注意深く観察する。見たところ怪我は無いようだけど、一応きちんと検査するべきか?考えどころだな。
病院に返すのが一番手っ取り早いがまさか見つけて拉致って帰しましたなんて口が裂けても言えない。
どうにか事を穏便に済ませられないだろうか…。
「あ、起きそう」
「え?」
ドゴッ
この間約二秒。(性根が)腐っても忍なだけあって早業だ。
やはり人間というのは内面がダメでも実力さえあれば生きていける仕組みになっているらしい。
そういう前例はいくつも見てきたから今更過ぎるが。
ドゴッ、という不穏な音はどうやらうちは少年の首に狙いを定めて手刀を入れた時の音らしい。
起きそう、と言われてもしっくりこない。
ずっと眠っていたのに突然起きるのだろうか。
というよりさっきのはヤバかったかもしれない。ああどうしよう。
後ろ盾も女も子供も妻も両親も居ない俺にとってこの里での立場を失えば一気に生活が苦しくなる。
溜め込んだ金もいつかは消える。
二つ目の生き方など用意していない俺にとって忍を奪われれば後は転落するだけの人生なのだ。
「ちょっとちょっとどうすんのコレ。バレたらヤバいよというか起きてようちはくん、ねえ」
「起きてほしいんなら気長に待つっきゃねーんじゃね?つーか揺らすのはナシだろォ」
真っ青な俺とは対称的にスズメは笑いすぎで顔を赤くしている。
お前のせいだというのに能天気な奴だ。
いっそ首でも絞めて殺してやりたい。しないけど。できないけど。
それがまた腹立たしさを誘ってゲラゲラ笑っているスズメを睨み付ける。また笑いやがった。
「あーもう…というかさ、何で拾ってきたの?お前そんな好きだったっけ、うちは」
変な収集癖持ちのコイツは実用性のある消費物ばかり集めたがる。クナイしかり手裏剣しかり。
人間も言っちゃ消費物なので、いろいろとイッちゃってるコイツならうちはの生き残りもコレクションと称して連れ帰ってきそうなものだが…。
もしそうなら意地でも本気で引き止めなきゃ俺に明日は無いだろう。
「いんやァ?いるかなーと思って」
「いらねぇよ!!」
バカかコイツは。殴られたいのかそんなに。
いっそ雷切使って腹に風穴空けてやろうか?
うちは少年が先程よりぐったりしている様に見えるのは恐らく気のせいではないだろう。
この歳でコイツにちょっかいかけられるとか可哀想にも程がある。
ずっとコイツにちょっかいかけられてる俺はもっと可哀想だ。
「あ、そうそう。暗部の仮面借りたぞォ。返したがな」
もう言葉も出ない。絶句とやらだ。お前そこまでするか。
スズメのハチャメチャぶりには舌を巻かされる。
思い立ったら即実行はコイツの為にある言葉に違いない。頭の痛みも大分マシになった。諦めたからかな。
「お前…これ職務問われるレベルだよ?火影様になんて言うつもりなの」
「んー?んー…まァ…あのじいさん結構甘いしへーきへーき」
コイツ火影様の温情に擦り寄る気だ。だから嫌われるんだよお前は、バカ。
確かに今回のもお情けで罪にはならなさそうだけど、それを期待するのはあまりにも無礼すぎる。
実際厳しい判断を下しているのはいつも相談役とダンゾウなのだけど。
ああ…困った事になった。
この子が目を覚ましたらなんて説明すれば良いんだ。
俺の友達が俺へのプレゼントに君を拉致って来たけど俺は要らないから帰って良いよ?礼儀知らずにも程があるわ。
起きて自分の足で帰ってもらうのが一番なんだけどなぁ。
一人で帰らせたら火影様以外に俺らを見てるどっかの誰かに足元掬われそうだし。根の奴らとか根の奴らとか根の奴らとかさ。
弱味を作るのはバカがする事だから一人で帰すのはナシだけど。
重く長く溜め息を吐きながらリビングの椅子に座る。
どうする気だよほんと。
後始末の事も頭に入れて拉致ったのかコイツ?向かいで優雅にコーヒーを飲み新聞を読む銀髪頭の外見詐欺な友に射殺しそうな視線を送り続ける。
こんなバカな事する様な奴には見えなかったんだけどなぁ。見誤ったかも。
気が付いたのか此方を見ると「もう読んだからいーぞ、ほら」と新聞を丸めて投げ付けてきた。
ちげーよお前だよバカ。
ムカついたから握り締めて小さく丸めた後ゴミ箱に捨ててやった。
そこで漸く俺が怒っている事に気づいたらしくスズメは冷や汗をかきながら目線を泳がせている。
「うちは少年、どうすんの」
「僕が何とかしますカカシさんは寝ててください」
早々に言って素早く立ち上がったスズメは寝室にダッシュするとうちは少年をソファーにぽんと寝かせた。
もう少し気遣えよと思ったがこちとら寝る為に帰ってきた様なもんなので迷わずベッドに潜り込む。
うちは少年のおかげで暖かい。
要る?というのはカイロ代わりとしてだったのだろうか。
まぁどうでもいい。さっさと寝よう。今日は0時ぴったりに集合だったな…。