殺してやる。
ソファーに座らせられながらぎりぎりと目の前のクソ野郎を睨み付けながらただ一心に思う。
隠す気もない殺気が先程からスズメに向けられているが当の本人はけろりとしている。
子供の殺気なんて経験豊富の彼からすれば蚊に刺されたから痒いなー程度のものなのだろう。
その証拠にへらへらと呑気に笑っている。怯んだ様子は全く見せない。
否が応にも伝わってくる余裕そう__実際余裕なのだが__な態度がサスケの神経を逆撫でる。
完全に嘗められている、とサスケが直感的に感じ取った瞬間殺気が倍増した。
けれどスズメを怯えさせるにはまだ足りない。
野良猫が威嚇している様なそれでは余裕の笑みを崩せない。
別室で寝ているカカシが問題無しと判断し睡眠を続行するレベルの微弱な殺気は上忍を怯ませられない。
圧倒的な力の差に寝起きの頭は爆発しそうだった。
威嚇をやめない【猫】に【雀】は愉しげに笑う。しかし、貼り付けていた笑みもだんだん消え去っていく。
人間が笑顔から無表情に変わっていく様を見せ付けられたサスケはびくりと肩を揺らし怯えを含んだ目でスズメを見やる。
そこで漸く口から手を離したスズメは掌に付着した唾液を見て顔をしかめる。
そんな彼を見てなら初めからやるなと怒鳴りたくなるが、先程の事が尾を引き言いたくも言えなくなってしまい結局そっぽを向いて屈辱感を紛らわす。
「なァんだ。結構元気そーじゃん?」
「…質問がある」
「ん?よしよォし。お兄さんに何でも聞いてみな」
何故か自信あり気なスズメにサスケは呆れた目を向けるも、相手は上忍だと緩みそうになる気を引き締める。
相手の挙動にうっかり油断してしまえば己の愚かさをひけらかしている様なものだ。
サスケのプライドは自身の弱い部分を見せるのを酷く嫌っていた。
何しろ犬死にする方がマシだと断言している程だ。
その嫌い方は尋常ではない。
人一倍プライドが高い彼はそれ相応に苦労もしたし敵も作ったがいつだってそのプライドが自分自身の敵になる事だけはなかった。
『高すぎて天辺が見えない』『高飛車な奴』と中傷されてきたプライドは自身を奮い立たせる時に絶大な効果を発揮してきた。
現に今もいつ涙腺が決壊してもおかしくない状況だというのにサスケは微塵もそんな様子を見せない。
怯えている姿は見せたくないのだろう。
気丈にも唇を噛み締めるとソファーの上に座るのをやめ足を降ろす。
まだ高いのか見事床に足は着かなかった。
「ここはどこだ?」
「俺の同僚の家ェ」
「お前は?」
「舌切スズメ」
「俺は何故ここにいる?」
「俺が拉致…連れてきたからかなァ」
「……」
サスケは暫し瞑目し熟考する。
うちはの領地から拉致られたのか。なら帰らなければ。
意外と思考が斜め上のサスケはこういう場においては突拍子もない答えを出す。
周りが「えっ?」と思う事でも平気でやってしまうから良い意味でも悪い意味でもサスケは目立っていた。
そして本人は周りの反応などどうでも良さげだった。
批評も中傷も悪評もましてや褒め言葉さえもサスケにとってどうでもよかった。
サスケが求めているのは周囲の評価ではなくイタチとの道連れ死だ。
死ぬ為に生きる人生は本当に生きる意味があるのだろうかと議題に持ち込めばそれなりに盛り上がりそうである。
閉じていた目を開けるとスズメは全く読めない顔でにへにへ笑っていた。
笑顔なのには変わらないのだろうが笑顔にしては不自然というか違和感というか。
愛想笑いの様な見飽きた笑い方につい苛立ちが漏れる。
うちはだからってビクビクしやがって。
実際スズメが考えている事といえば、報告めんどくさいなーやうちはのガキ生意気すぎて殴りてぇなど物騒な事から先を見据えた事まで様々だ。
そんな事露程も知らないサスケが今までの経験に則り誤判断をしてしまうのも仕方無いと言える。
うちはといってもアカデミー生。
まだまだ未熟な彼はもっと人生経験を積まねば成長できないだろう。
スズメの愛想笑い(仮)にうんざりしながらもサスケは自分の意思を伝える。
起きた直後濡れていた筈の目はいつの間にか冷たいものに変わっていた。
サスケが熟考している間スズメは欠伸を何度も溢していたがサスケの様子に気付くと目線で相手に何だ?と問い掛ける。
「帰る。世話になったな」
ただ一言。ただ一言そう言ってソファーから飛び降りたサスケ。
スズメはポカーン状態だ。動けない。
病室に帰る気がない病人とは如何程なんだろうか。
働かなくなった脳でくだらない事を考えるも玄関が開く音を聞き付け全速力でサスケを連れ戻す。
立ち上がり、床を蹴り、風を切り、サスケを捉え、反転し、脚で駆け、戻る。この間約2秒。
連れ戻らされたサスケはポカーン状態である。
動けない。そんなサスケにスズメは文句を浴びせかける。
元はといえば拉致ってきたスズメが悪いのだろうが、スズメにも考えがあっての事だった。
うちはサスケは必ず里にとって脅威となる。
それは彼を遠目で見た時から感じていた事だった。
今のうちに手を打っておかなければ、後々木ノ葉は後悔する事になるだろう。
先読みはあまり得意でない本能で生きるタイプ寄りのスズメをそこまで考えさせるのだからそれほどヤバい事になる。
先輩同僚後輩にどうかと聞いてみるも、誰も彼もが要領を得ない答えだった。
決めかねているのだろう。殺すか生かすか、と。
イタチも面倒な事をしてくれたものだ。
一人だけ生き残らせる__しかも自分の弟だ__なんて残酷にも程がある。
幸い今のサスケは復讐に取り憑かれているが、早く死にたいと自殺行為に及んでいたって不思議ではないのだ。家族の元に逝きたいと願うのなら尚更。
それをしないという事はサスケの眼中には面白いくらい復讐でいっぱいいっぱいだという事。
イタチの計算の内なら今だけ拍手と称賛の言葉を吐いても良い。
引き金であるイタチもここらは賭けだったのだが、サスケは思惑通りに動いてくれた。
しかし消化されなかった後ろ暗い気持ちが【兄を道連れに死ぬ】という目標に出ているのだからイタチもびっくりだ。
兄は一人で死ぬ気だというのに、弟は道連れにして死ぬ気だ。
一度すれ違えばずっとすれ違ったままなのだろうか。
そう思ってしまう程この二人のすれ違いは激しかった。
しかしそんな事今はどうでもいい。
スズメは目の前の相手に何か一言言ってやらねば気が済まなかった。
それがサスケを怒らせようと怒らせまいと今はそんな事関係無しに叫びたかった。
息を小さく吸って、吐く。もう一度吸えば、一瞬の沈黙の後怒鳴り声が響いた。
「お前バカだろォ!!!!」
あーうるさい、とカカシは素顔を枕に押し付けながら一人眉を寄せるのであった。