四人の老人から向けられる視線にサスケは子供らしく身を縮める。
居心地の悪さだけで言うなら過去最強のものだろう。
肩身の狭い思いをしているサスケを余所にヒルゼンは口を開く。
話の内容はサスケが大方予想していたものと同じだったし説教にしては甘いヒルゼンの態度も何となく分かっていた。
しかしここで予想外の事が起きサスケは暫し呆ける。
「して、サスケや…お主は病院に帰ってもらわねばな」
「……は?」
病院に帰る、という言葉にサスケは首を捻る。
こう何度も脱走したのだから、てっきり見張りを付けられ何処かに軟禁されるとばかり思っていたのだ。
しかし彼の読みは甘かった。ヒルゼンの甘さとうちはの血はサスケを以前と変わらない環境に置く事を善しとしたのだ。勿論監視は付くが。
若さ故にそんな事微塵も予想できないサスケの困惑の眼差しを受けても、ヒルゼンは動じる事無くサスケを見つめ返す。
眉を潜めながらもヒルゼンの命によって参上したのだろう面を被った忍と連れ立ってサスケは部屋を出た。
最後まで不審に思っていたサスケの目はヒルゼンと合わさる事は無かった。
扉の閉まる音が聞こえる頃にはスズメの体は途端にガタガタ震え出し、病院へ向かった二人の気配が感じられなくなるとスズメの頭は床に張り付いていた。
意思とは関係あるなしに震える体と恐怖で見開かれた目は何も写していない。
ただ、自分の生を確保する為だけにスズメは口を開く。
余裕に満ち溢れていた姿からは似ても似つかぬ今の彼は、無様という言葉がよく似合っていた。
「こっ、この度は誠に申し訳ありません…うちはサスケが領地を徘徊しておりましたのでっ、病院に送り帰す為身柄を確保したのですが…!」
そこまで喋りスズメは全身を硬直させる。
目の前に居る要人達は誰一人として自分の話を聞いていない事に気付いたのだ。
スズメの話が終わるのを待ち終わった途端言の葉を紡ぐ。その言の葉はスズメが今最も恐れているものだ。
少しでもその言の葉が耳に入るのを遅らせる為スズメは心の内をひけらかす。
そんなもの、何の慰めにもならないのは百も承知の上で。
額を床に擦り付けたまま“言い訳”を並べ立てる青年。
気難しそうな表情を浮かべたまま言い訳を聞き流す老人。
何とも面白おかしい絵面が完成していた。
「う…うちはは…うちはサスケはいずれ必ず里の脅威となります!まだ弱く幼い今の内に何か手を打っておかねば木ノ葉は後々苦い思いをするやもしれません!第二のうちはマダラを生まれさせてはなりませんっ…!!」
冷たい汗を頬に伝わせたまま、スズメは自分の憶測を必死に叫ぶ。
しかし悲しいかな、スズメの話は何の役にも立っていない。
それこそ処罰を易しくする事にも。
本人も痛い程分かっているだろうに、それでも話を止めないのはヒルゼンの言葉を聞きたくないが為だった。
髪の毛が貼り付いた様に不快感を訴える喉に、砂漠の真ん中に立っている様に乾いた喉に構わず尚も言い繕うとするスズメをある男が黙させた。
__志村ダンゾウ__
暗い噂が絶えないその男はスズメを殺気で黙らせる。
心臓を鷲掴みにされた様な感覚にスズメの体はびくりと跳ねる。
恐怖と焦燥で歯はかちかち音を立て、寒気が背筋を襲った。
完全に口を閉じたスズメを見て、ヒルゼンは哀れに思いながらも非情な言葉を口にする。
「スズメ…今回の件は大目に見てやりたいが、生憎火影としてそういう訳にもいかん。よって、お主には処罰を下す」
慈愛に満ちた声色と似つかわしくない内容をヒルゼンは話し続ける。
アンバランスなそれにスズメは尚一層身を固める。
頭を上げる許可は出されていないので目線は変わらず汚れた床だが、その表情は世界の終わりを見たかの様なものだった。
「お主には今日から六年間SSランクの任務を遂行してもらう。その間、里に居る事は許さん。生存確認と任務報告として週に一度は里に連絡を寄越す様にするんじゃ。任務内容はその連絡の際伝える様にする。単独任務となるから心しておく様に。支度ができ次第再び此処に来るんじゃぞ。…何か質問はあるか?」
それは死刑判決と変わらなかった。
首を跳ねられるか心臓を刺されるかの些細な違い。
けれども、スズメは逆らえない。逆らえる訳が無い。
絶望を顔に貼り付けたスズメは震える唇で小さく「…いいえ、ありません」と返す。
それが精一杯だった。
自害の二文字が頭をよぎるが、それと同時に母の顔もよぎる。
死ねる訳が無い。死ぬ訳にはいかないのだ。
強く拳を握り締めると、手が白くなるまで力を込める。
そんなスズメを見てヒルゼンは悲痛な顔を浮かべるが直ぐ様スズメに支度の命を出す。
一瞬にして消え去ったスズメを思いヒルゼンは溜め息を溢した。
SSランクを六年間。
下手をすれば国一つ壊滅させるより難しいかもしれない。
いつ死んでもおかしくないのだ。その上背中を預けられる仲間も居ない。
ダンゾウ御墨付きの実力者だとしてももって四年。
痛みを訴える頭に手を添え、ヒルゼンは罪悪感からくる心痛に眉を寄せたのだった。
そして小さく呟いた。
「安心せよスズメ…お主の母は悪い様にはせん」
* * *
白いベッドに戻されたサスケは退屈そうな顔を隠す事無く窓に向ける。
ガラス越しに見える里は以前と変わらず平和そのもので、それが彼の機嫌を急降下させていた。
しかめっ面で一人溜め息を吐くと、タイミング良くサスケ付きの看護婦が一声かけながら扉を開ける。
熱を測る為体温計を差し出されたサスケは、大人しく脇に体温計を挟む。
いつまで経っても慣れない金属の冷たい感触に顔を歪ませた。
そこそこ年を熟している看護婦は年相応の反応にくすくす笑みを溢しながらサスケに何気無い話題を振る。
心を痛ませ多かれ少なかれ病んでいるだろうサスケを任された彼女は、看護婦歴45年のベテランだった。
一族を兄に皆殺しにされた幼い少年は流石に初めてだが、家族を皆殺しにされた子等似た様な境遇の子供の相手なら小慣れていた。
その長年の経験からサスケの様な子が気分を落とさず不機嫌にならず過去を思い出す事が無い話題は何であるかをしっかりと把握しているのだった。
辛い過去を思い出させる話は厳禁だ。
楽しく明るい過去を思い出させても悲しい過去に繋がってしまうので、何れにしても昔に関する話題は一切口にしない。
当たり障りの無い世間話__それこそ、顔見知り程度の相手と話す様な内容で良いのだ。
しかしそれだけなら誰にでもできる。
しかしそれだけで彼女が選ばれる訳がない。が、説明しているときりが無いので割愛させていただこう。
サスケが体温を測っている間ベテラン看護婦は花瓶に生けてある花の取り替えや乱れたシーツの整え等をテキパキこなしていく。
風が強くなってきたので窓を半分程閉めるとちょうど体温計が鳴った。
「あら、測れた?ちょっと見せてね」
「ん…」
サスケは体温計を差し出すとシーツを顔までたぐり寄せ目を閉じた。
そんなサスケを傍らにベテラン看護婦は体温を確認する。
表示された数字は至って普通で、平熱である事を教えていた。
「サスケくん、熱も無いしもうすぐ退院できるかもね」
「…退院はいつ頃になりそうだ?」
「そうねぇ…このまま熱も何も無くて良い子にしてたら早くて三日後くらいじゃないかしら?」
ベテラン看護婦が頬に手を当てながら答えるとサスケは小さく返事し口を閉じてしまった。
興味が無い事にはとことん興味が無く、どうでも良くなれば気にも留めない。
こんな子供らしい子供を大人は大人びていると言うのだからおかしな話だ、と彼女はすっかり黙り込んだサスケに笑みを向ける。
浮かべた笑みは看護婦特有の患者を安心させる様なものだったが、サスケがそれを見る事は叶わなかった。
「それじゃあ、また来るからね」
返事が無い事を知っていてそう言い残すと彼女は病室から出ていき、次の仕事に向かうべく足を進めた。
そんな彼女に慌てた様子で声を掛ける看護婦が一人。
優し気だった顔も話を聞き終わる頃には驚愕に目を見開かれ信じられないといった顔をしていた。
院内は走らないというルールを守るべく焦る気持ちを抑え彼女達は小走りでとある一室に向かう。
周りに居る人達はただ事ではないその様子に自然と道を空けている。
鬼気迫るその表情は周りを気迫するのには充分だった。
サスケの担当看護婦である彼女__冬谷スイレンは話を持ち込んできた同僚にもう一度聞き返す。
内容が内容なだけに冗談では済まされないのだ。
しかし目の前の同僚が嘘など吐かないのはスイレンが一番分かっていた。
嘘が嫌いな彼女がこんな嘘を吐く訳が無いと分かっていながらも再三確認しなければ気が済まなかったのだ。
「それで…舌切さんが目覚めて暴れてるって本当なの!?」