早くて三日、か…。
目を瞑ったまま残りの入院生活をどう過ごすか考えを巡らせる。
『良い子にしてたら』というのはこれ以上脱走やら何やらせず大人しくしていろと遠回しに言われたのだろう。
仏の顔も三度までだ。流石にこれ以上暴れる訳にはいかないな。
そう結論付けると掛け布団に潜り込んだまま溜め息を吐く。
三日間我慢すれば戻れるのだから安いと言えば安いのかもしれないが、72時間も病院に縛り付けられるのは大分堪える。
これからの事を考えるとどうしても眉間に皺が寄ってしまう。
そういえば最近は顔を歪めるか無表情かで殆ど笑ってない気がする。
まぁ当然か。笑える理由が無くなったからな。
不意に、今頃イタチは何を思い何を感じ何をしているのだろうという疑問が頭を掠めた。
また何処か別の場所で大量虐殺でもしているんだろうか。
それとも木ノ葉の追忍に追われているんだろうか。
呑気に酸素でも吸っているんだろうか。
団子を食べているんだろうか。
僕と一族を殺した事なんてとっくに忘れているんだろうか。
自身の吐息と体温で暑くなった掛け布団の中で手を握り締める。
涙が出そうになるのを必死の思いで堪えて、あの夜泣いていたイタチに憎しみをぶつける。
絶対に殺してやる。この世に産まれてきた事を後悔するくらいに惨い殺し方で、楽に死なせてやらない。苦しみながら助けを乞いながらぎりぎりの状態で限界まで生かしてやる。両目をくり貫いて人間としての尊厳を一つ残らず奪ってやる。謝ったって助けを乞ったって絶対許してやらないんだ。幻術で地獄に叩き落としてやって、それで…それで、殺す。
恨み辛みが募ってそれを口にする度に…する度に、胸に穴が空いた様な気分になる。
これが虚しさというものなら俺は憎しみを吐き出す都度虚しさを吸い込んでいる訳だ。
虚しさは眠って起きれば消えるけど完全には無くなってくれない。
それが億劫で、今日もまた眉を寄せ溜め息を吐く。
* * *
目を開けると周りは真っ暗闇だった。
どうやらいつの間にか眠っていたらしい。
眠気の残る目を擦って起き上がり、辺りを見回す。
俺は個室だから周りにはサイドテーブルやカレンダーやテレビやリモコンやくらいしか無い。
花瓶を見ると花が変わっていた。
看護婦が変えたのか?別にそれは構わないが、黒ユリなんて不吉な花生けるなとは思う。
何もするなと暗に言われていたが、横になっても寝れる気がしなかったので病室を出て廊下を歩く。
ひんやりと冷たい廊下は物音一つせず、夜という事も相まって不気味な空間が出来上がっていた。
柄にも無く体が震えた。寒さと恐怖には嘘を付けないらしい。
微かに震え続ける体に鞭を打って一歩一歩歩みを進める。
生き物の気配が無くなった病室は何処もかしこも死体安置室とそう変わらない様に思えた。
次の瞬間ドアが開いて生ける死体が俺を追い掛けてくるんじゃないかと気が気じゃなくなって意識せずとも歩みは速まった。
一体俺は何処に向かっているのだろうか。
そう思った瞬間長い長い廊下の突き当たりに終わりを告げるかの様に上へと続く階段が見えた。
駆け寄って注意深く見つめるも、下への階段は見当たらなかった。
俺の病室は三階の筈なんだが、と頭を捻る。
俺が寝ている間に病室を移動したのだとしても不自然だ。
仮にもし此処が一階なら出入り口やナースステーションくらい無いとダメだろう。
それがどうだ。そんなもの全く目に入ってこない。
ただ単に俺が見落としたというだけなら良いが、疑わしきは罰せよだ。
警戒するに越した事は無いだろう。
考え込んでいると突然頭上から視線を感じた。
反射的に視線の先を見ると、其処には里を抜けた筈のうちはイタチが佇んでいた。
一瞬息をする事も忘れた。
イタチの両目は紅く染まっていて、俺をじっと見つめて微動だにしない。
時間が止まったかの様に感じる一瞬は、イタチが階上への階段を駆け上る事で壊された。
「っ、待て!!」
逃がしてなるものか。俺もイタチの後を追って階段を駆け上っていく。
今が何階かなんて全く気にならなかった。
どれだけ走ってもイタチの後ろ姿は一定の距離を保ったままで、俺に追い付かれる事は無かった。
それに歯痒さを覚えながら足を酷使して二段三段飛び越え追い掛ける。
感覚だけで言うなら十階くらいは上った気がする。
けどイタチが扉を開けて俺を待っている様に立ち止まったのを見て何となく横に目を逸らすと、逸らした目の先にある壁には4と書かれていた。
ハッとして目線を戻すとイタチは変わらず俺を見て立ち止まっていたが、扉の向こう側へ体を滑り込ませて俺の目の前から消えた。
ここで逃げられてたまるか、と俺も扉を開け向こう側に進むと、真っ暗闇の中風が吹いている空間が目に飛び込んできた。
光を失った様な暗闇でも、イタチの姿だけは鮮明に映る。
辺りに目を向けるとすぐにイタチは見つかって、俺に背を向けて暗闇を見つめていた。
俺は走って詰め寄りイタチの背中に殺気をぶつける。
あと少しで届くのに、体が重りに繋がっている様に動けない。
精一杯の抵抗として憎しみを目に乗せて睨み付けると、イタチは顔だけで此方を振り返り俺と目を合わせる。
俺を見つめる紅い目からは涙が流れていて、その表情は俺が今まで見てきたどの顔より哀しげだった。
驚きに体が硬直するのと同時にイタチはその場から消える。
否、下へと落ちる。
「待っ…!」
四階だとしても屋上から飛び降りるなんて正気の沙汰じゃない。
固まった体を無理に動かしてイタチの姿を確認する為下を見る。
暗闇が広がっている其処はやっぱりイタチの姿だけ鮮明に見えた。
血溜まりこそできていなかったけど、俺は直感的に死んだんだなと思った。
有り得ない状況に頭は軽くショートしていた。
イタチが自殺した?俺の目の前で?何故?
足から力が抜けてその場に座り込む。わざわざ里に戻ってきて俺の目の前に現れて自殺?訳が分からない。
唖然としていると腹に酷い痛みを感じて顔を歪めながら痛みを感じる箇所を見る。
そこにはクナイが生えていて、血ではなく黒い液体が俺から出ていた。
意味が分からないが痛みを感じる。
どうにかこの苦しみから逃げようともがくがクナイは抜けずにどんどん俺の傷口を広げる。
黒い液体はだくだくと俺から出ていって、常軌を逸した自分の体に喉からひきつった息が漏れた。
突然体を抱えられると後ろに居た何者かに真っ暗闇に落とされる。
底が見えない恐怖に恥も外聞も無くただ泣き叫ぶ。
イタチと同じになるのは嫌だった。
「あああああああああぁぁぁぁぁ!!!」
がばっと起き上がるとそこはいつもと変わらない病室で、真っ黒闇の代わりにオレンジ色が空を染め上げていた。
頬が濡れる感触がして手を当てると、涙が出ていた。