結論から言うと、アレはただの夢だった。
絶叫して目覚めると空は茜に染まっていて今は夕方である事を俺に教えてくれた。
どうやら眠りながら泣いていた様で、頬には涙が幾筋も流れていた。
あと病院服が汗で濡れていて気持ち悪かった。
俺の声に慌てて駆け付けた看護婦と医者は酷い有り様の俺を見て同情した様な目を向けてきた。俺の一番嫌いな目だ。
その後は普段より早く風呂に入ったり退院するまで露骨に腫れ物扱いされたりして散々だったが、我慢した甲斐もあって俺は今アカデミーの席に座れている。
入院生活は三日間の筈なのに、一ヶ月程入院した様に感じた。
あの薬の臭いと目に毒なくらい白い壁やら床やらからおさらばできた時は何とも言えない感動が胸を襲った。
よく耐えた三日前の俺。
段階を踏んで戻ってきたアカデミーだが、やはりと言うかなんと言うか、大多数の生徒は三週間近く休んでいた俺の噂話に花を咲かせている。
此方をチラチラ見ながら行われるそれは決して気分が良いものじゃないし、今だって我慢してなければ行儀悪く足が揺れそうだ。
第一貧乏揺すりなんてみっともないから絶対しないが。
大多数と言ったが、勿論変わらず我を貫き通している奴も居る。
例えば、奈良シカマル。例えば、日向ヒナタ。例えば、油女シノ。例えば、犬塚キバ。
まぁそれ以外にも居るのだが、噂話をする奴等とは違うジャンルでうざい奴だ。
うざい事に変わりは無いから少しマシなくらいで大差は無い。
「サスケェ!!!今度こそボッコボコのギッタギッタのケッチョンケッチョンにしてやるってばよ!!」
ああ、来た。うぜぇ。
窓の外に遣っていた視線を音源の方へ向けると、案の定仁王立ちの状態で俺を指差すバカ面が居た。
名はうずまきナルト。
何度もこう騒ぎ立てられると流石に覚えてしまう。
忌々しい。ドベの落ちこぼれのくせして俺に難癖つけてくるのが気に食わない。
俺に喧嘩を売るなら実力を付けてからにしろってんだ。
眉間に寄った皺を揉み解す。正直コイツが傍に居ると面倒だ。
一度絡んできたら女子にボコられるか教師に注意されるかしないと離れない。
確か次は座学、居眠りしていても分かる授業だ。何の価値も感じない。
張り合える相手が居ない実技も俺にとっては時間潰しにしかならない。
ちょうどいい。
気晴らしに何処か別の場所で時間を潰すか。
席を立つと教室の奴等の視線が俺に集まる。うざったい事この上無い。
「あ!?おい!どこ行くんだってばよ!まだ勝負は始まってねぇぞ!」
「うっせぇドベ。俺に勝てる様になってから喧嘩売れアホ」
「んだと~!?」
ぎゃんぎゃん騒ぎ立てるドベには心底うんざりする。
ったく、その口癖と気性の荒さは一体誰譲りなんだ。
親の顔が見てみたいと俺がここまで思うのも珍しい。
まぁそれは叶わないが。
まだ吠えたてるドベを後にして俺は教室を出た。
教師とはちあわせたら面倒だ。幸い廊下には人一人居ないし窓から出るか。
窓枠に足を掛けて一気に飛び降りる。
病み上がりのまま三階からのダイブより楽だ。
着地も難なく成功したし、教師にも見つからなかった。中忍ってのも大した事無いらしい。
自然と口許に笑みが広がってしまう。ある種の力試しになった。
結果は上々。
ほら、な。
椅子に座って教師の話聞きながら眠気と闘うよりずっと有意義だ。
授業の始まりを告げる鐘の音を背に、アカデミーの門を潜る。
そういやサボるのは初めてかもしれない。
柄にも無く浮き足立ってしまう。
こういうまだまだ子供な部分にはつくづく嫌気が差すが、高揚する気分を感じて悪くないと思うのも事実。つくづく相反している。
しまった、行き先決めてなかった。
* * *
暫く考えた結果、俺は木ノ葉西図書館に来ていた。
最近は体ばかり動かしていたから休息ついでに自習だ。
と言っても気になった本を選んで読み漁ってるだけなんだが。
けど此処ならアカデミーで充分に説明されなかった忍の歴史や各里の因縁が記された本も見つかる事だろう。
うちはについても少し気になる点がある。
思い出したくもないあの満月の夜、イタチは本当に一人で一族を虐殺したのか、だ。
イタチは強い。
それは弟である俺が一番分かっているつもりだし覆しようの無い事実でもある。
だが、イタチとまではいかなくても手練の忍は一族の七割を占める程居た。
それをたった一夜にして全滅させたと言うのだから冷静に考えてみれば違和感を感じるのも当然だ。
木ノ葉の上忍に匹敵するうちはの忍が決して少なくないのを俺は知っているし、第二のイタチと呼ばれていた忍が居たのも知っている。
そんな一族達をイタチは本当に一人で殺したのか?その上たった一晩で。
それに…里は何故全員殺されるまで気付かなかった?強大な戦力である筈のうちはが隅に追いやられているのも解せないが、そのうちはを全滅させたのはもっと解せない。
まさかとは思うが、一族殺しを許す程この里は落ちぶれているのだろうか。
三大瞳術について記述された本とうちはについて記されている本、それと、うちは一族虐殺事件が取り上げられている新聞記事。
俺が何往復かして移動させてきたそれらは、俺が座った机の両脇を占領している。
新聞以外の物が物なだけに一冊一冊が分厚いからおかげで両脇の視界は悪い。
分厚い本を選んでいる俺が珍しいのか、アカデミーの時間帯に此処に来ている俺に違和感を感じるのか周りの視線が突き刺さる。
背中の家紋を見たら大半の人間は納得したらしく視線を逸らしていった。
まぁ見られていようが見られていまいが俺には関係無い。
久しく切っていない伸びた爪をいじりながら三大瞳術について記されている本を捲る。
写輪眼を開眼していた者は俺が確認した中でもイタチとシスイさん含め13人は居た筈だ。
俺が確認していないだけで実際はもっと居るだろうし。
何か特別な眼、もしくはうちはを余裕で負かす程の力を持っていないと写輪眼持ちを殺すのは難しい。
イタチに余裕で負かす力があったとは考えにくい。
うちはの忍だって楽々とイタチに殺されるほど安い人生を送ってきていない。
なら、イタチが違う眼を持っていた可能性が出てくる。
違う眼、という事で引っ掛かる言葉が一つ。
__万華鏡写輪眼__
イタチが別れ際に言った言葉だ。
あの時の事は思い出したくないから遠ざけていたが、そう言って駄々を捏ねてる訳にもいかなくなってきた。
うちはの瞳術が何の為に存在しているのか記されているという南賀ノ神社本堂にある集会場に行くよりも先に本で確認するのも可笑しな話だが、出来る事ならワンクッション置いてから行きたい。
今更過ぎるだろ、と笑われてしまいそうだが、実家以外にはあまり近寄りたくないのも事実。
一旦図書館で落ち着いてから行っても遅くないだろう。
目次から万華鏡の三文字を見つけると、454ページと書かれていた。
記されているページを読む為パラパラと捲っていく。447…449…452…454……あった。
万華鏡写輪眼…写輪眼の上位種。うちは一族の長い歴史の中でも開眼した者は僅か数名しか存在しない瞳術。
写輪眼が変異した形であり、発動の際は瞳の文様が変形する。形状は個人によって異なり、彼のうちはマダラも開眼していた。
全ての面で写輪眼を凌駕する瞳術を誇り、その瞳力は最強の尾獣である九尾さえも制御する。強力すぎるその力の代償として、一度の発動に膨大なチャクラを必要とする。
使用すればする程視力が失われる恐れがあるが、他人の万華鏡写輪眼を自分に移植する事で完全にリスクの無くなった【永遠の万華鏡写輪眼】となる。
……なんだ、これくらいしか書かれてないのか?
あまりに薄い内容に眉を潜める。知れた事はあったにはあったが、イタチが口にしていた開眼条件が載っていない。
イタチの言葉を一概に信用する事はできない。
人を思い込みや見た目で判断すると痛い目に合うのは経験済みだ。
写輪眼について記されていそうな他三冊を読み漁ったが似た様な事しか書かれていない。
仕方無い、集会場に行けば分かるかもしれないしな。
期待を大幅に裏切られ落胆した為、自然と溜め息が出る。
でもまぁよくよく考えると、こんな図書館にうちはの上位瞳術が詳しく書かれているのも不自然だ。
あまり期待しない方が良かったのだろう。
若干気落ちしながら新聞記事を手元に手繰り寄せる。
見出しには【うちはイタチの乱心から起こった悲劇】やら【一夜にして滅んだ悲劇の一族】やら好き勝手書かれている。
当然記事には生き残りである俺の事も載っているが、その内容が駄目だった。
顔が歪んだのが自分でも分かる。
吐き気を催すのにそう時間はかからなかった。
我慢しきれず速攻で記事を畳んだ。
イタチへの疑惑を解消させる記事ではない事がパッと流し読んだだけで分かった。
大した発見も無く、足取りも気分も重いまま各々を元の場所へ戻していく。
最後に新聞記事を元の通り鉄の細棒に掛けると意識せずとも溜め息が出た。
イタチについても分からない。万華鏡も肝心の開眼条件が分からない。
少しでも疑惑や不確かな部分があるなら知りたい、分かりたい。
三代目なら何か知っているんだろうか。
火影の名を信じて、イタチについて話してくれるのを期待するべきか?
数秒考えた後、俺は図書館を出た。
向かう先は火影邸。