目を瞑って意識を集中する。
体の中に流れるエネルギー。
それを意識して足へと向けるよう集中する、そしてそこへ留める。
足に力を込めてジャンプする瞬間、そこへ貯めておいたエネルギーの塊を解放した。
すると、通常では手が届くことすらない高い岩の壁の上へと容易に到達する。
足に集中させていたエネルギーが無くなり少しバランスが崩れるが、両手を使って上手く壁の上へ留まった。
ふう、と一息つくと少し体が怠く感じる。エネルギーを少し使い過ぎてしまったらしい。
「……これがチャクラの力、ですか」
「あぁ。今は無駄に多くのチャクラを使ってしまっているが、そのうち慣れてくれば最小限でのコントロールが出来るようになるはずさ」
最小限のコントロール。
確かに、今のジャンプするだけでもかなりチャクラを無駄使いしたのを感じる。
さっきの3割…いや4割ほどでもこの岩の壁の上へと到達できるはず。
この壁の高さでのチャクラ使用量を基準にして、これより低ければ少なく、これより多ければ多く。
本に書いてあったことだ。『まずは、基準となる高さを決める』と。
……なるほど、これは練習して覚えていくしかないですね。体で覚えて、ゆくゆくは無意識に出来るようにしなくては。
「それにしても、サクヤはやっぱり飲み込みが早いな」
「そう…でしょうか」
「ああ。記憶を失くしても、体は覚えているのかもしれないな」
「…。」
記憶、か…。
私の記憶はいつ戻るのだろう。元のうちはサクヤはいつ帰ってくるのだろう。
…早く戻ってきてほしい。
早く、目の前で懐かしむような表情をする彼に「ただいま」を言ってあげてほしい。
それが出来るのは貴方だけ。私じゃない。私は、元の貴方が戻ってくるまでのただの『器』でしかないのだから…。
そう深く考えていると、ぽん、と頭に手を置かれた。
「ほら、何ボーッとしてやがる。アカデミーに戻りたいんなら、もっと練習するぞ」
「…はい」
ふと後ろを見ると、ナルトくんが指を二本両手で交差させて印を結んでいた。
ボン!という音とともにナルトくんが白い煙に覆われて見えなくなる。
その煙が風に乗って少しずつ晴れていくと……そこにナルトくんの姿はなく、彼の体のサイズほどの丸太が横たわっていた。
「あれは…」
「変わり身の術だ。敵から攻撃された時、あれを囮にして相手の注意を惹く。中間試験であいつは失敗していたんだが、ようやく出来るようになったみたいだな」
忍術。チャクラをエネルギー源として、印を結ぶことにより様々な技を発動することができる。
火遁。水遁。風遁。雷遁。土遁。そしてどれにも属さない先ほどの変わり身の術など。
5つの属性の中に、数え切れないほど多種多様な忍術がある。
『影分身の術』という、自分と同じ姿の分身を作る忍術でも、雷遁・影分身や水遁・水分身など…さまざまで、属性によってその使い方も全く違ってくるらしい。
手から発動させる術、口から出す術。
足で発動させる術に、果ては目を使った術など。
…まだまだ、覚えることはたくさんありますね。
「チャクラコントロールの練習をしたら次は体術と手裏剣術だ。一週間でマスターするのは到底無理だが、少しでも授業に追いつけるようにしないとな」
「……はい!」
頑張らなくては。失ったものを取り戻すためにも…。
「頑張っておるようじゃな」
手裏剣を投げる練習を行っていると、老人の声がした。
振り返ると、赤い傘を被ったお爺さんがゆっくりとこちらへ向かって歩いてきている。
よく見ると、傘には『火』の文字が。誰だろう。
「爺っちゃん!」
「……三代目か」
そのお爺さんに駆け寄って行くナルト。三代目?何の三代目なのだろうか…。
お爺さんは近づいてきたナルトの頭を撫でた。
「元気しとるかのう、ナルトよ?最近はイタズラが減ったとイルカのやつが喜んでおったぞ」
「オッス!!オレってば忙しいからイタズラなんかしてる暇ねーんだってばよ」
「よく言うぜ、ウスラトンカチ。一昨日黒板に落書きしてたじゃねェか」
「それを爺っちゃんの前でバラすなってばよぉ…サスケェ……」
「ほっほっほ。何があったやら、すっかり仲良くなったようじゃな。ナルトに、サスケ」
「……あぁ。いろいろあってな…まぁ、アンタには感謝してる。住むところをくれたしな」
「良いのじゃ。ワシにはあの事件を止められなかった、そのせめてもの罪滅ぼし…。お主らには何と言って詫びれば良いのか、ワシには言葉が見つからん」
「––––別に良い。オレはアンタを恨んじゃいない…。恨むべきは全てあの男だ。それに」
「何じゃ?」
「…………オレにはまだ、こいつがいる」
そう言って私の方へ視線を移すサスケくん。
お爺さんもそれにつられるように、こちらを向いた。
「久しぶりじゃの。具合はどうじゃ、サクヤよ」
「……はい、この通り元気です。ところで、あなたは……?」
「––––記憶が無いのはどうやら本当のようじゃの…。本当に、悲しいことよ……。
ワシは三代目火影。この里の長じゃ」
そうか。この人が、サスケの言っていた火影。この里の全ての人間を束ねる、火の国最強の忍者。
パッと見ただけでは優しいお爺さんという印象で、強そうにはとても見えないけど…。
この忍者の里をまとめることができる唯一の人だ。とっても強いのだろう。
「初めまして、火影さま。私はうちはサクヤです……って、知っているのでしたね」
「うむ。お主はサスケと並ぶ優秀な生徒じゃったからの。よーく、知っておる」
「…火影さま。一つ、聞きたいことがあります」
「何じゃ?」
「私は…」
サスケくんとナルトくん、それに火影さまの視線が全て私に注がれる。
今までずっと気になってはいたが、聞けなかったこと。
それを、この人に詳しく教えて欲しい。里の長であるこの人なら、きっと知っているだろう。
「………私は、なぜ記憶を失ったのですか?」
うっ…というサスケくんと、目を背けるナルトくん。
そして、考え込む火影さま。
この反応…やはり、皆知っているのだろう。
何かがあったのだ。記憶がなくなるほどの何かが…。
「サクヤ、それは……」
「…サクヤちゃん」
言い淀むサスケくんとナルトくん。火影さまは意を決したような表情をした。
「……それはの、お主の一族、うちはの–––」
「––––待てッ!!!三代目!!!!」
突然、大きな声で火影さまの言葉を遮るサスケくん。
その顔は…とても辛そうな歪んだ表情で。
「それはこいつには教えたくない。きっと……またショックを受ける。それでこいつがおかしくなってしまったら、オレは…」
「そうか…まだこの子には早いか。じゃが、遅かれ早かれ…いつか知ることになるのじゃぞ。誰かが言いふらしてしまうともわからぬ」
「そうならないようにオレがいる。こいつには…もう辛い顔をさせたくない」
「お主がそう言うなら、ワシは何も言わぬ。里の者たちにもそうするよう伝えておこう」
「…感謝する。三代目」
「良い良い。ワシにはこんなことしかお主たちにしてやれんからのう」
何か、聞いてはいけないことだったみたいだ。
記憶がなくなるほどだから、余程のことだとは予想していたが、そんなに…。
「あの、サスケくん……」
「すまない、サクヤ。お前にはそれは教えられない」
「そう、ですか…」
「納得できないだろう。でも、ダメだ。お前のためなんだ……分かってくれ」
「……………わかりました。サスケくんがそう言うなら、私は何も聞きません」
「––––すまん」
「いえ、いいんです。サスケくんにはいつも助けられてばかりですから」
「…本当に助けられてるのは、オレの方なんだがな」
最後に小さく言ったひとことは、風に紛れてよく聞こえなかった。
「………さ!それより修行を続けるってばよ!ちょうどいいや、爺っちゃん暇なんだろ?」
「暇とは何じゃ、暇とは。ワシにだって仕事があるんじゃ」
「毎日机に座ってるだけじゃねーかよぉ…オレたちに修行つけてくれってばよ」
「何のためにアカデミーに通っておるのじゃ。学校へ行け、学校へ」
「三代目。オレたちはサクヤに学校へ戻れるように修行をしてるんだ。一週間、学校を休んでな」
「……そういえばそんなことをイルカが言っておった気がするのォ。仕方ない、少しだけじゃぞ」
オッス!という元気な声が風に乗って辺りに響く。
どうやら、この里最強の忍者である火影様が修行を見てくれるらしい。
あと5日間。…頑張って、学校へ戻れるようにしなきゃ。