「…本当にやるつもりなのか?お前はまだ…」
「いえ、先生。私もこの学校の生徒です。普通に授業に参加させてください」
「そうか、…わかった」
言い終えると、白いチョークで円形に描かれたフィールドへと立つ。
サスケくんたちの心配そうな顔が視界の隅に映るが、今はそれを見なかったことにした。
目の前には私の初めての対戦相手となる少女。
「……本気なのね、アンタ。手加減は出来ないわよ」
「はい。よろしくお願いします」
手加減は出来ない。その言葉を聞き、改めて気を引き締める。
記憶が無いからと特別扱いはして欲しくない。
それだけではなく、自分の力がどこまでこの人に通用するのか知りたい、そんな気持ちもあった。
この人と戦って、それを試してみたい。
「–––それじゃ、忍組み手……」
左足を前に出し、姿勢を低くする。いつでも相手の懐へ飛び込むことが出来るように。
相手も両手を前に構え、戦闘態勢へ。お互いに顔が険しくなり、ピリピリとした空気が漂った。
……ほんの少しだけ、この光景に既視感を覚えたような気がした。
「………開始!」
合図が始まるが早いか、相手の懐目掛けて一気に近づく。
ダッシュしてついた勢いをそのまま殺さぬまま、足に力を込めて宙を舞う。
そしてそのまま、空中で体を斜めに捻り両足を相手へと目掛けて思い切り突き出す。
サスケくんの持っていた漫画で主人公が使った技、ドロップキック……の真似事だ。
「……なっ!によそれッ」
あと少しで届く…というところで、体を反らして躱されてしまった。
外れたことにより勢いのついた体を止めることが出来ずにそのまま地面へと体を叩きつけられる。
衝撃と痛みが走るがすぐに体勢を立て直して振り向くと、既に相手は右腕をこちらへ向けて振り下ろしていた。
前転し、相手の股の間をくぐり抜けるようにして攻撃を避けると、チッ、と舌打ちが聞こえる。
「戦い方がまるで変わって…やり辛いわねっ!」
悪態をつきながら拳を叩き込んでくるその手を右足で弾き返すと、後ろへと体を回転させて再び相手と向き合う形を取る。
砂埃が手足や体にまとわり付く。それを気にせずに再び相手へ飛び込む。
右手でパンチを繰り出すが、相手の左手に掴まれて阻まれてしまう。
左手でも同じように攻撃するが、それも掴まれる。ニヤッ、と私を見て笑う少女。
両手が塞がれてしまった。だが、それは相手も同じ。……なら。
ドゴン!という衝撃が頭へ思い切り響く。それと共に両手の拘束が解ける。
痛みで頭が少しくらくらするが、頭を大きく左右に振ってすぐにそれを止めた。
少女を見ると、額を抑えてこちらを睨みつけている。予想していなかったであろう攻撃は、ちゃんと効いたみたいだ。
「痛ったぁっ………やったわね」
そのしかめ面もすぐに戻ると、先ほどより険しく変わった表情で私の懐目掛けて飛び込んでくる。
すぐに飛んでくる飛び膝蹴り。それを後ろへ少しステップして避けると、数歩踏み込んで体を少し回転させると、中段蹴りを放った。
その足をまた掴まれて阻まれてしまうと、今度は思い切り弾き返されてしまった。
「踏み込みが甘いわ」
途端に体勢が崩れ、隙が生まれてしまう。……まずい。
そこを見逃さなかった少女は、私の顔目掛けて足を大きく振り回してきた。
ギリギリ掠めるかのところで上体を大きく後ろへ反らして躱すが、相手はそのまま体を回転させて2段目の準備を終えていた。
「………しまっ」
そのまま回し蹴りをモロに受けてしまった。
お腹に走る鋭い痛み。
かはっ、と声にならない声が口から飛び出すと、大きく吹き飛ぶ私の体。
「そこまで!」
…私は負けたみたいだ。
勝負がつくと、こちらへゆっくり近づいてくる少女。
その表情は先ほどとは全く違って、勝ったのになぜか悲しげな顔だった。
「……アンタ、弱くなったわね。攻撃も大振りだし、スピードも大違い」
「そう、ですか…」
「前のアンタは本当に強かったわ。私じゃ一撃も与えられないくらい」
…前の私ってそんなに強かったのか。サスケくんと毎日のように修行してたらしいから、強いのはなんとなく想像はしていたけど。
突然、目の前の少女は指を二本こちらへ差し出してきた。ナルトくんに教えてもらった、和解の印、というものだろう。
その指に私の指を重ねると、そのまま力をつけて立ち上がらせてくれた。
「早く元のアンタに戻れ、とは言わないわ。でも、もっと強くなりなさい。アンタは私の目標だったのよ?アンタがそんなんじゃ、私は誰を目指せばいいのよ」
「…はい、頑張ります。もっと強くなります」
「うん、その意気。約束よ」
改めてギュッ、と和解の印を結ぶと、お互いに微笑みあった。
…うん、負けたけど……強くならなくちゃならない理由が出来た。
やっぱり、この組み手に参加してよかったと、そう思えた。
「あの、そういえば…お名前は?」
「今更?って、そういえば覚えてないんだったわね…山中いの。覚えておきなさい」
「はい。改めて、よろしくお願いします。いのさん」
ふふっ。一時はどうなることかと思ったけど……。
やっていけそうね、あの子。
私は少し遠くから二人の少女を見下ろすと、微笑んだ。
…これなら、私が戻れなくても大丈夫そうね。今のあの子には、しっかりとした意志が感じられる。
安心すると、強烈な眠気が襲ってくる。それに抗わず…再び深い眠りへと身を委ねた。
–––––––サスケ、それに皆。『あの子』を、頼んだわよ–––––