「火遁・豪火球の術!」
飛来する巨大な赤い火の玉。視界を覆う紅蓮の炎。
それを大きく上へ飛んで回避する。数十センチほど余裕を持って避けられたが、炎から発する熱は私の体力を確実に奪った。
火の玉が私の体付近を通るその一瞬だけで汗をかきそうな、火傷しそうな。凄まじい熱。直撃することを考えたくはない。
避けられた事により少しほっとして彼を見ると、先ほどと表情が違う。
何かを確信しているような、そんな笑みを浮かべている。…まずい!
そう思った時には、既に複数の手裏剣がこちらへ目掛けて飛来して来ていた。
ハッとして先ほど私の立っていた地面を見ると、そこだけ不自然に陥没している。
…そうか、まんまと誘き寄せられた。あらかじめ地面に力が加わると発動するトラップを仕掛けていたんだ。
私が豪火球を回避するために上へとジャンプすることを踏んでいて…。やっぱりサスケくんは恐ろしく頭がいい。
シュルシュルシュルシュル!!と風を斬る音と共に私を目標として飛んでくる七、八つほどの金属。
この数ではクナイで叩き落とすのも無理、手裏剣で迎撃するには間に合わない。
かといって、この滞空している状況では、一つ避けるのもおそらく無理だろう。
仕方ない、まだあまり使い慣れてはいないけど…この手裏剣の群れを空中でやり過ごすにはアレしかない。
パッパッ、と決して速いとはお世辞にも言えない不慣れな手際で印を結ぶと、口元に手を近づけてチャクラを手から口へと移す。
高速で飛んでくる手裏剣に当てられるか……いや、当てるしかない。
「–––––––火遁・鳳仙花の術っ!」
口から放たれた複数の小さな火の玉たちを、チャクラで操ることにより手裏剣目掛けて放つ。
狙い通り飛んでいくそれらは飛来する凶器へとぶつかると、まるで鳳仙花の種のように勢い良く弾ける。その衝撃により、軌道が大きく逸れる手裏剣。
しかし、全てに命中させることはやはり叶わなかったようで、3つ程まだこちらへと向かってくる。
これくらいの数なら…そう考え腰のポーチから素早くクナイを取り出すと、時間差でやってくるそれらを全て弾き返す。
カキッ、という乾いた金属音と共に、手に少し衝撃が走る。…なんとかトラップはやり過ごせた。
重力によりまっすぐ地面へと降り立つと、少し思案する。
まず、体術では勝ち目がない。近づけば体力や技量の差であっという間におしまいだ。
幻術はそもそも私は使えない。だが、それはサスケくんも同じはず。…使ってるところを見たことがないから、というだけの話だけど。
忍術ならどうか。サスケくんの豪火球は、火力・スピード・サイズ共に申し分ない強さだけど、使用するチャクラの量もそれに比例して大きい。
もう一発放つことはおそらく難しい…はず。きっと。
豪火球を使えないことを仮定して、もう一度鳳仙花の術で行くことに決める。
私が先ほど手裏剣に苦労したように、サスケくんも複数の物体が飛んできたら避けるのは簡単ではないはず。
ならば、数で攻めればもしかしたら当たるかもしれない。そもそも私には持っている手札がそう多いわけではないから、これに賭けるしかないけど。
残りそう多くはないチャクラの量だけど、やれるだけやってみよう。当たれば万歳、外れれば敗北。ただそれだけ。
先ほどと同じく鳳仙花の印を結ぶと、サスケくんがフッ、と笑った。
「………火遁・鳳仙花の術!!」
先ほど手裏剣を撃ち落とした時よりも三倍ほどの数の火球を吐き出すと、サスケくんへ目掛けて放出する。
もちろん、単純に全部いっぺんには飛ばさない。鳳仙花は小さく威力も高くはないぶん、自身のチャクラを利用してコントロールすることが出来るというメリットが存在する。
一時的に空中で停止、つまり滞空させておくことも出来る。
第一波。四つのそれらを、それぞれ上下左右別々の方向から飛ばす。…が、ギリギリ当たるかというところでひらりと身をかわして避けられる。
第二波。三つをわざと同じ方向で対象目掛けて横方向から飛ばす。素早く右へダッシュすることで回避するサスケくん。…かかった!
第三波。残る全ての火の玉を、走るサスケくんへ目掛けてランダムでメチャクチャに放出する。もちろん、そのうちの複数はしっかりとサスケくんが向かう方向へと飛ばして。
四方八方様々な角度から飛んでいく鳳仙花の火種。それらは赤い閃光となり、まっすぐと彼を目標とし突き進むのみ。
これならそう簡単には避けられない。そう思い彼の動きを見る。
だが、彼はすぐさまその場で立ち止まり、飛んでくる火の群れを最小限の動きだけで鮮やかに回避していく。全ての軌道があらかじめわかっているかのような動き。
ひらり、ひらり。
赤い炎の中揺れ動くその姿はまるで、花火と共に踊っているかのようで、とても綺麗で。
しかし、見とれている場合ではない。鳳仙花だけではダメなら。
ポーチから手裏剣を取り出すと、彼へ向かってまっすぐに投げる。投げ終わると、すぐまた取り出し。
花火の赤い光景に、新たに灰色が複数加わる。
そうやって手持ちの手裏剣も全て投げるが、いつの間にか取り出していたクナイでそれらも全て打ち落される。
ただでさえ難しいであろう炎の舞の回避に加えて、手裏剣まで見えているというのか。
少し体を右にずらしてはクナイを振り、少し姿勢を低くしてはまた同じことをして。
鳳仙花の中であんな動きが出来るなんて…!その動きに驚愕を超えて感動すら感じるが、炎の中そのままクナイを構えてこちらへ飛び込んでくる彼が見えた。
あまりに想定外の行動に、慌ててこちらも応戦しようとする。
が、チャクラを使いすぎて鈍った体では彼のスピードに追いつくことは叶わず。
目にも止まらないスピードで首元にクナイを突きつけられてしまった。
「……ふう、オレの勝ちだな」
「もう。ずるいですよサスケくん。それは」
そう言って彼と視線を交わす。赤色に黒い勾玉模様が浮かんでいるその眼を見て、はあ…とため息がこぼれる。
「写輪眼を使うだなんて。それじゃあアレを避けられて当然じゃないですか…私の感動を返してください」
「使わないと避けられそうになかったから使ったんだよ。まったく、こっちこそなんだアレ。鳳仙花をコントロールしながら手裏剣投げてくるとは思わなかったぞ。
戦闘中に記憶でも取り戻したのかと思ったぜ」
「そんなわけないでしょう……」
その場に座り込むと、サスケくんも同じく私の横へと座り込んだ。足元に生えている草たちが体に触れて少しくすぐったい。
なあ、と言われて再び彼へと視線を向ける。
「……あれから、何も思い出さないか?」
「…………はい、残念ながら…。ごめんなさい」
「そうか…。謝ることはないさ。ゆっくり気長に行けばいい」
「そう、ですね。それより、明日はやっと卒業試験です。ナルトくんは?」
「あいつなら、『オレってば余裕だから一楽でラーメン食ってくるってばよ!』って言って行きやがった。アイツ…あんな余裕綽々で、苦手な分身の術が試験だったらどうするつもりなんだ」
「あはは…まぁ、大丈夫でしょう。最近はナルトくんも分身うまくなってきましたし。緊張しないでいつもの実力が出せれば、きっと余裕だと思いますよ」
「…だといいんだがな。まぁ、分身なんて今更試験にしないだろうし、大丈夫か」
あれから二年。私はサスケくんの力を借りて、毎日必死に強くなるために修行した。
イノさんと再び戦う時、失望されないように。結局、この二年間でその機会は訪れなかったが…。
まあ、そのおかげで私もここまで力をつけられたんだし、よしとしよう。サスケくんには到底及ばないけど。
明日はいよいよ卒業試験。あれから、私の記憶が戻る気配はまったくない。
戻ってこないもう一人の私に少し怒りを覚えるが、きっといつか必ずその時は来るはず。
その時、今の私はどうなるんだろう。今のうちはサクヤは、以前のうちはサクヤが戻れば消えてしまうのだろうか。
そんな不安が頭をよぎるが、その時はその時。彼らがずっと待ち続けているのは、以前の彼女。
私は彼女を待つ間、この体を大事にするだけ。彼女が強さを求めて毎日修行していたのなら、私もそうしよう。
「……どうした?」
「いえ、なんでも。それより、そろそろ帰りましょう。チャクラも切れて疲れちゃいました」
「そうだな。明日の試験に支障が出てもまずいしな」
すくっ、と体を起こす。先ほどの戦闘で学んだことを思い返してみた。
……写輪眼が卑怯、という感想しか出てこなかった。
あとがき
だいぶ早足でアカデミー編終わらせちゃうことになってしまいました。
さっさと次行きたいから許せサスケ。