その日の夜。
いつもの様にベッドに横になって寝ようとしていると、突然玄関からドアを強く叩く音が聞こえてきた。
何事かと同じく部屋を飛び出したサスケくんと首を傾げるが、急いでドアを開けると…そこには見慣れない顔の男の人が。
額当てをしているのでどうやらこの里の忍者のようだ。
「…おい!うちはサスケにうちはサクヤだな!!」
「あぁ。そうだが、なんだ。こんな時間に」
「はい。えっと……どなたでしょうか」
「俺のことはいい!それよりも、うずまきナルトを知らないか!」
「ナルトくん?夕方別れてから見ていませんが……」
「ナルトのやつがどうかしたのか」
「どうしたもこうしたもない!!あのガキ、火影様の家から大事な巻物を盗んでいなくなったんだ!!」
「………えっ!?ナルトくんが、ですか!!?」
「あのウスラトンカチ…!」
「そういう訳で奴と仲のいいと噂のお前たちなら何か知らないかと思ってな」
「…いえ。先ほど言った通り、私たちは夕方以降彼と会っていません。彼の家には?」
「家にもいない。おそらく盗んだ巻物で何かを企んでいるんだろう。あの化け狐め…あれは危険な物だ」
「化け狐?」
「…っと、何でもねえ。もしあのガキを見つけたら捕まえてくれ。…ただでは済まさん」
男は吐き捨てるように言うと勢いよくドアを閉めて立ち去っていった。
…あの男の目。殺気立っているような、血走った目をしていた。
ただ事ではなさそうだ。
「あのナルトくんが…?そんな、どうして…」
「わからねえ。奴は三代目火影に甘くされているからな。もしかしたら…誰かに利用されたってのも考えられる」
「一体誰に…何の目的で」
「それは分からない。が、さっきあの男は『危険な物』と言っていた。つまり…その巻物に記されている術か何かが相当ヤバイ代物なんだろう。…例えば、禁術とかな」
「禁術?」
「使用そのものが禁じられている術だ。もし使えば命を落としかねない危険な術もある」
「…それじゃ!」
「ああ。アイツが危ない」
「探しに行きましょう!今すぐ!!」
テーブル横の椅子にかかっていた上着だけを引っ手繰るようにして羽織ると外へ出る。
彼がいそうな場所といえば……。
「サクヤ!オレは火影の家周辺を探す!…もしかしたらまだ近くにいるかもしれん。お前はあの演習場を探してくれ!」
「わかりました!ではまた後で!」
「ああ!!奴のチャクラを感知出来るかやってみるか……写輪眼!」
こうしてナルトくんの捜索が始まった。
「…おーい!ナルトくん!いませんか!!」
私の大きな声が誰もいない演習場へ木霊する。
何度も何度も繰り返し彼の名を呼ぶが返事が返ってくる様子はない。
何処に行ってしまったんだろうか…。
「いない……ナルトくーーん!!」
返ってくるのは、風に揺られてザワザワと揺れ動く木の葉と草の群れ達のたてるその音のみ。
薄暗い月明かりに照らされるその木々のシルエットが昼間見る時よりも幾分大きく見え、不気味に映る。
何故だか…彼等に睨みつけられているような。そんな錯覚さえ覚え少し恐ろしく感じる。
それを掻き消すように何度も彼の名を呼び続ける。
「ナルトくん!!いたら返事してください!」
広い演習場の中を大声で叫びながら走り続ける。
数多くの手裏剣の跡が刻まれた木々の間を縫うように駆け抜け、彼の姿を探す。
視界に広がるのは完全なる闇。月明かりだけを頼りに、足元に注意しながら駆け抜ける。
こういう時、日向一族の持つ血継限界…『白眼』があれば便利なのだろうか…と無い物ねだりな事まで考えてしまう。
360°ほぼ全てを見渡すことができ、さらに遠くも見ることができる。果てには相手のチャクラの経絡系まで見通す。
こと捜索関連に関しては写輪眼以上に便利な瞳術だ…。それがあれば彼を探すのは簡単だろう。
そんな事を考えながら脳裏に浮かびあがるのはサスケくんの血のように真っ赤に染まったその眼。
日向がサーチに特化しているのなら、写輪眼は戦闘特化。私は持っていないが…。
うちは一族の私が日向の眼を欲しがるのは贅沢と言うものだろう。
くだらない事を考えながらもあの橙色のシルエットを目当てに足にひたすらチャクラを込めて走り続ける。
そうして三十分ほど。あるいはもっと経っているのだろうか。彼を求めてくまなく演習場を探し続けるが、その姿は見当たらない。
やはり此処にはいないようだ。やはり里の何処かだろうか。もし里の外へ出てしまったら、捜索は絶望的…!
そこまで考え、頭を大きく振り払う。
ナルトくんのことだ。いくら誰かに利用されたとしても里の外へ無断で出て行くような事はしないはず。
彼はイタズラ大好きな少年だが、そこまではしない。やって良いことと悪いことの限度はしっかりと分かっている人だ。
里から出るのは有り得ない。
だとすると何処にいるのだろうか。
あてもなく探し続けるには木の葉の里はあまりにも広い。
「仕方ない……一度戻りながら考えましょうか」
孤独を紛らわせるようにぽつりとそう呟くと、再び里の中心へ足を速める。
里に戻るにつれ街灯が夜中の道を照らしてくれる。
その光を見て少し安心感を覚えた。しかし、戻る道中も違う道を通って帰ってきたがやはり彼の姿は見つからない。
どうしたものか…と思案していると前方に見覚えのある背中が見えた。
彼もまた立ち止まって考え込むように唸っている。サスケくんだ。
おそらく彼もナルトくんを発見することは出来なかったのだろう。
やっと人に出会えた事により先ほど覚えた孤独感も吹き飛ぶと、その背中へ向かって声をかけた。
「サスケくん!」
「…!サクヤか。どうだ?アイツは居たか?」
その問いへ頭を左右に振る事で答える。私の様子を見て、彼は深くため息をついた。
「…そうか。オレもアイツのチャクラは見つけられなかった。もう写輪眼は使えない…チャクラがもう無ェ」
「そうですか…一体何処に行ってしまったんでしょうか」
「わからん。…こんな時、日向の眼があれば便利なんだがな」
「…ふふ。私もさっき、同じことを考えていました」
「ま、オレたちはうちは一族だ。無いもんはしょうがねぇ。それより商店街の方で聞き込みでもしてみるか」
「そうですね。ナルトくんの好きなラーメン屋さんならこの時間でもやってるでしょうし。あの人なら何か知ってるかもしれません」
「のんびりラーメンでも食っててくれると助かるんだがな。ナルトの奴」
「まったくです」
しばらく歩いていくと、明るい暖簾が見えてきた。
『一楽』と書かれた赤いそれを見るとすぐその下に見覚えのある橙色が視界に映る。
あれは…まさか!
「サスケくん!あれ!」
「…ああ!間違いない!あのウスラトンカチ!!本当にラーメン食ってやがんのか!」
その姿を捉えた私たちは即座に屋台へと足を運ぶ。
垂れ幕を捲ると明るい店内にラーメンの良い匂いが漂ってきた。
「へい!いらっしゃい!!」
「……あれ。サスケにサクヤちゃんじゃねーか。どうしたんだってばよ、こんな時間に」
「どうしたじゃねェだろ!!今までどこに行ってやがったんだ、このドベが!!」
「まぁまぁ…サスケくん、見つかったんだから良いじゃないですか…。私たちずっとナルトくんのことを探していたんですよ」
「オレのことを?…そっか。悪かったってばよ」
「サスケとサクヤ。あまりナルトを責めないでやってくれ。こいつはミズキのやつに利用されていただけなんだよ」
突然ナルトくんの横から聞こえてきたその声に驚いてそちらを見ると、イルカ先生が箸を片手にそう言っていた。
全く気づかなかったが、どうやら彼もナルトくんと同じくラーメンを食べていたようだ。
「ミズキ先生、ですか…?」
「チッ。あのいけ好かねー教師か」
「あいつはナルトを利用して巻物を奪う気だったんだ」
「オレってば、すごい忍術を教えてもらえるつってアイツに爺っちゃんの家から巻物を盗んでくるように言われたんだ。でももう大丈夫。アイツならオレがボコボコにしてやったってばよ」
「ボコボコ、って…ミズキ先生は教師であり、忍者ですよ?一体どうやって…」
「へへ。オレってば爺っちゃんの巻物からすげー忍術覚えたんだってばよ。な、イルカ先生」
「…ああ、そうだな。お前は立派な忍だよ」
そう言って笑いあう二人。よくよく見ると二人ともボロボロだ。
「…ヘッ。サクヤ。どうやらオレたちの頑張りは無駄だったみたいだな」
「ふふふ、そんな事言っちゃって。顔が笑ってますよ、サスケくん」
「…お?もしかしてオレの事心配してくれたのかぁ?サスケちゃんよお」
「…うるせえ、ドベ。半殺しにしてその辺の池に沈めるぞ」
「勘弁してくれってばよ…オレってばもうヘトヘトだっつの」
「あはは……でも、本当に良かったです。ナルトくんが無事で」
「……ありがとな。サクヤちゃんも」
「おいナルト。そういえば『すげー忍術』って何だ」
「お、気になるのか?後で見せてやるってばよ。本当にすげー術なんだからな」
「……フン。その言葉、忘れんなよ」
「ふふ。私も興味がありますね。その『すげー忍術』ってのが」
一体彼らにボロボロになるほどの何があったのか気にはなるが、重なる疲労とラーメンの良い匂いでお腹が減ってきてしまった。
家に帰って何か食べようかと考えていると大きな音で私のお腹がなってしまう。
顔がかあっと熱くなるのを感じると、一楽の店長さんがガハハ、と大きな笑い声をあげた。
「ハッハッハ!!!よかったじゃねえか!ナルト!お前を心配して探してくれる良い友達が出来て!今日は俺からの奢りだ!お前さんたちも食っていけ!」
「…え、でも…」
「良いってことよ!俺はな、ナルトの奴のことは昔から知っていてな。こいつがずっとひとりぼっちだったことも知ってる。そんなこいつに、良い友人が出来たんだ。俺もちょっとばかし嬉しくてよ…。俺の為だと思って、ここはパーッと食って行ってくれ」
少し目に涙を浮かべながら、そう言って二つの座席の前にラーメンを置く店長さん。
湯気の立つそれはとても美味しそうな匂いを放って、さらに私の食欲を誘っていく。
「しかし…」
「サクヤ。ここは素直に食っていこうぜ。……正直、チャクラ切れでオレも腹が減った」
「…わかりました。すみませんが、頂きます」
「オウ!もりもり食って大きくなるんだぞ!明日からはお前さんたちも忍者なんだからな!俺たちの事、頑張って守ってくれよ!!」
イルカ先生の右隣へと座り込むと、サスケくんもその横へ着席する。
店長さんの言葉をしっかりと胸に刻み込んで、目の前の箸へと手を伸ばすと、ラーメンを食べ始める。
疲れた体に熱いそれが体に染み渡る。うん、やっぱりここのラーメンは美味しい。
そのままずるずると麺を啜り続けると、あっという間に器の中が空になった。
程よい満腹感と満足感で自然と顔に笑顔が浮かんでくる。
そうだ、というイルカ先生の声で横へ向くと、ポン、と頭の上へと手を乗せられた。
「お前たち二人にも改めて言っておこう。……卒業おめでとう。サスケ、サクヤ」
「……はい!」
「……世話になった」
夜はまだまだ。そして、私の忍者としての道もこれからだ。