「遅えなあ……」
教室のドアから顔を出してそう言うナルトくん。キョロキョロと辺りを見回してはムーーーー、と唸り続けている。
黒板には彼の書いた数々の落書き。手裏剣やラーメン、何を書いたのか解らない謎の作品の数々など。
夢中になっていたそれも先ほど飽きてしまったのだろう。先ほどからしきりに先生の到着を待ちわびている。
それにしても遅い。もう予定の時間から一時間半は経っている…。
サスケくんも表情には出さないが組んだ手の指をしきりに動かせてイライラを露わにしている…。
まあ気持ちはわかる。他の班の皆はそれぞれ担当の先生と既に何処かへ行ってしまって、イルカ先生もとっくにいなくなってしまった。
残るのは私達七班の三人だけだ。先生が来ないとどうにもならない。
暇ですね…。
はあ…と深く溜息をついていると何やらナルトくんが怪しげな動きを。
机を動かしてその上に乗り始めた。その手には黒板消しが。
…イタズラするつもりだろうか。
「……ナルトくん?」
「ニシシシ…遅刻してくる奴が悪いんだってばよ!!」
「上忍がそんなベタなブービートラップに引っかかるかよ…」
「そりゃそうだけどさ。なんかムカつくじゃん!こんだけ待たされんの!だから避ける手間をかけさせてやるってばよ」
「…正直、その気持ちはわからんでもない」
「もし怖い人だったらどうするんですか。怒られちゃいますよ」
「こんだけオレらの事待たせといて怒られる筋合いはねーってばよ!むしろ説教したいのはこっちだっつの」
「…………確かに」
予想通りドアの開いた隙間へと黒板消しを挟んで固定する彼。
開ければ固定が解けて落下したそれが頭にヒットするという、簡易的なイタズラトラップ。
……あれ、外から見たら黒板消しが出っ張って見えててバレバレじゃないでしょうか。
サスケくんの言う通り先生があんなものに引っかかるとは思えない。むしろ引っかかったら色々と心配である。
トラップを設置して満足したのか、彼はまた近くの椅子に座るとワクワクした顔でドアを見張り続ける。
それにしても遅いですね。そろそろ来て欲しいんですが…。
それから十分ほど経っただろうか。
教室のドアがガラガラと音を発てて開いた。私達の班の先生がやっと来た。
扉を開くと入ってきたのはマスクで顔を覆い額当てで左目を隠した怪しげな銀髪の先生。
いかにも忍者、というその風貌の彼の上には……先ほどナルトくんの設置した黒板消しが。
あっ、という間も無くそれは先生の頭の上へと落下すると、ポスン…と小さく虚しい音を発てる。
黒板消しに付いていたであろうチョークの粕が粉となって先生の頭周辺を舞い始める。
…。
………。
「えぇ……当たるの、それ…」
呆れて思わず声に出してしまうと、そのトラップを設置した犯人がここぞとばかりに大笑いし始める。
「きゃははははははははは!!!引っかかった引っかかった!!!!」
目に涙を浮かべて笑い続けるナルトくん。ニコニコと満面の笑みを浮かべる彼とは対照的に、ジロリと先生を睨みつけるサスケくん。
何も言わないが…目を見ればわかる。
あれは、『こいつ本当に上忍かよ…大丈夫か?オレ達』とかそんな感じの事を考えている目だ。
失礼極まり無いが正直私もそう思う。……本当に大丈夫かな、私たち。
ポカーンとしていた先生だったが、少し経つと突然ニコニコして笑い始める。
ハハハ…とあまり楽しくなさそうな声を出すと、私たちを一瞥して言った。
「んー…なんて言うのかな。お前らの第一印象は………嫌いだ!!」
「いやそれはオレたちのセリフだってばよ……」
場所を移してアカデミーの屋上。
開けた広いスペースで手すりに腰掛けた先生から少し離れて三人で座り込んでいる。
太陽の眩しい光が降り注いで暖かい。んだけど何だろうか…空気が冷たいのですが…。
「まずは自己紹介してもらおう」
「どんな事を言えばいいのですか?」
「そりゃあ好きなもの嫌いなもの…将来の夢とか趣味とか…。ま!そんなのだ」
「どっかで見たことがある気がするんだよなー先生の事…。あのさ!それより先に自分の事紹介してくれってばよ。先生」
「あ…オレか?オレは『はたけ カカシ』って名前だ。好き嫌いをお前らに教える気はない!将来の夢って言われてもなあ…ま!趣味は色々だ」
何もわからない。解ったのは名前だけである。
謎多き人だ。流石は顔を隠しまくっているだけはあるのだろう。
それにしても…ナルトくんと同じく、私もカカシ先生を何処かで見たような気がする。絶対に会った事は無い筈だが…。
何故だろうか。
–––––何故彼を見ていると鳥肌が立ってくるのだろうか……。
嫌悪を催すような性格で容姿でも全く無いのだが、何でだろうか。さっぱりわからない。
「じゃ、次はお前らだ。右から順に」
右から、つまり彼から見て右ということは…ナルトくんからか。
額当てをしっかりと掴んで少し笑顔を浮かべた彼は、自己紹介を始めた。
「オレの名前は『うずまき ナルト』!好きなものはカップラーメンでもっと好きなのはイルカ先生に奢ってもらった一楽のラーメン!
嫌いなものはお湯を入れてからの三分間」
彼、『人をラーメンだけで生きてるみたいな言い方するな』って言ってませんでしたかね…。
どれだけ好きなんでしょうか。
「将来の夢は…火影を超す!!んでもって里の奴ら全員にオレの存在を認めさせてやるんだ!!」
感心したのだろうか、少し声を出してじーっと彼を見つめるカカシ先生。
…火影を超える。すごい夢です。
無茶苦茶な夢マボロシを語っているようではあるが、彼のまっすぐな瞳を見つめていると何故だかその夢を応援したくなるような気がする。
彼ならその夢を実現出来るかもしれない。そう思わせる何かが彼にはあるのだろう。
やっぱりナルトくんは私たちを照らしているあの太陽のような人だ。
……私の密かな憧れ。
「趣味は…イタズラかな」
「……次!」
いまいち締まらない彼の自己紹介を聞き終えると、次はサスケくんへと視線を移す。
「名は『うちは サスケ』。嫌いなものはたくさんあるが好きなものは特にない。それから…夢なんて言葉で終わらす気はないが、野望はある。
一族の復興と、ある男を必ず……殺すことだ。それともう一つ」
そこで区切ると、突然私の頭の上へ手を置いて続けた。
「オレはこいつを死んでも守る。……何があろうとな」
ずっと考えている事がある。
何故…彼は、サスケくんはこんなにも私の事を必要としてくれるのだろうか。
何故、こんなにも一生懸命なのか…。私にはそんな価値なんてない。
…いや、それは解らないか。彼が欲しているのは私ではない。
『器』の方じゃなく、本当の私なのだろう。
前の私とサスケくんとの間に何があったのだろうか。
何が、彼をここまで必死にさせているのだろうか。これでは私の存在が呪縛のようなものでしかないだろう。
過去に何があったというのか。それは今の私では解らない。
「ほう。お前みたいなヤツ、しょーじき嫌いじゃないよ。守りたい物があるヤツは強い」
「………フン」
「ま。言うからにはそれ相応の強さを身につけないとな。それじゃ、最後。女の子」
あれこれ考えている内にいつの間にか私の番か。
…夢。
それは一体何なのだろうか。かつての私は、どんな夢を持って忍者を目指したのだろうか。
何も解らないままに自己紹介を始める。……これは、器である私の紹介だ。
「…私は 『うちは サクヤ』。好きな物は甘いもので、嫌いなものは特にはありません。将来の夢…は…わかりません。が、目標ならあります。
一刻も早く全てを思い出したい。そして…皆に、ただいま。と…一言伝えたいです」
「……そうか。お前が噂の記憶喪失のうちはサクヤか」
心なしか先生が苦々しい顔をしているような気がする。
無論、顔がほとんどすべて覆われ隠されているのでその表情までは読み取れないが。きっと気のせいだろう。
少し苦しい自己紹介になってしまっただろうか。
でも、私の今の目指すものはそれだ。聞いてくれていましたか?もう一人の私。
早く戻ってきてください。そろそろいい加減待ちくたびれてしまいました。
「ま!自己紹介はそこまでだ。明日から任務やるぞ」
「はっ!どんな任務でありますか!!」
おちゃらけた風にビシッと敬礼して反応するナルトくん。
その明るい姿を見ていると、先ほどまでの重い雰囲気も一気に吹き飛ぶようだ。
やはり…彼は太陽なのだ。
「まずこの四人だけであることをやる…サバイバル演習だ」
「サバイバル演習?」
「任務で演習…って。演習なら忍者学校で行ってきましたが…」
「ま、ただの演習じゃない」
そこで話を区切り、ククク…と不気味に笑い出す先生。
三人一同揃って頭の上にはてなマークを浮かべる。何がおかしいのだろうか。
「どうしたんだってばよ…カカシ先生」
「いや…ま!ただな…オレがこれ言ったらお前ら全員引くから」
「は…?」
不気味な笑いをマスクの下に隠すようにして止めると、彼は私たちを睨みつけながら続けた。
「…卒業生27名中下忍と認められる者はわずか9名!残り18名は再び学校へ戻される。この演習は脱落率66%以上の超難関試験だ!」