「忍たる者……基本は気配を消し、隠れるべし」
その言葉通り、草藪の中へと身を潜めてじっと彼の出方を伺う。
私が隠れている所から右手に20メートルほどの場所にサスケくんも身を隠す。丁度先生の裏を取る形となる場所だ。やはり彼は頭がいい。
…あれ?ナルトくんはどこに?
「行くってばよぉ!!」
「あのさァ…お前ちっとズレとるのォ…」
あぁ…やっぱり……。
案の定真正面から突っ込んでしまうナルトくん。
まぁ彼の性格上、こそこそ隠れて様子を伺うのは苦手そうですからね…。
しかしこれならこれで都合がいい。
カカシ先生の動きをこの距離であれば安全に、手に取るようにわかる筈だ。まずは相手の事をよく知らなければ。
意図的に私たちに見えるように戦いを挑んでいるようにも思えるナルトくんの行動だが、あれで何も考えてないんでしょうね…。
さて。どう攻めるのか。危なくなったらすぐに手を出せる様、チャクラを常に腕へと集中させておく。
彼の指示はたった一つ。
腰に付けてある二つの鈴を昼までに一人につき一つ奪い取れ。
昼までに鈴を奪えなかった者は昼食抜き。鈴は二つしかないので必然的に一人はそうなる。
さらに…鈴を奪えなかった者は失格、学校へ戻ることになる。
これは多分、意図的に二つしか鈴を用意しなかったのだろう。
早いもの勝ちと考えて協力せずにさっさと鈴を取るのか、チームを組んで二つを確実に取るのか。その場合は仲間割れの可能性もあるだろう。
きっと、先生は試しているんだ。私たちを。
懐からクナイを一本取り出すとしっかりと前へ構えるナルトくん。
その横顔からは何か得意げな表情が読み取れる。考え無しに前に出た、というわけでは無さそうだ。何か策でもあるのだろうか。
対するカカシ先生もポケットへと手を突っ込みゴソゴソとすると、何か少し大きな板状の物を取り出した。
あれは……。
…本?
『イチャイチャパラダイス中巻』と、表紙にデカデカと描かれている。
何でしょう、急に寒気が襲ってきました…。
「…は?おい、何やってるんだってばよ…先生」
「本の続きが気になってたからだよ…ま。気にすんな。お前らとじゃ本読んでても関係ないから」
ペラリとページをめくってその本を読み始める先生。
これは挑発だ。わざと相手を怒らせて冷静さを欠けさせるためだろう。
まずいです…と思っていると、早速ナルトくんの体がブルブルと震えだす。
やはり怒ってしまったか。彼のようなタイプは挑発には滅法弱いだろう。
「……。」
「ん?どうした。さっさとかかってこい」
「あーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
「!?」
「…えっ?」
突然叫び声をあげるナルトくん。思わず声を出してしまったがバレていないだろうか。
…一体どうしたのだろう。怒っていたのではなかったのか。
「思い出したってばよ!その本!!あん時の怪しいオッサンじゃねーーーか!!」
「オッサン……傷つくなあ」
「やっと思い出したってばよ。あん時の」
「……どの時のかは知らないけどね。で、どうするんだ?かかってくるのかこないのか」
「まあそう焦るなってばよ。先生––––」
手に持っていたクナイを先生へ向けて真っ直ぐと投げるナルトくん。
しかし、それを一切見る事もないまま二本の指だけでひょいとキャッチされてしまった。
本を片手に持ち少し笑い声をあげながら掴んだクナイを地面に投げ捨てる先生。まるで相手になっていないようだ。
あまりにも自然なその動作に見とれてしまう。流石は上忍といったところだろうか。
その様子を見たナルトくんは小さく舌打ちをすると、再びクナイを取り出し彼へと突っ込んでいった。
腰についている小さな鈴を目掛けて斬りつける。
やっぱり手に持った本をめくりながら妙な笑い声を上げる先生。
また避けないのか?と思いながらその様子を見守ると。
走りながら勢いをつけた彼のクナイが鈴の小さな紐を切ろうとするその時。スローモーションのように彼の腕が横へ薙ぎ払われるのを見ていたその時。
「………あれっ?」
ぶおん、と風を斬る音と共にその腕が宙を斬る。予想外な事象に体勢を崩して前のめりに転ぶナルトくん。
ズザサー!と大きな音を立てて地面を体に引きずってしまう。勢いをつけた分その反動も大きい。
………消えた。
先生の姿が一瞬でどこかに消えてしまった。最初からそこには居なかったかの如く。
辺りを見回すがその姿は見当たらない。直ぐに起き上がった彼は体に着いた砂を払うと、同じくキョロキョロと周囲を探す。
いない…?そんな、あんな一瞬で遠くへ行ける筈が……。
視界に入るサスケくんも消えた先生を探しているようだが、やはり見つからない。
三人の視界から消える事が出来る方法といったら…。
…まさか!
嫌な予感により、手早く術の印を結ぶ。私の予想が正しければ…彼はきっと!
「––––––木の葉隠れ秘伝」
ナルトくんの下の地面が盛り上がり、先生の体が現れる。やっぱり下か…!!
まだ気づいていないナルトくんをよそに、その手に構えるのは虎の印。
そんな…あの距離から彼に向かって火遁を撃つというのか。
演習前に先生の言った『殺す気で来い』という言葉が脳裏にちらつく。
私たちが先生を殺す気で行くのはわかるが、まさか先生も私たちを殺す気で…!?
大急ぎで術の印を結び終えると先生へ向けて鳳仙花の術を放とうとする。
視界の隅ではサスケくんも何かをしようとしているが…ダメだ。
…どう考えても間に合わない!!
「火遁!鳳仙花の––」
「火遁・豪火球の––」
「体術奥義!千年殺しィィィィィィィィィィィィイイイイイ!!!!」
ブスリ!!!と。
その虎の印を構えた二本の手は真っ直ぐと。
……ナルトくんのお尻へ目掛けて突き刺さった。
「痛ッてえええええええええええええええええええええええ!!」
びよーーーん、と凄い高さで飛び上がる彼。
その下では指を真っ直ぐ天へと掲げた怪しいマスクの上忍。心なしか誇らしげに見えるその姿だが、やっていることは全く誇らしくない。
…なんだこれ。
なんだこれ。
先ほどまで焦っていたのが急に馬鹿らしく感じてきてしまう。…でも、考えてみれば当然か。
先生が下忍の、しかも自分の担当の生徒を殺す筈が無いか…。
そのまま雲へと届きそうな高い跳躍を見せるナルトくん。
お尻を押さえたまま宙を舞うと……白い煙に包まれる。
「…何!?」
驚きに大きく声を上げるカカシ先生。
すると突然。
先生へ向けて四方八方から手裏剣の群れが襲いかかる。風切り音を周囲に響かせながら飛来するそれらはまるで雨の如く。
そんな。サスケくんもカカシ先生も私の視界の範囲内にいる。
こんな事できる人はいないはず。一体誰が…!?
「–––––残念でした!先生。今のはオレの影分身だってばよ」
「…なるほどな。分身じゃなく『影分身』か…。残像ではなく実体を複数作り出す術」
その声と共に現れる大勢のナルトくん。その顔には満面の笑みが。
実体を作る影分身…!?
分身の術が苦手な彼が、一体どうやって…。それにこの数は一体…!
これが前に彼が言っていた『スゲー術』というものか。確かに…凄い術だ。いつの間にこんな…。
「さっきの分身でオレの気を取らせてこっそりと何処かに潜んでいたって訳か。…全く、ドベじゃなかったの。お前」
「オレはドベじゃねーってばよ!下から二番目くらいだっつの!」
「…やれやれ。これで下から二番目だなんて恐ろしいね。どうも」
彼へ向かって襲い掛かる手裏剣の数々。さらにナルトくんの分身の一人ひとりもクナイを彼に向かって投げる。
それら全てを躱すには…また地面へ潜るのだろうか。ならば、出てくるところを上手く狙えれば。
そう思いクナイをポーチから取り出し投げられるように準備しておくと…。
––––全ての武器が、彼の体へと突き刺さった。
腕へ、足へ、お腹へ。体中にそれらが突き刺さると、嫌な音と共に体が赤い血で染まる。
ええっ、と驚きに声を上げるナルトくん。流石に想定していなかったのだろう。
まさか。当たるなんて…。
ポカーンと口を開けて呆然としていると。
先生もまたボン、という音と共に白い煙に包まれた。
「…ま!オレもそんなに甘くはないよ」
上から聞こえてくるその声。その方向を見上げると、木の上には彼の姿。
すたっ、とすぐに木の上から飛び降りてくるカカシ先生。その左手には…やっぱりイチャイチャパラダイスが。
「……へッ。そういうことかよ」
「忍者は裏の裏をかくべし。ま、ナルトの戦略も悪くは無かったけどね」
始まった時、ナルトくんと相対した最初からずっと影分身だったのか…。ならば、アレは本物のはず。
もう少し動きを見ておきたいところだが、タイムリミットはお昼12時まで。
先生が寝坊してきた所為でスタートしたのが10時半過ぎだから、もうあまり猶予は無いだろう。
…ずっと隠れてばかりいてもいられない。時間は限られているんだ、私もそろそろ戦おう。
「火遁・鳳仙花の術!」
手裏剣を四枚、彼へ向けて投擲すると共に火の玉の群れを打ち出す。
それと同時に草藪の中から姿を表すと、先生はまるでこちらの隠れていた場所を知っていたかのように私を見る。
よっと、と軽い足取りで全てかわされてしまうが予想通り。当たるとは思っていない。
「お。やっと出てきたな、サクヤ。時間がないから焦ってるのかな?」
「時間が無いのは先生が遅れて来るからでしょう…。一人でダメなら、三人で!」
「三人…?」
「––––火遁・豪火球の術!」
先生の背後へ巨大な火の玉が襲い掛かる。その大きさは人間のサイズを上回る。
飛び出す瞬間にサスケくんへ目でサインを送っていたのだ。伝わっていてよかった。
さらに先ほど躱された鳳仙花をUターンさせる形で先生へ全て向けさせる。無理なコントロールでチャクラを消耗してしまうが仕方ない。
それと同時にナルトくんの分身達も手裏剣を投擲する。もちろんその内の数人は辺りを警戒する事に徹底して。
「なにっ…!」
慌てて前後から来る炎の集団を見渡す先生だが、これなら回避するのは難しいはず。
前方からは鳳仙花。後方からは豪火球。左右からは手裏剣。
また地面に潜っても今度はナルトくんの分身たちがそれを発見するだろう。
初めての協力だが上手い事チームとなっている事に少し嬉しさを覚える。
「おっしゃ!これならどうだってばよ!」
「…フン!即席にしちゃ上手く行くもんだな」
「彼はきっと分身じゃない。これで勝ちです!」
「……やれやれ。チームワークは完璧ってことね」
ぱたん、と本を閉じるカカシ先生。
そのまま本を懐へ仕舞うと、目には笑顔を浮かべた。
「本読んでても余裕かと思ってたけどやるね、お前たち。ならオレもちょっとだけ頑張っちゃおうかな」
ふー、と少し息を吐き出すと、目にも止まらぬ速度で印を結び始めた。
あまりの速さに手が残像を残しているかのように見える。一体何を…?
何の印なのか全く判らない状態のまま手早く印を結び終えると、しゃがみ込み地面へ両手をつける。
「–––土遁・土流壁!」
あとがき
戦闘シーン書く才能ないですわ…難しい。