次の日。
相変わらずぐっすりと眠りこけているサクヤを起こす為に部屋へと向かう。
全く…記憶が無くなろうが生活習慣は変わらねえんだな。
集合時間まではあと40分程余裕はあるし、第一あのカカシが時間通りに来るとも思えない。
さほど焦ることもないのでのんびりとサクヤを起こす事にするか。
「サクヤ。入るぞ」
青いドアを人差し指をくの字に曲げてコンコンと叩きそう呼びかける。
案の定、返事が返ってくることはない。まぁ何時もの事だが。
部屋のドアをカチャリと開けると、無機質な空間から女の子特有のいい香りが漂ってくる。
洗濯もオレと同時に洗っているのに何がそこまで違うのか、と少し疑問に思いながら部屋へと入った。
ベッドの上には安らかな顔をして眠る長い黒髪の少女。
くー、くー、と静かに寝息をたてているその顔を見ているとあの時の嫌な記憶が浄化されていくような気分だ。
「ほら、サクヤ。朝だぞ…起きろ」
少し体を揺らすも、返ってくるのは変わらず規則正しい寝息のみ。
それにしても…サクヤはオレが起こさなきゃそれこそカカシより遅刻魔なんじゃないのか。
昔もよくサキおばさんに叩き起こされてたっけな、と今となっては懐かしい光景を思い出してしまう。
まあこの程度で起きるようならオレは今まで苦労していない。それは百も承知だ。
揺らして起こすことを諦めると、彼女の柔らかな白い頬を少し強めにペチペチと叩く。
「起きろ。サクヤ。おい」
「…んむぅ………」
無意識にだろうが、寝返りを打つことによりその攻撃を回避する少女。
サラサラの髪の毛が布団に張り付いて非常にだらしない。
…ったく、これがオレじゃなくておばさんだったら今頃ど突かれてるぜお前…。
右頬が隠されてしまったので今度は左頬を同じようにはたく。
「起きろっての。いつまでも寝てるとそのうち牛になるぞ」
「…ん…るっさいわね……サスケ…あと五分待ちなさい……っての……」
「––––––––ッ!!」
一瞬。
時間が停止した気がした。
本来ならば有り得ないその口調に心臓の鼓動が一気に加速する。
ドクッ。ドクッと。
自分の心音がはっきりと聞こえて来るようだ。
まさか…!
「おい!サクヤ!!起きろ!起きてくれ!!」
激しく彼女の体を揺らす。
心の何処かでいつの日か諦めてしまっていた、少女の少し生意気で明るいその姿。
あの日失った彼女の中の太陽。
それが戻ってきたのかもしれない。オレは一心不乱にサクヤの体を揺らしていた。
「サクヤ!オレだ!––––起きろッ!!!!」
「んぁ………?なに……」
「サクヤッ!!」
「ふぇ……?サスケくん……?」
瞼を開くと何が何だかわからない、といった顔でこちらを見るサクヤ。
寝ぼけているのだろう、半分しか開いていないその目は何時もの彼女だった。
…記憶が戻っているようではなさそうだな。
不思議と落胆は感じなかった。むしろその逆で…。
すぐそばにアイツがいる。本当の彼女は消えてなどいない。
しっかりとこの少女の中にいる。寝ぼけ眼でぼーっとしているこいつの中にサクヤは居る。
そう確信して、自然に顔に笑みが浮かんできた。意識することもなく口から笑い声が出てくる。
「…フフッ。ハハハハ」
「ど、……どうしたんですか。サスケくん。朝からちょっと気持ち悪いです」
「ハハハッ…いや、ちょっとな…あっはっはっは!!」
「もう…何なんですか、一体」
「くくく…なんでもねェよ。ほら、朝だ。起きろ」
「なんですかその満面の笑みは……。どん引きです」
じとーっと少し冷やかな視線を送ってくるサクヤ。
その目から逃げるように部屋を後にした。
…今日は、いい一日になりそうだな。
窓から降り注ぐ光の柱が、いつもよりも明るく暖かく感じた。
「おい…集合時間からもうどの位経った」
「……三時間だってばよ」
「まあまあ…二人とも、そんなに焦らないでも…………………はぁ」
前言撤回。
ちくしょう、最悪の一日だ。
あの野郎…どこほっつき歩いてやがる。
朝から良い事が有ったってのに台無しだ。ふざけやがって…。
あの気の長いサクヤですら深い溜息をついている始末。顳顬に手を当てて頭を振るという珍しい光景が見える。
全く…ついてねぇぜ。オレ達第七班は…。
あまりにも暇すぎて周囲を見渡していると、見覚えのある顔ぶれが。
任務を終えたのだろう。ベラベラと喋り合いながら真っ直ぐ忍者学校へと向かっていく。
その表情は達成感か何かで満ち溢れているようにも見える。
…かたやオレたちはなんだ?
来る様子もねぇ上忍を三時間待ちかよ…惨めで情けねえ状況だな。
「あー…オレ、明日から予定時間より二時間遅く来るってばよ。あほくせー…」
「フン……二時間ズラしても一時間は待たされそうだけどな……」
「それもそうだってばよ……どうすりゃいいんだ……」
「先生もきっと何か事情があるんでしょう…仕方ないですよ。……仕方ない、ですよね…?」
「仕方あると思うぞ…これは」
「仕方あるってばよ…」
はぁー…、と三人の溜息だけが虚しくシンクロした。
それから約三十分後。
ようやく姿を現したくそ担当上忍。
ヘラヘラと笑いながらこちらへ手を振っているその姿が最高に腹が立つ。
「やー諸君!おはよう!」
「おっそいってばよぉぉぉぉぉぉぉおおおおおお!!」
「…遅すぎです」
「ウスラトンカチが……」
「いやーあははは…ちょっと用事があってね。ところでサスケ、そのウスラトンカチって…」
「ナルトは一番乗りで来てんだよ。アンタ以外に誰がいる」
「まったくだってばよ……明日からはちゃんとハンセーして早く来てくれよ…」
「本当ですよ。でも…ナルトくんがお説教って、なんだか変な感じですね!」
「サクヤちゃんも大概失礼なやつだってばよ……」
「うんうん、仲が良いようでよろしい!よし、じゃあ任務と行きますか」
「やっとだな。で、正式な初任務は何なんだ」
「ま、とりあえず皆。これをつけてくれ」
そう言ってカカシから手渡されたのは、小さな耳当て。
何だこれは?何をするつもりなんだ…?
「何ですか?これ…」
「小型の無線機だよ。これで離れていても連絡を取り合う事が出来る。…『こんな風にな』」
『わっ、すごい。先生の声が片耳に大きく聞こえる。気持ち悪いですね!』
『お前、結構酷い事言うね……オレの声の事を言ってるんじゃないと祈っとくよ…』
『うぉーっ!すげェー!!こんなの初めて付けるってばよ!!』
『うるせえぞナルト。耳に響く』
『サスケのムカつく声も良く聞こえるってばよ……』
『皆付けたみたいだな。それじゃ…行くぞ』
『何処へ?…何をしに?』
『迷子の捜索と捕獲だよ』
『目標との距離は?』
『5メートル!いつでもいけるってばよ!』
『オレもいいぜ』
『私もオーケーです』
大木の影に隠れてじっと待つ。
対象はすぐ目の前。足にチャクラを込めていつでも飛び出せるように用意しておく。
あとはカカシ先生の合図を待つだけだ。他の二人も同じく用意は済んでるんだろう。
任務内容はただ一つ。目の前のターゲットを捕獲するだけ。
目標はオレたちに気づきもせずに呑気に茂みをガサゴソと漁っている。
これなら簡単だ。逃げられる前に捕まえて任務完了だ。
『よし!–––––やれ』
カカシの合図と共に足に込めたチャクラを開放し、一気に加速する。
三人同時に飛び出すが、目標との距離が一番近いのはナルト。
これならあいつに任せればいいか。そう思い直ぐに減速体制へと入った。
間髪入れずにターゲットを強く抱き締めるナルト。
ニャー!!と大きな悲鳴が聞こえるがもう逃げられはしない。
「つっかまえたぁーーーーーーーーっ!!!」
…任務完了か。くっだらねェ……。
『右耳にリボン…目標のトラに間違いないか?』
『ターゲットに間違いない』
『イデデデデデ!!!引っ掻くなってばよぉ!!』
『シャーー!!!』
『あはは。ナルトくんの無線に猫が入っちゃってますね』
『よし!確かに猫だな。迷子ペット“トラ“捕獲任務、終了!』
ガリガリと顔を引っ掻かれ続けるナルトを尻目に空を見上げる。
そこには眩しいだけの鬱陶しい太陽の姿。
こうして、初めての任務はあっけなく幕を閉じた。
待たされた時間は約四時間。
任務時間は二十分。
……ちくしょう、今日は最悪の一日だ。