現在時刻は午後の二時。
今日の任務が思ったよりも早く終わってしまったので火影さまが次の依頼のリストをペラペラとめくっている。
忍者とは言っても下忍の新米だとまるでなんでも屋さんの様な感じなのですね…。
まあどの忍もこうやって任務を積み重ねて成長してきたのだろうから文句は言えない。
キセルから煙をもくもくと登らせながら何枚もの紙を眺める火影さま。
ううむ…と唸りながら行うその姿を見ているだけでも大変そうな仕事だというのがわかる。
何十何百という任務の中から新人の私たちでも出来る仕事を割り当てなければいけないのだから。
もし間違って危険な任務を与えてしまって忍者が怪我をしたり亡くなってしまったりすれば火影さまの責任となってしまうのだろう。
…里のトップというのは色々と苦労がありそうですね。
しばらくそうして依頼書を眺めていると、彼は一枚の紙を掲げた。
「…さて!カカシ隊、第七班の次の任務はと……んーーーーーー、老中様の坊ちゃんの子守りに隣町までのおつかい、イモほりの手伝いか……」
「ダメーーーーーッ!!そんなのノーサンキュー!!オレってばもっとこうスゲェー任務がやりてーの!他のにしてェ!!!」
任務のリストを聞くなり突然叫び声をあげるナルトくん。
手で大きくバツ印を掲げて激しい拒否の意思を表している。
……ああ、やっぱり……彼のことだからそろそろ我慢出来なくなるんじゃないかと思っていました…。
まあ、でも彼の言い分も正直なところ良くわかる。
これではアカデミーに通っていた頃の修行の方が辛い日々だったから。任務の方が楽なのでは拍子抜けしてしまうというものだろう。
下忍の私たちが文句を言える筋合いは無いのだが……ナルトくんにはそんなことはお構い無しだ。
やれやれ…と溜息をつく火影さまの横に座っていたイルカ先生が、ナルトくんの言葉を聞くなり立ち上がって怒り出した。
「バカヤローーーーーー!!お前はまだペーペーの新米だろうが!誰でも初めは簡単な任務から場数を踏んでくり上がってくんだ!」
「だってだって!この前からずっとショボい任務ばっかじゃん!」
「いいかげんにしとけ、こら!」
ゴチン!とカカシ先生に頭を叩かれるナルトくん。
イッテェー、と叩かれたところを押さえてうずくまっている。けっこう痛そう…。
「ナルト!お前には任務がどういうものか説明しておく必要があるな……。いいか!里には毎日多くの依頼が舞い込んでくる。子守りから暗殺まで。
依頼リストには多種多様な依頼が記されておって……難易度の高い順にA・B・C・Dとランク付けされておる。
里では大まかにワシから順に…上・中・下忍と能力的に分けてあって、依頼はワシ達上層部がその能力にあった忍者として振り分ける。
で……任務を成功させれば依頼主から報酬金が入ってくるというわけじゃ」
…流石は火影さま、というだけあって…説明が非常にわかりやすい。
要点を掻い摘んで簡潔に、尚且つ重要なことを省かないように…私たちでもわかりやすく説明してくれた。
…と、言ってもコレは全てアカデミーの座学で全て学ぶ内容なのだけど。
「とは言ってもお前らはまだ下忍になったばかり。Dランクがせいぜいいいとこじゃ」
「……きのうの昼はとんこつだったから今日はミソだな」
「聞けェェェェェイ!!!」
あぐらをかいてそっぽを向きながらそんなことを呟くナルトくん。
彼には火影さま直々のお勉強よりも今日の夕飯のことの方が重要性が高かったらしい。
流石は座学ダントツドベのナルトくんである。ちゃんと勉強すれば普通に上位にいけたと思うんですが…。
彼のそんな様子を見てカカシ先生が頭を掻きながら火影さまに謝っている。
先生も苦労人ですね……。
初めて彼に同情してしまった。あ。遅刻の件があるのでやっぱり同情しない。
「あーあ!そうやって爺ちゃんはいつも説教ばっかりだ…けどオレってばもう…!いつまでも爺ちゃんが思ってるようなイタズラこぞうじゃねェんだぞ!」
受付に座る二人へと、力強い言葉を投げかけるナルトくん。
彼は変わった。
……らしい。サスケくん曰く。
ナルトくんの変化のそれには私が関係してると彼が言っていたが、正直以前のナルトくんを知らない私にはよくわからない。
私の知る限りの彼は大きな夢を持った明るい少年。その前の彼を知っているのは、たぶんその前の私だ。
それに…私に彼を変えるだけの何かがあったのだろうか。その疑問は今の私ではきっと…永遠にわからないだろう。
ナルトくんの主張を聞くと、先ほどまで険しい表情だった火影さまとイルカ先生の顔が少しずつ綻んでいく。
優しい親のような表情で彼を見る二人。
彼らの顔を見ればわかる。きっと二人にとってはナルトくんは自分の子供のような感じなのだろう。
愛情というものを知らない私にはよくわからないが…。私は両親の顔も知らないから。
「三代目。こう見えてもこいつらは鈴取り演習でオレから鈴を奪い取った唯一の新人。チームワークはなかなかのもんです。
…ここはひとつ、オレに免じて少しランクの高い任務を受けさせてやってくれませんか」
「なっ…カカシさんから、ナルトたちが!?」
「こやつらが、か…?」
「ええ。ナルトの陽動にサスケの攻撃。最後はサクヤの幻術でやられました。チームワークはなかなかのもんです」
「ほう……ワシが修行に付き合ってやった甲斐があったというものじゃ」
「へへ…オレたちってば、意外とカカシ先生から評価たけえんだな」
「当然だろ。新人のオレたちが上忍に一発かましてやったんだからな…。もっとも、お前は最後の方は縛られてただけだったけどな」
「うるせー。体調が万全だったらオレの影分身でラクショーだったんだってばよ」
「フン、どうだか」
正直意外だった。カカシ先生は私たちのことをそんなに認めてくれていたのか。
手を抜いた先生から鈴を奪っただけなのだが。もし先生が本気を出せば、私たちは数秒と持たないだろう。
それでも高い評価を下してくれるということは、やはり大事なのは個々の能力よりもチームワークというわけか。
私たちは三人で一つなのだから。
「ふむ………よかろう。お前がそこまで言うのなら…Cランクの任務をやってもらう。ある人物の護衛だ」
「だれ?だれ?大名様!?それともお姫様!?」
高ランクの任務にワクワクを隠し切れない表情で騒ぎ出すナルトくん。
…大名様やお姫様の護衛任務がCランクっておかしいでしょ………ふふ。
ツッコミどころが満載の彼の言葉に思わず笑ってしまう。相変わらず面白い人だ。
「そう慌てるな。今から紹介する!……入って来てもらえますかな」
ガラガラと鈍い音を発てて入り口のドアが開いた。
入って来たのは額にタオルを巻いて大きな荷物を背負った、いかにも職人さんという風貌の老人。
手に持ったお酒をぐいっと勢いよく飲み下すと怪訝な顔で私たちを見回す。
「なんだァ?超ガキばっかじゃねーかよ!特にそこの一番ちっこい超アホ面…お前それ本当に忍者かぁ!?お前!」
「アハハ…誰だ一番ちっこいアホ面って……」
キョロキョロと隣に立つ私とサスケくんを交互に見回すナルトくん。
この中で一番背が高いのはサスケくんだ。次いで私……つまり。
「……ぶっ殺す!!!」
「これから護衛するじいさん殺してどーする、アホ」
暴れ始める彼の首根っこを掴んでそう窘めるカカシ先生。
最初からこんな調子で大丈夫だろうか…不安が尽きない。
老人は暴れるナルトくんを冷ややかな目で見つめると、メガネをクイッとずらして言った。
「わしは橋作りの超名人、タズナというもんじゃわい!わしが国に帰って橋を完成させるまでの間、命をかけて超護衛してもらう!」
「護衛任務、ですか……。長い旅になりそうですね」
「まぁな。ま!Cランクの任務で忍者対決なんてしやしないから心配すんな」
「オレってば里から出たことねーからワクワクするってばよ!!」
「相変わらず騒がしい奴だな…ウスラトンカチ」
「おい!本当にこんなガキで大丈夫なのかよォ!」
「ハハ…上忍の私がついてます。そう心配いりませんよ…」
先ほどからやけに不安そうにしているタズナさんになんだか違和感を感じた。
何故この人はこんなにも心配しているのか。まるで、誰かに命でも狙われているかのような…?
それに今さっきカカシ先生が言った『忍者対決なんてしやしない』と言う言葉に、一瞬ピクリと反応したような気が…。
いや。考え過ぎか。
新米の私たちに任せるような護衛対象がそんな人なわけないか…。ただの気のせいだろう。
少しそんなことを考えるが、また騒がしくなったナルトくんに意識を戻された。
「コラ!じじい!あんまり忍者をなめんじゃねェーぜ!オレってばスゲーんだからなぁ!」
ビシッ!とタズナさんを指さして強気の物腰で伝えるナルトくん。
どう考えても依頼人に対する態度ではない。まぁ…でも、ナルトくんですからね………。
「いずれ火影の名を語る超エリート忍者!…名をうずまきナルトという!覚えとけ!!!」
「…火影の名を騙る、にならねェといいけどな……」
ぼそりと小さく呟くサスケくん。すぐ隣を歩いているのでしっかりと聞こえてしまった。
サスケくんには珍しく微妙に面白いことを言うので、思わず少し笑ってしまう。
「火影っていやぁ里一番の超忍者だろ。お前みたいなのがなれるとは思えんが」
「だー!!うっさい!!火影になるためにオレってばどんな努力もする覚悟だってーの!!
オレが火影になったらオッサンだってオレの事認めざるをえねェーんだぞ!!」
「認めやしねーよガキ……火影になれたとしてもな」
タズナさんは彼の方を見ずに、吐き捨てるようにそう言った。
ぶっきらぼうなその老人の態度にナルトくんの眉間にどんどんと皺が寄っていく。
あぁ……出番です。カカシ先生…。
「ぶっ殺ーーーーーーーーーす!!」
「だからやめろ、バカ。コイツ」
この依頼人とナルトくんはまるで水と油。
……カカシ先生の苦労は耐えることがなさそうだ。