「カカシ先生。先生の得意な術って何なのですか?」
「ん。どうした、急に」
「いえ…ただちょっと気になっただけです」
「オレもそれは気になるな」
「ニシシシシ。何言ってんだってばよーサクヤちゃん。先生の得意技はカンチョーだろ。あん時奥義だ何だ言ってたし」
「えっ!本当にそうなんですか先生。………最低です、見損ないました」
「……あのさァ…アレはちょっとふざけただけだっての…」
「まああんなのぜってェ食らいたくはねえけどな……思い出したら怖くなってきた。影分身で良かったってばよぉ…」
しばらく皆でくだらない会話を続けながら歩くこと一時間。
目的地である波の国まではまだしばらくかかるらしい。
タズナさんが先ほどからやけに静かなのが気がかりだが、まあ特に気にする事も無いだろう。
「で、質問に答えろカカシ。お前の得意な術は何だ?」
「んー……得意な術、ねえ……ま!色々だ」
「色々と言われても……せめて何か一つくらいあるでしょう。私たちは班員なのですから、せめて少しでも教えて頂かないと…。知っていればもし先生がそれを使った時、私たちも気をつける事が出来ますし」
先日少し食らってしまった風遁の事について思い出す。
上忍ともなればあれくらいの規模の技を出す事が出来るだろうから、もしもの時に知っているのと知らないのとでは違いが有り過ぎる。
あの時風遁で思い切り吹き飛ばされたのも、何も知らなかったからだ。
もしあの術の範囲と威力を知っていれば受け身やらその場から離れるなどの対策も取りやすい。
「うーん、それを言われると弱いな」
少し考え込むような仕草を取る先生。
そこまで悩む事なのだろうか…?
暫く歩きながらそうしていると、突然先生は左目を隠していた額当てをクイッと上に持ち上げる。
額当ての裏に隠されていたのは、閉じられた瞼とそれに付随する縦一直線の大きな傷跡。
痛々しくも見えるその傷をまじまじと眺めてしまう。…もしかして、見えないのだろうか…?
「…カカシ先生」
「その目ってば…」
「…フン。その傷跡と術に何の関係がある?」
「ま、そう焦るなよサスケ。きっとお前ら驚くから」
「おっ!おっ!?何だってばよ!?なんかスゲーの!?」
一文字に閉じられていた瞼をゆっくりと開いていくカカシ先生。
あまりにもゆっくりなその動作に少しもどかしく感じる。
ドキドキと緊張と期待で先生をじっと見つめる私たち。今だけは護衛任務の事も忘れてしまっていた。
その奥には一体何が隠されているんだろう。私たちの驚くほどの何が。
…まさか、特注の爆発する義眼とか?
そんなわけないですよね…と、あほな考えを捨て去る。目が爆発しても被害が有るのは自分だけじゃないか…。
いや、もしかしたら……チャクラで飛ぶのかも?もしそうだとしたら。
カカシ先生の左目が飛び出して相手にぶつかると大爆発するイメージが浮かんだ。
(食らえ!!義眼爆発!!ドーーーーーーーン!!!)
(ぬわーっ!死んだァァァァアアアアア)
爆発に巻き込まれて死んでしまう妄想の中の敵。
……いや、ないな。格好悪過ぎるでしょう…。ぬわーって何だ、死んだーって何だ。どんな断末魔なんですかね…。
第一、一回使ったらおしまいではないか。不意打ちの一撃にしても効率が悪過ぎるだろう。
何ヘンな想像してるんだ?私……。っていうか私の中のカカシ先生のイメージはどうなっているんですか。
妙な妄想を膨らませてワクワクしていると。
完全に開かれたその瞼の奥には––––––。
「––––––!?」
「なっ…!バカな………!」
「なんで先生がそれを持ってるんだってばよ…!?!」
––––––下らない妄想よりもずっと衝撃的な現実が有って。
「写輪眼!?」
「何故だ…何故お前がその目を持っている」
「ハハハ。ほら、驚いた」
「え?え?オレってば初めて知ったってばよ…カカシ先生ってうちは一族だったのか」
「んや。オレはうちはじゃあなーいよ」
「じゃあ…一体どうして」
「ま!それを教える気はないな」
ハハハ、と乾いた笑い声をあげて額当てを下げるカカシ先生。
…びっくりしたな。まさか写輪眼だなんて、想像すらしていなかった。
でも、どうやって…?写輪眼はうちは一族だけの固有の血継限界のはず。
どうして一族では無いカカシ先生が…?
「………テメェ」
ゾッとするほど冷たいその声に驚愕する。
声の主であるサスケくんの方を向くと、手をブルブルと大きく振動させている。両手に思い切り力がこもっているのがハッキリと判った。
その目に映るのは、紛れもない怒りの感情。初めて見るサスケくんのそんな顔を見て、初めて彼に純粋な恐怖を覚えてしまった。
両目に宿る真っ赤な写輪眼が、彼の怒りの気持ちを表しているかの様だった。
「–––––その眼を何処で手に入れたァァァァァァァアアアアア!!」
「オイ!サスケェ!!」
「………!やめてっ!!」
今にも先生へと飛びかかりそうな彼の前に立ち、宥める。
必死に手で彼を制止する。その目には私が写っていないみたいだ。
はぁはぁと荒い息をたてて先生の方を睨み続ける彼とは対照的に、カカシ先生は深い溜息をついた。
「…こうなるかも、と思ってあんまり見せたくなかったんだよなァ……。サスケ。お前は…この写輪眼を、オレが他のうちは一族から奪ったと思ってるんだろ」
「それ以外に何が有るってんだ!!!あぁ!?」
「やめて!サスケくん!先生がそんな事するわけないでしょう!」
全く耳に届いていない私のその声。
こんな…仲間割れだなんて、私は………嫌だ。
バラバラなんて…嫌!!
「その眼を誰から手に入れた!誰を殺したんだァ!!」
「落ち着け!サスケ!!」
「やめろってば!!!」
必死に彼を宥めようとするカカシ先生とナルトくんの声も彼には届かず。
サスケくんは本気で怒っている。何故…?なんで…?
聞いて、という願いだけを込めて大きく息を吸い込む。下腹部へと全ての力を注ぐ。
……………やめて。
お願い…。
やめて!!
「…………サスケッ!!!!」
「!?」
私の今出せる最大限の音量で彼の名を叫んだ。
焦りのあまり『くん』を付ける事も忘れて、喉がヒリヒリと痛むほどの大声を出した。
「サクヤ………?」
目を大きく見開いてすぐそばの私をじっと見つめるサスケくん。
どうやら私の声は彼に届いたみたいだ。
何故だかとても驚いた顔をしているが…。そんなにびっくりする事だろうか?
でも、良かった。何だか分からないけど、落ち着いてくれたみたいだ。
「やめて下さい、サスケくん。カカシ先生がそんな事をするような人じゃないって事くらいは分かっているんでしょう?」
「…………。」
黙ってカカシ先生の方を向くサスケくん。その視線には先ほどの怒りの表情は消えていた。
疑念のような表情はまだ残っているが、ひとまずは大丈夫そうだ。
「落ち着いたか、サスケ」
「…あぁ」
「突然怒り出すからびっくりしたってばよぉ……」
「…私も。あんなサスケくんは、嫌。嫌いです」
「……っ。すまなかった、サクヤ」
私の方へ素直に頭を下げるサスケくん。
「謝るのは私じゃ無いです。そうでしょう?」
「あぁ。そうだな…悪かった、カカシ」
「ま、いいって事よ。それより……気になるんだろ?」
カカシ先生のその問いに、私たち三人揃って深く頷いた。
ふー、と少し息を吐き出すと決意した様子で語り始める先生。
その視線はどこか物悲しい。
「オレにとっても忘れられない過去でな。あんまり人には話したくは無いんだが。…この眼は、戦争の時にオレの班の仲間から託された物なんだ」
「託された…?」
「そうだ。細かい説明は省くが、オレは敵の攻撃で左目をその少し前にやられてしまってな。あいつは敵にやられて死ぬ寸前だった。オレの、唯一無二の親友だった男だ」
「…っ」
「最期の最期。逝く寸前に、写輪眼をこの左目に移植してくれたんだ。『お前の眼になって、これから先を見てやるよ』ってな。そう言って。あいつは死んだ」
「…そんな、事が」
「戦争、ってのはそういうものだ。人が傷つき、大勢が死ぬ。もうオレは……あんな思いをするのは、たくさんだ」
そう言って遠くを見るカカシ先生。
目の前で親友が死ぬのを見るだなんて……辛すぎる。もし私の目の前でサスケくんやナルトくんが死んでしまったら…。
きっと正常ではいられないだろう。
「それからオレはあいつから貰ったこの眼を使いこなして強くなってきた。『写輪眼のカカシ』なんて通り名で呼ばれる様になってな。全てあいつのおかげだ」
「カカシせんせェ………」
「ま!そういうわけで、オレの得意な術はこの写輪眼かな」
暗くなってしまった雰囲気を明るく戻そうとしたのだろう、努めて明るい表情に変えると穏やかな優しい声でそう言った。
隣を見ると、サスケくんが暗い顔をして俯いている。先ほどの怒りが見当違いだった事に気付いたのだろうか。
「……カカシ」
「ん!どうした」
「あんな事言って………すまなかった」
「…ま!さっきも言ったでしょ、いいっての!さ、先を急ごう。ちょっと時間食っちまったからな…すいませんね!タズナさん」
「……別に、いいさ。アンタなら…この任務、任せられそうだ」
少し遠くで話を聞いていたであろう老人は、やはり悲しい表情でそう言った。
私も同じことを考えていたところだ。
……この先生なら、命を預けられそうだ。