周囲をキョロキョロ見回していると、視界の隅に白い何かが動いているのが映った。
なんだろうと少し気になって薄眼になりそちらの方を向く。
目をよーく凝らして見てみると。
バサバサと両方の翼を上下に動かして一所懸命に宙を舞うその姿。
……鳥、かな。
真っ白な鳥が見えた。
大空を大きく横切る様に、翼をはばたかせ飛び去っていく。
大きさはわからないが、永遠にも見える空と比較してしまうとその姿はあまりにもちっぽけに見える。
形からして鷲か何かだろうか。白い鷲なんているんでしょうか…?
汚れ無き純白の翼は、私の好きな白い椿の花の様だ。飛翔と共に落ちていく羽がまるで花びらの舞いの様でとても美しい。
そのまますっと視界から消えていくその瞬間。一瞬こちらの方を向いた様な気がした。
「…綺麗」
「ん?どうした」
思わず声に出てしまったらしく、カカシ先生の問いが飛んでくる。
皆にも教えようと思い指をさそうとした時にはもうその姿は見えなくなっていた。
「……いえ。何でもな––––––––––––––」
振り向いて先生の方を向いた時。
視界に映るのはいたって普通の表情をしたカカシ先生の姿。
何だ?と聞いてきそうなその目をした先生。
その体には鎖の様な何かがぐるぐると巻き付けられており…。
…首が、胴体から離れていた。
ブシャアアア、とまるで噴水の様に多量に吹き出す真っ赤な血。
肉が裂ける嫌な音と共に先生の手が、足が、胴体がバラバラに崩れ落ちる。
ボトボトやベチャベチャといった粘着質な音を発てて地面に付着する肉片の数々。
「……へ………?」
「カ……カカシ先生ェ!!」
「チィッ!」
何が起きているのかさっぱりわからない。
これは何?この肉塊は一体?カカシ先生はどこに行っちゃったの?
頭の中に疑問の数々が湧いては消えていく。ぐるぐると思考が混乱して目が回るようだ。
あまりに現実感の無いその光景をただ呆然と眺めていると、両手を口に当てて声を出した時のような、籠もった男の声が聞こえた。
「………一匹目」
ハッとなり瞬時に意識を現実へ戻される。
声のする方へ目を向けると、ガスマスクのようなものを口に当てた二人の男。
その二人の額には、忍の証である額当てが。木の葉の文様では無い。つまり…。
これは、戦闘。アカデミーや鈴取り演習とは違う…本当の殺し合い。
何故私たちが狙われるのか。何故今このタイミングなのか。
疑念は尽きないが、やるしかない。
…これは、護衛任務。タズナさんを命を賭してでも守らねば。
「二匹目」
まるで幽霊か何かのようにスーッと消えたと思えば、次に現れたのは橙色のすぐ後ろ。
…ナルトくんが危ない!
瞬時にクナイを懐から取り出そうとするが、焦りのあまり僅かにもたつく。
後ろの敵達に気づいたナルトくんも何かの印を結び始めるが、敵は既に彼を囲むように鎖を引き込んでいた。
彼と鎖の距離はわずか数メートル。これじゃ間に合わない!!
そう思った瞬間、彼へと襲い掛かっていた二本の鎖の動作がピタリと止まった。
驚きに目を見開く二人の忍。
鎖を目で追っていくと、一本の木で留まっている。
よく見てみると鎖が手裏剣で押さえ込んであり、その手裏剣の穴にストッパーとなる形でクナイが刺さっている。
大きく手を引いて鎖を外そうとする彼らだが、しっかりと木に食い込んでしまったそれは容易には外れない。
ナルトくんへの攻撃を完全に封印したサスケくんは、ストッと軽やかな動きで鎖に繋がれた二人の腕の上へと着地すると、そのまま彼らの腕へ自分の腕を付ける。
その両腕で自分の体重を支えると、二本の足で二人の顔面を強く蹴り飛ばした。
ドカッ!と鈍い打撃音が周囲に響く。それと同時に二人の忍の苦しそうな呻き声が聞こえた。
すごい…。あの一瞬で状況判断に加えて的確な防御と攻撃を両立させるなんて。やはり彼は天才…。
見惚れている場合では無い。やるなら今だ…。
口から幾多の火の玉を吹き出すと、チャクラを練り上げ薄い手裏剣状に変化させる。
赤い手裏剣状の炎が回転と共に薄い円板状へと変化すると、それらを自分の周囲に滞空させておく。
鳳仙花の術の弱点であるスピードを補うために編み出した術だ。その分もとから決して高くはない威力が更に下がってしまうのが問題だけど…。
すぐにナルトくんに目を合わせると、お互いに頷き合った。
「多重・影分身の術ッ!!!」
シュボボボボボボ!!と連続したその音と共に無数のナルトくんの分身が現れる。
彼の得意の技、影分身。実体を持つそれらはどれが本物かなんて見分けはつかない。
驚いて周囲を見回す敵二人。既に彼らは幾多ものナルトくんの分身に囲まれて身動きが取れない。
そのまま大勢の分身達は二人に向かっていくと、ガチャガチャと騒がしく格闘を始めた。
何人ものナルトくんの分身が吹きとばされては煙と共に消えていくが、膨大な数の分身に次第に敵達が圧されていく。
しばらく人混みが入り乱れる様子を見ていると、蹴り飛ばされたであろう男二人が苦しげな表情で宙を舞った。
「今だ!サクヤちゃん!!」
ナルトくんの分身による人海戦術…流石です。分身で取り囲み確実に相手の体力とスタミナを奪っていく。
これなら、しっかりと的を狙って当てられる!
「火遁・睡蓮火の術!」
真っ直ぐに二人へと衝突した円板状の炎は、煙幕と共に小さな爆発を起こすと火柱を上げて儚く消えていった。
「フン…この程度か」
男の余裕そうな声が煙の中から響いてくる。そのまま男は腕を大きく振りかぶって煙幕をかき消した。
両腕で爆炎をガードしていたらしく腕部に火傷が出来ている。…やっぱり、大したダメージは与えられないか。
ガスマスクの男たちは腕に繋がれていた鎖を外すとこちらを睨みつけた。
「チィッ……ただのガキ共だと思って油断したな」
「まあいい。貴様らに出来るのはこの程度…ここで死ね」
シュバババ!!と素早い動きで印を結ぶ二人組。
何をするつもりだろうか…と警戒を強めると、サスケくんが叫び声を上げた。
「…マズイ!サクヤ!!奴の狙いは……」
「もう遅い…!水遁・水砲弾の術!」
「水遁・水塵壁!!」
多量の水が大きな壁となりサスケくんとナルトくんへと押し寄せていく。
素早く左右に飛ぶ事によりそれを回避する彼ら。変だ…まるで攻撃として使っていない様な、そんな気が…。
こちらを目掛けて真っ直ぐ飛んでくる水の弾丸を見て意識がそちらに向く。私狙いか…。
…いや、違う!水は私より少し右寄りに飛んでくる。狙いは私の後方にいる……タズナさんか!!
水塵壁で二人を邪魔出来ない様に妨害しておきながら、初めから彼をターゲットにしていたのか。
マズい。なんとしても止めなきゃ…。
「火遁・鳳仙花の術!」
複数の火炎弾を生成すると丸い水の玉へ向けて飛ばす。
火の玉は水砲弾へと衝突すると…破裂せずに、シューと音を発てて鎮火してしまった。
水砲弾の威力は全く弱まりはしない。やはり駄目か!水と火では相性が悪すぎる…。
このままじゃタズナさんに術が当たってしまう。そうなれば護衛任務は失敗。
こうなったら…!
意を決してタズナさんの正面に立つと、両腕を大きく広げて庇う態勢をとる。
術で相殺出来ないのならば、今の私に出来る事はこれしかない。
「なっ…!」
「おじさん。–––––下がっていてください」
老人の驚く声が後ろから聞こえてきた。
襲い来る水の砲弾を真っ直ぐに見据える。水遁忍術だろうから、ただの水では無い筈…直撃すれば無事では済まないだろう。
でも、ここでタズナさんを死なせる訳にはいかない。せっかく火影様が任せてくれた任務を失敗する訳には…。
「サクヤァッ!!やめろォ!!」
「サクヤちゃん!!」
二人の悲痛な叫び声が耳に響く。
大丈夫…この程度で死にはしない。…はず。
心の中で後のことを二人に任せると、ぎゅっと瞼を閉じて衝撃に備えた。
「水遁・水砲弾の術!」
聞き慣れた声と共に全身に水飛沫を浴びた。
冷たい水が服を濡らし、肌に張り付く。これって…。
ゆっくりと閉じた目を開いていくと、まず視界に入ったのは緑色の鎖帷子。
見間違えるはずも無いその衣装は紛れもない私たちの担当上忍。
「……カカシ先生!!」
「よ。お前ら、すぐに助けてやらなくて悪かったな」
こちらを見てにっこりと笑う先生を見て強張っていた体から力が抜けていく。
水遁を水遁で相殺して私の事を守ってくれたのだ。
なんだろう、この安心感は…。初めて先生を見て心強いと思った。
先生のそんな姿を見て、はっとなって左を向く。
そこには先生の無残な姿は何処にも無く、残っていたのはバラバラに切り刻まれた丸太のみ。
…そうか。最初から先生は変わり身の術を使っていて…ということは、彼らが襲いかかってくることまで読んでいたのか。流石は上忍…。
「良く頑張ったな、お前たち。まさかここまで動けるとは思ってなかったよ…おかげでターゲットが絞れた」
ターゲットが絞れた…?何の話をしているんだろう。
そんなことを考えると、敵の二人が勢いよくカカシ先生目掛けて飛びかかって来た。
「仕留め損ねたか…まあいい。もう一度切り刻んでやる…!」
「あーもういいよ君たちは。もう詰んでるから」
走り行く彼らだったが、突然何かに躓いたかのように勢いよく転倒した。
顔を地面に叩きつけてしまい、呻き声が漏れる。
何があったのかと彼らの足を見てみると、そこには腕が一本ずつ、地面から生えるようにして彼らを足をしっかりと掴んでいる。
あの手袋は間違いない、カカシ先生だ。あらかじめ地面に分身を潜らせていたのか…。
二人はそのままその腕に地面へと引き摺り込まれると、頭だけを残して全身が埋まってしまった。
凄い…私たちが三人がかりで戦った奴らを一瞬で無力化してしまった。私の中のカカシ先生の評価が大きく上がった気がした。
ふー、と小さく息を吐いた先生は振り返ると老人の方へ視線を移した。
「………タズナさん。お話があります」