「水遁・大水弾の術!」
「風遁・大突破の術!」
カカシ先生から放たれた風の砲弾と再不斬からの水の塊が空中で衝突し爆散する。
目にも見える程の風の刃とぶつかり拡散した水の大玉は飛沫となり、空中から私たちへと降り注いでくる。
目視しているのが辛くなるほどの冷たい大雨が、ざあざあと周囲の音たちを全て奪っていくこと数秒。
全身が水に塗れて衣服がべったりと体に張り付く不快感を気にしている暇もない程の、金属と金属の衝突し合う甲高い音が耳へと入ってきた。
すぐ音の方向へ視線を巡らせれば、再不斬の振りかざした大刀を先生がギリギリの処でクナイで受け流しをしているのが見えた。
息をつく暇もない、静かな戦い。
身の丈より更に大きな巨大な包丁を軽々と振り回す再不斬もそうだが、それを十数センチ程しかないクナイの刃先で対処しているカカシ先生も人間業ではない。
「そんな小っせえ代物で…何処までオレの首斬り包丁から逃れられるかな?クククッ」
「流石に単純な力比べだけじゃあお前には勝てないね…分が悪すぎる」
そんな軽口を叩き合いながらも、淡々と命の奪い合いをしていく二人の姿を見ている事しか出来ないでいた。
拳にグッと力が入る。
今にも先生の体があの恐ろしい肉斬り包丁で名前通り真っ二つに引き裂かれてしまいそうで。
カカシ先生なら心配は無い、と自分に言い聞かせてもその不安は消えてはくれない。
だからと言って、今私が出来ることは何も無い。先生に言われた通り…タズナさんを守る。
戦いに加わらない事がチームワーク…。
もし私にもっと力があれば。
こんな風にただ見ているだけじゃなかったかもしれない…とそこまで考えてハッと直ぐ側にいる二人を見渡した。
サスケくんもナルトくんも、私と同じく…グッと何かを堪えているような、そんな辛い表情を浮かべていた。
当然だろう…。何だかんだと文句を垂れてはいても、カカシ先生はもう私たちの中には無くてはならない『仲間』なのだから。
その先生が独り危険な目に遭っているのを黙って見ている事しか出来ないこの状況が悔しくない筈は無い。
「……今は堪えろ」
サスケくんが、誰に向かってとも…まるで自分に言い聞かせているかのように、真っ直ぐ前だけを睨みつけて呟いた。
その両目に宿る写輪眼は、何時もよりも更に紅く輝いているように見えた。
すぅ…と深く息を吸い込むと再び彼らを見据える。
再不斬という男がどれ程強いのかは判らない。でも、先生は片目だけとはいえ写輪眼だ。
あの目の強さは散々やられてきた私も良く知っている。きっと大丈夫だ。
「近接戦だと厄介極まりないな、その目…オレの行動を先読みしやがる。その目ん玉ぶった斬ってやろうか」
「やれるもんならやってみなよ。…ま、させる訳ないけどね」
「言ってろ、サル真似忍者が」
そんな会話を続けながら先生は再不斬の太い腕から振り下ろされる大刀を、まるで最初から来るのが判っていたかのように最小限の動きだけでひらりと身を躱すと何時の間にか握っていた手裏剣を数枚ほど彼に向けて素早く投擲する。
対する再不斬もそれを読んでいたかの如く、振り下ろした刀をもう一方の手に持ち替えすと盾のように自らの目の前に翳す。
風を斬り回転しながら高速で飛来する手裏剣はその盾へと全弾命中すると、カキィッ!と甲高い音を発てた。
手を出す出さないの次元では無い。あんな相手に一瞬でも立ち向かえば数秒で命を絶たれてしまうだろう。
普段はボヘっとしていて頼りない銀髪の背中が今日は何時もより数段大きく頼もしく見えた。
無駄だと判断したのか、カカシ先生は再び残像の残るような速度で印を結ぶ。
「土遁・土流連弾!!」
印を結び終え、先生が素早く地面に両手の掌を貼り付けると、大地が微かに揺れを起こした。
かと思えば、地面から人間の頭ほどのサイズの土の大きな塊が勢いよく再不斬へと飛んでいく。
「ほう…流石は千の術をコピーしたと言われるはたけカカシ。芸が豊富だな」
再不斬は少し驚いたように目を開いたが、すぐにそれを首斬り包丁で真っ二つに引き裂いた。
しかしすぐに二つ目、三つ目、四つ目といくつもの黒い塊が再不斬へと飛来していく。
二つ目を再び切り崩して対処する再不斬だが、三つ目は流石に無理だと判断したのか大きく姿勢を下げて躱す。
まるでその動きを読んでいたかのように四つ目の弾丸が彼の脚部へと直撃した。
一瞬マスクの上からでも判る苦悶の表情を浮かべ怯むが、直ぐに残りを対処する体制に入る。
地面から飛び出てくるそれらをギリギリで回避していくと、フン…と、微かに鼻で笑った。
かと思えば、それから飛来してくる塊全てを…なんと足で蹴り飛ばす。
流石にこれは予想していなかったのだろう、カカシ先生も驚きに声を出した。
大きな足によって蹴り飛ばされた複数の塊は真っ直ぐと勢いをつけてカカシ先生の方へと…ではなく、その後方の私たちへと向かってくる。
狙いは…まずい!タズナさんだ!
「しまっ…!!」
「死ね…ジジイ!」
あんなもの、喰らえば私たちでも無事では済まない。
ましてや、タズナさんは忍者でも何でもない一般人だ。当てさせるわけにはいかない。
幸い、再不斬からこちらまではかなり距離がある。あれを破壊しなければ…!
「オレが勢いを弱めるから、二人ともぶっ壊してくれってばよ!!」
ナルトくんは大声を上げると、塊へ向かって駆け出していく。
それを見て、サスケくんも声を荒げた。
「ナルト!お前…何を!」
「影分身の術!!」
両手の指二本を交差させると、ナルトくんの周囲に煙が舞い、何十人もの彼が現れる。
大勢の彼らは一列に並ぶと土塊へと背を向ける。分身体とはいえ、実体を持つ影分身。それらを壁として威力を弱めるつもりだろう。
そうと判れば私は私に出来ることをしなければ。
素早く使い慣れた術の印を結ぶ。何度も何度も同じ印を使い続けた結果、以前よりも遥かに術を発動するまでのスピードは上がっていた。
塊はナルトくんの分身を掻き消しながらこちらへと向かってくる。
彼のお陰で、三つは完全に減速し勢いを無くしている。残りは四つ…!
外せば終わり。絶対に外さない。
「サクヤ!」
「わかってます!…………火遁!!」
口元へ指を当てると、火炎弾を発射する準備が整う。
視界の隅に映る黒髪の彼もまた、全く同じ動作を行っていた。
目標は前方の土塊四つ。真っ直ぐ飛んでくるそれらを外しはしない。
「「–––––––––––––––––鳳仙花の術!!」」
二人で放った火の玉は寸分の狂いもなく飛来する塊へと向かうと、接触と同時に赤い閃光と共に爆散、少し遅れて大きな破裂音を発てた。
そして衝撃により土塊はごくごく小さな破片と化し、辺り一面へ散らばっていく。
爆発によって発生した黒煙によってその周囲の視界が遮られた。
煙幕により見えなくなってしまったが、黒い煙の中から何かが飛び出してくる様子は無い。
…良かった。無事に破壊出来たみたいだ。
カカシ先生はその間も手を緩める事なく、再不斬へと体術を繰り出しながらも安心した様子でホッと息を吐いた。
「ふー。ナイスチームワークだ、お前ら」
「ほう…金髪のガキ、影分身を使えるのか。ピーピー喚くだけのただのクソガキだと思っていたが、思ったよりやるな。……だが」
意味深に言葉を切った再不斬の様子に嫌な予感がする。
徐々に晴れていく煙の中に、何か小さな影のような物が浮かび上がり、じっと目を凝らして見つめる。
…何………?あれ…?
「…!?」
「なっ…!」
「まだまだ甘ェんだよ、ガキ共」
消えていく煙幕の中には、なんと四つもの水の槍のような物がまるで最初からそこに在ったかのようにこちらへ刃先を向けて滞空していた。
そんな…いつの間にあんなものを?一体何時、どうやって…?
「蹴る瞬間、ちょいと細工させてもらったのさ…さあ。次はどうする」
「あれはマズイね、どうも……土遁!」
先生が再び術を発動する瞬間を狙ったかのように、再不斬は大刀を頭上で回転させると、そのまま大きく放り投げた。
胴体を真っ二つにしようと迫り来るそれを大きく上へと跳ねて回避した先生は、小さく舌打ちをする。
「お前の相手はこのオレ様だ…カカシ!」
「く………!サスケ!」
「判ってる!!」
そう叫んだサスケくんは、馬の印、虎の印と続けると口元へ指を当てた。
「火遁・豪火球の術!!」