あの日から一ヶ月。
オレの兄、うちはイタチはオレから全てを奪っていった。
母さんを。父さんを。
そして、うちは一族を。
奴はオレとサクヤを除くうちは一族全員を殺した。
(このオレを殺したくば、恨め!憎め!そして、醜く生きのびるがいい…。
逃げて…逃げて…、生にしがみつくがいい。そして、いつかオレと同じ眼を持ってオレの前に来い)
何故、オレとサクヤだけを生かしたのか。
【万華鏡写輪眼】。
…あの日、オレに見せた写輪眼の本当の姿。
その開眼方法は、『最も親しい友を殺す事』。
つまり、オレにとって最も親しい友、サクヤを殺せという事だろう。
…ふざけるな。あいつを殺すなどありえない…考えただけでもおぞましい。
家族も失った今のオレにとってはあいつだけが全てだ。それを己の手で殺すなど…。
そんな呪われた力はいらない。そんなものを得なくとも、オレはオレなりのやり方で強くなる。
どんな辛い修行をしても、何があろうとも。
そして、いつか…あの男を殺す。
「そこまで!」
目の前で尻餅をついて倒れる男に近づいてぶっきらぼうに指を突き出す。
立ち上がった男は、クッソ、と悪態を吐くと尻についた砂埃を払って立ち上がると、オレの指と交差させた。
「やっぱり強いなサスケ…次はこうはいかねえぞ」
「…フン」
くだらない。一方的すぎる戦いに、ため息をついた。
動作にキレがない。スピードがない。
ただ考えなしに突っ込んできて殴りかかってくるだけ。
こんな組み手、あいつと毎日やっていたものに比べれば、ただのガキの喧嘩でしかない。
こんなことを繰り返していても、強くはなれない。
やはり、あいつがいなければ……。
「おい、サスケ」
呼ばれる声で我に返った。
「さすがはうちはのエリートだな…体術も忍術も俺たちとはレベルが違う」
「……そんな事を言うためにわざわざオレを呼び止めたのか」
ギロリ、と男を睨みつけると、そいつは肩を竦めて続けた。
「おー、怖い怖いねぇ。…それより、サクヤはどうなんだ」
黙って首を横に振る。
あいつは……まだ。
「……そうか」
アカデミーが終わり帰り道。
オレは今、サクヤのいる病院にいる。
5号室、と書かれたドアを横へスライドさせると、真っ白な空間が視界いっぱいに広がる。
真っ白なベッドの上に横たわるのは、物心ついた時からずっと見続けてきた少女。
ずっと寝ているせいで筋力が衰えたのか、その姿は今にも消えてしまいそうなほど弱々しい。
「よう、サクヤ。…また見舞いに来たぞ」
土産に持ってきた林檎をテーブルの上に置くと、一つ取り出して齧った。
味はわからなかった。
「短い髪が好きだって言ってたのに。すっかり伸びちまったじゃねーか」
オレはこの一ヶ月間毎日この病院に見舞いに来ている。
雨が降ろうが何があろうがずっと。もうすっかりこの病院の構造も覚えてしまった。
「今日も忍組み手をやってさ。一撃も食らわないまま倒しちまった。やっぱりお前がいないと皆弱くて張り合いがないよ」
訪れる静寂。
返事は返ってはこない。オレは独り言のように続けた。
「やっぱり同い年でオレと対等に戦える奴はお前しかいないよ」
目の前の少女が動くことはない。
「だからさ………早く………起きてくれよ………ッ」
イタチに殺された母親の遺体のそばで倒れていたところを発見されたサクヤは、すぐにこの病院に運び込まれた。
運び込まれた時にはすでに意識がなかったらしいが、医療忍者の診断では命に別条はないそうで、数日もすれば目を覚ますと言っていた。
だが、あれからもう一ヶ月。未だにサクヤは目を覚まさない。
このまま永遠に起きないのではないか……。
そんな事を考えると、心臓が握りつぶされるような気分になる。
イタチ………!
あの男の顔を思い出すと全身に力が入る。
奴はオレの両親だけでは飽き足らず、こんなに小さな幼馴染ですら奪うというのか。
手に握った林檎が力を込めたために指が食い込む。果汁が手を伝って床にポトリ、と落ちた。
今のオレには力が足りない。この手の林檎を潰すことができないほどに。
もっと強くならなければ………あのときのこいつとの約束を守るためにも。
「………また明日な、サクヤ」
そう伝えて立ち上がると、部屋のドアに手をかけた。
そのとき。
ササ…と布同士が擦れ合うような音が聞こえた。
まさか。
「……サクヤ!おい!サクヤ!!!!」
目を覚ましたのかもしれない。
そう考えると、心臓がばくばくと音を立てて震えているのがわかった。
「起きろ!!起きろッ!!!」
病人に刺激を与えてはいけない、そんなことも忘れてただサクヤの体を揺すって声をかけ続けた。
「サクヤ!起きろよ!!俺だ!サスケだよ!!!!」
「…………………………………ぅ」
重い瞼をゆっくりと開ける少女。
一ヶ月ぶりに見るその黒い瞳は、オレにはまるで宝石のように見えた。
「…………ここ、は」
「ここは病院だ。良かった………本当に、良かった」
目を見開いて辺りを見回す少女。
毎日通いつづけた苦労が、今やっと報われた。
あの日以来止まってしまったオレの中の時計が、やっと音を発てて刻み始めた気がした。
「………………………なたは」
「ん?どうした」
一ヶ月ぶりに声を発するからだろうか、その声はひどく弱々しい。
でも、大丈夫だろう。もう、起きたのだから。
これからは毎日美味しいものを持ってきてやろう、味の薄くてマズい病院食じゃなく。
そう考えていると、サクヤはオレの目をしっかりと見て言った。
「………………………あなたは、誰、ですか………?」