「サスケだ。入るぞ」
コンコン、と部屋のドアを叩くと、中へと入る。
するとベッドの上で寝ていた少女が上半身を起こしてこちらを向いた。
「起こしちまったか。悪いな」
「いえ…こんにちは、サスケくん」
サスケくん、そう呼ばれると胸のあたりにチクリとした痛みが走る。
だが、生きているだけでいいんだ。いつか…いつか必ず、思い出す日が来るはず。
それが何年、何十年経とうとも。
オレは、サクヤのそばに居続ける。それが、あの時イタチを止められなかったオレの、せめてもの罪滅ぼし。
土産に持ってきた果物や菓子などの入った袋をテーブルの上へと置くと、サクヤの目はそちらへと移った。
「いつもすみません…毎日お見舞いに来てくださって。お土産まで」
「いいんだ。オレが好きでやってる事だからな。それより、何か思い出せたか?」
「……ごめんなさい。まだ、何も」
「…そうか」
持ってきた袋の中から蜜柑を一つ取り出すと、皮を剥いて手渡した。
ありがとうございます、と小さな声でそう言うと受け取った蜜柑を嬉しそうに頬張る。
記憶を失う前のサクヤが好きだったものだ。
「…美味しい」
パクパクとそれを食べる少女の姿を見ていると…以前の彼女を思い出す。
記憶を失う前の、活発だったサクヤを。
いつになればあの頃のように笑い合えるのか。オレは……。
「サクヤちゃん!!」
大きな声と共に、ドアが勢い良く開いた。
橙色の服に黄色い髪、そして大きなゴーグル。
「……ナルトか」
「イルカ先生から、ここにサクヤちゃんが入院してるって聞いてさ!オレってば、心配になっちまって」
不安そうな顔をしながらこちらを見るサクヤ。
…やはり、何も覚えていないのか。本当に、何も……。
「こいつはうずまきナルト。お前が通っていた、忍者学校で同じクラスのドベだ」
「ドベは余計だってばよ!……って、何だ?その、初対面の奴に紹介するみたいな言い方ってば…」
「…ごめんなさい、ナルトくん。私、何も思い出せないの」
「……………………は?」
状況が理解できないようで、固まるナルト。……無理はないか。
「おい、ドベ。……ちょっと来い」
「記憶喪失、だと……?」
「あぁ。あいつは何も覚えちゃいない。……オレのことも、何もかもな」
事のあらましを大体話すと、信じられない、といった顔をした。
もちろん、原因については一切話さずに。
「そんな……何だって、そんなことに……」
「お前には関係ない。わかったら、さっさと帰れ。今のお前がサクヤに近づいても、困らせるだけだ」
バッサリと切り捨てるように告げると、ナルトはショックを受けたようで俯いた。
「お前にできることは、もうサクヤに関わらないことだけだ」
これでいい。こんなバカなウスラトンカチは居ても邪魔になるだけだ。
もうこれで関わってくることはないはず。
「………………ェだと」
「あ?」
よく聞こえなかったが、何かを呟くと。
突然、首根っこを掴みかかってきた。
思い切り上着を引っ張られて、首が締まる。息が苦しい。
「……ッ!何しやがる、このウスラトンカチ…」
「関係ねェだと!!!ふざけんじゃねえ!!!!」
「……!」
突然大声でそう叫ばれて、驚愕した。
いつもヘラヘラ笑っていやがる問題児の、初めて見る怒りの表情を見た。
オレの首元を掴むその手が、力むあまりぶるぶると震えている。
…なんだ、コイツは。
なんだって、こんなにキレていやがる。
「サクヤちゃんはな……!嫌われ者だったオレにも、ちゃんと向き合って話してくれた大切な友達
だったんだぞ!!みんなオレのことを、バカだのどうしようもねェ問題児だの言って遠ざかって
行ったのを!サクヤちゃんは、オレをちゃんと仲間として見てくれた!友達だって言ってくれた
んだよ!その友達が苦しんでいるってのを、黙って見て帰れだと……!!」
「……うるせえんだよ」
「あ!?」
「うるせえって言ってんだよ、ウスラトンカチ!!てめェに何がわかる!!!親も兄弟もいねェてめえに!!!あぁ!?」
「オレに親がいない事は今関係ねェことだろ!!ふざけんなって…言ってんだろうが!!!」
「……ッ!!」
右頰を思い切りブン殴られ、鋭い痛みが走る。
初めてだ、こんな奴に殴られるなんて。頭にみるみる血が上っていくのが解ると、考えるまでもなく目の前の少年の腹を全力で蹴り上げていた。
「がっ………!」
急所を思い切り蹴られて苦しみもがくナルトだが、苦悶の表情を浮かべたまま、すぐにまた殴りかかって来た。
今度はこちらも腹を殴られる。行き場を無くした口の中の酸素が、悲鳴とともに外へと飛び出す。
また殴り返す。また殴られる。殴り返す。
蹴る。倒れる。踏みつける。
–––––組み手の時にバカにしたガキ同士の喧嘩を、この時だけは全力で行っていて。
「てめェにはわからねえだろうが!!親を失う悲しみは!!!!」
「…………!?」
気がつくと、そう叫んでいた。
「あいつもオレもな!!イタチに全て奪われたんだよ!!親を!!一族を!!あの日……全てをあの男に持って行かれたんだよ!!!そのせいで!サクヤはショックで記憶まで失っちまった!!!何一つ分からなくなっちまったんだよ!!!初めから親も兄弟もいねェてめえにはわからねぇだろうがな!!!!!」
怒りに任せて、すべてを話してしまった。あの日感じた全ての負の感情を目の前の少年へとぶつける。
なぜ–––––––オレはこんなにもイライラしている。
「…………悪ィ。まさか、そんなことがあったなんて……」
そう言うと、顔から怒りの表情が消えていった。
それに合わせるように、オレの中のドス黒い感情も収まっていく。
初めてだった。同い年の少年と、こんなに本気で喧嘩をしたのは。
……こんなに本気でぶつかり合ったのは。
「嫌な事思い出させちまったんだな、オレってば…悪かったってばよ。––––じゃあな」
そう言ってこちらへ背を向けて去っていくナルト。
その背中はひどく物哀しく見えた。まるで、あの時の…イタチに全てを奪われ何も出来なかった惨めなオレを見ているような気がした。
なぜだか…その背中へ向かって、オレは声をかけていた。
「………おい、ナルト」
「…………なんだってばよ」
背を向けたままのナルト。
「その……なんだ」
初めて、お互いの気持ちを全力でぶつけ合った相手。
「オレも…………その………酷い事を言っちまった。悪かった」
正直に謝ると、こちらを向いて驚きに目を見開く。
その間抜け面へ向かって、指を二本差し出した。組み手で使う、戦い終わった後の和解の印。
その意味を理解したのか、少し恥ずかしそうにしながらも…ナルトは指を交差させた。
「……へっ、オレさまの寛大な心に免じて許してやるってばよ」
「言ってろ、ウスラトンカチ」
お互いにそう言い合うと、ぎゅっと手を結び合い、互いに笑い合った。
ただのウザい問題児だと思っていた少年だが…。
……本当の意味で、友達になれそうだと思った。
「………ところで全然話は変わるんだけどよ」
「なんだよ」
「お前の目、何か赤くね?」
「……………………………………は?」
ナルトに言われた途端、全身から力が抜ける。
その場にばたりと倒れこんでしまった。
「…へ?あ、オイ!サスケ!!どうしたんだってばよ!?」
無意識のうちに開眼していたらしい。
写輪眼。
いつから使っていたのかさっぱり判らないが、どうやらチャクラを使い果たしたようだ。
……駄目だ、一歩も動けない。
「おい、ナルト。…………………助けてくれ」
「えぇ…………」