目が覚めてから1週間。
無事に病院を退院することが出来た私は、サスケくんと同じアパートの同じ部屋で暮らすことになりました。
どうやら、私もサスケくんも両親がいないらしく、この里で一番偉い火影様という方に相談し部屋を貸してもらったようです。
–––––私は一体誰なのか。
何故、記憶を無くしてしまったのか。
その事ばかりをずっと考え、夜に不安で泣き出してしまう事も。
そんな時、サスケくんは私の体を強く抱き締め、大丈夫だ、オレがついている、と優しく励ましてくれました。
…本当にサスケくんには助けられてばかり。
何故そこまで私の事を気にかけてくれるのか、そう聞いた時。
私の頬をゆっくりと撫でながら、彼はこう答えました。
「お前はオレにとって、生まれた時からずっとそばに居た妹であり姉のような存在なんだ。
そんなお前が苦しんでいるのに、何もせずにいられるか」
本当に彼は優しい人です。
また、ナルトくんも私の事をよく気にかけてくれます。
最初に会った時は派手な格好に不思議な語尾で話すおかしな人だな、という認識でしたが、彼もまた記憶のない私に対しても明るい太陽のような笑顔で話しかけてくれます。
彼曰く「サクヤちゃんはオレの大事な友達。記憶がなくてもそれは変わらないってばよ」とのこと。
…私は最高にいいお友達に巡り会っていたようです。
ありがとう、うちはサクヤさん。そして、早く戻ってきてください。
彼らが本当に必要としてくれているのは『今の私』じゃない。『記憶を無くす前の私』です。
鍋がコポコポと泡立ってきているのに気がつき、我にかえった。
いけないいけない、火を弱くしなければ。
小さなレバーを横に少し捻ると、泡立つ音は少しずつ小さくなっていった。
それにしても。
「…少し、作りすぎてしまいましたね」
二人だけで食べきれるだろうか。まぁ、余ったら冷やして明日のお昼にでも食べればいいか。
そんなことを考えていると、玄関のドアがカチャリと音を発てる。
ちょうどよく帰ってきたみたいだ。
お出迎えのために、私は玄関へと向かった。
「ただいま」
「お帰りなさい、サスケくん。……あ、いらっしゃい、ナルトくん」
「オッス!お邪魔するってばよ」
ドアが開くと、サスケくんとナルトくんが入ってきました。
この二人はとっても仲がいいみたい。最近はよく一緒に家に帰ってきます。
「…ん?なんかおいしそうな匂いがするってばよ」
「悪い、サクヤ。ナルトの分も作ってやってくれないか」
「あ、それならちょうど良かったです。少し作りすぎてしまったので」
よかった。せっかく作る料理なら、自分で食べるより誰かが食べてくれた方が嬉しい。
ナルトくんは台所へ向かうと、うぉー!スパゲティだってばよー!と飛び跳ねている。
…ふふ。本当に一緒にいて楽しい人だ。
「…本気なのか?サクヤ」
「はい。以前と同じことをすれば、もしかしたら何か思い出せるかもしれませんし」
夕飯を三人で食べている最中、私はサスケくんに相談をした。
アカデミーへの復帰。
もちろん、忍者がどういうものか、忍術などの知識については覚えていないので本の中の事しか知らない。
でも、何かを思い出すきっかけになるかもしれない。サスケくんやナルトくんだけではなく、他の人とも会って、話せば何かを思い出すかも。
そう考えていた。
「それは、そうかもしれないが……」
「何にも覚えてないのに学校は途中からだなんて、スッゲェ大変だってばよ?」
「それはドベのお前が言えた義理じゃねぇだろ」
「正論すぎて、何も言い返せねえってばよ……」
くすっ。
二人のそんなやり取りを見ていると、自然と笑みが零れた。
「大変なのはわかっています。でも、このまま何もせずに過ごすよりはずっといいはずです。それに」
「それに?」
「––––––家でひとりきりなのは、寂しいですし」
そう、それが一番の理由。
サスケくんが朝出て行ってから帰ってくるまでの長い時間、ずっと家で一人ぼっちで本を読んだりする毎日が、少し寂しく感じていたから。
学校に行けば、サスケくんやナルトくん、他の人たちとも会える。
だから、アカデミーへ復帰したかった。
私がそう言ってから、少し場が静かになった。
私の我儘で二人を困らせてしまっているのだろうか。なら、ちゃんと謝らなければ。
ごめんなさい。そう言おうとするより先に、サスケくんが口を開いた。
「………わかった。そういうことなら協力しよう。一週間だ」
「…?」
「一週間、オレは学校を休む。その間にオレが学校で学んだ知識を可能な限りお前に教える。そのあと復帰しよう」
「えっ…でも、それじゃサスケくんが」
「大丈夫だ。もともと、学校で教わってる内容なんて全て知っているからな。正直…行く理由もそんなにない」
そういえば、ナルトくんから聞かされたことがある。サスケくんは学校一番のエリートだと。
それならば、少し。その言葉に甘えよう。
「…ありがとう、サスケくん。私の我儘に付き合ってもらうことになってしまって」
「いいさ、オレもお前が学校にいないと退屈だからな」
そうサスケくんに感謝の気持ちを伝えると、静かにしていたナルトくんがくっくっく、と静かに笑い出した。
「…どうしたんですか、ナルトくん……?」
「そーいうことなら!オレも協力するってばよ!!オレも一週間休む!」
「いやお前は学校行け。ただでさえ成績最下位だってのに、落第するぞ。ウスラトンカチ」
「………ぐっ、またお得意の正論の術だってばよ………」
「お前はもう少し授業を真面目に聞け。イタズラしか頭にないから万年最下位なんだよ」
「…クッソ。成績トップに言われるとすごい心に突き刺さるってばよ…なら言い方を変える」
正論の術ってなんだろう。本には書いていなかった術だ。
サスケくんのオリジナル忍術だろうか…。
後で詳しくサスケくんに聞いてみよう、そう心の中で決めた時。
ゴンッ!!!と大きな音が響いた。
ナルトくんが頭を勢い良く地にぶつけている。……土下座?
「頼むッ!!サクヤちゃんのついででもいいから、オレにも色々教えてくれってばよ、サスケェ!!」
「……ぷふっ」
その必死な姿を見て、失礼だとは思いながらも我慢できずに吹き出してしまった。
それを止めることができずに笑い出す。私の笑い声につられてサスケも少しずつ笑い始め。
そのまま二人で大きな声を上げて笑いあった。なぜだろう、おかしくて笑いが止まらない。
お腹が痛い。
「……そんなに笑うことねェってばよ…二人とも……」
その日、記憶を無くしてから初めて心の底から笑った気がした。