翌日。 四台の馬車があった。 イエラート組も見送りに来ている。 「優斗くん達はどこに行くの?」 「僕とフィオナは適当に旅行ですかね。ついでにどこかでショートソードを調達しようかと」 「自分達はリライトへと戻ります」 「あたし達はリステル。お兄様もお姉様もタクヤと会いたいってうるさいのよ」 各々が別々の方向に向かう。 「……リル。今から緊張でやばい」 「大丈夫よ。新しい義弟に興味津々なだけ」 「……全員が王族だぞ」 「あたしが婚約者だし、どうしようもないわね」 回避できるわけもない。 優斗も正樹へ同じように言葉を返す。 「正樹さんはどちらへ?」 「とりあえずは、一旦フィンドに戻ろうと思ってるよ。聖剣も普通の剣になっちゃったし」 「そうですか」 優斗はニアへと視線を向ける。 「分かってるね?」 「ああ」 素直に頷く。 「あれ? 二人とも、仲良くなったの?」 「まあ、そんなところです」 「そうなんだ。よかったよ」 相性が悪いと思っていたから、正樹も安堵する。 今度は刹那達が優斗達に話しかけた。 「優先、卓先、クリ先」 「来てくれてありがとう」 「本当に助かりました」 三人が頭を下げた。 「こっちも楽しかったよ」 「偶には遊びに来てやるよ」 「旅行先には良さそうですからね」 気にするな、とばかりに手を振って笑う三人。 そして優斗は窘めるように、 「ちゃんとルミカの言うこと、聞くんだよ? さっき、ルミカの家が後見になったってイエラート王から伝えられたから」 「分かっている」 「大丈夫よ」 大きく頷く刹那と朋子。 「……微妙にまだ、心配なんだよな」 「タクヤ、信じてあげましょう。それに何か悪さしたら、大魔法士が飛んでくるのですから」 異世界人の先輩として、颯爽と。 「まあ、優斗のお仕置きは怖いからな。一度味わえば二度としないだろ」 「……優先、何するんだ?」 怖いと言われる中身が知りたい。 「とりあえずトラウマにするよ」 にやりと優斗が笑った。 “なる”じゃなくて“する”というのが本当に彼らしい。 「……絶対悪さしないわ」 「それがいい」 おそらくは卓也の想像通りで、彼らの想像以上のお仕置きだろうから。 「そろそろ出るわよ!」 リルの呼ぶ声が聞こえる。 「それじゃ、またね」 「ルミカ、頼んだぞ。刹那と朋子は頑張れよ」 「ファイトです」 三人は踵を返し、正樹達にも挨拶してからそれぞれ、馬車に乗る。 そしてイエラートを出発した。 「なんというか凄まじい方々でしたね」 ルミカが笑う。 「優斗先輩一人だけが笑えないレベルだけど、あの二人もよくよく考えれば凄いわよね」 「卓先、優先に隠れてるだけで実は王族の婚約者だからな」 三人でくすくすと笑う。 するとミルが話しかけてきた。 「克也、トモコ、ルミカ」 別れの挨拶だろう、と三人は思った。 「ミル、助けてくれてありがとう」 「ううん。トモコ、あんまり怪我なくてよかった」 「ミルちゃん、あの時みたいに無理をしたら駄目ですよ」 「大丈夫。あの時は無理する前に、克也が助けてくれた」 するとルミカがからかうように、 「そうですよね。セツナ君、ミルちゃんの前ではカツヤ君なんですよね」 「そ、それは言うな!」 「……? どうして?」 ミルが首を捻る。 「あ~、それはだな……」 一人だけの前で克也というのは、ちょっと恥ずかしい。 「……まあ、何でもない」 とはいえ後悔していないのだから。 我慢すればいいだけの話だ。 「じゃあ、ボク達もそろそろ行こうか」 正樹の号令でニアとジュリアは歩き始める。 刹那も朋子もルミカも。 最後に全員で別れの挨拶をしようとした。 「マサキ」 けれど一人だけ動かなかった。 ミルだけが、その場に留まる。 「どうしたの?」 笑みを浮かべて問いかける正樹。 「…………」 ミルは僅かな時間、その笑顔を目に焼き付けた。 ――忘れないように……しよう。 この笑顔を見られないのはちょっと辛いな、とは思う。 ――でも、決めたから。 縋っている自分とお別れするために。 何も変わらない“世界”を変えるために。 「あのね」 ミルは決意したのだから。 「ここで、さよなら」 いきなり別れを切り出され、正樹が動揺する。 「さ、さよならって……どういうこと!?」 「わたし、イエラートに残る」 「どうして!?」 突然のことに正樹は意味が分からない。 「ボクのこと、嫌いになった?」 「ううん、わたしはマサキが好き。それは今も、変わらない」 ずっと変わっていかない。 「この好きは、男の子に対する好きじゃない。でもいつかマサキのこと、男の子として好きになるかもしれない」 でも“好き”の意味が変わる理由はある。 「だって“わたしの世界”に男の子、マサキしかいないから」 彼一人だけ。 「もし好きになってしまったら、わたしはきっと、独占したいって思う」 フィオナのように。 リルのように。 独占欲が沸くだろう。 「マサキの周りに女の子がいるから、わたしは嫉妬すると思うし、叫くと思う」 周りに女の子がいることを許せない。 「たくさん、問題を起こす」 だから。 「わたしはマサキの側に、いていい女じゃない」 これ以上、一緒にはいられない。 「それが……理由の一つ」 自分は彼の周りにいる女として相応しくない。 問題を起こすであろう自分は彼の“王道”の側にはいられない。 「もう一つは」 自分の今の生き方。 「マサキに縋ってること」 この生き方をやめるため。 「マサキに縋るのも、終わり」 「す、縋ってなんか――」 「ううん。縋ってた」 ミルは首を横に振る。 「料理作ってる理由だって、本当は居場所、作るため」 正樹のため、という体の良い理由で。 自分の居場所を作っていた。 「そうでもしないと、マサキの側にいれないから」 他の何にも役に立たない自分は、そうでなければ仲間としていられないと思っていた。 「でも、違う」 気付いた。 「仲間って……そうじゃない」 打算的な関係じゃない。 「ユート達を見てて、分かった」 仲間というのは、 「助け合うのが、仲間。信頼し合うのが……仲間」 ならば自分がしていることは何だ? 「わたしはマサキの側で、楽をしようとしてただけ。それを仲間だって、思ってた」 一方的な寄り掛かり。 これの何が“仲間”だ。 「このままじゃ、一生一緒」 寄って、寄りかかって、縋ってるだけ。 盲目的で生きているのならば、何も自身に変化はない。 「でも」 ここにいて、少しだけ変われた。 「わたし、イエラートで、結構がんばった」 切っ掛けは優斗に話しかけたこと。 正樹しか知らない自分が、初めて知らない男の子に話しかけた。 たぶん、それが良かった。 優斗も卓也も世話焼きで。 自分が男が苦手だということを把握した上で、接してくれた。 ちゃんと話せるようにと、考慮してくれた。 だから頑張れた。 「マサキ以外にも、男の子と話せた。ちょっとずつ、話せるようになった」 料理を教えてもらいながら、ピンチを助けながら、助けてもらいながら。 怖がる前に、話せるようになった。 「今は克也とユートとタクヤなら、マサキぐらい話せる」 まだ異世界人という括りがあるけれど。 「少し、変われた気がした」 こんな自分でも。 「だからわたしは、もっと自分の世界を広げたい」 たくさんの普通を知っていかないといけない。 「でないと私は一生、マサキに寄りついているだけだから」 このタイミングを逃したら、きっとそうなる。 「マサキに愛してない女の子を、一生背負わせるなんて……させたくない」 恋じゃないけれど。 好きな人だ。 大好きな人だ。 そんな彼に重荷を背負わせたくない。 「……ミル」 正樹も止めることは出来なかった。 歪であろうとも『仲間』だったからこそ。 彼女がどういう想いで話を切り出したのか分かる。 頑張って“変わろう”としているのが理解できる。 「ありがとう、マサキ」 ミルの瞳が潤む。 出会ってから今までのことを思い出した。 思わず涙が零れそうになって、 「……っ」 けれど堪える。 笑っている顔を――笑顔を覚えていてほしいから。 ぐっと顔を上げ、真っ直ぐ正樹に微笑む。 「ありがとう、一緒にいてくれて」 縋っていたとしても楽しい日々だった。 「ありがとう。わたしを助けてくれて」 辛い日々から救ってくれて、本当に嬉しかった。 「ありがとう。マサキがいたから、わたしは男の人とちょっとでも話せるように、なった」 怖いだけじゃなくなった。 「わたし、変わってく」 これからもっと。 「男の人が苦手なの克服して、何も知らないから勉強も頑張って、たくさん……変わってく」 「……だいじょうぶ。ミルなら出来るよ」 正樹が優しく頷いた。 「恋だって、できるくらいに変わる。次に会ったとき、マサキをびっくりさせてみせる」 思わぬミルの言葉に、正樹も笑みを零す。 「期待してる」 「うん」 「ボクの方こそ、ありがとう。妹が出来たみたいで本当に楽しかった」 他にも色々と言いたいことはあるけれど。 永遠の別れじゃないから。 次に会った時でいい。 「だからここで、さよなら」 ミルが右手を差し出した。 正樹も頷き、同じように右手を出して……握手をする。 「ばいばい、マサキ」 「またね、ミル」 ◇ ◇ 正樹達を乗せた馬車が遠ざかり……見えなくなる。 「よく頑張りましたね、ミルちゃん」 「……うん」 ルミカが優しく、ミルの頭を撫でる。 「これからどうするかは決めていますか?」 「……ううん」 小さく首を横に振る。 「なら、これも何かの縁です。私の家に来ませんか? セツナ君もトモコちゃんもこの世界に慣れるため、後見であるうちで暮らします。一緒にどうですか? 部屋はたくさん余ってますから」 「いいの?」 「もちろんです。それに学院にも通えるよう考慮します。フィンドの勇者パーティの一員だったのなら、特待生で迎え入れられるかもしれませんよ」 どちらにしろ学院に通うことだけは、どうにかしてルミカがねじ込む。 「……ありがとう、ルミカ」 素直に甘えさせてもらう。 「じゃあ、ミルもこれからは一緒なのね」 朋子の表情が少し和らぐ。 「これからよろしく、ミル」 「うん。こっちもよろしく、トモコ」 「ミルはきっと、私の初めての友達よ。一緒にいれて嬉しいわ」 「それを言うなら……わたしも。トモコ、初めての友達」 正樹もニアも、ジュリアも。 友達ではなかった。 だからこそ初めての“友達”という単語が、お互いに少々こそばゆい。 これも少しは世界が広がったこと、という実感がある。 「……ミル」 最後に、克也が名を呼ぶ。 ミルは彼の姿を見て、小さく笑おうとした。 「…………っ」 けれど無理で、唇を真横に結んだ。 「わたし、どう……だった?」 「俺には真似できない、尊敬できる行いだと思う」 「……うん」 返事が思わず震えてしまう。 駄目だった。 克也の顔を見てしまったら。 留めていたものが全て、出てしまう。 「……克也」 「なんだ?」 「……もう……いい、よね?」 頑張ってお別れをしたから。 笑顔で見送れたから。 溢れるものを全て、吐き出してもいいだろうか。 「当たり前だろう」 克也もそれを分かったから、大きく頷いた。 「自分のために、フィンドの勇者のために頑張ったんだ。大切な人間との別離を後に涙して何が悪い」 悲しいのは当然のことだ。 「誰にも文句は言わせない。だから今は存分に泣けばいい」 「……うん」 「俺はミルに胸を貸すことはできないし、ただ言葉を掛けることしかできない。だから伝えよう」 想いを全て、言葉に込めよう。 世界が否定をしても、克也だけは絶対的に認める。 「お前は凄いよ、ミル。心からそう思う」 ただ、誠実な気持ちだけを届ける。 「……っ!」 そして、だからこそミルの心にしっかりと届いた。 「…………克……也……」 もう、限界だった。 涙がボロボロと零れる。 「……っ」 ミルは一歩、二歩と彼に近付く。 触れるか触れないかの場所に立った。 「……ミル?」 思わず後ずさろうとする克也。 しかし、ミルが服の裾を掴んだ。 「これも……一歩、だよ」 まだ、身体は震える。 声も怖さで揺らめき、悲しさで途切れる。 それでも、 「ちょっとだけで、いい」 広げる世界の第一歩として。 盲目だからこそ大丈夫なのではなく。 助けてくれたからこそ大丈夫なのでもなく。 “克也だからこそ大丈夫”なのだと思いたいから。 勇気を出す。 「ちょっとだけ、胸、貸して」 そして、この感情を吐き出せる“大丈夫”を少しの間でいいから、わたしに下さい。