※愛奈ちゃんとレイス君 「初めまして。ユウト=フィーア=ミヤガワと申します」 とある子爵の家で優斗は挨拶をしていた。 「ほら、愛奈。挨拶は?」 足元でおっかなびっくりしている妹を促す。 愛奈が挨拶するのは彼女と同年代の子供。 この子爵家の次男、レイス君。 「……あ、あいな……です」 「ぼくはレイス。よろしくね」 茶髪の可愛らしい男の子は笑みを浮かべる。 優斗がしゃがみ込んで、 「レイス君。愛奈と友達になってくれる?」 「はいっ!」 お願いするとレイスは大きく頷く。 ほっと優斗が安心した。 「愛奈、レイス君と一緒に遊んでおいて」 これが優斗今日一番の目的。 愛奈の同年代の友達を作ること。 「……あそんでくれる?」 おどおどと愛奈が訊くとレイスは笑って、 「うん、いっしょにあっちで遊ぼう!」 ◇ ◇ 「愛奈の件、ありがとうございます。同年代の友達がいないというのは、少し気がかりでしたので。4月から学校にも通い始めますし」 ということで義母からご縁のあるこの家に話が通り、今日お邪魔させてもらうことになった。 「いえいえ。うちも似たようなものですから」 レイスの母親もにっこりと微笑む。 家政婦の方が用意してくれた茶菓子とお茶を飲みながら、二人でほっと一息つく。 「あの子、ユウト様の大ファンなんです」 「そうなんですか?」 「ええ。前までは泣き虫だったんですけど、今は頑張って『強くなるんだ』って粋がっちゃって」 「……どこかで僕のことを知ったことが?」 優斗が訊くとレイスの母はしっかりと頷いた。 「元々、夫がマルス様直属の部下ということもあるのですが、5月の闘技大会の時に魔物が出ましたよね。あの時、闘技場で私達は観戦していたのですがレイスが大泣きしてしまって、私とレイスは逃げ遅れていたんです。けれどユウト様があの魔物を倒しました。怖がることもなく、颯爽と神話魔法を使って」 気付けば泣いていた息子は泣き止んでいて、目の前で魔物を倒している優斗の姿に釘付けになっていた。 「あの時からユウト様はあの子のヒーローなんです」 ◇ ◇ しばらくして優斗は愛奈とレイスと一緒に外へと出て公園に向かう。 優斗を真ん中にして、右手を握っているのが愛奈で左手がレイス。 「あの、あの、ユウトさま」 嬉しそうにレイスが優斗の腕を引っ張った。 「どうしたの?」 「ぼく、ユウトさまの大ファンなんです!」 興奮したような面持ちのレイスに思わず優斗も面を喰らったが、すぐに笑みを浮かべて、 「ありがと、レイス君」 「あいなちゃんがうらやましいです。こんなすごいお兄さんがいて」 心底羨ましそうな表情のレイス。 優斗は面白げに笑って、 「だってさ、愛奈。お兄ちゃん、凄いんだって」 「……? だっておにーちゃんはすごいの」 それが愛奈にとって当たり前のこと。 けれど普段、馬鹿達とのやり取りがやり取りなだけに優斗はまたしても不意を突かれる。 「……ちっちゃな子はストレートな分、照れるな」 フィオナにも通ずるものがある。 真っ正直な物言いなだけに、本当にビックリしてしまう。 そして優斗がその後何度か不意打ちを喰らいながらも公園につくと、小っちゃな二人は一目散に砂場を目指す。 「あいなちゃん、いこう」 「うんなのっ!」 だだだ、と駈けていく。 「小さな子供ってすぐに仲良くなれるから不思議だよね」 優斗はベンチに座ってゆったり……する前に、飲み物を買ってこようと考え直す。 「二人とも、飲み物買ってくるけど何がいい?」 優斗が三人分の飲み物を買ってきて、戻っていた時だった。 愛奈とレイスの前には同年代の子供がいる。 「……ん?」 しかも、なぜか愛奈を庇うようにレイスが立っていた。 「喧嘩?」 優斗が訝しんだ瞬間、足元の砂――愛奈達が作っていた城が蹴り飛ばされ、レイスに降りかかる。 けれどレイスはぐっと我慢して、相手を睨み付けた。 思わず動きかけた優斗が止まる。 すると、だ。 砂を蹴った子供は面白くなさそうに去って行く。 完全に彼の姿が消えるのを待ってから、レイスは振り返る。 「あいなちゃん、だいじょうぶ?」 「……う、うん。レイくんがまもってくれたの」 「ごめんね、ぼくのせいで」 せっかく作った砂の城が駄目になってしまった。 「……レイくん、だいじょうぶなの? すな、いっぱいなの」 「ぼくはだいじょうぶ」 怪我はしてないし、砂を被っただけ。 そこでようやく優斗も二人の下へとやって来た。 「ごめんね、目を離した隙に」 しゃがんでレイスの砂を払い、同時に風の精霊術も使って砂を吹き飛ばす。 「いえ、こどもどうしのことです」 大きな人が出てくる出来事でもない。 だが、思わず優斗も言葉を失いかける。 こんな小さな子供が言う台詞じゃなかった。 「強い子だね、レイス君は」 「……そうじゃないんです」 優斗が褒めると、レイスは小さく首を振る。 「……泣きむしレイス。いつもぼくが言われてることです」 よく泣く。 それだけで、色々とやられる対象になる。 「きょうはがんばって立ち向かってみたけど、やっぱりだめでした」 今になって足が震える。 怖いものはやっぱり怖かった。 「……ぼく、ユウト様みたいにつよくなりたい」 魔物を前にしても平然と戦えて倒せるくらいに。 ぐっ、と唇を噛みしめるレイス。 けれど優斗は彼の頭を優しく撫でる。 この子は勘違いしてる。 「ううん。君はちゃんと強いよ」 6歳の子供がこれだけ頑張ったことを評価しないわけがない。 「頑張って泣かないで、愛奈を守ってくれたよね?」 愛奈には砂が全くかかってない。 それは全て、レイスが被ってくれたからだ。 「怖かったのに頑張ってくれた」 足が震えるほど怖かったはずなのに。 それでも愛奈のために立ち向かってくれた。 「だから僕は君にありがとうって言うよ」 小さな身体の大きな勇気を持つ勇者に。 「僕の妹を守ってくれてありがとう」 ポンポン、とレイスの頭をたたく。 すると愛奈も近付いてきて彼の手を握った。 「レイくん。ありがとう、なの」 そしてふにゃりと柔らかな笑みを浮かべる。 「レイくん、かっこよかったの」 ◇ ◇ 二人は崩された砂の城を、また頑張って作り直す。 優斗も微笑ましく二人の姿を見ていた。 だが、 「ミヤガワ……先輩?」 その時、声を掛けられた。 呼ばれた方を見れば、 「……ああ、いつぞやの縦巻きロールか」 偽りの大魔法士を使い、生徒会書記になった少女と先程の男の子がいた。 彼女に関しては、記憶に新しいといえば新しい。 「何をしに来たの?」 思わず眉間に皺が寄る。 何となく理由は分かる。 彼女と男の子の関係。 「いえ、その、弟がいじめられたと聞きまして」 やっぱりと思うと同時、優斗が「何言ってるんだ?」という表情になる。 「こっちの台詞だけど。うちの妹の友達が君の弟にいじめられてるんだよ」 「姉ちゃん、あいつがうそいってるんだ!」 縦巻きロールの隣にいる男の子があれこれ言う。 しかし、 「僕が目の当たりにしたのは君の弟が僕の妹の友達に対して一方的に砂を蹴りつけて被せたという状況。君はどっちが悪いか理解できる?」 思わず縦巻きロールが頷いた。 ならば、と優斗は続ける。 「僕は今、お前達が来て少し機嫌が悪い。それも理由は分かるよね?」 「は、はい」 「だったら何をすればいいか分かるね?」 問いかけに対し、縦巻きロールはこくこくと何度も頷く。 「気を付けたほうがいいんじゃないかな。僕は口が軽いから今後同じようなことを聞けば、学院で何を言いふらすか分からないよ。ただでさえ停学くらって立場ないのに、これ以上自分を貶める必要はないと思うけど?」 さらに縦巻きロールが高速で頷いた。 そして弟を連れて慌てて去って行く。 「……やり過ぎたかな?」 優斗は呟きながら愛奈とレイスの二人を見る。 こちらのやり取りには気付かずに楽しく遊んでいた。 安堵すると同時に優斗はふっと笑って、 「あの二人には、僕みたいなひねくれた性格になってほしくないなぁ」 思わず呟いた。 「うわぁ、かわいい!」 優斗の手の平をちょこちょこと動く黄色い土竜が見える。 思わず、レイスが感嘆の声を上げた。 「これ、なんですか!?」 「精霊だよ。下級の精霊って小っちゃくて可愛いんだよね」 優斗が教えるとレイスは一緒に精霊を見ている愛奈に振り向いて、 「ねっ、あいなちゃん。かわいいね」 こくこく、と愛奈が頷く。 優斗が「そういえば、最初に愛奈の興味を惹くために見せたのもこれだったな」と懐かしそうに思い返す。 「すごいなぁ」 憧れてる人の凄い事にレイスは笑みを零す。 「ぼくもつよくなったらできますか?」 期待を胸に訊くレイス。 けれど優斗は困ったような笑みを浮かべ、 「レイス君は『強い』って何だと思う?」 「ユウト様みたいにしんわまほうをつかえて、それですっごくつよいことです」 自信満々に答えるレイス。 けれど優斗は小さく首を振る。 「僕は『力』がある。でも、それだって『強い』って言われるうちの一つでしかないんだよ」 たくさんの強さがある。 優斗はあくまで実力が『最強』の意を冠する二つ名を得た。 「力は無くても愛奈を守ってくれた君の『心の強さ』。これだって強さだよ」 「で、でもぼくはユウト様みたいになりたくて……」 憧れた。 優斗みたいになりたいと思った。 「僕に憧れてくれるのは嬉しいよ。だけど目指すべき場所は僕じゃなくて、僕に憧れたからこそ望んだ場所の方が僕は嬉しい」 ぽん、と優斗はレイスの頭に手を置く。 「今の君が目指した場所を大事にしたまま強くなってほしい」 自分のようになってはいけない。 なってほしくない。 だから憧れた場所を目指してほしい。 「ちょっと難しかったかな?」 「……ん、と。なんとなくですけど、ぼくのこころをだいじにしたまま、つよさをみつけろってことですか?」 レイスの解答に優斗の表情が綻んだ。 「そういうこと」 大満足とばかりに頷く。 すると妹の方が、 「あいなはおにーちゃんのつぎくらい、つよくなるの」 「……愛奈の場合、本当になりそうなんだよね」 いろんな意味で優斗は心配になる。 ◇ ◇ 夕暮れまで遊び、レイスを家まで送り届ける。 優斗と奥方が玄関先で別れの挨拶をしている際、小さな子供同士もやり取りをしていた。 「つぎはいつあえるかな?」 「…………え、と……たぶん、がっこうなの」 4月から愛奈は小等学校に通うことになる。 それはレイスも同じこと。 「おなじクラスになれるといいね」 「うんなの」 「またいっしょにあそぼうね」 愛奈はこくこく、と頷く。 「やくそくなの」 「うん、やくそく」 二人で小指を絡める。 小さな子供達の、単純な約束。 それが果たされるのは、数日後。 同じクラスの、同じ教室で。