愛奈ちゃんとレイス君達&ハイスペックな兄と姉 ある日の夜。 優斗は盛大に溜息を吐いて、義両親にツッコミを入れた。 「何を寝ぼけたことを言ってるんですか?」 「し、しかしユウト君。私は親として譲れないことだと思うんだ」 「そうよ。パーティーなんか行ってられないわよ」 そう言ってマルスとエリスは愛奈にぎゅっと抱きつく。 彼らは愛奈のとある発言のせいで、明日のパーティーに出ないと言っている。 「明日は他国からも要人が来るんですよ。公爵たるもの迂闊に行くことをやめるのは無理です。親馬鹿が馬鹿親になってどうするんですか」 優斗は妹をひったくるように奪い取った。 一人、不思議そうな表情をしている愛奈は首を傾げるばかり。 優斗は頭を撫でながら、頭が痛くなりそうな発言をかましてくる両親を胡散臭げに睨む。 「友達を初めて連れてくるからって、両親がいる必要はありません」 そう、事の発端は愛奈が『友達を連れてくる』と言ったこと。 もちろん初めてのことで、マルスとエリスは大層喜んだ。 そして結果、あんな呆けた発言に繋がる。 「アイナが友達を連れてくるということは、親としてしっかりともてなしをしなければいけないと思うんだよ、ユウト君」 「母として見守る義務があるわ」 「でしたら僕が兄として明日は家にいましょう。おもてなしも見守る義務も、家族である僕がいれば全て解決ですね」 事も無げに伝えると、悲壮感漂う両親の姿があった。 「何でそんなに悔しそうなんですか?」 「だってフィオナは“あれ”だったから、小さな頃はお友達なんて連れて来なかったのよ!」 「正直、とても楽しみなんだよ!」 まあ、言わんとすることは分かる。 フィオナは幼少の頃が頃だっただけに、絶対に友達もいない。 同年代が来るわけもない。 だから愛奈が連れてくることが、凄く嬉しくて楽しみなのだろう。 「けれど残念ながら却下です。『娘の友達が初めて遊びに来るのでパーティーに出ません』とか、トラスティ家に永劫残る汚点です。また次の機会にして下さい」 優斗は取り付く島もなく却下し、愛奈に笑いかける。 「明日、義父さんと義母さんはいないけどお兄ちゃんがいるからね」 「うん」 素直に頷く愛奈にがっくりと項垂れる両親。 若干可哀想な気がしなくもないが、仕方ない。 ◇ ◇ 翌日。 小等学校が終わり、愛奈は3人の友達と一緒に家へと到着した。 「バルトさん。ただいまなの」 「お帰りなさいませ、アイナお嬢様」 そしてバルトは愛奈の友達にも丁寧に会釈する。 「よくいらっしゃいました。レイス君にナギ君、シェミーさんですね」 茶髪の可愛らしい顔の少年――レイスは頭を下げる。 金髪の活発そうな少年――ナギはぎくしゃくと。 栗色の髪をツインテールにしている少女――シェミーも同じく、ぎくしゃく。 三人ともに貴族の子息令嬢なのだが、後者二人は男爵の家系。 貴族のトップたる公爵家に入るのだから、緊張が凄かった。 4人はバルトに促されるように、トラスティ家の敷地内へと入っていく。 「す、すっごいおおきいね」 「ほ、ほんとだ」 シェミーとナギが家のスケールに驚く。 レイスも物珍しそうにきょろきょろとしながらトラスティ邸までの道程を歩く。 そして玄関まで差し掛かると、扉が開いた。 「あっ、ただいまなのラナさん」 「お帰りなさいませ」 家政婦長のラナが4人を出迎える。 緊張した面持ちで通された広間。 テーブルに着き、椅子に座っているとラナが紅茶とお菓子を持ってきた。 丁寧な動作で失礼がないようにカップへと注いでいく。 そしてすっと下がる。 もちろん4人とも、貴族の子息令嬢。 こういう場がなくもない……はずなのだが、慣れているわけではない。 特に子供だけでこういう状況になったのは初めての為、レイス、ナギ、シェミーは食べていいのか飲んでいいのか判断がつかなかった。 「いただきますなの」 そんな中、すぱっと愛奈が紅茶とお菓子に手を付けた。 そして顔を綻ばさせる。 「おいしいの」 いきなりで驚く3人。 思わずラナを見るが、彼女は小さな仕草で『どうぞ』と勧めてくれたので、手を付ける。 「……ほんとだ、おいしい」 レイスが紅茶を含んでは笑みを零し、 「あっ、うまいこれ」 ナギがお菓子を食べるとビックリしたような表情になり、 「こうちゃもおいしい」 シェミーも緊張していた表情が崩れる。 そして楽しい会話の時間が始まった。 「それにしてもアイナの家、おっきいよな」 「うん。わたし、びっくりしちゃった」 「ぼくもおどろいた」 「そうなの?」 愛奈的にはよく分からない。 というか、貴族の家で知っているのが自分とレイスの家ぐらいしかないので、あんまり興味がない。 「あっ、そうそう。アイナちゃん、きょうの算数できた?」 シェミーが訊くと愛奈は普通に頷く。 「うん」 「えっ、マジで?」 ナギが驚いた。 どうやら彼は出来なかったらしい。 というか、彼らは分かっていることだがナギは勉強が苦手だ。 「ナギはちゃんとべんきょうしたほうがいいよ。まほうがくいんって、バカだと入れないんだって言ってたよ」 レイスが呆れたように喋った。 どうやらナギの目標はリライト魔法学院らしい。 武闘系の学院とはいえ、あまりにも馬鹿すぎるとさすがに入れない。 「だって……むずかしいし」 「だけど、あたまが悪いときぞくとして恥ずかしいって、お父さんがいってたよ」 シェミーが窘めるように言う。 まあ、確かに馬鹿な貴族ほど恥ずかしいものはないだろう。 「い、いいだろべつに。つよかったらいいんだよ!」 なんとなく意地になって反論するナギ。 レイスとシェミーはちょっと納得いかない様子。 愛奈はよく分からない。 ということで、 「ラナさん、ちょっとききたいの」 愛奈にとっての知恵袋兼教育係、家政婦長を呼び寄せる。 「どうかされましたか?」 「きぞくってバカだとだめなの?」 問い掛けられたことにラナは少々、考える仕草を取る。 「……そうですね。立場によるかとは思いますが、人の上に立つ身である貴族としては、やはり頭が悪いのは良いことではないでしょう」 「どうしてなの?」 「民を護れないからです。まず第一にリライトの貴族とは民の繁栄の象徴。考えることが苦手だからといって放棄するのは、民に見せるべき姿とは言えません」 救えない馬鹿が自分達の上にいるなど、正直ムカつくだけだろう。 「ナギ、やっぱりバカだとだめなんだって」 「オ、オレは“ぶくん”をたててえらくなるから、かんけいないもんね!」 レイスが諭すが、ナギは子供らしくさらに意地を張る。 けれどラナは柔らかい表情になって、 「強くなって偉くなる、ということに関しても同様ですよ」 「……えっ?」 ビックリした表情になるナギ。 「強くて偉い人は、難しい問題に直面することがあります。それをちゃんと考えて、ちゃんと解決しなければなりません。頭が悪かったら解決できないのです」 「……そう……なの?」 「ええ、そうなのですよ」 柔らかい声音のラナ。 決して窘めるような言い方でもなく、諭すような言い方でもない。 だからこそナギも反発する気が失せる。 そしてラナは頭を下げて、再び距離を置いた。 「べんきょう……がんばらないとえらくなれないのか」 「ナギ、がんばろうよ」 「ぼくがおしえるから」 シェミーとレイスが励ます。 「うぅ~、でもべんきょうってめんどい」 「だからがんばったほうがいいの」 愛奈がさらっと言ってのける。 「……アイナはあたまが良いもんな」 「確かにあいなちゃん、べんきょうすごいよね」 レイスがうんうん、と頷く。 けれど肝心な愛奈は当たり前だと思っているので、やっぱり首を捻る。 「べんきょうできないと、しゅくじょとは言えないの」 少なくとも姉は成績が良いし、基本的に遊びに来る女性陣だって同じ。 要するに高貴な身分の女性だと、愛奈の知っている限り馬鹿は存在しない。 「それに、おにーちゃんはすごいしあたま良いの」 だからやっぱり、頭が良いと凄いのだろうと愛奈は思う。 シェミーが驚いたように訊いてきた。 「アイナちゃんのお兄さんも?」 「うん。えっと……リライトまほうがくいんで“せいせきゆうしゅう”なの」 「さすがユウトさま」 唯一、面識のあるレイスが笑みを零す。 「レイスはアイナちゃんのお兄さん、知ってるの?」 「まえにいちど、あいなちゃんと一緒に来てくれたんだ。ぼくのあこがれの人なんだよ」 彼がいなければ未だにレイスは『泣き虫レイス』と呼ばれていたことだろう。 彼が変わる一因となった人物だ。 「ん? それじゃあ、レイスががんばってるのってアイナのアニキにあこがれてるからか?」 「うん。そうなんだ」 ◇ ◇ そしてしばらく話していると、玄関から扉の開く音が聞こえてくる。 ラナが迎えに行ったあと、広間にやって来るは先程の会話の人物。 「あっ、ユウトさま!」 優斗の帰宅にレイスの目が輝いた。 リライト魔法学院の制服に身を包んだ愛奈の兄は、4人の姿を認めては笑みを零す。 「久しぶり、レイス君」 「はい、おひさしぶりです!」 嬉しそうなレイスの頭を撫でる。 続いて優斗はナギとシェミーの前に立つと、膝を曲げて視線の高さを合わせた。 「初めまして、だね」 「は、はい。おじゃましてます」 「ア、アイナちゃんにはおせわになってます」 家人が帰ってきたことで、殊更に緊張したナギとシェミー。 けれど優斗は笑みを崩さないまま、柔らかい声で挨拶する。 「愛奈の兄の優斗です。今日は来てくれてありがとう」 にこっとした表情で言ってくれるものだから、二人の緊張もすぐに解ける。 「こ、これ、お母さんからわたしてくれって言われました」 シェミーが袋を渡す。 きょとん、とした優斗だがすぐに、 「ありがとうございます。お母様にも感謝していたとお伝えください」 しっかりと預かる。 そして家政婦長に向き、 「ラナさん、愛奈の友人を丁重にもてなしましたか?」 「はい。アリシア様達と同様に」 「この三人はトラスティにとって大切な客人。引き続きよろしくお願いします」 「かしこまりました」 頭を下げるラナに、納得するように頷いた優斗。 すると、 「パパ~! おか~り~っ!」 とてとて、と彼の娘がすっ飛んできた。 勢いよく飛びついてきたので、美味くスピードを殺しながら右腕に乗っける。 「ただいま、マリカ」 「あ~いっ!」 満面の笑みを見せる娘に表情を崩すと、優斗は愛奈達に振り向く。 「僕はしばらく庭の方にいるから。楽しんでいってね」 笑みを見せ、鞄と土産をラナに預けながら愛奈の兄は去って行く。 思わず彼の言葉に頷いたナギとシェミーだったが、完全に姿が見えなくなると感想がこぼれ落ちる。 「なんか……うちのアニキとぜんぜん、ちがうんだけど」 「すっごいやさしそう」 ナギには兄が二人いるが、全然違う。 自分の兄はもっと粗雑だし乱暴だ。 けれど愛奈の兄は全然、そんなイメージが沸かない。 シェミーも同様の感想を抱いたようで、少し羨ましそうだった。 「けど、がくいんにかよってるってことは、やっぱりアイナのアニキもつよいのか?」 「うん。とってもつよいの」 「ユウトさま、すごくつよいよ」 助けられた愛奈と学生闘技大会で彼の実力を見たことのある二人が、すぐに頷いた。 「じゃあ、アイナちゃんのお兄さんってあたまが良くて、やさしくて、つよいの?」 「うんっ!」 ◇ ◇ 「でも、みたかんじだとアイナのアニキが強いとか信じられないなぁ」 ナギがう~ん、と首を捻る。 「どうして? アイナちゃんとレイスくんがつよいって言ってたのに」 「だってオレでもたおせそうだもん」 凄く優しそうだった。 だが、ナギは兄達と比べて強そうには思えなかった。 「そ、そんなことない! ユウトさまはつよいんだよ!」 レイスが勢いよく反論した。 「アイナとレイスのかんちがいってこともあるんじゃないか?」 ナギにとっては純粋な疑問。 けれどレイスにとってはムカつく問い掛け。 むっとした様子になる。 そんな中、愛奈が言った。 「やってみたらわかるとおもうの」 「……えっ?」 「……はっ?」 「……えっと、アイナちゃん。どういうこと?」 「おにーちゃんが言ってたの。わからないなら、わかればいいって」 別に命の危機云々ではないんだし、分からないのであれば分かるようにすればいい。 だからとりあえず、戦ってみればどうだろうか……という愛奈の提案。 「で、でもお兄さん、赤ちゃんといっしょに庭にいっちゃったよ?」 シェミーが庭に視線を向ける。 マリカと鬼ごっこをしてる優斗がいるのだが、行ってもいいのか分からない。 「うん。あいなたちもいくの」 けれど言うが早く、愛奈は子供用の木刀を持って庭に向かう。 慌てて三人が追いかけた。 そして優斗の前に四人が辿り着く。 「あれ、どうしたの?」 「ナギくんがおにーちゃんがつよいかどうかわからないって言うから、たたかってみればわかるとおもって」 「……はい?」 愛奈の説明に優斗が呆けた表情になる。 子供同士の会話で、何がどうなったら自分に話が向いて、こんな結果になるのか分からなかった。 「えっと……お兄ちゃんが戦えばいいのかな?」 「そうなの」 頷く妹に対し、優斗は考えることをやめる。 子供というのは大抵、そういうものだ。 脈絡のない会話だってさらっとこなせる。 「分かったよ」 しょうがないな、とばかりに優斗が笑った。 娘をラナに預けて広い場所へと出る。 「それで、誰と戦えばいいの?」 「ナギくん」 愛奈が指名。 「うえっ、オレ!?」 「だってナギくんが言ったの」 優斗を倒せそうだ、と。 はい、と木刀をナギに渡す。 言った手前、受け取らないわけにもいかない。 「……で、でもよ、オレがたおしちゃったらどうすんだよ」 「ムリなの」 一切合切相手を考慮しない断言。 優斗が思わず唸った。 ――これは家族ならでは、というやつかな。 バッサリと言い切るところは優斗とフィオナにそっくりだ。 ナギは愛奈の断言にヤケクソになったのか、優斗の前に息みながら立つ。 「アイナのアニキ、行くぞ!!」 そして子供ながらに木刀を構えて、 「たぁ~~~~っ!!」 かけ声一発、上段から振りかぶってきた。 真っ直ぐに頑張っている子供の姿を見て、優斗がくすっと笑いながら右足を一歩、前に出した。 瞬間、 「……へっ?」 優斗が左手で振り下ろす木刀の底を握って止めたと思ったら、ふわりとナギの身体が浮いた。 「わわっ!?」 浮遊感がナギを包み、ぐるりと視界が回る。 優斗は右手で彼の服を掴み、仰向けになったナギをゆっくりと下ろす。 そして左手の人差し指を彼の首筋に当て、 「勝負あり、だね」 にっこりと笑った。 「…………」 「…………」 呆然としたのはナギとシェミー。 ナギは何をされたのか分からなくて呆然。 シェミーは優斗の綺麗な動きに魅了されて呆然。 愛奈とレイスだけはニコニコと笑ってる。 「ちょっと服が汚れちゃったね」 優斗がナギを立たせて、ポンポンと服の汚れを叩く。 けれど彼は段々と先程のことを実感してきたのか、興奮するように身体が震えてきた。 「~~~~~っ! つえ~!! アイナのアニキ、ちょうつえ~っ!!」 目が爛々と輝く。 何をされたかも分からないなんて、どれだけ凄いのだろうか。 自分の兄達にだって、こんなことはされたことがない。 「アイナ、アイナ! アニキ、ちょうつえ~んだけど!!」 「そうなの」 「だからそう言ってるのに」 頷く愛奈と呆れ顔のレイス。 シェミーもぽけっとしていたが、 「……うらやましいな、アイナちゃん」 ぽつり、と呟いた。 優しくて頭が良くて強い兄がいるとか、どれだけ羨ましいだろうか。 しばらくは庭で男の子達が優斗に挑んで遊んでいた。 すると、一人の女性がやってくる。 足音に気付いて全員が向けば、そこにいたのは愛奈の姉。 「こんにちは」 微笑みを携えて挨拶をする。 瞬間、レイスとナギとシェミーの顔が赤くなった。 なんかすっごい美少女が笑いかけてきた。 「あーちゃんのお友達ですよね?」 問い掛けにこくこく、と頭を何度も頷かせる三人。 「姉のフィオナと言います。いつもあーちゃんと遊んでくれて、ありがとう」 普段と違い、完璧な姉を演じるフィオナ。 それだけで一発ノックアウト級の威力だ。 「えっと……三人とも、俯いてどうしたんですか?」 「照れてるんだよ」 優斗が苦笑する。 自分だって未だに彼女の笑顔を見たら照れたりするのだから、初見の子供三人にはさぞむず痒いことだろう。 「ア、アイナちゃんのお姉さん、とってもキレイです!」 シェミーが頑張って声を掛けた。 「ありがとうございます」 再び笑いかけるフィオナ。 「――っ!」 それでシェミーは落ちた。 完全に愛奈の兄と姉に陥落する。 一方で、レイスとナギはぼそぼそと話し合う。 「アイナのアネキ、ちょうキレーなんだけど」 「ユウトさまのおくさんなんだけど、すっごくキレイでビックリしたよ」 「……アイナ、うらやましくね? めっちゃすごいアニキとすげーキレーなアネキがいんだから」 「うん、うらやましい」