話を通したら、問題なく愛奈は同行できるとのこと。 というわけで、土曜日。 「着いたね~」 「ついたの~」 モルガストへと無事に到着。 両親が見送ってくれる際、自分たちが行きたかったオーラを存分に出されたが、あれはもうしょうがない。 「しっかし、自然が多いな」 優斗は市街地の全体を見回す。 田舎というわけではない。 けれど国の都市部としては、明らかに緑が多い。 「お国柄、そういうわけなのかな」 うんうんと頷きながら、優斗と愛奈は手を繋いで歩いて行く。 しばらく歩いていると、やたらと霊薬の単語が目に付いた。 「おにーちゃん、れーやくってどうやって作ってるの?」 どうやら愛奈も霊薬は知っているらしい。 優斗は講義をするように、指を一本立てた。 「冬虫夏草って植物があるんだけどね、それを精製して作ってるんだよ」 「とーちゅうかそう?」 「お兄ちゃんと愛奈がいた世界にもあったんだけどね、この世界だとそれが大怪我でも治してくれるんだ」 ちょっと調べたところ、どうやら雰囲気的にRPGと同様のものらしい。 万病どころか死すら覆す霊薬。 それの元が冬虫夏草。 といっても、この世界の冬虫夏草は夏だと虫のように見える植物で、冬は単に植物というだけ。 ただし、霊薬として精製できる期間がとても短いらしい。 育てるのも大層難しいらしい為、モルガストでしか作れないという。 「すごいの」 「そうだね」 ◇ ◇ 「……愛奈。お兄ちゃん、ここに来たいって聞いた時はビックリしたよ」 「でも、ラナさんが『しゅくじょは一日にしてならず』っていってるの。それにリライトの“かいがてん”はもう行ったから、ここも行ったほうがいいですよって」 そう、二人がいるのは美術館の一角にある絵画の展示室。 愛奈はそれを真剣に見ている。 「……普通、子供ってもっと遊ぶところに行くと思ってたんだけどな」 自分は例外だ。 そういう風に過ごしていない。 だがこういうのも正直、想定外。 「貴族のご令嬢ってこんな感じなのかな?」 う~ん、と少し悩む。 もうちょっと愛奈の歳ぐらいの貴族令嬢の教育を学んだほうが良さそうだ。 「あいなね、いんしょー派のきょしょうの作品がすきなの。タッチがかっこいいの」 「印象派の巨匠の作品が好きって……。よく分かってるね、愛奈は」 「えへへっ。あいな、おねーちゃんみたいなしゅくじょになるの!」 っていうか感想のレベル高い。 しかし、 「フィオナが淑女……ね。まあ、確かにそうではあるかな」 確かに純粋培養のご令嬢だ。 しとやかだし、上品。 優斗が絡むと時々壊れるが、そこはご愛敬だろう。 ◇ ◇ お昼ご飯を食べて、午後二時。 「ここがおうじょうなの?」 「そうだね。お兄ちゃんがお仕事しに来た場所だよ」 城門の前へと歩いて行く。 と、そこに輝かしい頭と大きな体躯を持った男が誰かを待つように立っていた。 「あっ、ピカおじちゃんなの」 男の顔を見て、愛奈の顔が輝く。 向こうも優斗達の存在に気付いた。 「おおっ、ユウト殿に娘っ子。久しいのう」 マイティ国の筋肉ハゲ王子こと、ダンディ・マイティー。 なぜか彼がいる。 「ダンディさん、どうしてここに?」 優斗が問い掛けると、ダンディはニカっと笑った。 「儂とクライン殿は友人でのう。話を聞いたところ、少々可哀想だったのだ。そして儂だけではどうしようもないと思い、ユウト殿をと思ったわけだ」 つまるところ、今回の訪問の経緯はダンディが一枚噛んでいるというわけになる。 「ダンディさんが発端でクライン様が僕に相談する、ということに?」 「そういうことだのう」 優斗と話ながら、ダンディは愛奈を担ぎ上げて肩車する。 「ピカおじちゃん。ひさしぶりなの」 「娘っ子も元気にしておったか?」 「うんっ!」 笑顔の愛奈だが、相手は王族。 というかピカおじちゃんって……。 「あ~、愛奈? この人はね、偉い人なんだよ。それに歳だって……」 と、ふと思う。 たぶん歳上なはず。 「ダンディさん。僕より歳上ですよね?」 「む? ユウト殿と儂は同い年だぞ」 「……ごめんなさい」 闘技大会の時、三年だと思っていた。 謝る優斗にダンディは豪快に笑い飛ばす。 「よいよい。この通り、老け顔だからのう」 だから愛奈が呼びやすいようにしてくれていい、と言ってくれた。 本当に出来た人だと優斗は思う。 城内へと入り、優斗はダンディにとある場所へと連れてかれる。 歩いている途中で優斗は少しごちた。 「しかしまあ、でっかい釣り針を用意してきてくれたもんですよ。あれだと確実に僕も引っ掛かります」 ダンディが呼び寄せればいい、と言ったのは確かだろう。 そして優斗が動くには、ただ単純に呼び出すのは難しいだろうということも。 とはいえ、あれで釣ってくるとは思わない。 「そうなのか?」 「ええ」 ここからは国同士の内容なので、優斗も言葉を濁す。 ダンディもそれを理解して、深くは突っ込んでこない。 「気持ちは分からなくもないがのう。将来で言えば国政に関することだ」 と、ここで目的の場所に辿り着いた。 護衛兵が二人、ドアの前に立っている。 「クライン殿はおるか?」 尋ね、少しすると扉が開けられた。 優斗、愛奈、ダンディは中に入っていく。 「お久しぶりです。ダンディ」 鈴の音のような声が届いた。 「久しいのう、クライン殿」 ダンディがにこやかに応対した。 優斗と愛奈はテーブルに座っている女性に目を向ける。 「へぇ」 「キレイなの」 白銀の髪を背まで棚引かせながら、乱れたところは見られない。 顔全体を鑑みれば、優斗的には北欧を連想させられる。 『妖精』と見紛うべき女性がそこにいた。 彼女は優斗と愛奈に気付くと立ち上がる。 同時に名乗った。 「妾はクライン=ファタ=モルガストと申します」 名乗りを受けて、優斗も同様に、 「大魔法士――宮川優斗と申します。そしてこっちは」 「あいな=あいん=とらすてぃです」 二人で頭を下げる。 愛奈がちゃんと出来たので、優斗は頭を上げたあとに軽く撫でる。 二人のやり取りに空気が柔らいだ。 「どうぞ、こちらへ」 クラインに促されて、優斗達は席へと着く。 紅茶と茶請けが用意されると、ダンディは言葉を告げた。 「相談事の件が主なことではあるのだが、もう一つ目的がある。ユウト殿なら立場関係なくクライン殿の友になってくれるとも思ったのだ。我ら王族は、立場故に友が少ないからのう」 突然のことに優斗は目をぱちくりとさせる。 「……ダンディさんは嘘ですよね?」 豪快な性格に気遣いが上手い。 とても友人が少ないとは思えない。 「とはいえ、一般的にはそうなのだ」 王族は友と呼べる者が少ない。 どうしても立場が邪魔をする。 けれど優斗はそこを超越してる人物。 故に友人となるに立場を気にする必要はない。 「儂とてユウト殿とは戦友と思っておる。だからこそ、もっと砕けていきたいと考えておる」 柔和な感じで話されたこと。 ふと優斗がクラインに向ければ、彼女も彼女で期待しているような眼差しだ。 「……ダンディさん。断りづらい」 「リライトの王女と関わり合いがある分、理解は出来るであろう?」 「そうですけどね」 うちの王女は一切合切友達がいなかったので、よく分かる。 「……しょうがない」 優斗はふぅ、と息を一つ吐く。 「了解、分かったよ」 参ったとばかりに両手をあげて、 「ここから先は遠慮無し。敬語も禁止でいこうか」 そう言えば、ダンディは満足そうに頷きクラインはさらに顔を輝かせた。 優斗は苦笑して紅茶を飲み、 「それでクライン。相談事って?」 今回の本題を尋ねた。 「魔物の事なのです」 クラインから言われたこと。 思わず優斗の眉根が寄る。 たかがこんなことで、相談事? どうしたっておかしい。 念のために確認を取る。 「……本当にそんなこと?」 「はい、その通りで――」 「クライン殿。嘘はいかんのう」 頷こうとしたクラインに対して、ダンディが口を挟む。 「御身にとっては、もっと大事なことがあろう?」 だからこその相談事だというのに、なぜ最初から言わないのだろうか。 ダンディは優斗に話を振る。 「もし魔物の件だとしたら、ユウト殿はどう答えた?」 「モルガストの勇者にやらせればいい。以上」 「そうだのう。で、どうするつもりだったか?」 「相談事終了。愛奈と旅行に来てるから、後は全力で旅行を満喫する。妹の宿題のほうがよっぽど大事だし」 大事レベルが違う。 魔物如きが愛奈の宿題に勝てるわけがない。 優斗が真実そう思っているのがよく分かったので、ダンディは苦笑する。 「というわけだ。端話で言うよりは、そっちを主軸に相談したほうがよいのう。魔物の問題はあくまで『モルガストの勇者』の問題。ユウト殿に頼んでしまえば、彼はそれだけで『相談事に乗った』という大義名分を得ることになるし、平然とそれで終わりだと言う輩だからのう」 取り繕いの相談事をすれば、容易にそこを突くし終わらせる。 とてもじゃないが単純な甘い人物だとは思わないほうがいい。 確かに優しい人間ではあるしお伽話の登場人物ではあるが、絵本のような大魔法士と同じとは口が裂けても言えない存在だ。 彼のフォローによって、選択ミスは自覚したクラインは若干顔を赤くした。 「あ、ありがとうダンディ」 「よい。儂は旧知という分、ユウト殿のことをよく知っておる」 ダンディが豪快に笑い飛ばしたことで空気は一度リセット。 なので次にクラインが話すことこそ今回の本題。 「じ、実は……」 優斗と愛奈とダンディの視線が集まる中、彼女は相談事を告げる。 「……好きな男性がいるのです」