翌朝。 まだ陽が上がりきっていない早朝。 庭園――レンドが弄っている場所に二人はいた。 優斗は壁を背にして隠れながら、やり取りを見守る。 「俺は姫様のことを慕っています」 話としてはクライマックス。 ちょうど盛り上がるところだ。 互いに顔を真っ赤にさせながら、僅かな静寂が訪れる。 「釣り合わぬ身でありながら、出過ぎた言葉……申し訳ありません」 レンドが告げたことに対して頭を下げる。 けれどクラインは小さく笑みを浮かべた。 「いいえ、そんなことはありません」 両思いであることが正直、驚きであったのだろう。 クラインは自分から想いを告げる為、彼のところへ向かったというのに。 「ユウトが認めて下さいました。レンドは特別だ、と」 釣り合わぬのなら、釣り合わせる。 その為の言葉を使ってくれた。 「貴方には価値がある。このモルガストの将来を担える価値が。勇者様と比べても、ユウト的にはレンドに傾くでしょうね」 「だから姫様は俺を選んでくれる、と?」 自分には価値があるから。 けれどクラインは首を横に振った。 「そうではありません。ただ、妾は少し悔しいんです」 「どうしてですか?」 きょとん、としたレンドにクラインは少々……いや、かなり感情を込めて言い放つ。 「だってそうでしょう!? 妾は小さい頃からレンドのことを見ていたのに、あんなポッと出の大魔法士にレンドの価値を見出されたんですよ!?」 彼に恋をしている身としては腹が立つのも仕方ない。 自分の今までを否定された感じだって、僅かながらに感じる。 「ポッと出って……ご友人なのでは?」 「乙女心は複雑なのです」 「はあ……」 レンドは今一要領を得ない。 困惑した様子の彼に、再びクラインは笑う。 「だけど……ユウトが来てくれてよかった」 自分では気付けなかったことを気付いてくれた。 本当に感謝している。 「妾は王族です。それは紛れもない事実であり、揺るがないこと。将来を共に歩む者も、相応しい者を選ぶしかない」 レンドが気にしていたことは、確かに合っている。 釣り合わない。 だから無理だった。 「あの『瑠璃色の君へ』の二人のようには、どうしたってなれません」 恋だけで全てを貫くことなんて、何をしようと不可能。 「だけど好きな人が相応しいと知ったのなら……妾は共に歩みたい」 逃せない。 逃したくない。 「自分の気持ちを偽りたくないのです」 「……姫様」 レンドは僅かに泣きそうな表情になる。 きっと、たくさんの感傷や感情が入り交じっているのだろう。 二人しか知らない、知ることの出来ない過去を思い返して。 「俺は……姫様の隣に立っていい、と。自惚れてもいいんでしょうか?」 「はい」 クラインは素直に頷いた。 「妾のハッピーエンドにはレンドが必要です」 たった一人。 唯一の男の子と決めたのだから。 「だから――妾と生涯を添い遂げてくれますか?」 ◇ ◇ 優斗は影から見届けると、二人から離れていった。 おそらく彼女達はこれで問題ないはず。 ということは、 「来ると思ってたよ」 庭園から離れ、城内まで半ばといった場所で優斗はある人物を待ち構えていた。 偶然だろうと必然だろうと現れると思っていた。 もし自分がいなければタイミング的に逃れられないことなはずだ。 彼女達と彼が邂逅するのは。 「悪いけど、ここを通すわけにはいかない」 優斗は自分の姿を見て険悪な表情を見せた人物に告げる。 「向こうはハッピーエンドの真っ最中。邪魔立てはさせない」 言い放った先――モルガストの勇者はさらに顔を歪めた。 「……昨日から……そうだ」 ことある事に邪魔をする。 自分だけ知ったような顔をして、物知り顔で貶してくる。 「お前は何を言っている!!」 目の前にいる存在が理解できない。 何の為に、何の用で、何をしに来たのかが。 「分からないの?」 けれど相手は飄々とした表情を崩さないまま、言葉を続ける。 「クラインは態度で示してた。僕は言葉で示してあげた。なのに、どうして分からないのかな」 誰だって分かると思っていた。 彼女の嫌悪を。 僅かに見せたんじゃない。 表立って見せた。 けれど彼は未だに理解していない。 「だったら突きつけるよ。君にとっては残酷であろうとね」 “完全無欠のハッピーエンド”は存在しないから。 だから冷酷な真実を優斗は教える。 「クラインは君のヒロイン枠じゃない。彼女にとっての主人公は他にいる」 要するに邪魔者。 自身を取り合う為のライバル役などいらない。 クラインの思い描く舞台には不要で、存在すら許せない者。 「当て馬だろうとライバルだろうと彼女にはいらない。手助けする役はいても、他は全て舞台上に求めていない」 あまりにもモルガストの勇者にとっては残酷な言葉。 けれど、赤の他人に言われたぐらいで納得できるわけもない。 「そ、そんなのお前が決めることじゃない!」 「本当に僕が決めたと思ってるの?」 配役も、シナリオも、何もかもが自分が意のままに操ったと思っているのだろうか。 「だから駄目なんだよ」 ヒロインはクラインだ。 求めるシナリオは彼女の希望通り。 配役すら彼女の願う通りだ。 「僕はクラインが望んだことをしてあげただけ。別に君を貶めようとか、そういうことは一切しようと思ってない」 つまり彼は弾き出された。 クラインの願うストーリーには邪魔だから。 「純愛系ヒロインが求めたのは純愛ストーリー。ラブコメなんて御免なんだよ」 まるで意味不明な大魔法士の言い草。 優斗は城の外壁にもたれかかり、腕を組んだ。 「例えば、昨日の浴場での出来事を例としようか」 モールがクラインの裸を覗いた。 うっかりだろうと何だろうと、そういう出来事があった。 「君の周りにいる少女達は君と裸で鉢合わせたところで、うっかり足を滑らせて胸とかを揉んだところで、本気で怒ることはない。恥ずかしい、またか、しょうがない、しょうもない、馬鹿じゃないの。それぐらいでしょ?」 軽い調子で尋ねる優斗にモールは狼狽する。 確かに、と自分は思ってしまったから。 怒られたり何だったりはするけれど、それでお終い。 またいつもの関係が始める。 瞬間、優斗が指を一本立てた。 「けどクラインは違う」 彼の周囲にいる女の子達とは確実に違っている。 「嫌悪感を抱く」 それはそうだ。 勇者だから、主人公だからの免罪符など使えない。 クラインにとって恋物語とは“そうじゃない”。 「もっと言えば、周りに女性を侍らせたりデートしたりする輩に対して、彼女が好印象を抱くことは絶対にない」 「違う!!」 モールはデートだと思っていない。 確かに出歩いているとしても、ただ買い物の付き添いだったり、一緒に遊んでいるだけなのだから。 しかし大魔法士は勇者の言葉を戯れ言だと言わんばかりに一蹴する。 「違わない。どれだけ否定しようとも、それは君の視点だ。少なくともクラインはそう思ってる」 一緒に買い物しているだけとか、遊んでいるだけとか、そういう御託はいらない。 それだけで彼女の感性はデートだと判断してしまうのだから。 「勘違いだなんて言わないように。君が取り繕おうとして事実は変わらない。君の周りには確かにたくさんの女性がいて、君は幾人もの女性と出かけてる。『自分はそう思っていないから違う』なんていうのはクラインに通用しない」 潔癖なまでの純愛主義者。 それがクライン=ファタ=モルガストという少女なのだから。 「昨日今日の付き合いである僕だって容易に分かることだよ」 純愛を夢見て、純愛を望み、純愛を遂げたいと望んだ。 自分なんて『瑠璃色の君へ』のようにはなれないと知っていても、それでも近付きたいと思い、大魔法士すら呼んで成し遂げようとした。 「クラインにとっては女性が周りにたくさんいるのに『好き』だと言われても信じられないし、女性と二人で出かけているのにデートじゃない、なんて言っているのは不実にしか思えないんだよ」 つまりところ、だ。 優斗は昨日感じたことをもう一度、口にする。 「要するに“ジャンルが違う”。最後に真面目をやればハッピーエンド、なんて懐深い女の子じゃないんだ、クラインは」 終盤のシリアスシーンだけで全て丸く収まるわけがない。 けれど言葉尻だけを捉えれば、優斗の言い草はクラインの懐が狭いと言っている。 「懐深い女の子じゃない……だと? 姫様を貶しているのか!?」 「論点を間違えてるね。これは貶してるわけじゃない」 別に悪いことではないだろう。 懐が狭いというのは、それだけ相手のことが好きだという意味合いにも取れる。 「というか、今の発言は君のほうがクラインを貶めてる」 「ふざけるな、姫様は素晴らしい女性だ! だからオレは否定しているんだッ!」 仮にも好いている相手だ。 素晴らしいと思っているからこそ恋をした。 けれど、 「素晴らしい女性だったら、懐が深くないといけないの?」 どうしたってクラインの在り方とは矛盾する猛りだ。 彼女は懐が狭いからこその純愛主義なのだから。 「モルガストの勇者。君の言い様は『女性にだらしない自分でも受け入れろ』って暴言にしか聞こえない」 自分の周囲にいる女の子がそうだから。 だからクラインも“そう在るべきだろう”と。 自分よがりの発言に思えて仕方がない。 「いい加減、クラインと他の女の子を同一視するのはやめろ。君の周りにいる女の子がそうだからって、クラインに強要するな」 だから彼女は愛を育めないと知っていた。 勇者と添い遂げたら、自分は不幸になると悟っていた。 「というか、まず疑問なんだけどね、君は本当にクラインのことが本当に好きだったの?」 「当たり前だ! オレは姫様のことが好きだ!」 断言する。 この気持ちが偽りなわけがない、と。 けれど優斗は彼の断言を聞いて大きな溜息を吐く。 「だったら、どうしてそこまで間違えたの?」 「……なっ!?」 驚きの声をあげるモールだが、優斗にはそれこそ理解できない。 「君の当たり前はクラインの当たり前じゃない。着替えを覗かれることも、胸を触られることも、昨日だって風呂場で全裸で遭遇。さらには女の子といつも出掛けてる。クラインが忌避すべきことを君はほとんど全てやってる」 「べ、別にやろうと思ってやってるわけじゃない! そうなってしまったというだけで……」 「君のラッキースケベが意図的だろうとそうじゃなかろうと、どうでもいい」 偶々なってしまった。 思いもよらずやってしまった。 だから何だというのだろうか。 それは全て情状酌量にはならない。 「君がクラインをヒロインにしたかったなら、やるべきことを悉く間違ってる。うっかり着替えを覗く? そんなもの、しないように注意しなければいけない。優柔不断で女性に優しい? だから何だってこと。クラインがそれを許容できない以上、きっちりと断らないといけない」 それがクライン=ファタ=モルガストをヒロインにするということ。 純愛主義の彼女を振り向かせる手段。 「クラインはね、付き合ってもいない相手にあれこれやられるのは嫌だし、数いる女の子のうちのメインヒロインは嫌なんだよ。唯一無二のヒロインでいたい女の子」 他はいらない。 男だって女だって互いだけで十分だ。 「だから何度でも言うよ」 在り方から相容れない以上、 「君はクラインとジャンルが違う。君のヒロインになったら、クラインは不幸になる」 「……っ!」 これ以上ないくらいに、残酷な真実を突き刺す。 ショックを受けようと仕方がない。 彼が自分の在り方を崩さなかったのが原因なのだから。 「個人的な所見を言っていいなら、君が悪いだなんて僕は思わない。だって、それはそれで面白いしね」 見てるだけなら上等だ。 ラッキースケベを持った勇者なんて、それだけで面白い。 「ただ、君が“君”である以上、クラインは君のヒロインなんて絶対になりたくない」 ご都合主義で無理矢理舞台に上げられなければ、絶対に。 「君は確かにクラインのことを想っているのかもしれない」 恋をしていると、好きだと思っているのかもしれない。 「けれど君はクラインがどう思うのか、考えたことはある? 特に『勇者と王女が結婚する』っていう噂についてね」 「どういう……ことだ?」 モールは訊かれ、噂について思い返す。 自分は嬉しかった。 好いている王女と噂になれて。 無意識でも自分は王女と添い遂げるのだろうと、自然に考えていた。 しかし優斗は“だからこそ”と言わんばかりに告げてくる。 「彼女は現状が嫌だった。勇者と添い遂げることこそ幸せだと言わんばかりの周囲。君にとっては望んでいることで、さぞ既定路線と映っていたことだろうね」 モールの図星をつく優斗の言葉。 「だからクラインは僕に相談した」 「……な……に……?」 「君は最初から勘違いしてたけどね。僕は君のライバルなんかじゃなくて、クラインのお助けキャラなんだよ。彼女の恋を叶えるためのね」 敷かれたレールをぶち壊す役目。 新たな物語を作るシナリオライター。 これこそ大魔法士たる自分がモルガストに来た理由。 「そして僕がクライン側についた以上、僕は相談相手として『彼女のハッピーエンド』を遂げさせる。もちろん、上手くいくための術はもう彼女に伝えた。どう扱うかは彼女次第だけど問題ないだろうね」 優斗は語りながら、真っ直ぐにモールを見据える。 「そして“誰”が不幸になるとも知ったことじゃない」 優斗はクラインの幸せを叶えさせる。 けれど、皆が幸せになれるわけじゃない。 「今回の件、完全無欠のハッピーエンドは存在しない。誰かが不幸になる必要がある」 いわゆる二択。 勇者のハッピーエンドか、クラインのハッピーエンドか。 どちらかを選べば、どちらかが不幸になる。 「勇者のハッピーエンドだからって誰も彼も幸せになるわけじゃない。クラインの心を殺した物語のハッピーエンドは、どうしたって彼女の不幸なんだから」 故にクラインが幸せになる以上は、もう片方が不幸になる。 彼の望むルートは絶対に存在しない。 「あと、ね」 優斗は振り向き、今まさにハッピーエンドをしている最中の二人を考える。 互いに恋をしていた。 目で追いかけていて、向き合う度に感情を隠せないほどに幸せそうな表情をしていた。 そして自分と彼のやり取りを含み考えれば、予想として生まれるものがある。 「もしかして……君も無意識では気付いてた?」 実は前提条件が違っているかもしれない。 先ほどから色々と言った。 モールは否定だってしてきた。 当然といえば当然の応酬。 でも、だからこそ不自然に映る部分があった。 彼はまるで気付いていないから、気付いていないような態度をとり続けている。 でも、それはおかしい。 気付いていないのなら、どうしてこれほどまでに“否定する反応や回数が少ない”のだろうか。 優斗はモールのことを全否定しているはずなのに、自分の言葉を黙って聞いている時間が多すぎる。 「本当にクラインのことが好きだったからこそ気付いてたのかもね。彼女が誰のことを好きなのか」 彼女の視線の先には、いつも誰がいたのか。 「そして“彼”の気持ちも」 誰が、とは言わない。 けれど無意識でも分かっているはずだ。 幼なじみで、親友だったなら。 「……だ、だけどあいつは一言も――ッ!!」 「言えるわけがない」 そしてモールは正解を答えた。 優斗は一度もレンドの名前を出してはいないのに。 彼は指し示しているのが誰なのかを把握していた。 「君達は幼なじみで親友なんでしょ? 気を遣ってたんだよ」 自分では釣り合わないと身を退いて。 「主役じゃないって、そう思わないといけなかったんだ」 親友ならば任せられると、心を偽った。 「君が勇者だから」 「……っ!」 たった、それだけの理由で。 優しい彼は勇者と初恋の人が上手くいくように応援しようとしていた。 「モール、君が一番よく分かってるんじゃないかな?」 勇者の親友がどれだけ優しいのかを。 勇者の幼なじみがどれほど苦しんでいたのかを。 「………………っ」 モールは優斗の口調や表情、仕草に舌打ちをする。 苛立ちが胸の内を占めていた。 何を分かったように語っているのだろうか。 自分達の経緯も、過ごしてきた日々も、想ってきた月日も、何もかもを理解していないくせに。 「お前に何が……っ!」 そう言い掛けて……モールは口を閉ざす。 いや、違う。 本当はそうじゃない、と。 「それは……」 自分自身で分かっていた。 苛立つのは自分に対して。 分かったように語られるのが苛立つのではなくて、分かろうとしていなかった自分に対してだ。 「……それは…………そうだ」 見ないようにしていた。 気付かないようにしていた。 突きつけられなければ理解を拒んでいた。 あの二人が互いに好き合っていることを。 「オレとあいつは幼なじみで親友だ」 レンドはいつも謙遜をする。 自分が勇者パーティにいるのは、幼なじみだから。 取るに足らない存在である自分がこの場所にいられるのは、モールが勇者だから。 謙遜して憚らない。 「あいつを一番、俺が理解してる」 けれど違う。 そうじゃない。 自分に必要だから、モールはレンドをパーティに入れた。 それほどまでに大切な相手だからこそ、見据えれば分かってしまう。 「本当に……オレ以上に苦しませてたことぐらい、分かる」 この歳になって、どれだけ純真なんだとモールだって思っていた。 バカみたいに優しくて、バカみたいに素直で、バカみたいに……自分を立ててくれる親友。 「優しすぎるくらいに、優しい奴だから」 彼の感情を。 隠していた想いに目を向けて知ってしまえば。 苦しませていたことを理解してしまう。 「なんでだろうな」 モールは手を強く握りしめる。 「苦しいし、悔しいし、悲しいし、ムカつく」 クラインが自分のことを毛嫌いしていることを知った。 幼なじみが同じ人に恋をしていたのに、見ないようにしていた。 自分自身の愚かさが非常に腹立たしい。 しかも目の前にいる大魔法士には意味不明にフルボッコに言われるし、手間掛けられたストレスを突きつけられているようにしか感じられない。 「特に姫様の相手がオレじゃないなんて信じたくない」 好きな人だった。 恋をした女の子だった。 それを親友に取られたなんて理解を拒みたくなる。 「けれどレンドで良かったって……思ってる自分もいる」 でも、どうしてこんなに物わかりの良い自分がいるのだろう。 恋が破れた。 しかも当人じゃなくて、どうでもいい第三者に教えられた。 不義理のような感じだってする。 なのに、あの二人には祝福の感情さえ浮かんでくる。 自分の気持ちが軽かったとは思わない。 けれど何と言うか……そう、甘ちゃんなのだろう。 目の前の大魔法士に言わせれば、きっと自分は甘い。 「僕じゃなくて良かったでしょ?」 「当たり前だ」 からかうような大魔法士に、モールは心底そう思う。 目の前の男が真実ライバルで、クラインを奪われたのならば自分はどうあっても取り返そうと藻掻いたはずだ。 「ただ、オレは……何て言えばいいか」 モールは優斗が先ほど送った視線の先を見る。 きっとレンドとクラインは今、幸せの真っ最中だろう。 「親友のことを考えてなかった……いや、気付かないふりをしていた自分に腹が立つ」 勇者という立場に甘えていた。 親友という立場に甘えていた。 幼なじみという立場に甘えていた。 何もかもに甘えていた。 「姫様が無理だというのも分かる」 ふっ、と僅かに笑みを浮かべるモール。 優斗の表情も釣られて崩れた。 「なるほど。やっぱり君も勇者なんだね」 「どうした?」 「君が勇者だというところを、始めて見た」 勇者の資質――純粋すぎるほどの魂。 その一端をようやく見ることが出来た。 今までは、間違いなくただの変人でしかなかったから。 「何だそれは」 呆れるような、理解できないような表情でモールも笑みを浮かべた。 と、不意にモールが気付いたのか、あることを優斗に訊いてくる。 「しかし大魔法士、お前にどうしてそこまで言われなければならなかったんだ? お前は姫様のハッピーエンドを叶える為に動いたと言っている。確かにオレは姫様の居場所を聞いたからここに来た。だから止められたことは理解できるが、ボコボコに言われる理由がオレには分からない」 要はクラインに都合の良い方向へ持って行く為に動いていた。 だが、どうしても辻褄が合わない。 モールをフルボッコにして、クラインのハッピーエンドに何の得があるというのだろうか。 しかし問われた優斗は平然と、 「えっ? いや、だってこれでも君のご都合主義をぶっ壊すの面倒だったんだよ。君って人の話聞かないし、勝手に因縁付けてくるし、喧嘩売ってくるし。そういう相手のことをボコすの趣味の一つだから」 おおよそ、あり得ない返答が来た。 端的に言ってドSとしか思えない答えだ。 「つまり……なんだ? オレがこれほど言われたのはお前の趣味ということか?」 「そうだよ」 素直に頷かれる。 思わず唖然とした。 大魔法士と言えば、お伽噺の最たる存在。 そんな相手が……ボコすのが趣味などと宣った。 「……大魔法士だよな?」 「大魔法士ですよ」 平然と答える優斗。 モールは思わず頭が痛くなりそうになった。 「……ん? 終わったみたいだね」 と、その時だった。 聞こえてくる足音に優斗が反応した。 誰と誰なのかは問うまでもない。 モールの表情が再び歪んだ。 優斗が彼の肩を軽く叩く。 「別にどっちでもいいと思うよ。ふざけるなと喚いて嘆くのも、心を押し殺して祝福するのも」 「……大魔法士」 恋に破れた。 ならば、感情をむき出しにしたところで、仕方ないことだろう。 別に綺麗事を並べる必要はない。 しかし、 「馬鹿を言うな。オレが取るべき選択など決まっている」 歪んだ表情を押し隠して、モールは平然とした態度を取った。 「お前が言ったことだ。姫様のハッピーエンドだと」 ならば最後に余計なものなどいらない。 あの二人が立ち向かうべき相手は自分ではないのだから。 「……勇者様にユウト?」 クラインとレンドは手を繋いでやって来た。 レンドはモールがいたことに、若干表情を強張らせる。 だが、 「姫様」 モールは決して二人に近付くこともなく、片膝をついた。 「大魔法士に言われました。オレがやっていたことは、姫様に嫌悪を抱かせていたと」 素直に頭を垂れる。 「数々のご無礼、お許し下さい」 謝罪し、頭を下げた。 驚きの表情を浮かべるクラインに小さな笑みを浮かべて、モールは立ち上がる。 そして今度はレンドと向かい合った。 「……モール。俺は――」 「レンド」 何かを喋ろうとしていた親友の声を遮る。 「オレはお前だから大丈夫だ」 気にする必要はないし、考慮しなくていい。 今の状況において誰が邪魔者なのかは一目瞭然で、むしろ謝られたらこっちが辛くなる。 「オレには『姫様を任せる』とか『不幸にしたら許さない』とか、そういうことを言う資格は無いし言うつもりもない」 勝手な横恋慕。 どこにだってあるような、恋物語に使われる言葉すら自分は吐けない。 吐いては駄目だと知ってしまった。 「だけど伝える言葉を持っているのは分かってる」 決して親友に向けては言えない。 それでも、 「姫様」 親友の為に言えることはある。 「オレの幼なじみをお願いします」 モールはクラインに今度は、立ったまま小さく頭を下げてお願いをする。 「こいつはバカみたいに優しくて、純真で、若干卑屈っぽいですけど……」 兎にも角にも自分は端役だから、と自分を過小評価することがある。 だけれども、 「姫様に相応しい男だということは、姫様以上にオレが知っています」 男なのに純愛小説が大好きな変な親友。 確かに相応しい。 性格だって、心だって、彼女にとって最良だ。 「もし手伝ってほしいことがあれば、何なりと仰って下さい。二人の幸せの邪魔は誰にもさせません」 心は痛む。 自分の恋は終わったと自身で痛感させる言葉。 でも、まあ仕方ないだろう。 今までレンドにはたくさん、辛い思いをさせてきたはずだ。 ならば自分だって、同じようになったっていい。 「……ありがとう、勇者様」 素直に感謝の意を述べるクライン。 と、その時だった。 駆け足で近寄ってくる音がある。 「モール、緊急事態だぞ!」 「……ダンディ様?」 ダンディが愛奈をかついでやって来た。 「どうかされたのですか?」 「お主の仲間が魔物退治へと向かっておる」 「なっ……!」 突然のことに言葉を詰まらせるモール。 優斗は僅かに眉根を潜めて、どういうことかを訊く。 「何が起こったの?」 「昨日、モールと一緒にいた女の子達がおったろう? 彼女達は勇者パーティの一員だ」 彼女達はモールの恋心を知っていた。 そして優斗とクラインの態度が相当に酷かったことに気付いた。 「ああ、もしかしてそういうこと?」 「ユウト殿が考えている通りだ」 「モールの為に一発逆転を狙ったってことだね」 納得するように頷く優斗。 「どういうことですか?」 話を聞いているクライン達は理解ができていない。 優斗は簡単に説明する。 「僕がいる理由って一般的には『魔物の相談』なんだよね。面倒な感じなんでしょ?」 「え、ええ。確かにそうです」 「誰から聞いたかは分からないけど、それを知ったんだろうね。しかも僕はモールに恋敵認定されていたから、僕を退けるのに一番良いのは魔物を退治すること。そうすれば僕がここにいる理由はなくなる。あくまで表向きは、だけど」 くつくつと優斗は笑う。 良いパーティメンバーだ。 彼女達にとってクラインはある意味で最大の敵だろう。 なのにも関わらず、彼女達はモールの為に動いた。 「大切な人の為に動くっていうのは悪くないね」 「そんなことを言ってる場合か!!」 モールは駆け出す。 レンドも続こうとしたが、 「君はストップ」 優斗に止められる。 「ど、どうしてですか!? 俺だってモールの仲間です!」 「レンド君が現場に出るって何か嫌なフラグだし。僕も今後を考えると無料で倒すとかやらないけど、どうにかしてあげるから。これも相談事の派生ってことでね」 どうにもくっついた後にこれは死亡フラグっぽい。 というわけで優斗は止めた。 「愛奈は二人をちゃんと見張ってること。出来るかな?」 「うんっ!」 「よし、良い返事だ」 ダンディの腕に座っている愛奈の頭を撫で撫でする。 続いて妹を抱えているダンディに、 「何もないと思うけど三人の護衛、お願いできる?」 「相分かった」 「大精霊二体、僕も護衛として置いておくから」 二極の大精霊を召喚し、護衛してくれるようにお願いする。 そして優斗は皆に手を振りながら、モールを追って走り出した。 「というわけで、行ってくるね」