※鈴木春香の華麗なる睡眠時間 ある日。 クラインドール組は別々の部屋が取れず、全員が同室に泊まる……という出来事があった。 夜も更け、全員が寝静まった頃。 たまたま目が覚めたブルーノは、偶然にも机の上に置いてある春香の日記を目にしてしまった。 普段は三枚目だが、紳士を装ってもいる彼は覗く気など毛頭ない。 しかし、それでも開かれていたページが目に止まった瞬間、固まった。 「……ロ、ロイス君×ブルーノ第三話――『魔物の浄化』……だと?」 不味いと思った。 これは見てはいけない。 常識的にではなく、常識外として見てはいけない。 「…………い、いや、しかし子猫ちゃんの趣味を理解するには……」 けれど怖いもの見たさも内心あったのだろうか。 ブルーノは再び、ちらりと日記を覗いた。 文章は小説風になっていて、物語として出来ているらしい。 そのページの文頭はこのように始まっていた。 『俺様の魔物が疼いているんだ』 何かの比喩表現だろう。 若干だがブルーノも興味を持ってしまった。 だが、すぐに後悔することとなる。 『ロイス。お前の聖魔法を俺様の魔物にぶち込んで浄化してくれ』 加えて地の文では、 「……な、なぜ俺様が四つん這いに?」 ばっちこい、といった感じのブルーノの態勢が事細かに記されていた。 というか魔物が何なのか知りたくない。 さらに会話文は続いており、 『……ブルーノ、駄目だ。お、俺にはキリアが……っ』 『分かっている。だけどロイスしか俺様の魔物を鎮められないんだ!』 「……俺様はこれを四つん這いのまま、ロイスに喋っているのか」 理解を超越していた。 ブルーノは頭を大きく振って、どうにか記憶を消すことにした。 だが目を瞑れば、先ほどの状況が思い浮かんで仕方がない。 結局のところ、眠れたには眠れたが悪夢を見た。 誰かが魘されている声が聞こえて、ワインは目を覚ました。 声が発せられている方を見れば、なぜかブルーノが冷や汗を流しながら眠っている。 「……風邪、ひくかも」 部屋の窓が開いている。 もしかしたら夜風で冷えて風邪をひいてしまうかもしれない。 普段は反目し合っているとはいえ、別に風邪になってしまえとかは思わない。 だから窓を閉めようと起き上がり、 「……? ハルカの日記?」 月明かりで見えた彼女の日記。 風がそよぎ、ペラペラを捲れた。 別にガン見しようなどと思ってもいないワインだったが、開かれたページの初っぱなを視界に入れてしまい、驚愕した。 『正樹。僕の“大魔法士”は戦闘態勢に入ってるよ』 『……うん。ボクの“鞘”も臨戦態勢は整ってる』 不味いと思った。 どこをどう不味いかは分からないが、理解してはいけない。 凄い勢いでワインは顔を横に逸らした。 そして窓を閉めずにベッドへと潜り込む。 けれどたった二行しか目にしなかったのに、なぜか全裸の優斗と正樹が頭の中に浮かんでくる。 ある意味で春香の暴走が実を結んだ結果だろう。 そして悪夢に魘される二人目が生まれた。 魘されているような声のデュエットが聞こえて、ロイスが目を覚ます。 彼が周囲を見回すと、なぜか脂汗やら冷や汗をだらだらを流しながら寝ているブルーノとワインがいた。 「このままじゃ風邪をひいちゃうな」 普通に良い奴なので、ワイン同様に窓を閉めようとするロイス。 けれどやっぱり、春香の日記が風にそよいで捲れていることに気付いた。 数ページ捲られて、風がやむ。 悪戯によって開かれたページには、でかでかと書かれている文章があった。 「……っ!」 ロイスが声なき悲鳴をあげて戦慄する。 『 鳴かぬなら 調教一発 ホモモギス 』 なぜか俳句。 すぐ下には似顔絵。 誰かに凄く似ているが、理解したくないロイス。 だが、吹き出しに書かれている台詞で崩れ落ちた。 『 * 鳴かせてあげるよ、ブルーノ * 』 やっぱりか。 やっぱりそうなのかと、認めたくなくても認めざるをえない。 「………これは俺ですか、ハルカ様……っ!」 けれどロイスは頑張った。 かろうじて立ち上がり、窓を閉める。 そしてベッドに入った……のだが、他二人同様に魘されはじめた。 ◇ ◇ 翌朝。 元気一杯の春香とは逆に、疲れ果てた姿の三人がいた。 「みんな、どうしたの? 睡眠不足?」 「……いや、少し夢見が悪かった」 「……私も」 「……すみません。俺もです」 鈴木春香の華麗なる妄想時間――警戒&解答編 ~警戒編~ とある国の武具店に春香達はいた。 各々が色んな武器を見て回っているが、その中で春香は剣と槍が並んで展示してあるコーナーに立っていた。 ワイン、ブルーノ、ロイスは二つの武器をやけに真剣に見ている春香に気付き、隠れてこそこそと彼女の様子を眺める。 「声、掛けないの?」 「……俺様も声を掛けようと思ったんだが、嫌な予感がする」 「疑いすぎるのもよくないと思うけど、ブルーノの気持ちはよく分かるよ」 彼女には前科が色々とあるので、あの表情をしている際には迂闊に声を掛けたくない。 「剣と槍、か」 春香は隣り合っている二つの武器を見ながら呟く。 「攻めるとしたらどっちが良いのかな。やっぱり剣?」 呟いている言葉から察するに、攻防のことでも考えているのだろうか。 「いや、でも槍は槍で侮れないかも」 さらに真剣な表情で呟き続ける。 ワインは彼女の様子を見ながらフォローの言葉を口にする。 「やっぱり、戦いのことを考えてると思う」 「……俺様達が穿ちすぎてるのか?」 「ブルーノ。まだ安心しちゃ駄目だと思う」 あの春香だ。 安心してはいけない。 だが、彼女の口から流れ出てくる言葉は先ほどからまともな単語ばかり。 「長い上に先端に一発を持っていると考えたら、槍のポテンシャルは剣よりも侮れないかも!?」 二つの武器を眺めながら何度も頷く春香。 嬉しそうな顔をしているので、ワインはやっぱり戦いのことを考えているのだと気を抜いた。 そして春香に近付いて声を掛ける。 「ハルカは槍を気に入ったの?」 「うんっ! やっぱり槍が攻めで剣が受けのほうが萌えるよ!」 ワインの考えを吹き飛ばす春香の一撃。 思わず固まってしまったワインを尻目に、春香は満足した様子で他の武器を見に行く。 ブルーノとロイスは石のようになっているワインに近付いて声を掛ける。 「……だから言っただろう、ワイン」 「……ハルカ様なんだから気を抜いたら負けだよ」 「……ごめん。ブルーノ、ロイス」 さすが被害者だけあって二人の感覚を信じるべきだった、とワインは心底後悔した。 ~回答編~ 「剣と槍、か」 春香はふと無機物カプというものはどうだろうか、と考える。 「攻めるとしたらどっちが良いのかな。やっぱり剣?」 印象として剣は切れ味があり、また重厚なイメージで武器として人気もあるので攻めだ。 そして槍は細身であり剣と比べれば強度的に軟弱な感じがする。 つまり剣槍というのが基本スタイルだろう。 「いや、でも槍は槍で侮れないかも」 しかし槍頭は小さいながらも鋭い一発を持っている。 また、ここにある槍は柄が長い。 そのことに気付いた瞬間、春香の脳内に電撃が奔った。 「先端に一発を持っていると考えたら、槍のポテンシャルは剣よりも上!?」 剣は意外性がなく王道だ。 しかし槍には攻めに転ずるだけの意外性が存在する。 ということは剣槍ではなく、槍剣のほうが萌えるのではないだろうか。 ――ひょろ長い槍が柄を剣に傷つけられながらも、槍頭で一発逆転するって展開だとすると……。 春香は頭の中で妄想を爆発させる。 ――キターっ!! ヤバ、ヤバ、来たこれ!! 今まで無機物に手は出してなかったが、これはこれで妄想が興奮が進む。 ――ああもう、“あの子”がいないのが憎い!! これでごはん何杯いけるか話したい!! 何度も頷きながら春香は妄想を頭一杯に蔓延らせる。 と、ここでワインが近付いてきた。 「ハルカは槍を気に入ったの?」 「うんっ! やっぱり槍が攻めで剣が受けのほうが萌えるよ!」 元気よく答えたところで、弓と杖が目に入る。 ――あれもあれで……ありだよねっ! ワインの横を通り過ぎながら、あの武器ではどっちが受けでどっちが攻めなのかを考え始める。 しばらく興奮は収まりそうになかった。