リライトに用意された控え室は先ほどと違い、変な空気になっていた。 三人とも椅子に座っているのだが、どうにも会話がない。 その原因はもちろんのこと、最後に問い掛けられた少女の名前だ。 しかし修は黙っていてもしょうがないとばかりに、優斗へ尋ねる。 「聞いていいもんか? さっきのあれ」 アガサから発せられた名前を聞いた瞬間、彼は曖昧な笑みを浮かべただけだった。 知っているとも知らないとも言わず、決して否定も肯定もしなかった。 「僕は修やアリーに隠すようなことはしないよ」 優斗は肩をすくませて苦笑した。 ということは、やはり知り合いなのだろう。 次いでアリーが疑問を口にする。 「“アマミ・ユキ”。あの全身甲冑の子のことなのでしょうが……どのような関係なのですか?」 ある程度、予想はついている。 異世界人と思わしき名前。 そしてアリー達が知らない人物。 これだけであらかたの想像はできる。 優斗は少し真面目な表情になり、 「あの子は――」 「――大魔法士」 疑問に答えようとした瞬間だった。 ノックもせずにトラストの勇者と聖女が入ってくる。 アリーが青筋を立て、優斗は呆れ顔になった。 「……読めた?」 「いえ、さすがに無理ですわ」 まさかやってくるとは。 優斗とアリーの想像の範疇を平然と超えてきた。 トラストの勇者は優斗達のことなど無視して言葉を並べてくる。 「俺達とお前達は相容れない。言葉が通じないのであれば、戦うしかないという結論に達した」 「……それはこっちの台詞なんだけど」 「棚に上げる、という言葉の本場を見ましたわ」 状況が状況なら絶句していたことだろう。 けれどまだまだトラストの勇者は言葉を止めない。 「そして俺が勝った場合、大魔法士には俺の発言を受け入れてもらう」 「……はあっ?」 「お前には各国から女性をやり、子を産んでもらう。異論はないな?」 まるで巻き戻されたかのような言葉。 彼らが答えられなかったから終わったはずのやり取りは、再びここに現れた。 「……次から次へと面倒がやってくると思えば、ふざけたことをまた抜かしやがって」 ただでさえ若干厄介な話が一つある。 なのになぜ、こいつらの相手までしなければならないのだろうか。 学習能力がない馬鹿相手というのは、本当にめんどくさい。 内心どころではなく普通に舌打ちした。 すると、 「優斗、ここは俺らに預けろよ」 修が軽い調子で親友の肩を叩いた。 「……修?」 「お前はまた別個で問題があんだろ? だったらこっちは引き受けてやるよ」 いつものような明るい感じで修が言う。 それがあまりにもいつも通り過ぎて、優斗も気が抜ける。 眉と眉の間にあった皺がなくなった。 「あっちに関しては問題ってほど問題じゃないんだけどね。だけどこいつらの相手をしたくないから助かる」 「おう」 気軽に笑みを浮かべ合う二人。 トラストの勇者が怪訝な表情になった。 「貴様は自身の未来をリライトの勇者に託すというのか?」 「僕の家族が任せろと言った。だから任せるだけだ」 何を不可思議に思う必要がある。 一切ない。 「僕はこいつらのことを信じてるし、頼ってる。修やアリーが『任せろ』と言ってくれるなら、人生だって預けられる」 それが自分達の在り方だ。 「今回、僕は部屋でゆっくりしていよう。だから……」 優斗は挑発的な笑みでトラストの勇者と聖女を見据えた。 「お前達が負けた場合の条件だけは言わせてもらおうか」 「……なんだと?」 「ベットが無いのに賭けが成立するわけないだろう?」 自分達の言い分だけ通そうなど、虫のいい話にもほどがある。 「わざわざお前の挑戦に乗ってやるんだ。感謝しろ」 「……未来視を持つ俺にリライトの勇者が勝てると思っているのか?」 「どうせ勝つからと言われて、はいそうですかと掛け金を乗せないのは馬鹿のすることだ」 「……フン。いいだろう」 鼻を鳴らしてトラストの勇者が頷いた。 「では遠慮無く言わせてもらおうか」 優斗は狡猾な嗤いになる。 言うことなど一つしかなかった。 「もし修が勝ったなら、勇者をやめろ」 加えてエクトの隣にいる少女にも視線を向け、 「聖女、お前もやめろ」 優斗は向こうのベットを示す。 目を見張ったのはトラストの勇者。 聖女は想定外だったのか、視線を彷徨わせたあとにエクトを見た。 しかし優斗は特に大それたことを言ったつもりもない。 「僕にお前らの言い分を押しつけるというのなら、それが妥当なところだろう?」 「……ヤケになったのか、大魔法士」 「まさか。笑わせるなよ」 世の中、未来が見えたところで“どうやっても対処できない”相手がいる。 そのうちの一人が今回、トラストの勇者の相手だ。 ヤケになるわけがない。 「こっちの言い分を飲めないなんて言わないよな。お前は勝つんだから、こっちがどういう条件を持ち出しても大して興味はないと思うんだが?」 「……フン。その通りだ」 そしてトラストの勇者は勝負に乗った。 ◇ ◇ リライトの勇者とトラストの勇者が勝負をする。 加えて勝った方の言うことを訊く、という賭けがあることも勇者達に知れ渡った。 会議は一度中断され、屋外にある修練場へとヴィクトス以外の勇者が集まる。 修とエクトは少し離れた場所で相対し、どちらも自分の勝ちを信じて疑っていない。 けれど観戦する者達の中で平然と修の勝ちを信じている勇者は正樹、春香、イアンのみ。 他は一様に心配そうな表情になっていた。 その中で正樹だけは一人、首を捻る。 「なんで戦う前に未来視を使わなかったのか、ボクには分からないや」 そう、彼は未だ左目を眼帯で覆っている。 ということは未来視を使っていないのだろう。 理解できないといった正樹に対して、春香が分かってないとばかりに首を振る。 「そういうものだよ、奥の手を披露するって。様式美を分かってないなぁ、正樹センパイは」 春香的ベストとしては始まったと同時に『未来を知られる恐怖を覚えるがいい』とか言って眼帯を外してのバトル。 これが彼女としては一番笑える。 期待でワクワクしてしまう。 けれど正樹は分からないようで、 「様式美?」 「あ~……うん、そうだよね。正樹センパイ、普通だもんね」 少年漫画のような厨二バトルも駄目か、と春香が苦笑いした。 と、そこに源が話し掛けてくる。 「リライトの勇者が数多の神話魔法を使える『始まりの勇者』という話は聞いたことがあれど、大丈夫なのかい? 相手は未来視を持つ勇者。神話魔法とて未来を視られてしまえば使えるものではないはずだよ」 破格の威力がある神話魔法も当たらなければ意味がない。 いや、むしろ言霊すら詠めないだろう。 どれだけ攻撃力が高い魔法を使えるとしても、実際に使えなければ意味がない。 けれど、 「源さんは少し勘違いしてるかな。修くんって別に神話魔法だけが凄いわけじゃない」 「どういうことだい?」 首を捻る源に対して春香が笑う。 「ただ単純に修センパイって『無敵』なんだよ。神話魔法なんかなくてもね。まあ、ぼくはどうやって未来視を破るのか分からないけど」 ただそれでも、修が勝つのは絶対不可避だろう。 チートの権化だから。 「修センパイがどれだけおかしいのかは、始まれば分かるかな」 気楽な様子の後輩勇者二人。 源は修がどういう勇者なのかが分からなくなった。 けれど戦いを見れば分かる、というので戦いの場に注目してみる。 そろそろ始まりそうな雰囲気だった。 15メートルほど離れて二人は向き合い、 「準備はいいか、リライトの勇者」 「ああ、いつでもいいぞ」 両者共に右手に剣を持っている。 準備はもう万端だ。 「俺の未来視を恐れなかったことだけは褒めてやろう」 「そいつはどーも」 「しかし、だ。お前の余裕もそこでお終いになる」 トラストの勇者は眼帯に手を掛け、 「未来を視られる恐怖を覚えるがいい」 春香期待の台詞そのままを使い、眼帯を外した。 眼帯の下から覗かせた黄金色の瞳が修を捉える。 そして、 「…………っ!」 一切、動かなくなった。 というより、僅かに表情が強張っている。 観戦中の春香が目敏く気付き、頭に疑問符を浮かべた。 「どうしたのかな? 動かなくなっちゃったけど」 「まあ、そうだろうね」 不思議そうな春香とは別に、正樹は当然だとばかりに納得した。 どうやら彼は確かに未来が視えるらしい。 そして実際、余裕ぶって未来視を使っていなかったこともこれで判明した。 「正樹センパイ、解説ぷりーず」 「わかったよ」 頷く正樹。 源も興味深そうに耳を傾け……というか、観戦中の勇者全員が正樹の言葉を待っていた。 正樹は苦笑し、今の状況を解説する。 「まず眼帯を外したことで、未来視を使った。そこはいい?」 「うん。じゃないと格好つけた意味がないもん」 「だけど未来視がどういうものかは置いておくよ。というか別にどれでもいいんだ」 視界範囲の未来だろうが自身の未来だろうが第三者視点だろうが神の視点だろうが。 何だったとしても現状においてはどうでもいい。 「今のトラストの勇者の状況ってね。未来が視えても“どうしようもない”からこそなんだよ」 「どうしようもない?」 「そうだよ。基本的に攻撃っていうのは、魔法でも何でも範囲が広くない。神話魔法は別だけどね。だからトラストの勇者もこう思ってたんじゃないかな?」 正樹は固まっているトラストの勇者の心情を述べる。 「言霊さえ詠ませなければ、かわせない攻撃はないのだから負けるはずがない」 そして未来が視える以上、言霊を詠ませるわけもない。 さらに攻撃は全て先に知ることができるのだから、負ける要素は一つもない。 「けれどそれは、あくまで常識の範囲でのことだよ」 未来視を使ってもかわせないほどの広範囲攻撃。 それが神話魔法だけなんていうのは、常識が決めた罠にしかならない。 「優斗くんとか修くんって『敵が逃げられない攻撃』をやろうとすると、平然と横薙ぎ一つで全体攻撃できるんだよね。しかも攻撃範囲がとんでもなく広い。春香ちゃんもレアルードで見たよね?」 修が魔物を倒す時。 優斗が“堕神”の欠片を消し去った時。 正樹と春香は見ていた。 かわせる見込みがない攻撃を。 しかも軽くやっての所行。 ということは、もっとえげつない攻撃だって存在する。 春香は正樹の説明を聞いて、乾いた笑いを浮かべた。 「えっと……つまり逃げ道がない攻撃に未来視使ったところで残念賞?」 「そういうこと。逃げ道ないし、発動早いどころか一瞬だから先制できないし、威力も凄いから防げない。始まった瞬間から詰んでるって言えばいいのかな。だからトラストの勇者が未来視を使うなら、始まる前じゃないとどうしようもない」 もちろん正樹ぐらいになればかわせるし、防御だって可能だ。 けれどそれが平然と出来るのは、正樹がお伽噺クラスの実力者だからとしか言えない。 「まあ、全体攻撃をしなかったところで単純に能力の差がありすぎるんだよね。実力がなければ、やっぱり未来視は十全に能力を発揮出来ない」 「トラストの勇者は弱いってこと?」 単純明快な春香の問い。 それに答えたのは正樹……ではなく、 「勇者様は未来を視る完璧なる者! 弱いわけがありません!」 聖女だった。 ちょうどそこだけ聞こえた彼女は憤って否定する。 正樹が困った様子を見せると、ニアが続きを強制的に促した。 「トラストの勇者は実力がないのか?」 「う、うん。トラストの勇者は未来を視ることができるから、今まで挑む人なんていなかっただろうし、魔物退治だって何だって『些末な事』だから彼はやってこなかったんだよね?」 そして正樹はエクトの姿を見て断言する。 「当然、鍛錬だってしてるようには思えない」 強さを感じられない。 構えも自然さが見られず、実力者が纏う雰囲気がない。 「言い切っちゃうのも可哀想なんだけど、彼は特別に強いわけじゃない。そんな彼が未来視を使ったところで通用するのは中級者までだよ」 「完璧なる勇者様に鍛錬など不要です!」 またまた聖女が憤慨した。 正樹が困り果てて泣きそうになる。 けれど今度は話の続きを興味津々に待っている春香が促した。 「修センパイぐらいバグらないと、鍛錬不要とかないんじゃないの?」 「……そ、そうなんだよ。たぶん修くんぐらいじゃないかな、鍛錬不要って言い切れるのは」 逆に言えば、修の実力の上がり方が人間じゃない。 意味が分からないだけだ。 「だけどどうして通用しないの? 防ぐぐらいなら出来ると思うけど」 春香の疑問に正樹は首を横に振る。 「えっと……例えば修くんが横薙ぎで彼の右側頭部を狙うとする。もちろん未来が視えるなら対応する防御の構えをするんだけど、その瞬間に修くんは右脇腹に変更する。じゃあ、次はどうすればいい?」 「右脇腹に防御を変更する?」 「そっちを防御しようとすると、やっぱり右側頭部がガラ空きになる。だから攻撃は変更されずにそのまま」 「じゃあ、頑張って左手で受け止める……とか」 「そうなると反転して左脇腹に狙いを変更だね。どうやったってトラストの勇者の速度じゃ間に合わない」 「……どうすればいいの、それ?」 「どうしようもないよ。能力差が歴然としてるっていうのは、そういうことなんだ。未来視で視たからこそ対応しても、それについて反応される。結果、未来視が意味なくなるんだよ」 反応が対応に勝る。 これがまかり通るのは実力に歴然とした差があるに他ならない。 「しかも今、修くんは優斗くんの人生を預けられてる。普段みたいに遊ぶことはない」 余裕をかますことはありえない。 「だから――」 修の腕が動いた。 同時、右足を踏み込んで右腕を真横に振り抜く。 「――これでお終いなんだよ」 放たれた閃光は地面を抉りながら突き進む。 横一閃の攻撃。 真横に避けることはできず、加えて“一閃”だというのに飛び越えることさえもできない高さがあった。 威力も当然、トラストの勇者が防げるような生温いものではない。 未来が視えていたとしても、彼の実力ではどうしようもならない一撃。 故に――勝敗は決する。 リライトの勇者の勝利、という結果を以て。 ◇ ◇ 意気揚々と修が正樹達に近付いてくる。 まずは春香が労った。 「さっすが修センパイ、未来視の弱点を分かってたんだね!」 「なんだよ、弱点って?」 修が理解できてない表情になる。 「えっ、だって正樹センパイが未来視の弱点を解説してくれたけど……」 「別に未来が視えたってどうでもよくね? かわせない攻撃かませばいいだけだろ」 別に神話魔法なんて使わずとも何とでもできる。 春香が以前にも似たようなことがあったことを思い出して笑った。 「うわぁ~、でた。修センパイのノリで正解導き出すパターン」 「修くんはほら、考えるより感じるタイプだから」 「正樹センパイも同じじゃん!」 ノリで神剣を投げて、ノリで受け取って“堕神”の欠片を撃破した二人。 なんとなくで正解を導くことができるのだから、実に酷い二人だと春香は思う。 するとアリーが修に近付いて、笑みを零す。 「お疲れ様ですわ、修様」 「おう。優斗が頼ってくれたからな、いつも以上に張り切ったぞ」 絶対に一分の隙もないほど勝つ為に戦った。 「これで、あいつらはもう『勇者』でも『聖女』でもないんだろ?」 「ええ。そういう約束ですから」 二人は倒れているトラストの勇者と、彼を介抱している聖女に視線を向ける。 気絶させてはいないので、まだ喋る元気はあるはずだ。 修とアリーは彼らに近付く。 「先ほどの条件、忘れてはいませんわね?」 「……ふざけるな。あんなものは無効に決まっている」 「なぜでしょうか?」 「勇者の俺の言葉こそが正しい」 またふざけたことを抜かすトラストの勇者。 アリーが目を細め、どうしてやろうかと考える。 けれど何かする前に修が言葉を発した。 「お前さ、それ自己中なだけだろ」 修は彼の言っていることがあまり理解できていない。 どうして勇者が正しい、なんて変なことを言うのだろうか。 「俺はよ。“勇者だから正しく在りたい”と思ってる。けどな――“勇者だから正しい”なんて思ったことは一度もない」 どうして全肯定になる。『勇者』という存在は“何をやっても正しい”という免罪符にはなりえない。 「自惚れんな。自分が勇者だからって全部正しいと思ったら大間違いだ」 勇者だから正しいわけではない。 時には間違えそうにだってなる。 それが人間というものだと修は考えているし、だからこそ大切な人達が側にいてくれることが嬉しい。 後ろで話を聞いていた勇者達も一様に頷く。 「そうだね。だからボクにはニアがいるし」 「俺はレンドだろうな」 「ぼくには八騎士がいるんだよね」 正樹が、モールが、春香がそれぞれ大切な相手を紡ぐ。 間違えそうになっても止めてくれる人達がいるから、彼らは勇者として正しく在ることができると知っている。 「俺なんて特に問題ねーんだよな。なんたって、こいつら容赦ねぇからよ」 間違えさせてくれない。 どいつもこいつも、平然とイジめるように更正させてくる輩だ。 けれど、それはトラストの勇者にとって争点の範囲外。 「訳の分からないことを言ったところで、先ほどの話は無効だと伝えたはずだ。俺と彼女がいなければ世界は平和にならない」 絶対的な自信。 いや、敬われ崇められているからこその過信。 だからこそ断言する。 「俺がトラストの勇者だ」 「あたくしが聖女です」 トラストを代表する『勇者』と『聖女』。 それが代わることなどありえない。 すると正樹が初めて、否定的な口調になった。 「どうするの、修くん。ボクはこういう結末、あんまり好きじゃないよ」 言うだけ言って、自分達の不利は駄々をこねて了承しない。 これに納得するほうが難しい。 だが、 「別にいいんじゃね?」 修は軽い調子で、どうでもよさそうに肯定した。 「いくら勇者を名乗ったところで、こんな奴を誰が勇者だって認めんだよ。聖女だってそうだろ。負けたのに賭けは成立させませんってのは、ちょっとどうかと思うぜ?」 自分の思うとおりに進まなければ了承しない。 確かに優斗が評した通り、赤子だろう。 アリーも修の言い分に頷く。 「ミヤガワ・ユウトが人生を賭けたのに、貴方達は同等のものを差し出さなかった。そのような者を勇者として誰が認めましょう」 「少なくともトラストの民は認める」 「ええ、そうでしょうね」 未来が視える。 ただそれだけでトラストは彼を神聖な人物として扱っている。 「なので別案を出させていただきますわ」 ここまでは想定済みだ。 どうせ難癖を付けて、この賭けを成立させないということも予想の範疇。 だからアリーは振り向き、この場にいる勇者達に宣言した。 「リライトは他六国の勇者に対し、年に一度の勇者会議という場を設けたいと考えます。リライト、フィンド、クラインドール、タングス、モルガスト、リステル、ヴィクトスの七ヶ国による勇者会議。これを公式のものとして提案しましょう」 そして顔だけを振り向かせ、嘲るような笑いをトラストの勇者に向ける。 「勇者ではない者が勇者として居座るのならば、それはもう勇者会議として破綻していますわ。ですからわたくしは真の勇者達による会議を望みます」 この男は勇者じゃない。 その賭けが成立していないのは彼らだけだ。 自分達には確かに成立している。 「ゆ、勇者様を除け者にするつもりですか!?」 聖女が怒鳴り声をあげた。 けれどアリーは知ったことじゃない。 「では今の勝負は何だったのか、ご説明願えますか?」 「貴方達があたくし達の言うことを聞かないからです!」 「駄々をこねる赤子の言うことを聞く義務がどこにあるのでしょうか?」 「勇者様が言っていることは正しいからです!」 「……はぁ、話になりませんわね。先ほどの繰り返しになってしまいますわ」 面倒だ。 どうせ通用しないのに、会話をする必要を感じない。 アリーは話を元に戻す。 「どうか皆様にはご一考のほどを。今回の会議以降、リライトは参加いたしませんので」 「誰が認めると言うのだ、そんなふざけた提案に」 トラストの勇者が吐き捨てるように睨む。 しかし、 「私が認めるよ」 唯一、すぐに言葉を発した者がいた。 タングスの勇者――源だ。 皆が注目する中、最老の勇者は穏やかに話す。 「トラストの勇者。私はね、君の言い分を聞いてきたよ。『死ね』と告げられても怒鳴ることさえせず、ただ切々と君と対話をしてきた。それは君達が『世界の平和』というものに対して真摯だと思っていたからだよ」 エクトが勇者になってからというもの、常々言われてきた。 なのに憤らずに応対していたのは、彼らは彼らなりの正義があると思っていたからだ。 「けれど君達が求める平和は私の求める平和とは違っているね。君達が求めているものは、私からしてみれば『支配』と呼べるものだ」 「……耄碌したか、タングスの勇者」 「いいや、そんなことはないよ」 人を人として見ずに駒として扱う。 これが平和を築くやり方だと言うのなら、自分は違うと断言する。 「故に私はアリシア王女に賛同しよう。それが私の勇者としての在り方だ」 そして周りにいる若い勇者に柔らかな視線を向ける。 「君達はどうしたい。勇者の名を持つ者として、どう判断を下す?」 優しい問い掛け。 けれど誰よりも長く勇者をしているからこそ響く、強い意志。 それに真っ先に反応したのは正樹だ。 「ボクもこの勇者会議は抜けるよ。さすがに黙って見過ごすなんてことはできないし、何よりトラストの勇者が言ってる平和には賛同できない」 「ぼくもあんまり、納得できないかな。だってぼくも正樹センパイも小さなことでも人助けをしてる。それが勇者だと思うし、ぼくが望むことだからやってきた。それをさ、些末なことで済まされちゃたまんないよ。トラストの勇者達は何一つやってないのに」 続いたのは春香。 彼らの言葉は大局を見ている、と言えば響きはいい。 だが、見ているだけだ。 言葉を出すだけで、動くことも何もしない。 それだと春香の心には何も響かない。 さらにモルガスト、リステルの勇者も同意する。 「ブレないのは素晴らしいことだと思うが、俺はお前達の言っている意味が分からない。まだ大魔法士のほうが理解できる。あいつも言葉の押し付け……というか強制をするが、それでも言っていることは真実であって、理解できないことは言わないからな。加えてアリシア王女や大魔法士の問い掛けを答えられなかったことから考えても、信用できる要素がない」 「私が思うことは単純に一つだ。貫き通した先に理解がなければ意味がない。我が最愛の義弟と妹が良い例だろう。あの二人は貫き、理解され、世界から祝福された。つまり私が言いたいのは、どれだけ貫こうとも世界から理解なき平和は真の平和ではない、ということだ」 モールは苦笑混じりに告げる。 イアンは的外れな例えを出しながらも、最後は間違ってない。 結論として、ここにいる勇者は全員がトラストの勇者の言い分を認めていなかった。 「貴様等、揃いも揃って……っ!」 「勇者様を除け者にするなんて酷いです!!」 反発する二人は憤慨した様子を見せるが、アリーは冷酷な視線で貫く。 「発言力があるなど、到底思わないほうがよろしいですわ。誰の目からどう見ても非はそちらにある」 「ふざけているのか? 俺は――」 「――トラストの勇者だから、何だと言うのでしょうか?」 何の意味もない。 勇者が集まっているこの場では、役に立つわけがない。 「このような多国間の会議である場合、多勢を引き入れるに必要とするものは信用と実績。ミヤガワ・ユウトの発言力が高い理由は、今までの実績と『大魔法士』という世界に名だたる二つ名に加えて、彼個人に対する信用があるからですわ。しかし貴方達には何もない。信用されるだけの協調もなければ、何かを成した実績もない。言葉だけが先走り、それを押し付けて信用も失墜させる始末」 耳を傾けようなどと思うはずないだろう。 「“俺は強い”“俺は凄い”“俺は完璧だ”“あたくしは平和を望む”“あたくしは命が平等だと思うから頑張っている”。どれほど言葉を並べても、証明がなければ意味もありません」 例えばパラケルススと契約を交わした。 例えばお伽噺の魔物であるフォルトレスを倒した。 例えば一都市を救う為に万を超える魔物を一瞬で屠った。 その“例えば”を持っていないトラストの勇者達は、何の根拠も力も存在しない。 「赤子の空想には誰も聞く耳を持ちません」 ◇ ◇ 修とアリーはリライトの控え室へ戻る。 優斗は目を瞑ったまま、二人を出迎えた。 「ん、お帰り」 「おう」 さして結果に興味がないのか、優斗は特に何も聞かなかった。 なので修とアリーは疑問となっていることを話し始める。 「結局のところ、あいつなんで戦う前に未来視使わなかったんだ?」 「どれだけ馬鹿だとしても、そこは腑に落ちない点ではありますわね」 二人を首を傾げる。 けれど優斗が口を開いた。 「魔力消費の問題だと思うよ」 閉じていた目を開けて、二人に視線を向ける。 「愛奈も腕輪として着けてるけど、魔力を意図的に抑制する魔法具は存在する。トラストの勇者にとっては眼帯がそうなんだろうね」 「でも、なぜ……」 そんなものを必要とするのか。 「簡単な予想を言うなら、自分の意思で扱えないからだよ。勝手に発動するものなんじゃない? 黒の騎士事件の時みたいな場合……はレアケースすぎるから、おそらくは魔力のコントロールが下手なだけだろうね。しかも未来視なんてもの、聞いただけでも魔力の消費量が激しそうだ。だから戦う時以外は使わなかった。使えば勝てると勘違いしてたろうしね」 長時間使用し続けられるようなものでもないはず。 あくまでこれは勘だが。 「つーか、あいつら厄介すぎんだよ。何であんだけボロクソに言われて通用しねーんだ? お前とアリーが心へし折るぐらい言ってんのに、何も堪えてねーし」 修が頭を掻いた。 普通の人間なら、すでに叩きのめされているはず。 なのに彼らは何も堪えてない。 「“自分の世界”があるから、じゃない?」 「優斗、なんだそれ?」 「自分が考えている範疇外は認めないってこと」 「……だからって、あんなことになるのか?」 「凝り固まった考えは他を拒絶するからね。要するに『“平和”とは自分達が考えているもの以外はありえない』から、他の人達が考える平和を受け入れない。許容するという器は一切ない」 「……酷いな、それ」 「どの時代、どの世界だろうといるもんだよ。こういうのはね」 自分達がいた場所でも、この世界でも。 いてしまうのだから仕方がない。 今回はそれが勇者だった、というだけだ。 優斗はうーん、と伸びをする。 「とりあえずトラストの件はこれで一時休止?」 「そうですわね。トラストと現場にいなかったヴィクトス以外はこの勇者会議を拒否しましたから」 「じゃあ、ちょうどいいからヴィクトスの方を説明しておく」 軽い調子で二人に視線を向ける。 気負った様子はないが、それでも普段より僅かに空気が重かった。 「アガサさんの言った子が、僕の知っている子だという前提で話すよ」 優斗の表情が真剣みを帯びる。 修もアリーも佇まいを正し、聞く態勢を取った。 一つ深呼吸をして、優斗は話し始める。 「彼女は“天海優希”。端的に言えば僕のはとこ」 数年前、会ったことがある少女。 「そして――」 決して断ち切れない因縁を持った存在。 「――僕が殺した夫婦の娘だ」