今、男が立っているのはゲイル王城内にある牢屋の前。 牢屋の中に幼い少女が一人、佇んでいる。 少女は一言も声を発することもなく、まるで人形のように動くこともない。 この幼子はセリアールにおいて、歓迎されるべき異世界人であるというのに。 なぜ、このような扱いになっているのか男には理解できない。 しかも今、この国の王と一部の貴族は少女を売り飛ばす計画をしている。『この国に“ ”は要らない』 だから幼子は必要ない、と。 そう言って。「……っ」 男は何をふざけたことを、と言い返したかった。 正しいと思えない。 正しいわけがない。 なぜこの子が要らないと言えるのだろうか。 傲慢すぎるにもほどがある。 だから男は決めたのだ。「王の座を奪い取る」 父を蹴落とし、腐った貴族を切り捨て、自らが王となる。 そして男の憧れにして理想の王――リライト王のように、強く正しく、そして異世界人が幸せに過ごせるように。 頑張ろうと決めた。 そう、決めたはず……だった。 けれどそれでは遅かった。 時間が決定的に足りなかった。 正しさは正しさでしかなく、ふざけた暴論を打ち崩す最短の答えではなかった。 対抗しようとも、国の利益になるという一点において代案を男は打ち出せなかった。 だから、だろう。 男がほんの数日、国を離れた間に少女は売られていた。 真っ向から反対していた自分がいない間に、彼らは事を済ませていた。 もう叫んだところで何も変わらない。 契約は済み、すでに渡している。 だから男は悔しさと苦しさと、狂おしいほどの失意に呑まれる。 なぜ、この国は他国と違うのだ、と。 他の国のように異世界人に敬意を持っていないのだ、と。 心の底から思う。 リライトは四人同時に召喚され、四人を大切な『異世界の客人』として扱っている。 同様に二人が召喚されたイエラートは両方とも守護者として、そして差異なく平等に大切にしている。 だというのに、だ。 いくら提案されたからといって、それに乗るのは国としておかしい。 幼い少女を売り飛ばすことが正しいなどと、誰が思ってやるものか。 けれど、ある時だ。 父の代理で各国の王が集まる会合に出ると、憧れの王が言ったのだ。「我が国で一人、異世界人を保護することとなった。名はアイナと言い、まだ幼い少女だ。彼女はリスタルの貴族へと売られ、六将魔法士ジャルへと売られ、奴隷同然の扱いをされているところを大魔法士が救い出した」 リライト王は僅かに険を含めた視線をリスタル王へと送りながら、各国の王へと通達する。「どの国で召喚されたのか、はたまた我らが知らぬ召喚陣によって召喚されたのかは分からない……が、どうでもいい。リスタルの貴族がふざけたことをやってくれたが、それもどうでもいい。だが保護した以上、彼女は我が国における『異世界の客人』――つまりリライトの異世界人とさせてもらう。これはリライトだけで助けたわけではなくフィンド、マイティーとの共同作業によって行われたこと。そしてフィンドの勇者、マイティー第五王子も彼女が後ろ盾となってくれていることを伝えておく」 三国の代表としてリライト王が話しているのだろう。 事情を知っているフィンド、マイティーの王達も同意し頷く。 ではなぜ、今この場で話したのか。「今後、アイナに手を出す国があれば我が国を含めた三国は全てを賭して相手となろう」 これ以上、傷つけさせはしない。 相手が人であろうと国であろうと、何であろうとも。 絶対に許さないことを宣言した。「滅ぶつもりがあるのなら、かかってこい」 そう言って、リライト王は他二国の王や異世界人を大事に扱っている国へと微笑んだ。 男は話を聞いて、心の底から同意をする。 ああ、そうだ……と。 これこそが正しい在り方なのだと。 自国こそがおかしいと、あらためて思い知らされる。 そしてこの場で名乗り出ようかとも考えたが、それでは自国は変わらない。 協力こそ願えるだろうが、根本的な解決にはならない。 後ろ盾を持った幼い異世界人に対して腐った貴族や父、そして『 』が再び何かしら目論む可能性さえある。 であれば、自分は全てを把握する必要があった。 そのために必要な権力も欲する必要があった。 だからこそ男は今一度、思う。 王になる、と。 今度こそ幼い異世界人を守るために。 ◇ ◇ 優斗とエリスと一緒に王城へと登城していた。 二人が呼ばれた理由は二つあり、一つは宮廷魔法士試験合格の知らせ。 もう一つは――愛奈に関する情報がゲイル王国よりもたらされたからだ。 先日、ゲイル王国は体調を崩して崩御した先王に代わり第一子が新たな王となったのだが、その人物は王となるやリライトへ内密に連絡を取り極秘に会談したいと申し出てきた。 内容が内容だけに王様もすぐさま了承し、ゲイル王は最低限の護衛を連れてリライトへとやって来たわけだ。 今、王城にある一室にいるのは王様、ゲイル王、優斗、エリス、マルスの五人。 ゲイル王からもたらされた情報を聞いた優斗は、一度だけ深呼吸をした。「まあ、そうであってほしくないと思っていたことだったが……」 知ったのは愛奈がゲイル王国に召喚されたこと。 そしてもう一つは、「愛奈と共に召喚された異世界人、か」 ゲイル王国には『ゲイルの異世界人』が存在していること。 優斗はその情報を吟味し、想像し、未だ誰も分かっていないことに対しての道標とする。 そして、そこには確実性の高い“最悪”が存在してしまうからこそ、意図せず大気を震わせてしまうほどに怒りが込み上げていた。 王様は張り詰めた空気と共に音を鳴らし始めた窓へ視線を送ると、優斗を窘める。「落ち着け、ユウト」「……すみません」 高ぶった感情を落ち着けるために、優斗は目を瞑ってもう一度だけ深呼吸をする。 王様は優斗の様子に理解を示したが、同時に王城へ住んでいる二人を同席させなかったことに安堵していた。「まったく。アリシアとシュウをタクヤ達に頼んで本当に良かった」 あの二人もこの場にいてしまえば、確実に収拾が付かなくなる。 それほどまでにゲイル王の話は強烈だった。 マルスもエリスも表情にこそ出してはいないが唖然としている。 一方で優斗は少しばかり落ち着いたのか、王様に視線を送った。「幾つか気に掛かることがあります」「我もある」 今現在、『ゲイルの異世界人』がいることは周知の事実。 つまりゲイル王の言葉を信じるならば、ゲイル王国の異世界人召喚は本来であれば“二人”されている、ということ。 だから優斗はゲイル王に視線を向けた。 彼から言われるであろう予測はある。 最悪すぎるほどの人物を優斗は頭に思い浮かべている。 けれどまずは訊かなければいけない。 最悪の予想が事実だということを、知っておかなければならない。 と、ここでゲイル王から冷や汗が流れていることに優斗は気付く。 どうやら思っていた以上に険を含めた視線を向けていたらしい。「別に責めているわけじゃない。そちらが召喚した異世界人に対しての立場もあるだろうし、愛奈を売り飛ばしたのは前王がやったことで貴方に非はない。そして――国内を上手く統治できていないからこそ、好き放題している貴族がいることも理解はしている」 優秀であろうと、王になったばかりの人間が様々な思惑が入り交じった国を統治するには難しいだろう。 しかも下衆が権力をある程度でも持っているのなら、なおさらだ。「だから知っていることを嘘偽りなく、全て明確に話せ」 そして情報を吟味した上で、どう動くのかを決める。 優斗は暗にそう伝えた。 ゲイル王は強張らせた表情のままではあったが、優斗の言葉を受けて頷きを返す。「……まず念頭に置いていただきたいのが、我がゲイル王国の異世界人は“アイナ様と何の関係性もない”と仰っていること」 赤の他人だということを宣言している。「ですが私は、このことを信じていません。そして私個人はあくまでアイナ様こそが主として召喚された異世界人だと思っているからこそ、アイナ様の件は余計に許しがたいことだと思っています」 ただでさえ売り飛ばすなど許されないことだが、殊更に許せないと思ってしまう。「それは召喚された状況から鑑みて、愛奈が主として召喚されたと思っているのか?」「その通りです、大魔法士様」 断言するように頷くゲイル王。 優斗は考える仕草を見せると、とある問い掛けをした。「召喚された時、愛奈の様子はどうだった?」「意識を失う寸前で朦朧とされておりました」「そのあとはどうした?」「少しして意識を失ったアイナ様を、我々は……」 言い淀み下を向くゲイル王。 けれど再び顔を上げると、自分達の国がやった愚行を声にした。「……牢屋へと幽閉しました」 ゲイル王の告白に、マルスとエリスは再び声を失う。 一方で王様と優斗は表情一つ動かさず、さらなる情報を引き出そうとする。「では我からも確認だ。ゲイル王国の異世界人は『国を守る』ことを頼むはずだからこその、愚行だということか?」「リライト王の仰るとおりです」「召喚した早々で愛奈へふざけたことをやっているが、利用方法を考えた結果として幽閉したわけか」「……はい。大魔法士様の考えているままに、我が国は最低なことをやったということです」 粛々と頷くゲイル王だが、エリスには意味が理解できない。 なぜ召喚された少女が幽閉などされる必要があるのだろうか。「……ユウト、おかしいわよ。いくらなんでも召喚されてすぐにアイナが幽閉されるなんて――」「幼い異世界人など価値がないことは、誰であれ簡単に分かることです。さらに売り飛ばすために物事を考えるなら、愛奈を衆目にさらすのは下策になります」 異世界人本来の価値を見出すことができない。 年齢という一点だけで通常の価値から弾き出される。「もしくはゲイルの異世界人が『余計なことを言われては困る』と思ったか、ですね」 優斗の予想としては両方だ。 だからこそ愛奈が幽閉される、という事態が起こった。「ユウト君は一体、何が起こったと考えているんだい?」 おそらく優斗の考えでは一つの予測が高い確率で起こっていると踏んでいる。 それは何なのだろうかとマルスは尋ねた。「愛奈について、未だ把握していないことが僕達にはあります」 優斗は全員を見渡すように話し始める。 これはおそらくゲイル王ですら分かっていないことだ。「一つは愛奈が召喚されるに満たした条件。もう一つは『愛奈』という名を誰が知っていたのか、ということです」 以上の二点が重要だというのに曖昧になっていること。 しかし王様は優斗の疑問に首を捻る。「どういうことだ? 条件は知っての通り死にかけた者であり、名はアイナ自身が知っていた……というわけではないのか?」「僕が疑問としているのは『どのように死にかけたか』が不明瞭であること。名に関しては異世界人だからこその疑問です」 優斗は今一度、情報を確認するように話を続ける。「まず前者についてですが、異世界人の召喚において主として召喚される異世界人は一人。ただし偶発的な要素によって、僕達のように巻き込まれる異世界人が存在します。召喚範囲はうちの勇者をモデルとして最大限考慮すれば、直径でニメートルといったところでしょうか」 修に関してはある意味、色々と要素がありそうで当てにできない。 とはいえ現状、最大の人数を以て召喚されているのが修なので、優斗は仮定として自分達の召喚を最大範囲にする。「続いて異世界人の召喚条件は総じて“死にかけている者”。とはいえ対象者に関しては真っ当な人間も多いことから、ある程度は善人であることも条件に引っ掛かるかもしれませんね。そして病死や寿命などは条件から外されているでしょうが、それ以外の死に方については今のところ種類を問わず召喚されていると思います」 本当に様々な原因で召喚条件は満たされる。「例えば事故死であったり、自殺であったり、もしくは――他殺です」 最後に優斗が言ったこと。 それを余韻に残すよう告げたからこそ、彼の予想が簡単に導き出される。「……ユウト君はアイナが誰かに殺されかけた。そう言いたいのかい?」「あの子の様子を見ていると、そう考えられるぐらいの出来事があったと思います」 そして優斗がその予想に至ることとなった妹の様子を話し始める。「愛奈が首元に何かを巻いたりすることが駄目なこと、義母さん達も知っていますよね?」 例えばチョーカーであったり、そういった類いの物が愛奈は駄目だ。 当然、両親である二人は首を縦に振る。「首元に何か付けるのが苦手な人はいるんだし、仕方ないわよ。苦手ならやらなくていいと私は思うけど、アイナは頑張り屋だから頑張るって言ってるわ」「違うんですよ、義母さん。あれは苦手以上の……おそらくトラウマなんです」 生理的に苦手、というわけではない。 それだけだと優斗は思えない。「ちょ、ちょっと待ちなさいよ、ユウト。トラウマだったら私やフィオナがやったところで駄目なんじゃ――」「義母さんやフィオナだから、頑張れるんです。今、義母さんが言ったことですよ。あの子は頑張り屋だと」 そして優斗は自身に起こった出来事すら予想に組み込める要因として考える。 優斗もエリスによって、トラウマに近いことを克服した。 エリスが差し出してくれた手によって、彼女を義母だと思えるようになった。 つまるところ優斗や愛奈のような“愛情”を知らない人間にとって、トラスティ家の人達が与えてくれたものはトラウマも克服できるほどに尊いものであるということ。「けれど今の愛奈はまだ、一人だと出来ません。絶対にチョーカーなどは付けらません」「ジャルがアイナに嵌めていた首輪が原因、ということは考えられないか?」 王様がもう一つ、原因になるであろうことを口にする。 優斗も確かに可能性として考えていたので頷いた。「首輪を付けられていたことも、一つの理由だとは考えられます。けれど言い方は悪いですが、愛奈のトラウマとなるには“まだ弱い”」 それだけで妹がトラウマになるには至らない。「だから、たぶんなんですけどね……」 幼い少女が首元に何かをすることが駄目な原因は、もっと前に根付いてしまった出来事。 最低の事実がそこにある。「愛奈が満たした召喚条件は、おそらく絞殺です」 ずっとなのか、その時だけなのかは分からない。 けれど根元に巣くうのは、首を絞められたことだろうと優斗は考える。「ユウト。お前が言ったことは、可能性としてどれほどだと考えている?」「九割の確率で当たってると思っています」「……そうか」 王様は大きく息を吐いた。 優斗はこういう時、妹だからといって『辛い過去』などあるわけがない、あってほしくない……とは考えない。 事実は事実と認識して、だからこそ愛情を注ぐ。 「そしてもう一つ、知らないこと。それが愛奈の名前です」 優斗は次の疑問へと移った。 これに関しては、存在してほしくない事実すら含まれていく。「愛奈は向こうの世界に疎い子です。だから自分の名前は知っていても、向こうの世界の文字で書けるわけじゃない」 優斗は手元にある紙に『愛奈』と漢字で書く。「副長が調べた紙に異世界の文字で名前が書かれてあったのは、僕も覚えています。だから最初、僕は愛奈が自分の名前を書けるものだと勘違いしていました」 優斗は王様達に自分が書いた愛奈の名前を見せながら、さらに話を続けていく。「向こうの世界で僕達の国が使う文字は雑多に言えば三種類。カタカナ、ひらがな、漢字と呼ばれるものですが……愛奈はどれも書けません。加えて漢字の名前というものは、様々な種類があります」 そう言いながら優斗は紙に『愛菜』『藍奈』『亜衣那』と多種の名前を書いていく。「これは全て『あいな』と読める名前です。けれどあの子は、この漢字という文字を書けません」 だから愛奈は『真っ白な女の子』だ。 向こうの世界の常識も知らず、こちらの世界の常識も知らない女の子。 けれど優斗は愛奈が召喚された状況を詳しくは聞こうとしなかった。 妹が悲しんだりしないように、聞きだそうとは思っていなかった。 しかし、「じゃあ、ここで疑問が一つ。“誰”が愛奈という名の文字を知っていたのか、ということ」「た、例えばネームタグとか持ってたら、一緒に召喚された異世界人だろうと判断ぐらいは……」「義母さん、僕はそんな希望を持って予想しないんです。常に最悪な状況から予想をします」 宮川優斗は常に最悪の選択を基本骨子として考える。 しかもその確率が高ければ高いほど、希望を必要としない。「一番可能性が高いのは、愛奈を売り飛ばす際にゲイルの異世界人が『愛奈』の文字を書いた。そう考えています」「……大魔法士様の仰るままです。トラスティ公爵夫人には辛い事実だとは思いますが、アイナ様が召喚された時に持ち物は一つもなく、また衣服等には何かしら名前と察することのできるものは書かれていませんでした」 ゲイル王が優斗の想像を肯定したことから、余計に最悪な可能性は高まっていく。「だから問おうか」 優斗は一度大きく息を吐くと、あらためてゲイル王に向き直った。 「愛奈と一緒に召喚されたのは“誰”だ?」 今現在、ゲイル王国の異世界人として存在している人物。 愛奈の名前を知っていた人物。 その名は、「ユズキ・エリ様。それが――ゲイル王国における異世界人の名となります」 ゲイル王の話はさらに続いていく。「我々はエリ様にここが異世界であること。また召喚するに至った我々の理由を伝えました。そして了承を得たあと、アイナ様についてどうするかを話している際にエリ様はあることを言いました」 まるでどうでもいいかのように、彼女はあることを提案した。「自分が召喚されたのだから、おまけのあいつは必要ないのではないか、と。であれば『どのように金にするかを考えたほうが建設的だ』というエリ様の意見に、先代の王である父や一部の有力貴族が同調しました」 異世界人が必須だと考えていても、二人いるのであれば一人は必要ない。 それが幼子であれば、さらに納得のいく意見となってしまう。 けれどそれがエリスには理解できない。「アイナがおまけなわけ――っ!」「義母さん。先ほども言いましたが、幼い異世界人に価値があると思いますか?」 大声で否定しようとするエリスを優斗が止める。 あくまで第三者視点で考えれば、やったこと自体は想像できる範疇ではあるからだ。「国を守ることは頼めず、他のことを願おうにも幼すぎて意味がない。それでも他にいないのであれば、問題はないでしょう。けれどゲイル王国にはもう一人、異世界人がいる。であれば幼い異世界人は存在する意味などなく、国に置いておく価値がない」 異世界人を国を守る一つの装置だと考え、道具だと見做せば“売る”という考えも生まれる。 大抵の国ではありえない考えだとしても、“大抵”だとすれば少数はそう考える国もあるということだ。「あの子のこと……本当に邪魔でいらなかったってこと?」「目先の利益の目が眩む人もいる。愛奈を育て国を守るよう頼むよりも、高額で売り払ったほうがいい。そう考えたんですよ」 優斗は言いながら、大きく嘆息した。「本当に反吐が出る」 最低であり最悪。 しかもそれを幼い少女にやったからこそ、余計に憤ってしまう。「さて、再びゲイル王に質問だ」 優斗はゲイル王に振り向き、未だ疑問となっていることの回答を求めていく。「なぜ一緒に召喚されたのかを、ゲイルの異世界人はどのように説明したんだ?」「記憶が不明瞭だ、と。そう答えています」「だとしたらゲイル王国はどのように判断した?」「アイナ様は何らかの原因によって巻き込まれた。そう判断しました」 切々と過去にあった事実を答えるゲイル王だが、今の返答にマルスが首を捻った。「それはおかしいのでは? アイナの意識が朦朧としていたのなら、召喚されたのは衰弱しているアイナだと考えるのが普通だ」「そのことは本来一人であるはずの召喚が、もう一人現れたことによる弊害だと結論づけました」 複数人の異世界召喚は何かしらのトラブルを起こす場合がある。 一つの例を挙げるとすれば、優斗達が召喚された時は召喚場所がずれた。 こういった事情も僅かながら存在するからこそ、自分達の思うように弊害が生まれたと決めつけることも出来る。「あまりにも無理矢理だとしか思えませんが、父やエリ様はその意見で話を通しました」 そこから先の道筋が決まるには、あまりにも早かった。「最初の会話で売却の決定してしまえば、アイナ様を幽閉するにも時間は掛かりませんでした。幽閉したあとは水面下での売却先の選択です」 高額の金を払ってくれる人物、国、そういったところを選んでいき、「そして結果としてリスタルの貴族へ売却が決まった、というわけなのだな?」 王様の結論にゲイル王は素直に首を縦に振る。「率直な感想を言うのであれば、度し難い。それで済む」 異世界人の召喚というものに対して、あまりにも不誠実きわまりない。 王様はそのような国があることに落胆してしまう。 とはいえ、このことを説明するためだけに来たわけでもないだろう。「ゲイル王よ。我らに対して何の目的があって、今のことを語った?」 ここからが本番だ。 内密でなければいけなかった理由。 それを王様は問い掛ける。「オルノ伯爵を筆頭とした貴族は今、アイナ様を再び利用しようと考えています」「なぜ、そのようなことになる? 我は王達が集まった場にて、アイナを助けたこと及び手を出せば滅ぼすとまで宣言しているぞ」 それでもいいのであれば、かかってこいとも言ったが。「その発言は代理として出席した私も先代の王に伝えました。しかし彼らはリライトの言葉を悪しく受け取っているからこそ、問題ないと思っているのです」「リライトの言葉を悪しく受け取る、だと?」 ゲイル王は一つ頷き、自国の貴族達の愚かな考えを伝える。「『リライト王国は異世界人に優しい』。その意味をはき違えているのです。召喚した国へ帰したほうがアイナ様のためだという、ふざけた論理を持って」 リライトの異世界人に対する扱いは、色々と便宜を図るものだ。 召喚してしまったからこその贖罪の意味も込めて。 けれどゲイル王国にいる愛奈を売り払った連中は違う。 リライト王国が異世界人に対して優しいということは、融通が利くものだと思い違いをしている。「そして彼らは再び、アイナ様を売り払う計画をしています」「……我が国を舐めている。そういうわけか?」「王である私も含めて、です。あくまでアイナ様に対する主導権は自分達が握っていると勘違いしています」 愛奈に関しての中心は自分達だと思っている。 だからこそ何をやっても問題ないと信じている。「私は今、他国へ外遊していることになっています。そしてリライトへ行く予定になっていない以上、動き出す可能性は高い」 常々、目を光らせていた存在が公務でいなくなる。 ということは、この好機を逃すことはしないだろう。「私はアイナ様の件で何も防げなかった。粗末に扱うことも、売り飛ばしたことも……」 一つたりとも駄目だった。 やりたいこと、願うこと、想うこと全てが駄目だった。 ゲイル王は振り絞るように声を震わせる。「間に合わなかったのです……っ!」 正しいことを、正しくできなかった。 どの国でさえ不可侵であることを犯す貴族を、父を、ゲイルの異世界人を、止めることができなかった。「王になった今でさえ、私の意向を無視して再びアイナ様を傷つけようとしている輩がいる。私はこのようなことを許す王になりたくないのです」 目の前にいる、憧れた王のように。 正しいことは正しいと胸を張りたい。「けれど私は……、止められない私が歯痒くて仕方がない!!」 力が足りない。 王としての器が小さいことも知っている。 足掻いたところで、自分の手で収められない。「だからこそ誓約を。私の権限においてアイナ様を害する我が国の全て、どれだけ傷つけても構わないと貴国へお伝えします」 真っ直ぐに王様を見据え、ゲイル王は話す。「事態はいつ動くか分かりません。その際、私とすでに話がついているのであれば動きやすいかと」「……ゲイル王よ。それが王となったお前の覚悟か?」 王様の問い掛けに対し、若き王は強く頷く。「私はアイナ様を守るために王となった」 正しいことを叫ぶために。 自国の最悪な出来事から救われた少女が、幸せになれるように。 「だから――これが私の覚悟です」 人道を踏み外した者達を許すことはしない。 許してしまい、同じところまで堕ちるつもりもない。 と、その時だった。「義父さん、義母さん」 優斗が義両親のことを呼んだ。 突然のことに何事かと思うマルスとエリスだったが、優斗は真剣な眼差しで問い掛ける。「どんな事実があろうとも、愛奈は最愛の娘ですよね?」 あまりにも当然すぎること。 優斗とて誰よりも近くで見てきた。 マルスとエリスが愛奈のことを愛し、育ててきたことを。 けれど今一度問い掛けるということは再確認したかった、ということ。 愛奈の父親と母親が誰であるのかを。「当たり前だ」「当たり前よっ!」 そして二人は強い意志を持って告げる。 自分達の娘は二人いることを。 トラスティ家には次女がいることを。 いっぺんの曇りなく二人は答える。「だとしたら、ここではっきりさせましょうか」 優斗は義両親の覚悟を聞くと、ゲイル王へと向き直る。「貴方はゲイルの異世界人と愛奈の関係について、どのように思ってる?」「……やはり大魔法士様も同様に思われますか」 共通の懸念、考えがあるからこその答え。 優斗もゲイル王も唯一の確信ともいえるものがあるからこそ、唯一の回答に辿り着いてしまう。「ああ。おそらく“これ”が、あいつらの持つ切り札だ」 本当に、吐き気がするほどに最低の事実がある。 だからこそ彼らの傍若無人な行動が“許される”。 不明瞭だと宣った記憶でさえ、絶好の理由になる。「あの子の過去はまだ、断ち切れてない」 優斗が愛奈のことを妹だと思えるほどの似通った過去は、未だセリアールに繋がっている。 「ゲイルの異世界人。こいつはおそらく愛奈を異世界召喚へと誘った張本人にして――」 どうあがいても繋がりが存在する、恐怖の対象。「――産みの母親だ」