修のお願いに沿って、最初にアリーが簡単な世界史を始める。「まず、この世界は『セリアール』と呼ばれています。三つの大国を中心として大小様々な国が存在しており、その全てが基本的に不可侵条約で結ばれていますわ。今、シュウ様達がいるのは大国の一つ、リライト王国。他の国では珍しい四季というものが存在する国です」「春夏秋冬があるってことか?」 修が口を挟む。どうやら自分達が住んでいた国と大した違いがないように思える。「そうですわ。年ごとに折々の風景を見ることができるのは、旅人にとって絶好の観光になります。なので長期滞在者が多いのも特徴ですわ。そろそろ春真っ盛りになりますので、桜などが見頃になります」 特に時差があるわけでもなく、三月の終わりに召喚された修達は同じく三月の終わりにセリアールへと到着した。「また、月日や時刻に関してもシュウ様達の世界と同一になりますわ」「へぇ~。つまり向こうとこっちで、あんまり違いがない……ってことか?」「はい。その通りですわ」 一年は三六五日であり、一日の時間も変わらないので大きな違和感などはないはずだ。 特にリライトは修達がいた国と同じ気候をしているとアリーは聞いたことがあるので、他国に比べればとりわけ順応は早いのではないかと考える。 次にクリスがお金の説明をした。「この世界の通貨は『エン』となっています」「円?」 和泉が聞き返す。聞き覚えのある単位に物珍しそうな顔をした。「少し発音に違和感がありますが、その通りです」「……ふむ。クリス、なぜ通貨の名称が『円』なんだ?」「異世界人の勘定方法から始まった、という風に自分は聞いています。同じように異世界人からの知恵などは、色々なところに活かされています」 セリアールは異世界人の恩恵が多々、存在する。電化製品等は存在しないものの、似たようなものが情報として伝わり魔法具が成り代わっているからだ。 元々の世界では物理学や化学、科学が発達したからこその建物や便利品が多々あるが、この世界では魔法がそれに準じた発達を見せている。 家の明かりなどもスイッチでオンオフ出来る電球に似通っていて、魔力を込めることによって明かりが灯される。「なるほど。つまりは電気の代わりに魔力があり、電化製品の代わりに魔法具がある。そのように考えることも出来るか」 世界が違っても、技術の発達具合が物によって差はないのだから面白いと和泉は内心で笑う。よくある展開だと異世界は技術が遅れているから、知識でかなりの無双が出来るものだが、セリアールではそうでもないらしい。 けれど挑む価値がある、と和泉はニヤけた。今まで自分が得てきた知識とこれから知っていくセリアールの知識。この二つを掛け合わせて誰もが想像できないことを創り出す。 科学好きな自分だからこそ、やってみたいと心底思った。 さらにココが学院の存在理由を簡易的に教える。「この世界には魔物というものが存在します。えっと、魔物はランク付けされていて、ランクが高いほど怖い存在になります。討伐するには王国の兵士団や騎士団、他にもギルドがあります。わたし達の学院に通っている卒業生は、大体が兵士団に入るか冒険者となってギルドの依頼をこなし生活を送っています。また貴族や王族は優秀な血を集める傾向があるので、魔法を扱う素養に長けた人が案外多いです。なので自衛を覚えたり交友を作ったり、また家を継がない人達は騎士を目指したりと色々な理由で入学してるんです」 これに関してはオーソドックスだと卓也は思った。しかも詳しく訊けば魔物はランク付けで強さが設定されており、S、A、B、C、D、Eといった順に強い仕様。 だからこそ卓也は諦めの境地に達することが重要になる。「……やっぱり魔物とかいるし、ランク付けされてるんだな」「はい。あっ、でも普段は絶対に関わらないです!」 ココが取って付けたように加えるが、卓也は遠い目をした。絶対に関わらない、などあり得ない。特に強い魔物は半年以内に確実に出会ってしまうだろう。「納得はしたくないけど、いつかは絶対に戦うことになるよな」「ど、どうしてです?」「修とか和泉とか修とか修とかがいるから、意気揚々とバトルするに決まってる」 こんな面白そうなことない、と言って大笑いしている修に連れていかれる未来が簡単に想像できてしまう。何度も名前を口にしたように、修は面白いことが大好きだからこそ魔物なんてファンタジーな生き物がいたら、確実に目を輝かせて会いに行く。 最後にフィオナが魔法や文字の説明を行った。 渡された紙に書かれてある文字の解説を聞いて、優斗が目を瞬かせる。「文字は基本的に僕達がいた国の平仮名と片仮名を合わせたもの、と考えたほうが早いのかな」 もちろん文字としては違うものの、感覚的に似ているものがある。「分かりやすい。これなら近いうちに覚えられそうだね」 おそらく数日のうちに習得できるだろう。 ほっと安心した優斗に、フィオナはもう一つの説明を初めていいか尋ねる。「続いては魔法についてですが、始めてもよろしいでしょうか?」「お願いします」 優斗が頼むと修、卓也、和泉も乗り出して耳を傾けた。 目下、彼らが一番楽しみにしているのは魔法だ。わくわくした感情が抑えられない。 フィオナは乗り気すぎる優斗達に少々疑問を抱きつつも、涼しげな声で魔法の説明を始める。「僭越ではありますが、魔法についてお話させていただきます。まず最初に魔法は基本四属性――火、水、風、地となっています。そこから氷や雷など様々に派生していき、多種多様な魔法が存在します。大抵の人は属性によって得手不得手がありますが、日々の生活を行う際には特に気にする必要はないと思います。また精霊術というものも存在しますが、こちらは使い手が少数な上に皆様が触れる機会は少ないと思いますので、今回は割愛させていただきます」 そして、とフィオナは続ける。「皆さんが通うリライト魔法学院では座学もありますが、実技などは魔法の授業を行います。どんな者でも最終的には中級魔法を二つ、ないし三つ以上使えるようになること。初級攻撃魔法の幾つかを詠唱破棄できるような魔法士になることを目標とします」 ざっとした説明の為、意味がよく理解できないものも多かった。 優斗が手を挙げて質問する。「魔法は威力によって階級が別れているんですか?」「はい。初級、中級、上級、神話となっています。上級魔法を使えるとなると、兵士やギルドの人間としても重宝されます。神話魔法は基本的にシュウさんのような方が使う魔法となります」「では詠唱破棄というのは?」「魔法は言葉だけによって発動する、というわけではありません。言葉が意識を作り、イメージを呼び、定型された魔法陣を作り出して魔力を送り込み魔法が発動する、と言われています。言葉は魔法を使う上で一番簡単なツールということです。つまり詠唱というのは、魔法を使うにあたって万人が共通してイメージを持てる『世界から定められた台詞』だと考えてください。詠唱破棄とは、その簡単なツールを手放して魔法を使え、ということです。とはいえ、詠唱せずに魔法を行使すると大抵の人は威力が落ちますし、そもそも実力がなければ詠唱破棄することは不可能です」 ただし、とフィオナは補足を忘れない。「これはあくまで上級魔法に関してまでです。神話魔法は詠唱が言霊に成り代わり、言霊によって『世界からの制約』という枷を外し、神の如き魔法を呼び出します。つまり神話魔法からは詠唱――言霊を言い切る必要がある……らしいです」「らしい、というのは?」「私も実際に見たことはないので、教科書の記述をそのまま言わせていただきました」「了解です。ご説明、ありがとうございました」 要はマンガやRPGと似ていると考えていいのかもしれない。レベルやステータスが上がれば使える魔法が増える。そして高レベルまでいけば神話魔法とかいう秘奥義っぽいものが使える、ということ。 けれど安易にゲームと混同させるのは駄目だろうな、と優斗は思う。 ――単純といえば単純だけど……ゲームじゃなくて現実だから、決まった経験値を得られるわけでもないし、そもそも何が使えるのかも分からないんだから、単純に上手くいくものじゃないかもしれないね。 実際はステータス画面なんて出てくるわけもなく、現実では経験値なんて数値で示されず曖昧でしかないのだから。 最後にアリーが皆をリライト城の敷地内にある訓練場まで連れていく。「せっかくなので基本的な魔法を使ってみましょう」 優斗達が凄く興味を持っていたので、実際に使ってもらうことにした。「皆様、どちらの手でもいいので人差し指をまっすぐ立てて下さい」 アリーに言われた通り優斗達は右手の人差し指を立てる。「イメージは大きな火が指先にあること。そして大きな火が纏まっていき、段々と指先に集まる」 説明している彼女の指先が僅かに陽炎のように揺らめいた瞬間、小さな火が生まれた。「魔法陣すらも浮かびませんが、これが魔法というものですわ」 四人とも、立てた右手の人差し指に集中する。 すると全員の指にもアリーと同じように指先から小さな火が出た。「おお、いきなり火が出たぞ! すげーな、これが魔法なのかよ!」「なんか不思議だな。こんな簡単に出来るなんて思わなかった」「これは面白い。どのような原理で火が生まれているのか、非常に気になってくる」「火だっていうのは分かるけど、指先が熱くないから変な感じがするね」 修が感動し、卓也が不思議がり、和泉が愉快そうな顔をして、優斗がマジマジと指先の火を見る。思いの外、簡単に全員が魔法というものを使えた。「なんつーか、あれだ。向こうの世界で目を瞑ったら“気”を操れそうな気分になったけど、それがマジになった感じだな」 懐かしそうに修が呟く。小学生の低学年ぐらいの男の子なら、大抵が身に覚えがあるかもしれない。手や指先に集中すれば“気”を操っているような気分になって、光線やら何やら出来そうだと思うこと。それがこっちでは現実として出来ている。 次いで初級の攻撃魔法などを習い始めた。異世界の人間の能力が高いというのは本当らしく、初級の魔法も簡単に使えた。続いて中級魔法でも習ったほうがいいか……としたところで修と和泉がふざけはじめる。「お前ら、見てろよ。俺のこの手が燃え始め──」「修、変なことをしないの。お前だと出来そうな気がするから」「ならば俺は魔法をそれぞれの指ごとに使ってみせよう!」「和泉、やるな! 頼むから余計なことはするな!」 優斗が修の頭を、卓也が和泉の頭を叩く。「あの、今のは……?」 アリーが一連のやり取りに混乱して、とりあえず訊いてきた。「僕達の世界にあるゲームやマンガの物真似ですよ。修とか実際にできそうな気がするので、やめさせました」「そ、そうですか」 ゲームやアニメというものをアリーはよく理解できないが、とりあえずコントのようなものだったのだろうと結論付ける。 「アリーさん。一応は僕達、初級魔法までは使えるようになりましたけど、このまま中級魔法も試していったほうがいいですか?」「いえ、学院で魔法を使う分には最低限、これだけで十分ですわ。あとはそれぞれの家庭教師と相談しながら、魔法を覚えていったほうがいいと思われます」 特性や才能に違いがあるから、ここから先は別々のほうがいい。 なるほど、と優斗が頷いて再び質問する。「ちなみに皆さんはどのレベルの魔法まで使えるんですか?」「わたくしは基本四属性の上級魔法を使えますわ」 これはアリー。次いでココ、フィオナ、クリスの順に答える。「わたしは地と水の上級魔法を使えます」「私は風と水なら上級まで扱えます」「自分は火と土は上級まで大丈夫です」 つまりは家庭教師全員が重宝される上級魔法の使い手だということ。 思わず異世界組も彼女達の凄さに破顔してしまった。「僕達もいずれは上級魔法を使えるようになるのでしょうか?」 優斗がチートによってどこまで魔法行使能力が底上げされているのか質問すると、アリーは考える仕草を取って、「やはり上級魔法を扱えるようになるには、相応の実力が必要とされるので何ともいえませんが……異世界の方々ですので、シュウ様以外でも半年ぐらいで使えてしまうのではないかと」「ということは、修はもう上級魔法が使用可能だということですか?」「はい。勇者様ですから大丈夫だと思いますわ」 異世界人の勇者は、普通の異世界人と一歩目から違う。国を守ってもらう為に召喚したリライトの勇者は、他の異世界人よりも隔絶した能力を持っている。 優斗は笑みを浮かべて、さすが修だと納得した。「なるほど。やっぱり勇者は凄い、ということですね」 ◇ ◇そして優斗達が異世界に来てから一○日後。大体の一般常識を習った彼らは、晴れて魔法学院へと編入することになった。