優斗とフィオナが学院で勉学に励んでいる昼下がり。 エリスはココの母親――ナナとお茶をしていた。 「あーうっ、あーうっ、あーうっう~!」 傍らでは庭にいる季節外れな蝶々を追いかけているマリカ。 もちろんエリスと控えている家政婦長――ラナの視界から外れない範囲で遊ばせている。 「遊んでいる姿を見ていると、マリカちゃんが龍神ということを忘れてしまいます」 「私は龍神っていう重要性は忘れてるわけじゃないけどね。基本的には孫よ、孫」 たたたっ、と駈けているマリカを見てしみじみとエリスは思う。 「それにしてもマリカちゃんはユウト君とフィオナちゃんに似てきています? 見る度にそう思います」 「あっ、やっぱりナナも分かる? 眉とか鼻筋はユウトに似てるんだけど、顔立ちはフィオナに似てきてるのよ」 「育ての親に似てくるということなのです?」 ナナが首を傾げる。 「ん~、ユウトが言うにはマリカは本当に娘らしいのよね」 「どういうことなのです?」 「えっとね、ユウトとフィオナはマリカが産まれる前に二人で卵に触れてるらしいのよ。ユウトの予想としては、触れた場所から遺伝情報を読み取って形を成したんじゃないかって」 「……つまり?」 「龍神だとしても、マリカは二人の子供で何ら変わりないってこと。だから髪の毛だって黒いし顔だって二人に似てるのよ」 「そうなのですか」 感心したようにナナが頷く。 「孫って可愛いものです?」 「可愛いわよ。マルスだって爺バカだもの」 マリカが駆け寄って抱きつく瞬間、あのデレっとした表情はまさしく爺バカだ。 「羨ましいです。ココが子供を産むには学院を卒業してからなので、あと二年くらいはお預けなのです」 だからマリカの姿を見てると、早く孫が欲しくなる。 「ココちゃん、凄い格好良い王子様を婚姻相手にしたものね。孫もきっと可愛いわよ」 「それは今だから安心して言えますが、最初の婚姻相手だったマゴス様だったら言い切れなかったらしいのです」 とんでもない相手だったと後から聞いた。 エリスも頷く。 「ユウトはマゴス様だったら婚姻を潰してたらしいわ」 「本当です?」 「いくら貴女の家が婚姻を成立させたいと思っていても、マゴス様だったらココちゃんが不幸にしかならないって言ってたもの」 だからマゴスのままなら全力で潰しに行った。 というか、半分以上は潰していたおかげでラグが名乗り出た、というのもある。 「……ユウト君のおかげ、と思うべきなのです?」 「そんなことないわよ。ラグフォード様が名乗り出たから丸く収まっただけなんだから。ただ、あれほどの王子様を落としたココちゃんは凄いわね」 「わたしも驚いています。初めて会った時には礼儀正しく挨拶をしてくれて、旦那には婿入りするのにしっかりと『娘さんをください』って言ってます。あれほど素晴らしい男性が、私の娘のどこを気に入ったのか……」 一瞬、相手をアリーと間違えているんじゃないか、と疑ったくらい。 しかしラグは誠実にココを好いてくれていた。 彼女は本当に可憐だと言ってくれた。 母としては「どこが可憐?」と思わなくもないが。 「いいじゃない、ココちゃんが彼を虜にするほど魅力的なのよ。けど『娘さんをください』っていうのは少し憧れるわね。うちはほら、マリカが来た時点で婚約者になったり国外向けには夫婦をやったりしてるから」 途中の過程を今のところ、全部ぶっ飛ばしている。 「ユウト君なら結婚式を挙げる前にでもやってくれると思います」 「やっぱりそうかしら。我が義息子ながら良い男だものね」 まるで自慢するかのようにエリスが頷く。 ナナが苦笑した。 「また始まるのです? エリスさんの義息子自慢」 ◇ ◇ フィグナ夫人とのお茶も終わり、エリスはマルスに用が出来たのでマリカを連れて王城まで来ていた。 そして兵士に了解を取って旦那が働いている執務室に入る。 休憩中らしいが、部下と真面目な表情で話しているマルスがそこにはいた。 「じ~じっ!」 とてとて、とマリカがマルスに駆け寄る。 マリカの姿を認めた瞬間、マルスの顔がだらしないぐらいにデレっとした。 「おおっ、マリカ」 椅子から立ち上がり、マリカを抱え上げる。 きゃっきゃと喜ぶマリカにマルスの表情はもう……綻びまくる。 エリスも近付いていき、側にいる部下に挨拶する。 「お話し中でしたか?」 「世間話の一環でしたので問題ありません」 「そうですか。あと、これはクッキーですので皆さんで食べてください」 持っていた袋を部下に渡す。 「いつもありがとうございます、奥様」 エリスの差し入れはマルスの部下分、ちゃんとある。 しかも貴族からの差し入れなので高級で人気もあった。 「いえいえ」 謙遜しながら、エリスと部下は二人してマルスを見る。 「いつもながら思うのですが、部下の前で少々だらしないような気もするのです」 「私も最初は驚きましたがマリカ様の可愛らしいお姿を拝見すれば、誰でもああなるかと」 ◇ ◇ 王城からの帰り道、珍しく優斗とフィオナの姿を見つけた。 「ぱーぱっ! まんまっ!」 マリカの声に優斗とフィオナが二人に気付く。 駆け足で寄ってきた。 「珍しいですね、こんな時間に出掛けてるなんて」 「マルスに用事があってね。王城からの帰りなのよ」 「へぇ、そうなんですか」 優斗とエリスが話している間にフィオナがマリカを預かった。 「ユウト達はどこにも寄らなかったの?」 「僕が担任の先生から呼び出されて話をしていたので、どこにも寄る時間がなかったんです」 「また何かあった?」 エリスの問いかけに優斗は苦笑する。 「闘技大会と同様に学生としての用件で出掛けることになりそうです」 「いつ? どこに行くの?」 「来週のことになるんですが近衛騎士二名と学院の一年生、僕も含めると合計四名で他国に向かうことになったんです」 「また他国なんて大変ね」 「本当ですよ」 面倒ったら仕方ない。 ◇ ◇ 家に帰り、優斗はソファーに寝転びながらマリカを真上に持ち上げて遊ぶ。 エリスは向かいに座っていた。 「それにしてもミエスタから派遣される技師の助手になるなんてイズミ君も出世したわね」 「まあ、詳しい詳細は後々に王様から届くとは思いますけどね」 「シュウ君は?」 「あいつは基本的に何かしらやらかしてるんで。僕がミエスタに行ってた時も白竜と友達になったとか言ってましたけど」 「それって魔物じゃないの?」 「魔物ですよ」 「従えたとかじゃなくて?」 「友達らしいです」 「とんでもないわね」 「けれど修らしいですよ」 アホみたいに凄い。 優斗は腕が疲れたので、マリカを胸の上に置く。 マリカはそのまま、ベタっと優斗にくっついている。 微笑ましい光景にエリスが少しだけ悶えそうになった。 「あっ、話は変わるんだけどね。今日はお昼にココちゃんのお母さんとお茶をしてたのよ。その時にちょっと話題になったんだけど、例えばユウトが私ぐらいの年齢になって『娘さんをください』って言われたとするじゃない。そうしたらユウトは相手のことを認めてあげる?」 「ん~、どうでしょう? 認めるとは思いますけど『僕に勝ったら娘をやる』とか言ってみたいです」 「世界一強い男でも連れてこいってこと? 並大抵の男じゃ挑む前に諦めるわよ、貴方に言われたら」 「それぐらいの気概を持った男性ならいいなってことです」 「ふ~ん。なるほどね」 ◇ ◇ 「――ということで、大魔法士様とお后様は末永く幸せに暮らしました、とさ」 パタン、と優斗が絵本を閉じる。 ベッドからはマリカの寝息が聞こえてきた。 「まーちゃんは寝ましたか?」 「うん。寝たよ」 「でしたら、少しでいいので優斗さんの部屋に行ってもいいですか?」 「いいけど」 二人してフィオナの部屋から出て、優斗の部屋へと向かう。 部屋に入って優斗はベッドに腰掛ける。 「僕の部屋に来たいって珍しいね。どうしたの?」 「えっとですね……」 フィオナも優斗の隣に座り……ぎゅっと優斗に抱きついた。 「フィ、フィオナ?」 少しうわずった声の出る優斗。 唐突な展開にちょっとビックリする。 「来週も優斗さんが出掛けてしまうので“優斗さん分”を今のうちに補給したいな、と。最近、二人っきりになる機会もあまりないですし」 「……確かに。皆に加えてラスターやらキリアさんやらが勝負を挑みに来てるからね」 「だからです」 少し不満顔になるフィオナ。 先日出会ってから、妙に関わるようになったのがキリアだ。 とにかく強さを求めているらしく、何度も何度も挑んでくる。 優斗も適度に相手をするぐらいであしらってはいるものの、何も教えずに帰したりはしないからこそ余計に挑むのだろう。 「来週もいるからね、片割れは。大変だよ」 「どっちですか?」 「キリアさんの方」 優斗の身体を抱きしめている腕の力が強くなった。 「あ、あの、フィオナ? ちょっと痛い」 「我慢してください」 「……分かりました」 有無を言わさぬ口調だったので、優斗も反論できない。 「私も一緒に行きたかったです。まーちゃんも連れて」 「家族旅行じゃないんだから」 優斗が苦笑する。 「皆さん、ずるいですよ。優斗さんは『私の優斗さん』なんですから、優斗さんの意思以外で国外まで連れ回すなら私から許可を取るべきだと思います」 フィオナから拗ねるように告げられたこと。 思わず笑ってしまった。 「あははははっ!」 「な、何ですか……?」 フィオナが訊いてくるが優斗はまず、抱きしめ返す。 「いや、本当に僕を喜ばせるのが上手だなって思って」 「……? よく分かりませんけど、喜んでくれたなら嬉しいです」 フィオナは優斗から抱きしめられることを甘受する。 「優斗さん、面倒見が良いですからキリアさんとか他の誰かに無駄に懐かれたら駄目ですよ?」 「犬や猫じゃないんだから」 構ったからと言ってすぐに懐くわけもない。 けれどフィオナは首を横に振り、 「駄目です。特にキリアさんは優斗さんが凄いことを知ってしまったわけですし、変な憂いは断つべきです」 「大丈夫だよ。キリアさんはラスターとかのほうが似合ってるから。それに僕はラスターと一緒に倒すべき目標にされてる感じだし」 「……む~。優斗さんが言うならそうなのでしょうけど……」 「だから大丈夫なの」 安心させるようにポンポン、と背中を叩く。 「フィオナも僕がいない間、変なのに引っかからないでよ?」 「私は優斗さん以外に引っかかることはありません」 「……それ、僕が変って言ってる?」 「私を婚約者にしているんですから変ですよ」 思わず互いに抱きしめてた腕が緩んで、至近距離で瞳がかち合う。 二人して吹き出した。