二日目もキリアの訓練を中心に談笑し、仲良くなる。 そして三日目のお昼。 交流をする場所へと辿り着いた。 場所としてはリスタル。 世界闘技大会があった場所のすぐ近く。 「案外大きな建物なんですね」 「おおよそ、二十人程度が集まるんだよ。七ヶ国の人材が集まる予定だからね」 「選ばれた者達って感じがするわ」 「受付は建物の中にありますので入りましょう」 副長に促されて建物の中へと入る。 代表して副長が受け付けを済ませ、指定された部屋へ荷物を置き、歓談室へ顔を出す。 すでに七、八人がいた。 その中で一際目立つ筋肉質な身体とハゲ頭。 筋肉ハゲが振り向く。 「あっ」 「おおっ!」 優斗の姿を認めると、筋肉ハゲが近寄ってきた。 「ユウト殿ではないか」 「お久しぶりです」 優斗は苦笑する。 闘技大会準々決勝で当たったマイティー国のリーダーハゲ。 ダンディ・マイティーがいた。 「覚えてくれていたか」 「さすがに忘れられませんよ」 記憶から消去するほうが難しい。 握手をしながらダンディは後ろにいる副長達を見る。 「ユウト殿と一緒にいるのが、リライトの人達なのだな?」 「はい」 「お目に掛かるのは初めてであるな。マイティー国から来たダンディ・マイティーだ。ユウト殿とは闘技大会で対戦した戦友だ」 無駄に筋肉を誇示しながら挨拶をするダンディ。 ビスとキリアが吹き出しそうになった。 気持ちは優斗もよく分かる。 「リライト近衛騎士団副長のエルと申します」 「部下のビスです」 「リライト魔法学院一年のキリアよ」 それぞれダンディに挨拶をする。 「皆、三日の間ではあるがよろしく頼む」 一人ずつ、リーダーハゲが握手をしていく。 そして全員と握手をし終わったあと、ダンディは優斗を近くへと呼び寄せた。 「どうしたんですか?」 「いや、なに。ユウト殿は異世界人であるのだろう? それを確かめたくてな」 小さな声で話しかけてくる。 巨体でこそこそ話すとか、端から見たらちょっとキモいだろう。 「……やっぱりマイティーさん、王族だったんですね」 他国で優斗達のことを『異世界人』だと知っているのは今のところ、王族しかありえない。 「一応はな」 「確かめてどうするんですか?」 「ユウト殿の他にも異世界人が来るのでな。知らせておこうと思ったのだ」 「……本当ですか?」 「もちろんだ。今回やって来る国の中で“フィンド”どいう国がある。そこにいる『フィンドの勇者』はリライトと同様、異世界から勇者を呼び寄せている。そして今回『フィンドの勇者』がやって来るということだ」 「別にあちらは隠しているわけじゃないんですよね?」 「ユウト殿の言うとおりだ。『フィンドの勇者』は堂々と異世界人と名乗っているぞ」 ある程度、有名人と言ってもいい。 「ユウト殿は学生ということもあり、身分を隠しているのであったからな。とりあえずは知らせておいたほうがいいだろうと思ったのだ」 「ありがとうございます。助かりました」 「いや、なに。気にするな。儂とユウト殿の仲だ」 笑ってダンディは仲間の元へと戻っていく。 優斗は今度、副長達と内緒話をする。 「ちょっと面倒事が起きました」 「何があったのですか?」 「異世界人が来るらしいんですよ」 優斗の発言にキリアは首を捻る。 副長とビスはこの場所に来るとされている名簿を思い返す。 一番に副長が思い出した。 「異世界人というと……『フィンドの勇者』ですか?」 「はい。ですのでユウト・ミヤガワだとバレる可能性が高いです」 優斗の発言に副長が失態をしてしまった、と悔いた。 「……申し訳ありません。失念しておりました」 「いえ、近衛騎士団主導ではありませんし、どうしようもないと思います。僕はあくまで学生のユウト・ミヤガワですし、学院側もこんな特殊事例は予想できないと思いますから」 交流する国々の名簿が副長の手元に渡った時点で、各国にも出回っている。 手遅れだ。 どうしようもない。 「そう言ってくれると助かるよ」 ビスが感謝する。 「バレるってなに?」 一人、キリアだけが状況を飲み込めなかった。 彼女の疑問に優斗は副長とビスに目配せをする。 頷かれた。 「どうせいずれ気付くだろうし面倒だから伝えるけど、異世界人」 「誰が?」 「僕が」 「へぇ、そうなの」 特に驚くこともなくキリアが納得した。 「……キリアさんが驚いてくれなくなった」 「先輩にこれ以上、何を驚けっていうのよ。人間じゃないとしても驚かないわよ」 「いや、人間だから」 そこはしっかりと否定しておく。 「というわけで、今からはユウト=アイン=トラスティと名乗ります」 「っていっても名簿を見てたら終わりじゃないの?」 「フィンドの勇者がチェックしてないことを祈る。それに僕は名前を四つ持ってて『宮川優斗』『ユウト・ミヤガワ』『ユウト=フィーア=ミヤガワ』『ユウト=アイン=トラスティ』ってあるんだよ。偽名にはならないし別の名前で押し通したい」 だから名前を変えて一縷の望みに縋るしかない。 「四つもあるなんて詐欺師みたい」 「……そうだけどね」 否定できない。 犯罪でもやらかしてそうな感じが出ているのだから。 「でも、なんでたくさん名前があるの? 『ユウト・ミヤガワ』が異世界人だから?」 キリアの疑問に副長が答える。 「正確に言えば『宮川優斗』様が『異世界の客人』であり、『ユウト・ミヤガワ』様はあくまで一般の学生です」 「……なんかこんがらがってきたけど、だったらどうして『ユウト・ミヤガワ』でフィンドの勇者にバレるの?」 「ミヤガワなんてファミリーネーム、異世界人から見れば一発でバレる」 「バラしたくない理由は?」 「秘匿されてるから」 「……そんなものわたしにバラさないでよ」 国が総じて隠していることを一般人に教えないでほしい。 「いやいや、前回もだったけどキリアさんはどうせ疑問に思って知りたがるだろうしね。だったら伝えて協力してもらったほうが楽なんだよ。余計な詮索されて色々な人に広まる可能性も減るし」 「……まあ、わたしの性格からしたらそうだけど」 というか、絶対に探る。 優斗はキリアが納得すると全員に宣言する。 「今から僕は公爵家トラスティに婿入りした『ユウト=アイン=トラスティ』になるので注意してください」 「分かったわ」 「分かりました」 「分かったよ」 キリア、副長、ビスが頷く。 と、その時だった。 歓談室へのドアが開いた瞬間に爽やかな声が通る。 「皆さん、初めまして! 『フィンドの勇者』である竹内正樹です! 異世界から来ているのでこちらの文化には慣れていないところもありますが、よろしくお願いします!」 黒い髪に黒い瞳。 背にはマントで脇には聖剣。 顔は……まさしく二枚目。 しかもキラっとさやわかに歯が輝いた。 背後では三人の女性もうっとりとした目で彼を見ている。 「フィンドの勇者……だって?」 「本当に?」 すると有名人だからなのだろう。 リライトメンバー以外のほとんどが彼のところへと集まった。 優斗は彼を見て思わず、 「……王道だ」 感嘆した。 見た感じでは優斗と同年代のように見える。 そしてイケメン、長身、さわやか、ハーレム。 おそらくは朴念仁も持っているはず。 これでチート能力が高いならまさしく完璧。 ――うちの勇者とは違うなぁ。 イケメン、朴念仁、そこそこ長身は合ってるけど中身が変人すぎる。 その分、チート能力が異常だけれども。 「いやはや、凄いね」 フィンドの勇者が立っている場所は、まるでアイドルの握手会みたいな状況になっている。 その様子を見ていてキリアが、 「副長はああいう勇者のファンとかにはならないんですか?」 「ユウト様とフィオナ様以外は対象外ですが」 一切悩む様子もなく瞬時に言い切られた。 「……その発言も非常に困るんですけど」 優斗が少し冷や汗を流す。 なんていうか怖い。 ビスもフィンドの勇者を示しながらキリアに訊く。 「キリアちゃんはどうなんだい?」 「わたしは別にミーハーじゃないですし」 飛び込んでいこうとは思わない。 「でも強かったら興味は出ます」 倒す観点ではあるが。 強ければ興味は生まれてしまう。 「というわけでフィンドの勇者って強いんですか?」 「え~っと……副長、どうでしたか?」 「確か勇者になった当初からBランクの魔物を倒したことがある、とは聞いています。その後は訓練を積んでAランクの魔物ならば倒せるらしいです」 副長の説明に優斗は感嘆の声を漏らした。 ――チート能力的もそこそこあるんだ。 異世界人が得たチートの中では上等。 思わずニタニタとしてしまう。 ――完璧じゃないか。 修とは違う、物語のような勇者がここにいる。 端から見る分には面白そうだ。 「実際に戦ってみないと分かりませんが、おそらくは学院の生徒会長――レイナと同じか、少し上ぐらいでしょう」 副長がおおまかな予想を言う。 と、ここでニタニタしている優斗に気付いた。 「ユウト様? どうかされましたか?」 「――えっ!?」 名前を呼ばれてビックリする優斗。 そしてようやく、自分が考えふけっていたことに気付いた。 「あっ、いや、何でもないです」 「ならばよろしいのですが……」 副長が心配そうにしていたけれど、優斗は愛想笑いをしてかわす。 「でも生徒会長と似たり寄ったりの実力なら副長とか先輩よりは弱いってことですよね?」 「この二人はリライトで五指……というか世界トップレベルの実力の持ち主だからね。しょうがないよ」 「ビスさんは?」 「自分はフィンドの勇者よりは下だね。Bランクでも下っ端の魔物を相手にするのが精々だよ」 謙遜するが、これでもビスは近衛騎士団の中堅より上の実力の持ち主。 さすがは副長の部下といったところか。 「……なに? わたしだけ圧倒的に弱いわけ?」 「これから強くなればいいってことだよ」 一年生だから、伸び盛りなのだし。 「じゃあ、これから三日間はずっと稽古してよ」 「それもいいけど、せっかくマイティーさんとかいるしね。時間があるときにでも戦ってみたら?」 「強いの?」 「ぶっちゃけ、キリアさんじゃ勝てない。ただ、面白いからやる価値はあるよ」 「ふ~ん。先輩が言うなら戦ってみようかしら」 呑気に会話をするリライト勢。 けれどそこに、 「ちょっといいかな」 声を掛ける人物がいた。 視線を向けると、煌びやかな四人組。 「リライトの皆さんだよね?」 フィンドの勇者が笑みを浮かべて話しかけている。 優斗がしまった、と心の中で叫んだ。 ――やっばい! いずれ出会うことは間違いなかっただろうが、向こうからやってくるとは。 しかも見ず知らずのリライト勢に会いに来たということは……バレてる可能性が高い。 「さっきも自己紹介したけど、ボクは『フィンドの勇者』をやってる竹内正樹っていうんだ」 「リライト近衛騎士団副長のエルです」 勇者と副長が握手をする。 「どのようなご用件でしょうか?」 「ユウト・ミヤガワ君に話があって来たんだよ」 勇者の視線が優斗を捉える。 髪を見て、瞳を見て、納得するように頷かれた。 逆に優斗は意気消沈する。 ――終わった。 絶対にバレてる。 さっき話してた別の名前とかもう、関係ない。 故に優斗が出来るのは、この場を穏便に済ませることだけ……なのだが、 「君ってボクと同じ異――」 「ちょ、ちょっと待った!!」 まさかのっけから衆人環視の前で暴露されかけるとは思わなかった。 思わず大声を出して勇者の口を塞ぐ。 彼の後ろにいる女性達から悲鳴があがるが知ったことじゃない。 「副長! 彼と話があるので少し抜けます!」 そのまま副長の返事も聞かずに優斗は勇者を引きずって逃走。 ハーレム集団すらも瞬時に振り切って優斗は歓談室から消えていった。 ◇ ◇ 優斗とビスが宛がわれた部屋へと勇者を引きずり込んで鍵を閉めた。 とりあえず、これで少しは安心できる。 「ど、どうしたんだい?」 意味が分からなくて勇者が首を捻る。 何か不味かったのだろうか、と思っているのだろう。 「あんな場所で暴露されては困ります」 「暴露されては……ってことは、君はやっぱり」 「ええ。貴方と同じ異世界――日本から来てますよ」 面倒なので認める。 キリアの時と同様、余計なことをされて広められてはたまらない。 心底面倒そうな優斗とは別に、勇者は心底嬉しそうな顔をする。 「よかった。ボクと同じように『セリアール』に召喚された人がいるんだ」 「よかった、じゃありません。こっちは本気で焦りました」 「どうして?」 「この世界において異世界人であることは今のところ、内緒なんですよ」 優斗の説明に勇者の顔が真っ青になる。 「ごめん! 知らなかったんだ」 本当に申し訳なさそうな表情を浮かべる勇者。 ずるいな、と思う。 こんな顔をされては大抵の人間は許してしまうだろう。 「……いえ、いいですよ。知らなかったのだから仕方ありません」 許しが出てほっとする勇者。 「それでフィンドの勇者様は――」 「正樹だよ」 一転して、にこにことしている勇者。 「……正樹さんは何の用で僕に話しかけてきたんですか?」 「何の用って……同じ日本人だから話したいなと思って。あっ、そうだ。漢字、なんて書くの?」 本当に日本人と会えて嬉しいのだろう。 ニコニコしっぱなしだ。 優斗はもう、どうしようもなくなって素直に答える。 こういう輩は諦めない。 引かない。 拒否したら子犬のような目で見てくる。 勝てるわけがない。 だから最後まで付き合うしかない。 「宮殿の宮に山川海の川。優しいの優に北斗七星の斗です」 「宮・川・優・斗。うん、分かった。それで優斗くんはどうして『セリアール』に来たの?」 「正樹さんと同じじゃないですか? 死にかけてリライトに召喚されたんです」 「そうなんだ。ボクもトラックに轢かれそうになった子供を突き飛ばして助けたあと、ボク自身が轢かれる瞬間に召喚されたから一緒だね。それで優斗くんはいつからいるの?」 「去年の四月からなので……十ヶ月ほどですね」 「ボクは六月からなんだよ」 「二ヶ月くらいしか違いませんね」 とりあえず相づちを打つ。 ここで正樹が温度差に気付いた。 「優斗くん……せっかく同じ日本人に会えたんだから喜ぼうよ」 「いえ、同時に四人で召喚されたのであまり喜びはなくて……」 「そうなの!?」 心底驚いた様子の正樹。 思わず優斗も申し訳なくなる。 「えっと、その……すみません」 「いや、いいんだよ。ボクはずっと一人だったから嬉しかっただけだし」 ちょっとだけ落ち込んだ様子を見せる。 が、すぐに気を取り直して、 「優斗くん、何歳?」 「高校二年で十六歳です。三月で十七歳になる予定ですね」 「ボクは高校三年で十八歳なんだ」 「一個上ですか」 「歳も近いし、三日間よろしくね」 「はい。よろしくお願いします」 握手を交わす。 「そろそろ戻りましょうか。正樹さんの連れの女性達にはどうにか弁解してもらえると助かります」 「だいじょうぶだよ。みんな良い子だから」 正樹の返答に優斗は確信を覚える。 ――ああ、これ絶対ハーレムだ。 凄い。 まさかリアルにハーレムを作った人に会えるとは。 思わず拝みたくなる。 ◇ ◇ 正樹と二人して歓談室に戻る。 なぜか騒然としていた。 「何かあったのかな?」 「でしょうね」 すると室内には似つかわしくないジャラジャラ、といった鎖の音が聞こえる。 優斗と正樹がいぶかしむと、四十歳ほどの図体のでかい男が歓談室の中央にある椅子でどっかりと座っていた。 手には鎖があり、鎖の先には……六歳ほどの少女が繋がれている。 その光景を見て正樹が思わず飛び出す。 「何をしてるんだ、お前は!!」 図体のでかい男に立ち向かうが如く正面に立った。 優斗は副長の隣へと歩く。 そして肩を叩き、優斗は副長と小声で話し始める。 「あれは誰ですか?」 「6将魔法士の一人、ジャルと言います」 室内の中央で鎖を手に持ち、礼儀も何もなさそうな感じで座る傲慢不遜な態度。 なるほど。 こういう輩も6将魔法士と呼ばれるのか。 「首に繋がれているのは?」 「買ったのでしょう、おそらくは」 「人身売買ということですか?」 「どの国でも法律的には認められていませんが裏のルートなどありますし、養子としてしまえばあまり手出し出来ません。特に6将魔法士ともなれば……色々とコネもあるのでしょうね」 「…………そうですか」 まあ、どの国だろうと世界だろうと“あるものはある”ということなのだろう。 「なぜ彼は買った少女を連れてきたのですか?」 「まだ詳細は分かりませんが……わざわざこの場に連れてきているのです。何かしらの特殊性を持った少女であると考えるのが妥当かと」 「分かりました」 ジャラリ、と鎖がまた室内で高い音を響かせた。 正樹とジャルの言い合いもヒートアップしていく。 「鎖からその子を解き放てと言っている!!」 「嫌だね」 「お前は……っ!」 正樹が怒りで震える。 いつの間にか彼の女性達も背後に回っていた。 互いに戦える準備は出来ている。 何かが切っ掛けで爆発してもおかしくない状況。 「なあ、フィンドの勇者さんよ。こいつがお前と同じ『異世界人』だからって怒るこたぁねえだろ」 ジャルの発言に全員が目を見張る。 繋がれている少女は黒髪。 この世界にも黒髪は数多くいれど、『異世界人』としては共通している事項だ。 だからこそ誰もがジャルの言ったことを否定できない。 「ふ、ふざけるな! この子はこんなことをされるために召喚されたわけじゃない!!」 「なに言ってんだよ。オレはこいつの『ち・ち・お・や』だぜ。これも立派な教育ってやつだ。だから国家交流の場にも連れてきてやってんじゃねえか」 ジャルは正樹を嘲る。 ついに怒りが爆発して勇者が斬りかかった。 優斗はジャルの姿を見て、ライカールのナディアやジェガン……そして両親を思い出す。 ――こういう奴、多いんだよな。 不当で理不尽であろうとも、力で全てをまかり通そうとしている輩。 あんなものが“教育”とかふざけたことをぬかす輩。 特に前者は最近よく出会っているような気がする。 「副長」 「何か?」 「止められますか?」 優斗が視線で中央を示す。 普段と違う彼の雰囲気。 闘技大会の時に近いものを副長は感じ取った。 「ユウト様。今のは『大魔法士』と呼ばれるほどの力を持つユウト様の望みですか? であるならば私としては命ぜられるままに動くのみですが」 だからこそ副長は問いかける。 元々、動くつもりではあったのだが優斗に頼まれるとなると“動く理由”が変わってしまう可能性がある。 今のは“誰”の言葉なのか。 判断する必要があった。 「……副長。それは違います」 優斗は真っ直ぐに副長を見据える。 「ならば頼まずとも自分で動くだけです。僕が言いたいのは、この状況を見過ごしてしまっては大国の名が泣くでしょう? ということです。そして副長はこの場にいるリライトのトップです。ですから“今”は学生として、副長に頼んでいるんですよ」 彼の言葉に副長が小さく笑った。 学生が道理を謳うのならば、近衛騎士団の副長として応えなければなるまい。 「分かりました。ユウト様の期待、見事に添えてみせましょう」 今現在、ジャルの大剣と勇者の剣がせめぎ合っている。 副長はゆったりとした動きで中央まで歩いて行くと、 「双方、引きなさい」 一閃。 せめぎ合っている剣と大剣の真下から己の剣で斬り上げる。 勇者もジャルも弾かれるように後ろへと下がった。 「これ以上の無粋な戦闘、リライト近衛騎士団副長であるエル=サイプ=グルコントが許しません」 静かに副長が告げる。 「6将魔法士。貴方はいささか程度が低いようですね。貴方の行動を見せつけられて、私が動かないとでも思いましたか?」 冷ややかな視線と口調。 ジャルが舌打ちした。 「……リライトの副長か。お前が来てんのかよ」 「“今”はまだ、手を出しません。ですが一線を越えた場合、分かっていますね? リライトは目の前にある不当な扱いを黙っていることはありません」 「お前がオレを相手にするってのか?」 「お望みとあらば私だけではなく、リライトの総力を決して貴方を潰します。たかだか神話魔法を一つ使えるだけの貴方が大国を相手に出来るとでも?」 副長は冗談抜きで言い放っている。 ジャルがもう一度、舌打ちした。 「……行くぞ」 鎖で繋がれた少女と手下、二名。 ジャルに促されて歓談室から出て行く。 副長は次いで、正樹へと視線を移す。 「フィンドの勇者、やたら無闇に動くものではありません」 「し、しかしあの子を助けないと――」 「現状、実態をよく知らない私達が彼女を解き放つのは難しい。だから考え無しに動くなと言っているのです。この場には私もいますしマイティー国の王族もいます。『フィンドの勇者』である貴方だけが動かなければならない、といった状況ではないのですよ」 「……はい」 副長の説教に正樹は落ち込む。 「相手は6将魔法士。貴方だけでは力不足でしょう。なればこそ私でもいい、マイティー様でもいい、力を借りようと思いなさい。現に私やマイティー様は動く機会を見計らっていたのですから」 副長の近くでダンディがニカッと笑みを浮かべる。 どうやら一歩出遅れただけらしい。 「ただ、正しいと思うことをやろうとする心は認めます。その気持ちを忘れてはいけません」 優しく言葉を掛ける副長。 落ち込んでいた正樹の顔が晴れた。 「はいっ!」 無論、彼の後ろにいる女性達は良い顔をしていないが。 副長は言い終わると優斗達のところへと戻る。 「どうでしょうか? ユウト様」 「さすがです」 小さく拍手を送る。 「副長って凄いのね。6将魔法士にもフィンドの勇者にも対等……っていうか上から物を言ってたわよ」 感想を述べるキリアにビスが苦笑する。 「リライトの近衛騎士団副長だからね。実際、凄い人なんだよ」 優斗にサインを貰っていた姿からは想像できないが。 「けど、さっきの先輩と副長のやり取りって何? なんか変だった」 凄く違和感があった。 副長はキリアの疑問に答えるべく、三人を寄らせて誰にも聞かれないように小声で話す。 「ユウト様についてはキリア・フィオーレも存じている通りです。そしてユウト様の『力』は何でもかんでも振りかざしてしまえばいい、というものではありません。全ての事柄に対して『力』を使ってしまえば、後に待つのは破滅です。ユウト様は使うべき時を理解されているので今更の今更の今更、とは思いますが一応試させていただきました」 結果、副長からするとさすが優斗というべきものだった。 余計ファンになった。 とはいえ優斗は仲間関連になると一概に理解しているとは言い難いので、彼自身にとっては教訓になる。 「あの状況でそんなことまでやってたんだ」 半ば呆れる形でキリアが呟く。 「私はユウト様を崇拝していますが盲信はしていません。であればこそ、間違った道を進まれないようにファンクラブの会長として先を示すのみです」 ……なんでだろう。 途中まで格好良かったのに、締めの言葉を大失敗している。 「……副長。僕としては近衛騎士団副長として、であってほしかったです」 優斗もキリアもビスも。 最後の最後でがっくりした。