優斗が愛奈を連れ帰った翌週の月曜日。 朝の登校の時間。 「……はぁ。やっぱり違いましたわね」 修と学院まで一緒になったアリーは盛大にため息をついた。 「まあな」 「本当に余計なことをしないでほしいですわ」 よりにもよって大魔法士の弟子、だなんて。 「優斗がいりゃ問題なく解決したんだけどな」 「ですが文句は言えませんわ。他国に行っていましたし、そちらではアイナちゃんを助けてきましたから。ただ、神がかり的なタイミングの悪さですわね」 「だからこその俺らだろ」 修が笑う。 けれどアリーはさらに呆れた。 「……シュウ様。アホみたいなこと言わないでください」 ◇ ◇ 同時刻、校門に入ったところでクリスとリルが一緒になった。 二人は共に教室まで歩いていたのだが、 「これはこれは、レグル君ではないかね」 変なのに話しかけられた。 「貴方は……」 優斗達が目撃したら昔の音楽家を連想させるような特徴的な髪型がクリス達の目の前にある。 クリスは愛想笑いを浮かべた。 「おはようございます、生徒会長」 話しかけてきたのは先週、選挙に勝った新しい生徒会長だ。 「てっきり君が会長に立候補すると思ってたんだがね」 「自分は妻もいる身ですから時間を取られる職に就こうとは思わなくて」 「そんなことを言って『大魔法士の弟子』である私と争うことを恐れたんじゃないかね?」 妙に突っかかった言い方をする生徒会長。 クリスが「かもしれませんね」と伝えてかわす。 嫌味なく、心からに言ってそうなクリスの態度に、 「だろうね、だろうね」 クツクツと笑い声を漏らす生徒会長。 そして満足げに去って行った。 「なに? あのキモいしゃべり方の奴」 「……リルさん。先週も同じこと言ってましたし、問題になった演説もしたのに覚えてないんですか」 内容はともかく、当人には一切興味がないのだろう。 リルらしいと言えばリルらしい、とクリスは苦笑する。 「新しい生徒会長ですよ。自分が総合成績一位なので次点の彼は自分を目の敵にしているんです」 前からちょくちょく、対抗心を燃やされていることには気付いていた。 ただ、これほどまでに開けっぴろげに言われることはなかったが。 「なんかクリスが一位って意外ね。周りが周りなだけに」 特に修と和泉。 「馬鹿二人がいるから意外だと思われているだけです。今と違って昔は勉学と修練ぐらいしかやることがなかったんですよ」 「ああ、友達いなかったものね」 「……ストレートに言わないでください」 直球はグサっと突き刺さる。 「でも、あれよね。昔は修練だったけど今はシュウ達に振り回されて魔物討伐だもの」 「ええ。必然的に実力は上がりますよ」 「あとは勉強だけしてれば一位の維持なんて余裕よね。加えてイケメンだし可愛い奥さんいるし、嫉妬の対象としては完璧ってわけね」 非の打ち所がない。 「そんな完璧、自分はいらないのですが」 クリスが残念そうに嘆息した。 嫉妬の対象としての完璧なんて欲しくない。 「別にいいじゃない」 リルが笑ってクリスの肩を叩く。 「あっ、それはそうとね。卓也から聞いたんだけど先週の演説にあった『大魔法士の弟子』って嘘だったらしいわ。ユウトが否定したって」 「やはりですね」 「だから『大魔法士』っていうのが偽物なのか、それとも『大魔法士の弟子』っていうのがそもそも嘘なのかってことになるんだけど……」 騙されているのか騙しているのか。 二つに一つ。 「どちらにしても冗談のような噂を使うのは、あまり褒められたものではありませんね。大魔法士は生易しい『名』ではないのですし」 「周辺諸国の王族は誰が大魔法士なのか知ってるからいいけど、リライトでも下位の貴族や民衆は知らない。下手したら大事ね」 ふわふわしていたものが形を成そうとしている。 しかも形が『大魔法士』というだけに、影響力は大きいだろう。 「幸いにも本物はすぐ近くにいますから、早めに手を打ったほうがいいかもしれません。大事になる前に」 ◇ ◇ 校舎の屋上では和泉がレイナの剣を点検しながら話し合い。 「やはり嘘、か」 「ああ。優斗は否定している」 「ならば前書記に生徒会長をやってもらいたかった。彼女ならばやっていけると思ったのだが……」 投票で負けた。 そしてため息、一つ。 「困ったものだな」 「会長はどうするつもりだ?」 宝玉の様子を確かめながら話す和泉。 だが、レイナが少々不満げに遮る。 「……和泉。一応、私は会長職を終えたんだ」 「定着した呼び名を変えるのも変だとは思うが」 「いや、生徒会長ではなくなったのだから名前で呼べ」 単刀直入に要求。 「ふむ、そうか」 和泉は視線を宝玉から逸らさない。 けれど頷く仕草を見せた。 「レイナ。お前はどうするつもりなんだ?」 「本物の大魔法士の弟子なら文句はないんだが、そうじゃない。どうにかしたいところではあるな」 「分かった。あいつらにも伝えておこう」 ◇ ◇ 一年生の教室。 ラスターとキリアが小声で話している。 「交流はどうだったんだ?」 「死ぬかと思うくらい凄かったわよ」 「何かあったのか?」 「6対200で勝負したわ。しかも生きるか死ぬかの勝負」 「……よく生きてたな、キリア」 予想より酷かった。 というか無事に登校してるのが不思議でしょうがない。 「本当よ。先輩も別件で行くところがあったからシャレじゃ済まなかったもの。相手に6将魔法士がいたし」 「ちょっと待て! 6将魔法士!?」 大声のラスターに周囲の注目が集まる。 慌てて周囲を宥めて二人はさらに小さな声で話す。 「フィンドの勇者と副長がいてくれたから何とか耐えれたのよ」 「だからってミヤガワがいないのは厳しすぎるんじゃないか?」 「しょうがないじゃない、子供を助けに行ってたんだもの。ただ、先輩が戻ってくるまで耐えればよかったから希望はあった勝負だったわね」 「結局、ミヤガワは何分ぐらいで帰ってきたんだ?」 「勝負が始まって20分弱くらいで戻ってきたわ」 後々に距離を聞いたら洞窟まで往復で10キロほどあったらしい。 さらには洞窟内の探索。 まさしく優斗じゃないと行き帰りが出来るわけもない。 「なら、キリアは20分を耐えたわけか」 「そうね。死にかけてたけど」 「ミヤガワが戻ってきたらどうなったんだ?」 「6将魔法士に敵の残り……だいたい170人ぐらいを瞬殺してたわよ」 腹が立つくらいにあっさりと勝っていた。 「さすがは先輩ってところね」 キリアの“さすが”の意味を悟ったラスター。 すると思い出したかのように、 「あっ、面白いことが先週あったぞ」 演説の件をキリアに伝えた。 「大魔法士の弟子?」 キリアが大きく首を捻った。 「ラスター君。それなに?」 「今の生徒会は大魔法士の弟子らしいぞ」 「そんなわけないじゃない。弟子なんて取らないって言ってるし、ゴリ押しして言い張ったところで納得されるのわたしぐらいよ」 他にはいない。 フィオナの場合は弟子より前に嫁と言い張る。 ラスターも優斗とはちょくちょく関わっているが、彼らの姿を見たことがないので納得できた。 「やはりそうか」 「もしかして、演説で堂々と言ったわけ?」 「ああ」 「ご愁傷様ね」 キリアは可哀想に思う。 「どうしてだ?」 「わたしは副長から教えられたけど『大魔法士』の凄さを知らなすぎ。副長が傅くほどの相手だし、時と場合によっては王族以上の存在よ、あれ。大魔法士の威を借りてるみたいだけど、到底手に負えるものじゃないわね」 藪をつついて魔王を引っ張り出すようなものだ。 と、呆れているキリアの前に金髪を縦ロールにした女生徒がやってきた。 「あら? 先週はいなかったキリアさん」 高貴を醸し出そうと頑張っている笑みで話しかけてくる。 「今は女子トップって粋がってるみたいだけど、生徒会書記にして『大魔法士の弟子』であるわたくしがいずれ抜いてあげるわ」 慣れ慣れしく話しかけてくる縦ロール。 キリアはとりあえず彼女に目を向けた。 「大魔法士の弟子……ねぇ」 「そうですのよ」 「貴女が言ってる大魔法士って本物?」 いぶかしげな視線を送る。 「信じるも信じないも貴女達次第ですのよ」 「じゃあ、年齢は幾つ?」 「素性を知ってわたくしと同じように弟子入りでもしたいのかしら? でも残念、大魔法士様はわたくし達だけを弟子にして下さっているんですの」 自分が上に立っているかのように告げる書記。 けれどキリアは彼女の考えをすぐに否定する。 「師事してるのは別にいるからどうでもいいわよ」 自分は“本物”の弟子もどき。 比べものになるわけもない。 書記は少しだけ驚いた表情をさせる。 しかし負け惜しみだろうと思って笑みを深くした。 「それで? その大魔法士って何歳なの?」 もう一度尋ねるキリアに、書記は勝ち誇ったような表情。 「25歳くらいの男性ですのよ」 「ふ~ん。だったら神話魔法とか大精霊とかパラケルススを見せてもらったの?」 「えっ?」 書記にとっては予想外の質問。 けれどキリアにとっては当然の疑問。 「大魔法士なんでしょ? 伝説の大魔法士マティスは独自詠唱の神話魔法の使い手であると同時に、パラケルススの契約者って言われてるもの。貴女達の師匠の大魔法士もそうなんでしょ?」 事実、本物は『マティスの再来』と呼ばれている。 でも彼女の師匠である大魔法士はどうなのだろうか。 書記は驚いた表情を戻すと毅然として答える。 「わたくしはまだ、見せてもらったことがありませんの。ただ、神話魔法を使うにしても多大な精神集中を必要とするので容易に使えないと言ってましたのよ」 「……ふ~ん」 偽物か作り物か知らないが、その程度の存在なのか。 「ありがと、教えてくれて」 「せいぜい今日の新生徒会発足の挨拶を楽しみにしてればよろしいのではなくて?」 あからさまに何かあると言い放って、書記は満足して帰って行った。 彼女の姿が見えなくなってからラスターが問いかける。 「他にも呼ばれてる奴がいたりするんじゃないか?」 「いるわけないじゃない。いたとしても自称なだけ。それに彼女が言ってる大魔法士って6将魔法士にすら届いてないわ」 「本当か?」 「6将魔法士ですら多大な精神集中しなくても神話魔法を使えるのに、大魔法士がそうしないと使えないっていうのはおかしい」 強さの矛盾が生じる。 「ラスター君だって知ってるでしょ? 本物がどういうものか。あの人ほどの化け物だからこそ呼ばれてるのよ。逆に言えばそれぐらいじゃないと呼べないほどの『名』だから、今まで誰も呼ばれなかった」 1000年以上、誰も。 「それに彼女が講釈したのはわたし達の常識範囲での大魔法士。神話魔法だって見たことがないから精神集中しないと使えないものだと勘違いしてる。誰も知らないと思って嘘八百並べても残念よね」 常識外の本物がリライトにいる、という事実も彼女達にとっては可哀想な出来事だ。 「いずれボロが出るんじゃない?」 ◇ ◇ キリア達が話している時、優斗は職員会議室の一室にいた。 「やっぱりそうなんですね」 「ええ。言い張られて否定しきれないのは弟子もどきのキリア・フィオーレだけですが、他に弟子なんて存在しません」 担任に呼び止められて先日の件について話していた。 「困りましたね」 「どうかしたんですか?」 「大魔法士は世間一般的には冗談と思われてる噂です。箝口令を敷いたところでこの程度は仕方ないと思う範疇ではあるのですが、まさかそれを利用して選挙を勝ち上がる者がいるとは思わなくて」 「盲点でしたね」 上手いといえば上手い。 優斗としては拍手をあげたくなる。 「もちろん学院の中には学長を始め、学年主任や担任である私は貴方達のことを知っているので冗談とは言えません。なので今日、ミヤガワ君に確認を取ったのです」 「事実は僕が言った通りですが……対処するんですか?」 「彼らが騙されているなら非はないのですが、嘘をついたとなれば大事になります」 冗談では済まされないレベルだ。 そんなことの為に使っていい『名』ではない。 「とりあえずは問いただしてみますが、先週からあまり要領を得ない返答ばかりですし期待は持てません。またはっきりしなかった場合は前者であることを考えて『大魔法士の弟子』ということを極力、言わないように諫めるつもりです。今日の五限には新しい生徒会のお披露目がありますし。それに今はまだ学院の中で済みますが、一歩間違えれば……」 「学院規模じゃ収まりませんね」 「タイミングが悪かったというのもありますが、ミヤガワ君には迷惑を掛けてしまいますね」 「いえ、僕はいいんです。ですが彼らが調子に乗ったら僕以上にヤバいのがいるので」 「ウチダ君達ですか?」 担任の疑問に優斗は首を横に振る。 もっともっと厄介なところがあった。 「いえ、ミラージュ聖国です。あの国は大魔法士を崇拝しています。だから大魔法士を騙る者や、それを使って不当にのし上がろうとする者のことが伝わってしまったら……ちょっと怖いですね」 ◇ ◇ 昼休み。 空き教室に優斗、修、アリー、クリス、レイナが集まる。 来る途中でレイナがラスター達から仕入れた情報も含めて話し合う。 「書記はキリアに対抗心を抱き、生徒会長はクリスに対抗心を抱いてる……ね」 優斗は盛大に項垂れる。 「面倒な展開になってきた」 嫌な予感しかしない。 レイナも同意した。 「問題としてはキリアが楽しみしていろ、と言われた今日の五限で何が起こるのかだな」 「そうですわ」 余計なことしかしそうにない。 「自分が気になっているのは、彼らが先生から諫められたところでどうなるか、という点です」 「クリスの予想はどうよ?」 「あまり効き目はなさそうですね」 肩をすくめるクリスに修は笑った。 「だな。演説とかお前らの話を聞いた限り、むしろ躍起になって証拠見せてくるタイプだろ。偽物の大魔法士とか連れてくんじゃね?」 「シュウ様が言うと本当になりそうだから嫌ですわ」 修の予想にアリーは盛大に息をはく。 と、クリスが手を挙げた。 「アリーさん、その前に一応の疑問なのですがユウト以外に大魔法士と呼ばれている人物がいるという可能性は? もちろんキリアさんが聞いた大魔法士は論外ですが」 「分かっているとは思いますが、ありえませんわ。冗談抜きで国すらも認めざるえない……つまるところ世界が認める大魔法士はパラケルススと契約している、という不文律のようなものがあります。ですから今までどんな魔法士だろうと精霊術士だろうと大魔法士と呼ぶ、なんてことは話の種にすらなりませんでしたわ。ユウトさんだってパラケルススを召喚する前に独自詠唱の神話魔法を使っていましたが、それでもわたくし達の周辺だけで“大魔法士のような存在”として終わっています。故に契約者が一人しか存在できない以上、ユウトさん以外は存在しませんわ」 契約者でなければ『大魔法士』とは呼べない。 「さらには先代のマティスが建国したミラージュ聖国。この国が『マティスの再来』だと認めたのは長い歴史の中でユウトさんだけ。しかも歓喜してユウトさんを大魔法士と呼んだことで、今では各国でも大魔法士と言えばユウトさんだと通じますわ」 「……それ、初耳なんだけど」 優斗ががっくりとした。 ミラージュ聖国だけが認めたのではなかったか? アリーは笑い声を漏らす。 「もう大魔法士じゃないとか言えませんわよ。ミラージュどころか各国がユウトさんを大魔法士と呼んで認めていますから」 まさしく正真正銘、本物だ。 「……っと、話が逸れましたわね。なので世界で流れている冗談みたいな噂の張本人は目の前にいる大魔法士であって、彼らの言っている大魔法士がいるとしたら自称大魔法士のお馬鹿さんか存在しないかのどちらかですわ」 どっちにしても度し難いものはある。 「本物がいることを知らないとはいえ、噂の範疇である大魔法士の名を勝手に使うとは言語道断ですわね」 言い切ってアリーは遠い目をした。 「わたくしの望みとしては今後、大魔法士の弟子などとは言わずに生徒会をやってくれたらいいのですが」 レイナを始め、全員が頷く。 とりあえず問題を起こしてくれなければいい。 それは生徒の立場からしても、王族としての立場から見ても。 「とはいえ、大嘘を付かれても堪りませんわ。わたくしとレイナさんで先生方には改めて話しておきます。何か大魔法士関係でアクションを起こしたら新生徒会の挨拶を取りやめに出来るように」