――ドン――と。 聞き慣れた音がレグル家にて響く。 クリスは居間にいたが、大きく息を吐いて一室へと向かう。 そしてドアを開けた。 「……イズミ」 「なんだ?」 中では思案している和泉の姿。 「今日だけでいったい、何回目だと思っているんですか?」 「4回目か?」 「……5回目です」 「そうか」 「そうか、ではありません!! 何で今日もそんなに爆発させてるんですか!!」 寮の部屋では色々と手狭で危ないこともあり、和泉の実験のために宛がわれた一室。 幸い、壁を破壊する規模の爆発ではないものの、1時間に1回も爆発音が聞こえればクリスとしても安心できない。 しかも一昨日から同じことの連続だ。 「いつも言ってるだろう。実験に爆発は付きものだと」 「……聞いたことありません」 嘆息すると、同じく爆発音を聞いたクレアがやって来る。 「あの、クリス様。イズミ様は大丈夫なのですか?」 「問題ありません。ピンピンしてますよ」 心配するだけ無駄だ。 「とはいえ、そろそろ理由は聞かせてもらえるんでしょうね?」 昨日も一昨日もはぐらかされた。 けれどさすがに何をしているのか、聞かせてもらってもいい頃だと思う。 「まあ、いいだろう」 和泉もクリスの呆れ姿を見て素直に頷いた。 「魔法陣をいじくっていたら爆発した」 「……何ですって?」 「だから聖魔法の魔法陣をいじくっているから何度も爆発している」 「罰当たりですよ」 「そうでもない。正確には『聖』というより『光』をいじくっている」 「だとしても問題大有りです」 どちらにしても馬鹿。 「いえ、イズミに言っても無駄でしょうね。それよりも魔法陣をいじくるって何ですか?」 「魔法というのは魔法陣によって出てくるモノが決められているだろう? だから魔法陣を改造すれば別物になる。優斗が創った『虚月』を見て、出来ると思ったんだが……俺がいじったら駄目らしい。変に干渉しようとしたらすぐに魔法陣が異常を来たして爆発だ」 どうやっても上手くいかない。 「オリジナルの神話魔法を参考に……ですか。けれどユウトのあれは一種の特殊能力では?」 「本人曰く二つの魔法陣を魔力の供給過多で無理矢理破壊した後、これまた無理矢理に魔力で引き合わせてくっ付けているらしいが……」 「……繊細さの欠片もありませんね」 そこまで強引な魔法だとは思わなかった。 「あんなものは俺も真似できない。だからミリ単位でいじくっているんだが駄目らしい」 「魔法陣が壊れれば最後、最初からやり直しなのでは?」 「壊れなくても消えてしまえば一緒だ」 「無駄じゃないのですか?」 「そうでもない」 和泉は手に透き通った玉を乗っけた。 「完成した魔法陣を宝玉に記憶させられればいい」 「そんなもの買ってばかりいるからお金が貯まらないんですよ」 「おかげで金欠の日々だ」 「胸を張って言うことじゃありません」 和泉の頭を小突くクリス。 と、クレアがおずおずと口を挟んだ。 「結局、イズミ様は何を作っていらっしゃるのですか?」 ◇ ◇ 1時間後、フィオナがレグル家へと足を踏み入れる。 「それで私が呼ばれたんですか?」 「イズミの話を聞いていると、魔法では限界がありそうでして」 「ああ。魔法でのアプローチは難しくてな。考えを変えようと思ったんだ」 つまりは精霊術。 利便性においては群を抜いているから、どうにかなるかもしれない。 「ちょっと待ってくださいね」 フィオナは詠唱して光の大精霊を呼び出す。 「イズミさんの話を聞いて、協力できるなら協力してもらってもいいですか?」 頼むと光の大精霊は頷いた。 「ありがとう」 軽く笑んで、和泉と大精霊を二人きりにする。 「世話を掛けてしまいましたね」 「私は問題ないですよ」 フィオナは軽く手を横に振る。 「クレアさんは久しぶりです」 「お久しぶりです、フィオナ様」 「クリスさんとの新婚生活はどうですか?」 問いかけるとクレアは顔を赤くした。 「朝起きて、隣にクリス様のお顔があるというのはやはり緊張してしまいます」 そしてのっけから爆弾発言。 「一緒に寝てるんですか!?」 「え? はい。夫婦ですので」 「……う、羨ましいです」 自分は優斗と一緒に寝たことなど一回もない。 「一応、私達も他国向けには夫婦だから一緒に寝ても問題はないはず。そうですよ、婚約者ですし夫婦ですし……」 ぶつぶつ、と。 願望がダダ漏れのフィオナ。 思わずクリスが口を出した。 「あの、フィオナさん? あまりに焦るとユウトが死んでしまいますよ」 「えっ!? えっと、私……何か言ってましたか?」 「いろいろと」 クリスの言葉に焦るフィオナ。 色々と言い訳を考えている彼女だけれども、同時に少し離れた和泉達から眩しい光が溢れた。 すぐに収まったものの、クリス達は僅かばかり目がちかちかする。 「イズミ、今のは?」 「俺がやってほしいことを伝えたら『出来る』と頷いてくれた。だからやってもらった」 「そうですか」 クリスが頷くと、光の大精霊はニコっと笑って姿を消す。 「しかし精霊は凄いな」 「ですね。最初から精霊を扱える方などほとんどいないですし、修行によって後天的に扱えるようになっても基本は龍神崇拝の方々が頑張った結果です。あまり活用しようとは思わないでしょう。それに便利なのは確かですが、多方向へ便利と呼べるほどの使い手となるとあまりいません」 少なくともリライトでは優斗とフィオナだけだ。 「龍神の指輪みたいに精霊を使役できる魔法具を作れるか試したくはあるが……まあ、無理だろうな。原理が分からなすぎるし、仮に作れたとしても面倒事しか生まなそうだ。しかも優斗に怒られる気がする」 「それぐらいの常識はイズミも持っているんですね」 関心するクリス。 「……お前、俺を何だと思ってるんだ?」 「馬鹿です」 「ク、クリス様! 事実だとしても、口に出しては……っ!」 慌てた様子でフォローするクレア。 けれど全くフォローになっていない。 「最近分かったが、クレアは場を荒らす方向で天然だ」 「クレアさんは頑張ってフォローしようとしているんですが、無自覚に追い詰める言葉を使ってしまうんでしょうね」 「自覚ありで相手を追い詰める優斗やアリー。自覚なしで相手を追い詰めるクレア。どちらかといえば後者の方が性質が悪い」 無意識なだけに。 「ただ、端から見ている分には微笑ましいですよね」 ◇ ◇ 翌日。 「そんで、どうして俺達が呼ばれたんだ?」 「最初にお前らを撮ったら、何かと箔が付くと思ってな」 修とアリーが和泉に呼ばれてやってきた。 「イズミさん、それは何なのですか?」 和泉が手に持っている黒色の物体。 「カメラだ」 「かめら?」 アリーは首を捻り、修は驚く。 「マジ!? 写真作れんのか!?」 「とりあえず、試作の奴だがな」 少々、大きいのがネックだ。 「けど写真って感熱紙が云々って聞いたことがあんだけど、大丈夫なんか?」 「こっちの世界には魔法や精霊術といった便利さがある」 自分達が知ってる物理やら科学やらをぶっ飛ばせる代物がある。 「インスタントカメラみたいなものだ。レンズを通して宝玉に風景が映り、指に魔力を込めてシャッターを押した瞬間、宝玉に魔力が伝わり大精霊が仕込んでくれた魔法陣が展開され、後ろにある型紙に風景が投写されて紙に焼き付く」 「意味が分からねぇ。要約すると?」 「精霊ってスゲー!! ……以上だ」 「……省きすぎですわ」 アリーは全く意味が分からない。 「とりあえず凄いものであるというわけですね?」 「そうだな。というわけで修とアリーは並んでくれ。実際に使ってみる」 「りょーかいだ」 「爆発しませんか?」 「安心しろ」 「なら分かりましたわ」 和泉は二人が並んだところでカメラを構える。 「1+1は?」 「2」 「2、ですわ」 シャッターを押す。 カメラから僅かばかりに魔法陣が浮かぶが、すぐに消える。 和泉は宝玉の後ろにある型紙を上に引き抜いた。 もう一枚を素早くセットし、さらにもう一度。 そして2回目に撮ったものも手元に持ってくる。 「……ふむ。とりあえずは上手くいったな」 「見せてみ」 修とアリーがやって来て、2枚の写真を覗き込む。 両方とも問題なく2人の姿が写っていた。 「これは……わたくしとシュウ様ですか?」 「だな。俺とアリーだ」 「絵画……ではなくて?」 「言っただろう。風景を取り込んで写す、と」 アリーが呆けた様子で和泉を見る。 「イズミさんを尊敬したのはこれで2回目ですわ」 普通に酷いことを言われたが、誰もがスルーする。 おそらく1回目はクリスの結婚式の時だろう。 「これはお前らにやる」 「いいのですか!?」 「俺は撮れるかどうかを確認できれば良かった」 頷いて、2枚を2人に手渡す。 「ありがとうございますわ!」 「サンキュ」 「これから俺はさらに改良できないか考える。来てくれて助かった」 手を振り、和泉はレグル家の一室へと戻っていった。 修とアリーも写真を片手に帰る。 「けれどこれ、本当に凄いですわね」 るんるん気分でアリーは持っている写真を眺める。 「量産できたら売れそうだな」 「ですわ」 2人とも、しげしげと写真を見つめ、 「つーか何で俺らなんだ? 別にクリスとクレアでもよくね?」 「まあ、何かしらの考えがあったと思いますわよ」 ◇ ◇ 一室に戻ると、クリスとクレアがいた。 「イズミ、どうでしたか?」 「問題なく写真は撮れた。2枚撮って、ちゃんと2人に渡しておいた」 「それは良かったです」 昨日、4人で相談して仕組んだ甲斐があった。 「喜んでいたから良かったが、露骨すぎやしないか?」 「ほぼ1年、何も進展なしですからね。アリーさんだってあれぐらいの得があってもいいと思いますよ」 話ながら和泉はテーブルにカメラを置き、身近な椅子に座ってクリスが用意してくれたティーカップに手を伸ばして、 「ただ、シュウ様は男色家だとか。アリシア様も大変です」 思わず手が止まった。 和泉もクリスも不可解な表情をする。 「……何だそれは?」 「クレア、誰がそんなことを?」 「えっと……前にスキーに行ったときに女性の皆様と」 素直にクレアが答える。 「どうしてそんな話に?」 「シュウ様とユウト様が怪しいという話になりまして、それでシュウ様が実は男色家なのかという話になったんです」 「……地味に優斗が被害者だな」 「婚約者がいるというのに哀れですね、ユウト」 和泉とクリスが合掌する。 と、ここで来客。 「和泉、何か凄い物を作ったらしいな」 意気揚々とドアを開けてやって来たのはレイナだ。 「なぜ知ってるんだ?」 「フィオナから聞いた」 「そうか」 和泉はあらためてティーカップを手に取り、口にする。 するとクリスが何かを思い付いた。 「イズミ、これは自分でも使えますか?」 テーブルに置いてあるカメラを指差す。 「ん? ああ、魔力を込めてシャッターを押せば誰でも使えるはずだ」 「そうですか」 クリスは頷くとカメラを手に取る。 「型紙は?」 「そこだ」 指差すところにクリスは歩いていき、型紙を取り出してカメラにセットする。 「使うのか?」 「ええ、やってみたいんです。ですからイズミとレイナさんは並んで立って下さい」 少し開けたところを示すクリス。 「どういうことだ?」 疑問を浮かべるレイナだが、和泉は気にせずに言われた場所へと向かう。 よく分からないが和泉が向かったのだから、とレイナも和泉と同じ場所に動いた。 クリスはカメラを構える。 「もう少し寄って下さい。……はい、そこで問題ありません」 ピッタリと2人をくっ付けるクリス。 「シャッターを押すときは何か合図とか必要ですか?」 「基本は『はい、チーズ』と声を掛けるのが普通だな」 「どういう意味ですか?」 「分からん。今度、優斗にでも訊いてみろ」 無駄知識満載のあいつならば知っているはずだ。 「和泉、何をするんだ?」 「とりあえず笑ってろ」 「……? 分かった」 意味は分からないが、言われた通りに笑みを浮かべるレイナ。 「では、いきますよ」 クリスがシャッターに指を掛ける。 レンズの先には笑みを浮かべたレイナといつもの仏頂面……を少しだけ柔らかくしている和泉。 クリスは2人の様子を微笑ましく思いながら、 「はい、チーズ!」 シャッターを押した。